Chapter 5:Part 01 商店街にて
お久しぶりです! さあ、あくてん更新再開ですよー!
今回から五章突入です!
そして皆様、お待ちどう様でした。
「……よし、これで必要なものは買い終わったな」
夕方、統哉は夕食の買い物のため、近くの商店街に足を運んでいた。片手には大きなエコバッグを提げている。
八神家に居候する堕天使が三人に増えたため、その分必要になる食料と、それに伴うエンゲル係数も上昇している。もっとも、必要な経費の一部はルーシーが出してくれているので心配はなかったが。
居候する堕天使は三人に増えたものの、以外と居住面などに不便する事はなかった。
それは、先日璃遠が三人のために堕天使達に部屋を作る魔導具を提供してくれ、堕天使達の個室ができたおかげで、家のスペースが一気に使いやすくなった事が大きい。
後で璃遠から聞いた話だが、あの空間には魔界製の発電機やガス管、インターネット回線も完備されているそうだ。
電気代はロハ、衣食住の住は完璧です、とは璃遠の弁である。
そんな物を一体どうやって通してるんだ、という統哉の問いに璃遠は、
「ああ、それは亀と同じです。世の中には、亀の背中に鍵をはめ込むと中に存在している居住空間に案内してくれる、それはそれはベリッシモ(とても)凄い亀がいるんですよ。内部には一通りの物が揃っていて、電気やインターネット回線も通っています。亀自体は独立して生きていますので、部屋の中でゆっくりしているうちに目的地に連れていってくれたりもします。まあ亀自体は自由気ままに動く上、歩みは遅いのであまり意味はありませんが」
と、いつもの営業スマイルを添えて理解の範疇を越えた解説をしてくれた。何で亀で例えるのか。
つまるところ、何でもありなのだろうと統哉は解釈した。いや、するしかなかった。
まあ課程や方法はどうあれ、電気代が家の分だけで済むのは本当にありがたい。どんな手を使おうが、最終的に安ければよかろうなのだ。
そして璃遠自身も、暇な時はあの混沌空間を通って八神家に入ってくる事もあった。
だが統哉としては正直言って、正々堂々と玄関から来てほしいものだった。気を抜いていた所にリビングや部屋の入り口などから「ドーモ、トウヤ=サン。璃遠デス」なんて挨拶されたんじゃたまったものではなかった。スタイリッシュ不法侵入もいいところだった。
そのうち、家のあちこちに虫取り網やGホイホイ(人間が入っても大丈夫な奴)でも仕掛けておこうかと考えた統哉。だって、璃遠は原典だとイナゴ――虫の一種だし。イナゴがああいったものに引っかかるかどうかは別問題だったが。
(……いや、ここはシンプルに殺虫剤の方がいいかな? それとも蠅叩きか?)
そんなしょうもない事を考えていた時――
「……ん?」
統哉の目にある光景が映った。
それは、商店街の一角にあるラーメン屋に人垣ができている光景だった。
「……何だろう?」
統哉は好奇心から、人垣の最後列に立つ若い男性に近付き、声をかけてみる。
「……あの、どうかしたんですか?」
すると男性は興奮した様子でまくし立てた。
「ああ、今この店で『ペタ盛り冷やし中華』の完食チャレンジをやっているだろ?」
「ああ。あの、バカデカい冷やし中華の事ですよね」
両手でやっと抱えられるほど大きな器に大量の麺、錦糸卵、厚切りの焼き豚、野菜、特製スープがごっそりと盛られた冷やし中華の事である。
それを一時間以内で完食できれば無料になり、しかも賞金三万円に加えて、当分の間全てのメニューが大幅に割り引きされるスペシャルクーポンまでもらえる特典尽くしのチャレンジだ。
ちなみにペタとはテラの上の単位である。店主曰く、「これだけデカいんじゃあギガやテラなんて足りやしない。よし、ペタで行こう」という考えからその名がついたのである。
店の外に飾ってある見本を見ても、その化け物じみた大きさに圧倒されるばかりだ。
この数年、大食いを自負する猛者達がこの怪物に挑んだものの、圧倒的ボリューム、腹部の過剰冷却などの要因からことごとく敗れ去っていったものだ。
「そう! あの怪物が今破られようとしているんだ! やばいなー、俺達は今、世紀の瞬間に立ち会おうとしているのかもしれない!」
「……いや、そこまで大袈裟じゃないでしょ」
ツッコミつつも、一体誰がその怪物を制覇しようとしているのかという好奇心に駆られ、統哉も見物に加わる事にした。
かろうじて潜り込めた隙間から店内を覗く。見ると、店の奥側の席に座って冷やし中華をもの凄い勢いで食らう者の後ろ姿が見えた。その周囲には居合わせた他の客や店員、そして店主がその様子を固唾を飲んで見守っていた。
統哉は席に座る者の姿を捉えた。そして、自分とは色々と違う事を悟った。
まず、髪の色。統哉のような黒とは違う、暗い藍色に近い黒髪だった。髪型はラフなショートヘアであることから、どうやら挑戦者は女性のようだと統哉は推測した。
椅子の背にはジャケットがかかっている事、床には大きなリュックサックが置かれている事から、どうやらバックパッカーであるようだ。
統哉が彼女を観察している間にも、女性は勢いを保ったまま冷やし中華をどんどん平らげていく。そして――
「ごちそうさまでしたっ!」
活発そうな印象を与えるソプラノボイスに続き、パン、と柏手を打つような音が店内に響いた。
はっとして統哉が見ると、手を合わせ終わった女性が空になった大きな器を高々と掲げ、周囲に完食した事をアピールしていた。
見物客から大きなざわめきと賞賛の拍手が巻き起こる。統哉も思わず拍手を送っていた。
商店街に君臨していた猛者は、謎の女性によって打ち倒されたのだ。
「……え、えーと、チャレンジ達成おめでとうございます。こちらが賞金三万円とクーポン券になります。また機会があれば是非ともお立ち寄り下さい」
店主が信じられないという表情をしながら女性に金一封を渡す。
「はい、ありがとうございます! また気が向いたら食べに伺います!」
女性は椅子から立ち上がると、恭しく両手で金一封を受け取り、深々とお辞儀をした。
そして彼女はジャケットを羽織ると床に置いていたリュックサックを背負い、踵を返した。
それを見た見物客達がさっと横に動き、彼女のために道を開ける。
その時、統哉は彼女の姿を完全に視界へ収めた。
彼女はシャツの上に羽織った黒いジャケットにジーンズというボーイッシュな格好をしていた。背はなかなか高く、統哉と同じ一七〇センチはあるようだ。
細身の体はしっかりと引き締まっており、なかなかのスタイルである事が窺える。
特に、スラリと長い足はジーンズ越しからでもわかる程しなやかで、何故かはわからないが強靱という言葉がしっくりくる程だった。
彼女は店の外へと歩を進めつつ、ニコニコと笑って賞賛の言葉を送る見物客に手を振っている。その表情は見る者全てに元気を振りまいているような、とても明るく人懐っこいものだった。彼女の顔立ちは整っており、一見すると日本人のようだったが、その肌は白かった。白い肌に藍色に近い黒髪を持つ事から、彼女は欧米人とのハーフではないかと、統哉は推測した。
だが、統哉の目を一際引いたのは、大きくぱっちりとした「紅い」瞳だった。
その瞳はベルのものとはどこか違う、まるで血のように紅く、意志の強さを宿した瞳だった。
その時、彼女と目が合った。
彼女はにこやかに笑い、統哉に軽く手を振って商店街の奥へと姿を消していった。
そして、見物客達は凄いものを見る事ができたと、どんどん散っていき、統哉も店から離れた。
「しかし、あの細身のどこにあれだけの量が入ったんだか……」
ひとりごちた統哉は自分が買い物の帰りだった事を思いだし、家路を急ぐ事にした。
それからしばらくして。
「ただいまー」
帰宅した統哉はリビングに足を踏み入れた。クーラーから放たれている冷風が心地よい。
「おかかー」
「おかえり、統哉」
「ヤミボチサンタイカラノダムド~……」
リビングに寝転がってマンガを読んでいたルーシーとベルが顔を上げて声をかけた。
一方、意味不明な寝言を呟いているアスカは床を枕代わりにして、ソファーの背もたれに足を投げ出した状態で昼寝をしていた。あの寝方では頭に血が上るのではないだろうか、と統哉は一瞬思ったが気にしない事にした。
「やけに遅かったじゃないか、統哉? 何かあったのかい?」
ルーシーが統哉に尋ねる。
「ん? ああ、商店街で大食いチャレンジを達成した人がいてさ。ついつい見物してたから時間がかかってしまった」
「本当に、それだけか?」
そう答えた統哉を、ルーシーは目を見開いて見つめる。それこそ、「針」という言葉がよく似合うくらいに。
「な、何だよ?」
たじろぎながら尋ねる統哉。そんな統哉にルーシーは鼻をくんくんと鳴らす。
「臭います臭います。なんか、普通じゃない臭いがする」
「普通じゃない?」
そしてルーシーは指をパチンと鳴らした。
「ベル!」
「ん」
すると、指をパチンと鳴らしたルーシーに呼ばれたベルが統哉の側まで滑るように近付いてくる。そして――
ベロンッ。
「うひぃっ!?」
統哉は思わず奇声を発し、飛び上がらんばかりに驚いた。ベルがいきなり統哉の頬を伝っていた汗を舐めとったのだ。
「な、何すんだよベル!」
統哉の言葉に構わず、ベルは目を閉じて何やら集中している。
「ベル、どうだ?」
ルーシーの問いにベルは目をそっと開け、
「この味は! 嘘をついてる『味』だぞ……」
そう宣言した。
「はあ!? 嘘なんてついてないし!」
わけがわからないという表情で統哉が叫ぶ。するとベルは得意げに腰に手を当てた。
「これぞ我が特技の一つ、『汗を舐めて嘘を見破る』だ。ベルは嘘をつくのが得意だが、他者の嘘を見破るのも得意なものでな。特に汗の味は嘘が乗りやすいのさ。しかし――」
ベルの瞳に妖しい光が宿った。
「統哉の汗、これもこれでなかなか……はうぅ……どれ、味も見ておこう」
何やら変なスイッチが入ったベルは艶めかしい動作で残っていた汗を、唇と一緒に丹念に舐めていく。そして――
「グッドテイスト」
ほっこりとした表情でサムズアップ。
「変態だー!」
スパーン!
「てすたろすっ!」
統哉は口を菱形にしながら、どこからともなく掴んだハリセンをベルの頭に叩き込んだ。どこからハリセンを掴んだのか、それは気にしてはいけない。
「あ、相変わらず手首のスナップがよくきいたハリセン捌きで……がくっ」
ベルはそのまま床に倒れてしまった。どうやら軽くヘヴン状態に達してしまったらしい。
「……で、ベルは放置しておくとしてだ。統哉、商店街で一体何があった?」
横目でベルを一瞥したルーシーに尋ねられ、統哉は商店街の一件を詳しく話した。特にルーシーは大食いを達成した女性の容姿について細かく聞いていた。
「……という事があったんだよ」
「……なるほどな。大体わかった。う~む……」
話し終えた統哉に、ルーシーは何やら腕を組んで真剣に考え込んでいた。
「でもルーシー、大食いなんてそんなに気に留めるような事じゃないだろ? 街の食料全部喰らい尽くしたわけじゃないし」
すると、ルーシーがとんでもない一言を発した。
「統哉、もしかするとその女性、私達と同じ堕天使かもしれない。いや、君の言う特徴からしてその可能性が非常に高い」
「いや、それはないな」
その言葉に対して、統哉はぴしゃりと言い切った。すかさずルーシーが聞き返す。
「何だって? その根拠は?」
すると統哉は何て事ないように答えた。
「だって、俺その人から魔力をこれっぽっちも感じなかったからさ」
「……え? 魔力を感じなかった?」
統哉の言葉に、ルーシーが怪訝な顔をする。統哉は軽く頷いた。
「他人の空似じゃないか? いくら何でもそうホイホイと堕天使が集まってくるなんておかしな話だろ。それに世の中、自分に似ている者が何人もいるって言うじゃないか……さて、俺はそろそろ晩飯の支度にかかるよ」
そう言って統哉はキッチンへと姿を消した。後にはルーシーと、ヘヴン状態のベル、心なしか顔が赤くなってきているように見えるアスカが残された。
「……統哉の言うその女性の特徴からすると、思い当たる者は一人しかいないのだが……しかし本当に、そっくりな奴なのか……?」
ルーシーの独り言に答える者は誰もいなかった。
一方、商店街の一角にある本屋では。
「あー、まだ食べ足りないなぁ……おっ、次はこの店がいいかな~……じゅるり」
紅い瞳を爛々と輝かせた先程の女性が、タウン情報誌のグルメ特集を眺めながら一筋の涎を垂らしていた。




