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間章:Part 03 魔改造劇的ビフォーアフター

「Gate Of Abaddon」から出た二人は路地を抜けて帰路についていた。


「さーて、これから忙しくなるぞー」


 嬉しさを滲ませた口調でルーシーがはしゃぐ。その手には大きな紙袋が握られている。おそらくその中に彼女が頼んだ物が入っているのだろう。


「ルーシー、それが例の物か?」


 紙袋の中身が気になってしょうがない統哉が尋ねる。するとルーシーは悪戯っぽく笑い、


「……秘密」


 と答えた。


「そっか」


 思わずつられて一緒に笑う統哉。

 いつか一緒に買い物へ出かけた時のやりとりだなと統哉は思った。




 それから、帰宅した二人はゲームに夢中のベルをゲーム機から引きはがし、次にテーブルの脚にしがみついて寝るという離れ業をやってのけているアスカを叩き起こした。

 それから二人に璃遠に会った事を話し、部屋を作るための道具を手に入れた事を話した。

 璃遠に会ったという話に、二人は驚いている。


「まさかこの世界に来ていたとはな」

「ほえ~、堕天使に悪魔と、どんどん増えてきたね~」


 すると、ルーシーが手をパンパンと叩いた。


「まあ話は後だ。統哉、確かこの家には空き部屋があったよな?」

「ああ」


 統哉が頷く。

 二階にある両親が使っていた寝室の先に、小物一つと言っていい程何もない部屋がある。そこは使い道がない故に余ってしまった部屋なのだが、掃除はきちんと行っているため綺麗な状態を保っている。


「グッド。じゃあ行こうか」


 ルーシーは立ち上がり、例の紙袋を持って二階へと上がっていった。統哉達も後に続き、空き部屋の前に集まった。


「どうするんだよ。まさかここに三人一斉に入る気じゃないよな?」


 統哉の疑問に、ルーシーはニヤリと笑った。


「愚問だな。これを使うのさ」


 そう言うとルーシーは紙袋から何やら奇妙な物体を取り出した。

 それは、マンホール程の直径はある輪だった。輪は金色に光り、縁には何やら幾何学的な紋様がびっしりと刻み込まれている。


「何だ、それ」


 首を傾げる統哉。


「まあ見てなって」


 ルーシーは部屋に入り、中央に輪を置いた。


「ツール、セット」


 一声呟き、ルーシーは輪に手を触れて何やら常人には聞き取れない速さで詠唱を始めた。

 僅かな詠唱の後、輪に変化が現れた。

 輪の縁に刻まれていた紋様が一斉に光りだし、輪の中央に混沌とした空間が広がっていく。


「これでよし」

「な、何が起こったんだ?」


 満足そうに頷くルーシー。一方統哉は目を白黒させている。


「璃遠の空間魔術をちょっとばかり応用した魔導具さ。これを設置し、起動と初期設定を兼ねた呪文を詠

唱すればご覧のように別空間――まあ私達は混沌空間カオスゾーンと呼んでいる場所に入るための穴を作れるのさ」


 ルーシーの説明に統哉は嘆息した。


「……相変わらず天界や魔界のテクノロジーって凄まじいな。で、この中はどうなっているんだ?」

「居住スペースの原型が存在している。私達はこれからこの中で個人個人の部屋を作るための作業を行うんだ。結構デリケートな作業のため、時間がかかるから統哉は適当に時間を潰しておいてくれたまえ」

「わかった」


 統哉は頷く。


「それじゃあベル、アスカ、早速それぞれの部屋の作業にとりかかるとしよう。あ、統哉には終わり次第思念を飛ばして連絡するように」


 そう言うとルーシーは輪の中に広がる混沌空間へと飛び込んでいった。ベルとアスカもその後に続く。

 一人残された統哉は軽く溜息をついた。


「とりあえず、買い物に行ってくるか……」


 そして、部屋の入り口にまでさしかかった時、ふと背後の空間を見る。

 堕天使三人がいないだけでこんなにも家の空気が一変するものなのかと、どこか寂しいような切ないような、そんな気持ちを覚えた統哉だった。




「……もうこんな時間か」


 あれから様々な用事を片付けていたらすっかり夜になってしまった。時刻は夜八時。

 統哉は堕天使三人のためにスタミナのつくものを食べさせてやろうと思い、すき焼きの材料を買ってきた。簡単だが、ちょっとした改築(?)祝いも兼ねている。

 リビングのテーブルにカセットコンロを置き、材料や食器を並べ終わった時だった。


(待たせたな! 統哉、私のセンスに私が泣いたってくらい素晴らしい部屋が完成した!)

(統哉、ベルの部屋も完成した。よかったら見に来るがいい)

(とーやくん、わたしもおっけーだよ~)


 三人から同時に思念を受け取り、統哉は思わずたたらを踏んだ。


(三人同時に思念を飛ばすな! 一瞬立ちくらみみたいな感覚がしたぞ!?)


 統哉は三人に向かって怒鳴るように思念を飛ばす。


(いやぁすまない。まあいつでも来るがいい。べ、別に来なくてもいいんだからね!)


 ルーシーからのツンデレな思念を受け取った後、沈黙が訪れた。


「……来いってネタ振りだよな、今のはどう考えても」


 統哉は二階の空き部屋に向かった。

 数時間前までは何もなかった部屋の中央に、何やら混沌とした空間が広がっている輪が置かれている。何かが飛び出してくるのではないかという錯覚を統哉に与えた。


「……もうどうにでもなれよ」

 統哉は腹を決めて混沌空間へと足を踏み入れた。




 エレベーターが止まった時に感じるような独特の浮遊感を僅かに感じた後、統哉は見知らぬ円形状の空間に立っていた。

 自分の足下を見ると、物置にあったのと同じ輪が設置されている。どうやらここが物置とこの空間を繋いでいるらしい。


「それにしても凄いな、ここ……」


 統哉は嘆息しながら改めて空間を見渡した。

 そこはまるでホテルのロビーのような広々とした空間で、壁は白一色に塗られ、天井にはシャンデリアのような形の照明がぶら下がっており、安心感と高級感が漂っている。

 よく見ると、壁の所々にホテルのそれを思わせる木製のドアが取り付けられている。ドアにはプレートが取り付けられており、それぞれに堕天使の名前が記されている。


「……さて、どうするか」


 統哉は腕を組んで思案した。いくら見た目が美人とはいえ、全員堕天使。ドアを開けたらそこは地獄でした、と言いたくなるような光景が広がっているかもしれない。

 その時はその時だ。

 統哉は不安を振り払って各部屋を訪問する事にした。

 まずはベルの部屋から。ドアに近付き、ノックをする。


「ベル、いるか?」

「――統哉か。今開ける」


 ドアの向こうからベルの声が返ってくる。そして、ドアが開きベルが統哉を出迎える。


「いらっしゃい、統哉。殺風景な部屋だが、まあゆっくりしていってくれ」


 ベルが身を翻し、部屋の中へと入っていく。


「……お邪魔します」


 軽く深呼吸をし、統哉はベルの部屋へと足を踏み入れ、そして、驚愕に目を見開いた。


「……へえ」


 呆気にとられた口調で統哉が呟く。


「どうした統哉。何か言う事はないのか?」


 ベルが肩を竦める。その言葉をよそに、統哉は改めて部屋を見渡した。

 部屋は暖色系でコーディネートされており、炎を操るベルにぴったりだと感じた。部屋の広さとしては、大学の学生寮を少し大きくしたような感じだった。

 机、ベッド、本棚、クローゼットなど一通りの調度品も揃っている。それも高級そうなのではなく、ホームセンターで買えそうなものばかりだ。棚の上には小さな観葉植物の鉢植えがちょこんと置かれている。

 見ると、窓までついている。窓の外には何故か八神家の窓から見た風景が映っている。窓の外に映っている風景を投影させているのだろうか。

 さらに作り付けのキッチンやシャワールームまである。まるで学生寮の一室をグレードアップさせたような部屋だな、と統哉は感じた。

 大学の講義で出されたグループ課題の話し合いにある学生の部屋にお邪魔した事がある統哉にはそれがわかった。


「いや、悪い。いい部屋だなって思ってさ。女の子らしい部屋だと思うよ」


 年頃の女性の部屋に入った事はない統哉だったが、感じた事を素直に述べた。

 その言葉に、ベルの動きがピタリと止まる。かと思いきや統哉の方をゆっくりと振り向き、


「……本当か、統哉? このベルの部屋が、女の子らしいと……?」


 信じられないといった表情で尋ねてきた。


「ああ」


 統哉は頷く。しばしの沈黙が流れた。そして――


「――イィィヤッホォォーッ!」


 突然感極まったかのように叫ぶと突然ベッドへダイブし、布団を頭からガバッと被ると猛烈な勢いで暴れ始めた。


「統哉が褒めてくれた! 部屋のコーディネートなどあまり気にしないこのベルの部屋を女の子らしいと! 照れるじゃないかチクショー!」


 ロデオのように激しく暴れ回るベルに、統哉はかける言葉が見つからなかった。今の一言のどこにベルの琴線に触れる所があったのだろうかと思案してしまう。

 しかし統哉はすぐ我に返り、踵を返した。


「……え、えーとベル、程々にな?」

「ウリイイイイヤアアアー!」


 布団を被り、異質な雄叫びを上げるベルの耳には届いていないようだ。

 統哉は溜息をつき、部屋を後にした。


「……次はアスカの部屋に行くか」


 そして、アスカの部屋の前に立つ。統哉は軽くノックをして尋ねる。


「アスカ、入ってもいいか?」

「いいよ~」


 程なくしていつものほんわかとしたアスカの声が返ってくる。それを確認した統哉はドアを開けた。


「とーやくん、ようこそおいでくださいました~」


 扉を開けるや否や、満面の笑顔と共にアスカが抱きついてくる。その勢いに思わず倒れそうになるのを統哉は堪えた。さらに大きな胸が押しつけられて統哉としては気恥ずかしい事この上ない。


「わーっ! いきなり抱きつくな!」

「いいじゃない友達としてのハグなんだから~♪ さあとーやくん、わたしの部屋へご案内~」


 ハグを解かれたかと思いきや、手を引かれ、部屋の中へ案内される。


「……なるほどね」


 統哉は納得したかのように頷く。

 のほほんとしたアスカの事だ。おそらく彼女の部屋はファンシーな部屋になっているだろうと統哉は予想していたが、やはりファンシーな部屋だった。

 部屋の基本的な構成はベルの部屋と一緒だった。ベルと違う点は、部屋のあらゆる物がファンシー系で統一されている。かといってけばけばしさはなく、大人しめな感じだ。部屋の雰囲気や彼女の性格と相まって、こちらの気分まで和んできそうだ。

 棚やベッドの上にはこれまたファンシーなぬいぐるみが多数置かれている。雄牛、雄羊、山羊、ガチョウ、蛇といった奇妙な取り合わせであったが。

 すると、アスカが声をかけてきた。


「とーやくん、部屋のスペースを提供してくれてありがとー。これ、つまらないものだけど受け取ってくださいな~♪ わたしからの感謝の気持ち~」


 そう言って、アスカは備え付けの小型冷蔵庫から小包を取り出し、統哉に手渡した。


「……何だ、これ?」


 統哉が尋ねる。ビニールから伝わってくる感触は何やらひんやりとしていて、それなりに重さがあった。

 するとアスモデウスはニコニコしながら、


「ガチョウの肉~」


 しれっと答えた。


「……どういう事?」


 統哉が首を傾げる。


「わたしね~、気に入った人には必ずガチョウのお肉をプレゼントする事にしてるんだ~」

「……さいですか」


 深く考えるだけ無駄なようなので、統哉はすぐに受け取る事にした。

 しかし、これはどう調理したものか。料理男子の統哉でもガチョウの肉を使った料理など未体験だ。やはりローストにした方が美味いのだろうか? 今度インターネットで調べてみようと思った統哉だった。


「……ありがとう、アスカ。大事に使わせてもらうよ」


 アスカに感謝の意を述べ、統哉はアスカの部屋を後にした。


「またいつでも来てね~」


 その背に、アスカののほほんとした声が届いた。




「……さて」


 本宅キッチンの冷凍室にアスカからもらったガチョウの肉をしまった統哉は改めて混沌空間へと足を踏み入れ、最後に残った一室の前に立っていた。

 そう、ルーシーの部屋だ。彼女の部屋だけは全く想像がつかなかった。

 今までは、両親の部屋という限定された空間だったからこそ彼女の自由を制限できていたが、両親の部屋というくびきから解き放たれたらどうなるかは全くわからない。そしてその結果がこの扉の先にある。

 扉を開けた先にはダンジョンが広がっているかもしれないし、もしかすると扉を開けた瞬間、頭上から金ダライが降ってくるのに始まり、一歩部屋に踏み込むや否や落とし穴やトゲトゲ床のトラップが発動するかもしれない。いや、最悪の場合ワープゾーンが発動し、転送先が「いしのなかにいる!」なんて事になったら目も当てられない。正直言って怖い。

 統哉は深呼吸をして心を落ち着かせた後、意を決して扉をノックした。


「統哉かい? どうぞお入りなさい」


 扉の向こうからルーシーの声が返ってきた。統哉は用心しつつ扉をそ~っと開けた。

 何も起こらない。そう思った統哉は思い切って部屋の中へと足を踏み入れた。そして――


「……なんという事でしょう」


 部屋の内装を見た統哉は驚愕した。

 彼の眼前には一級ホテルにありそうなスペシャルスイートルームという表現がぴったりくる豪華な部屋が広がっていた。

 清潔感と高級感を併せ持った室内の雰囲気をはじめ、部屋の中央に置かれたテーブルとクッション、チェストやキャビネット、クローゼットといった調度品一つ一つも高級感があった。

 壁際のテレビ台には大型液晶テレビが据え付けられており、その側には古い機種から最新機種まで、様々なゲーム機が置いてある。

 壁にはアンティークのランプ、天井にはシャンデリアがかかっていて部屋を明るく照らしている。床には豪華な刺繍が施されたカーペットが敷き詰められている。

 さらに見渡すと、備え付けのキッチンや小型冷蔵庫、広々としたバスルームまである。

 そして、部屋の奥にはロッキングチェアに深々と背中を預け、目を閉じて悠々と寛ぐルーシーの姿があった。

 彼女の側には執務室にありそうな大きな机が鎮座しており、その上にはノートパソコンが置かれている。

 さらに机の脇に備え付けられたチェストの上に置かれたコンポからは何故かベートーベンの交響曲第九番第四楽章が流れている。

 BGMとルーシーが放つ雰囲気が相まって、目の前にいる少女がラスボスのように見えてきた統哉だった。

 その時、ルーシーが目を開けてゆっくりとロッキングチェアから立ち上がった。


「ようこそ我が部屋へ、統哉」


 ラスボスにありそうな堂々たる雰囲気を漂わせたルーシーが統哉に声をかけた。


「内装の凄さに声も出ないか? まあ無理もない。君は私が自室をダンジョンか何かに改造していると思っただろうが、それは間違いだよ。流石の私もそれでは生活できないよ」

「……」


 統哉は俯いたまま、黙りこくっている。その様子を不審に思ったルーシーが声をかける。


「統哉? どうしたんだい?」

「……り」

「り?」


「リソース使いすぎだろお前はあああああっ!」


 叫ぶと同時に、念のためにと背中に隠し持っていたハリセンを抜き、二歩で彼女をハリセンの射程圏内に捉える。そして三歩目を踏み込んだ瞬間、強烈な一閃がルーシーの脳天に炸裂した。


「えくしーずっ!?」


 奇妙な悲鳴と共にルーシーの体が大きく揺らいだ。


「な、何をするんだ君は!? というか三歩必殺なんて技をいつの間に習得していたんだ君は!?」


「知らねえよそんな技! つかお前は他の二人を見習えよ! あいつらはもっと慎ましい部屋だったぞ! 何でお前の部屋だけこんなにでかくて豪華なんだよ!」

「いいじゃん! 私真天使だし! 偉いんだし!」

「知るか! 偉いんじゃなくて傲慢なだけだろ! 流石『傲慢』の称号は伊達じゃないな!」

「そもそも君は人の部屋に入るのにハリセンを隠し持って入るのか!? 引っ越し蕎麦くらい持ってきてくれてもバチは当たらないだろう!」

「ほう」


 統哉がハリセンを構えるや否や、ルーシーの顔から血の気が引くのが見て取れた。


「……ま、まあ座ってくれ。今お茶を淹れるからさ」


 統哉にクッションを勧め、ルーシーはキッチンへと向かっていった。

 統哉は溜息を一つつき、クッションに腰を下ろした。座ると同時に弾力が伝わってくる。なかなかの座り心地だ。


「コーヒーにするか? それとも紅茶か?」

「じゃあ紅茶で」

「承知した」


 ルーシーは手際よく支度を進めていく。そんなルーシーに統哉は思い切って疑問をぶつけてみた。


「それにしてもルーシー、ずっと気になっていた事があるんだ。みんなのもそうだけど、この家具は一体どうやって調達したんだ?」

「ああ、それはAbaddon.comからさ。普通の家具から高級家具まで取り扱ってるんだ」

「へー。でもお金はどうしたんだ? 三人分となると相当かかったんじゃないか? 特にお前のは」

「それは、これさ」


 そう言ってルーシーはどこからともなく一枚のカードを取り出し、キッチンから統哉に投げてよこした。それなりの距離があったにもかかわらず、カードは綺麗な弧を描いて統哉の手元に届いた。これがもしアンデッドに刺さっていたらカードに封印できそうなくらい、見事な投擲だった。

 カードを見ると、一面漆黒だった。部屋の照明の下でも一切の光を通さない程、そのカードは黒かった。


「何だ、このカード」


 怪訝な顔をしつつ、統哉が尋ねる。


「それは、璃遠に発行してもらった永遠の切り札、『ダークネスカード』さ」

「ようはブラックカードみたいなものか?」

「そんなチャチなものじゃあないさ。そのカードは私しか所有していないプレミアものでな。それさえあれば、地上界はおろか、魔界で買えないものはないと言われる程の最強カードさ。堕天した際、璃遠に天界の技術と人員を提供する代わりに発行してもらったのさ」

「ふーん……」


 呟きながら統哉はカードをしげしげと眺める。カードの黒い面を眺めていると魂が引き込まれそうな気がした。


「お待たせ」


 そうしている内に、ルーシーがティーポットとソーサーに乗ったティーカップ、シュガーポットを銀のトレイに乗せて戻ってきた。


「ミルクはいいかい?」

「ああ」


 統哉の答えにルーシーは軽く頷くと、紅茶をカップに注ぎ始めた。紅の液体がカップに満たされていく。

 紅茶特有の深い香りが湯気と共に立ち上ってくる。その香り高さに統哉は思わず目を細めた。


「ダージリンか」

「イグザクトリィ(その通りでございます)」


 ファミレスのドリンクバーでたまに飲む事から、統哉は紅茶の香りにはそれなりに覚えがあった。だが香りの奥深さからして、これはかなり上質の茶葉らしい。

 ふと、ルーシーの横顔に目がいった。

 彼女は楽しそうな表情で紅茶を注いでいる。そして、統哉と目が合うと、にこりと微笑んだ。その表情に、統哉は思わず胸の高鳴りを覚えた。


「統哉、砂糖はいくつ入れる?」

「あ、ああ。三個で」

「三個か? 甘いの三個欲しいのか? 三個……イヤしんぼめがふれあっ!」


 ルーシーのこめかみにツッコミデコピンが炸裂した。流石に紅茶が側にあるのにハリセンは使わない。だがツッコミはきっちり入れる統哉であった。


「やれやれ。ちょっとドキッとしたらこれだよ……」

「……え? 何か言った? 痛みで聴覚が鈍った」

「何でもない」


 それから二人は紅茶を飲みながら他愛のない話に花を咲かせたのであった。




「……しまった。そういえばそろそろ晩飯にしないとまずいな」


 結局、一時間はルーシーの部屋に居座ってしまった。


「今日はみんなのスタミナ付けと部屋完成祝いを兼ねてすき焼きだぞ」


 すると、ルーシーの瞳が輝いた。


「すき焼き!? あのジャパニーズ・スキヤキって奴か!?」

「ああ」


 答えつつ、ベルとアスカにも思念を飛ばし、リビングへ向かうよう伝えておく。

 そして二人は部屋から出てリビングに向かう。すると、ベルとアスカが呆然と突っ立っていた。その様子を不審がった統哉が尋ねる。


「どうしたんだよ、二人と……も……?」


 尋ねつつ、二人の視線の先を見ると、そこには――


「お邪魔しております」


 深緑の髪が特徴な女性――「Gate Of Abaddon」の主であり、悪魔アバドンである璃遠その人(?)がリビングに腰を下ろしていた。


「何であんたがここにいるんだ!?」


 すかさずツッコむ。すると璃遠は微笑み、


「お部屋の完成を祝うために参りました」


 何でもない事のように返された。しかし統哉はなおも食い下がる。


「……どこから入ってきた? 玄関か? 窓か?」

「混沌空間からですよ。私がリビングに来て間もなくベルさんとアスカさんが来たのですけどね」

「何で入って来れたんだ?」

「私の空間魔術にかかれば、店から普通の人家に移動するなど造作もありませんわ」

「……プライバシーもへったくれもないな」

「まあそう仰らずに。ちょっとしたおまけをつけておきましたので」

「おまけ?」

「混沌空間の一角に、私の店へ通じる入り口を作っておきましたのでお気軽にどうぞ。ご用命の際は我が『Gate Of Abaddon』まで。二四時間武器や魔導具、日用雑貨などあらゆる相談に応じます♪」


 屈託のない営業スマイルを見せる璃遠に、統哉はすっかり毒気を抜かれてしまった。


「がめついって言うか、商魂たくましいって言うか……」

「お褒めの言葉、ありがとうございます」


 優雅な仕草で礼をする璃遠。

 それから、統哉達は食卓を囲み、すき焼きを堪能したのであった――。

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