間章:Part 02 奈落への門
「さて、本当にどうするか……」
統哉は何やら考え事をしながら住宅街の一角を歩いていた。そこへ――
「統哉!」
背後から声をかけられ、振り返る。そこにはルーシーが立っていた。
「ふふっ、暇だったからついて来ちゃった。私も散歩に付き合うよ」
「それは構わないけど、あとの二人は?」
「ベルはゲーム、アスカは昼寝だ」
「そうか」
二人は特に行く所もないのでその辺を適当にぶらぶらする事にした。
しばらく歩いていると、ルーシーが口を開いた。
「……統哉、今君は何か考え事をしているな? そしてそれは私達の部屋割りの事だろう?」
「……ああ。やっぱりわかるか?」
統哉は正直に頷いた。ぶらぶらと歩きながら部屋割りについて真剣に考えていたのだ。
現状はルーシーとベルが両親の部屋に寝泊まりしており、昨夜アスカにはやむなくリビングで寝泊まりしてもらった。まさか朝になって自分のベッドに潜り込んでくるとは思わなかったが。
他に候補地として上がっていた天井裏は掃除ができていないし、物置は物で埋め尽くされている。
「ああ。顔にそう書いてある」
「なあルーシー、お前の力で別の空間を作る事は……」
「無ー理ー。あ、無ー理ーだーよー」
その場で小躍りしながら無理だと言うルーシー。反射的に拳骨を叩き込みたくなる衝動を抑えつつ、統哉はなぜかと問う。
「いくら元々がチートスペックな私でもできない事だってあるさ。特に時間を操ったり空間に干渉する事はできないんだよ」
「うーん、こうなったら物置を整理するしかないか……」
そう統哉が呟いた時だった。
「――ちょっと待ってくれ、統哉」
急にルーシーが立ち止まり、近くにある細い路地を注視しながら囁く。
「どうしたんだよ?」
「統哉、君はこの路地の先から何か感じないか? よく見てくれ」
険しい表情のルーシーにただならぬものを感じつつ、統哉はルーシーが示す路地を注視する。すると――
「……え?」
路地の風景が一瞬歪んだように見えたのだ。
もう一度路地を注視する。
見間違いなどではなかった。路地の風景が歪み、先の空間が見えなくなったのだ。
「何だ、これは」
統哉が呟く。一方ルーシーはしてやったりと言った表情だ。
「これはまさか……! 統哉、どうやら私達はツイてるらしいぞ! ついて来てくれ!」
そう言うとルーシーは歪んだ路地に潜り込んでいってしまった。
「あ、おい!」
統哉の制止もむなしく、ルーシーは歪んだ空間の向こうへ消えていく。統哉はしばし呆然としていたが、やがて溜息を一つついてルーシーの後を追った。
「……何だ、ここ」
一言呟き、統哉は目の前の空間を見渡していた。
路地を抜けた先には奇妙な空間が広がっていた。一見するとその場所は住宅街に建つ一戸建てに見える。
だが、周辺の空間は奇妙としか言いようがなかった。
住宅街のど真ん中の空間を無理矢理押し広げ、その中央に一戸建てと周辺の土地をねじ込んだというのが正しい言い方だろうか。そんな奇妙な風景が統哉の視界に映っている。
「……変なの。それにあの家は何だ?」
今までにも<結界>という奇妙な空間を目にしてきた統哉だが、今回は<結界>の張られていない昼間、それも住宅街のど真ん中の空間にこぢんまりとした一戸建てが建っている事の奇妙さに統哉が思わず呟く。そんな統哉にルーシーが説明する。
「安心してくれ統哉。ここは危険な場所じゃないよ。それと、あの家は正確に言えば、あれは『店』だな」
「『店』?」
統哉は近付き、手でそっと壁に触れてみる。
そして、再び目の前の建物を探るように見つめた。すると、入り口に看板がかかっているのを見つけた。
看板には正面を向いているデフォルメされたバッタ……いや、イナゴだろうか? が描かれており、その下には「Gate Of Abaddon」という文字が書かれている。どうやらこれが店の名前らしい。
一際目をひいた「Abaddon」という単語は統哉もRPGなどで聞いた事がある。「奈落」という意味だ。
直訳すると、「奈落の門」。
不吉極まりないネーミングだった。
「……何の店だ、ここ? 恨み屋本舗か何かか?」
統哉が怪訝な表情でルーシーに尋ねた。
目の前の店――「Gate Of Abaddon」は、一戸建ての一階を改装して造られたごく小さな店だった。
看板が無ければそこに店があるという事に気付くのも難しい。それ程目立たない。
「違う違う。喫茶店兼バーだよ」
統哉の疑問にルーシーが笑って答える。
「そんなバカな」
「本当だよ。昼には喫茶店としての顔、夜になると洒落たバーに姿を変えるんだ。ちなみにここのお菓子は絶品だぞ?」
疑わしい顔をしている統哉を尻目に、ルーシーは楽しそうに目の前の店について語っている。
「……ルーシー、ここの事に随分詳しいな?」
「ああ。だってここのマスター知り合いだもん」
「は? 知り合いだって? じゃあここのマスターは堕天使なのか?」
「会ってみればわかるよ。さあ、入ろうか」
つかつかと入り口に向かうルーシーを追う統哉。
ドアには営業中の札が掛けられている。
ルーシーがドアノブに手をかけ、押し開ける。ドアが風鈴のような音と共に開かれた。
中に入っていくルーシーの後に続いて店に足を踏み入れ、開けた時と同じ音色を立てて閉まるドアを後ろ目に、統哉は店内を見回した。
別段広くもない一戸建ての一階を改装しただけの店だから狭苦しい狭苦しいイメージを持っていたのだが、思いの外狭さは感じなかった。
実際には狭いのだろうが、カウンターやテーブルが狭さを感じさせないように上手く配置されているのだ。
テーブルも椅子も真新しく、壁も暖色を基調としているために暖かみがあった。
また、要所に飾られた花や観葉植物、アンティークの装飾品が優しげな雰囲気をもたらしていた。
暖かみがあって、何処か古風である――いいセンスだ、と統哉は感じた。
そしてここのマスターであり、ルーシーの知り合いとは誰なのか、と思案していると――
「――いらっしゃいませ」
パタン、と店の奥にあるドアの閉まる音と共に掛けられた若い女性の声。
視線をやった先――カウンターの向こうにその声の主が立っていた。
二十代の半ばに位置するであろう女性。深緑の髪はセミロングの長さを持ち後ろで一つに束ねられている。頭頂部にはまるで昆虫のそれを思わせる触覚のように細く長い一対の髪があり、歪みの無い輪郭に鼻筋、優しげな目――なかなかの美人だ。腕まくりのされたワイシャツと黒のスラックス、その上にエプロンをかけている。
生粋の美人なのだろうが、シンプルな装いで派手さは全くないが、その分近寄り難さはなく、見る者をホッとさせる素朴な雰囲気がある事が伝わってくる。
「ご無沙汰ですね、ルシフェルさん。しかし、しばらく見ない間に随分可愛らしいお姿になられて。まるで体は少女、頭脳は大人と言った所でしょうか」
「色々あってな。いやー、しかしまさか君がこの世界に来ているなんてな。嬉しい偶然だよ。いつからこの世界に?」
「つい先日です。まさか貴女が先にこの世界に来ているとは思いませんでしたが……そちらの方は?」
後ろでルーシー達のやりとりを眺めていた統哉は話が自分に振られた事に気付く。
その時、女性と目が合った。
刹那、何の前触れも無く統哉の全身に震えが走った。
「っ……!」
思わず統哉は後ずさった。
今のは何だったのか。
ただ、わかるのはあの女性から感じた雰囲気が一瞬、自分とは次元が違うものであったということ。
「どうした? 暑さで立ちくらみでも起こしたか?」
何が起こったかすらも知らない様子のルーシーは訝しげに統哉を凝視した。
「……いや、何でもない」
ごまかしでも何でもなく、そう答えるしかなかった。統哉自身にもわからないのだから。
もう一度、女性を見る。再び目が合うと、彼女はにこり、と微笑んだ。
「貴方、お名前は何というのですか?」
「……はい、八雲統哉です」
女性の放つ穏やかで丁寧な雰囲気に、統哉の口調も自然と丁寧なものになる
「初めまして、この店の店長の璃遠です。私の事は『璃遠』で構いません。以後、お見知りおきを」
カウンターの外に出て統哉の前までやってきた璃遠と名乗った女性は、握手を求めるように統哉に手を差し伸べた。
先程起こった出来事から、璃遠への違和感を拭えない。
統哉は一瞬それに応対しようか迷ったが、思い直してそれに応える。
「よろしく、璃遠さん」
優しげな表情。柔らかな口調。繊細そうな雰囲気。
どれもこれも自分とは異なるはずなのに、統哉は不思議なものを彼女から感じていた。
「そうだ璃遠、この世界でも『本業』はやるのかい?」
ルーシーが璃遠に尋ねる。
「『本業』……?」
首を傾げる統哉。すると璃遠は――
「もちろんですよ。お望みならば、今すぐにでも」
凄絶な笑みを浮かべて答えた。その笑みの深さは思わず統哉が後ずさってしまう程だった。
「じゃあ、早速頼もうかな」
ルーシーが声をかけると、璃遠はかしこまりました、しばしお待ちを言い残し、店の奥へと入っていった。
「なあルーシー、璃遠さんの『本業』って何だよ?」
「ああ、璃遠の『本業』とは、武器商人だよ」
「武器商人!?」
統哉が素っ頓狂な声を上げる。そこへ璃遠が戻ってきた。
「お待たせいたしました。準備ができましたので早速ご案内いたします」
そう言って璃遠は右手を軽く掲げ、指をパチン、と鳴らした。
次の瞬間、統哉は異変に襲われた。
自分の足下が底なし沼のように沈んでいく感覚に襲われた。その感覚はどんどん大きくなっていく。
周囲を見ると、辺りは漆黒の闇に覆われていた。
しばらくすると、突然視界が開けた。
「なっ……!?」
開けた視界の先に広がる光景を見て、統哉は思わず声を上げた。
目の前にはスーパーマーケットを彷彿とさせる真っ白な壁と天井に囲まれた、多くの棚が立ち並ぶ広大な空間が広がっていた。並べられた薬品、飾られる武具や銃火器、幾種類もの正体不明な道具など、その種類はまさに千差万別だ。
自分が今まで見ていたアンティークや小物、テーブルなどが飾る喫茶店の風景はもう見る影もない。
まさに映画の世界にあるような「武器商人」の店そのものだった。
「相変わらず、璃遠の空間魔術は見事なものだな」
ルーシーが拍手しながら感嘆の声を漏らす。
「お褒めの言葉、ありがとうございます」
璃遠は芝居がかった動作で一礼する。一方の統哉はついていけずにキョロキョロしている。
「これは……!? それに今のは一体……!?」
「空間魔術の一種だよ。簡単に言うと、ワームホールってやつだな。喫茶店という空間と、この武器屋という空間を接続したというところかな」
ルーシーが説明してくれる。
「空間魔術って……璃遠さん、あなたは一体……」
「申し遅れました。私の本来の名前は、悪魔アバドン。そして魔界の大手通販会社『Abaddon.com』の代表取り締まり役を務めております」
そう言って、ワイシャツのポケットから名刺を取り出し、統哉に手渡す。受け取った名刺には、名前と役職、そしてデフォルメされたイナゴのマスコットと会社のロゴが描かれていた。
「キャッチコピーは『デモンクレイドルから、パンドラの箱まで』でございます」
「おいちょっと待て。今の言葉、全く意味の違う言葉に聞こえた気がしたんだが?」
思わず丁寧語を使う事も忘れてツッコむ統哉。
「気のせいですよ、フフーフ」
「何その笑い方」
「ルシフェルさんから、この笑い方をすればグッと心を掴む事ができると聞いたもので」
「おいルーシー、お前また変な事吹き込んだな?」
「さてねぇ」
あらぬ方向を向いてしらばっくれるルーシー。
一方統哉はルーシーにツッコみつつも、内心ではかなり驚いていた。
アバドン。
奈落の主であり、大勢の人面イナゴを従えて人々に五ヶ月にも渡る苦しみを与える堕天使、または悪魔だとされる。
そんな大物がこの世界に来て、喫茶店兼バーを営み、本業は魔界一の通信販売会社のCEOという重職に就いているとは思わなかった。
「彼女は私達がいた世界でもかなりの力を持つ生粋の悪魔で、空間に関する魔術のエキスパートだ。簡単なものは空間に穴を開けて物を出し入れし、大がかりなものとなると相応の準備が必要になるが、世界を移動する事だってやってのけるのさ。
私達が堕天した時、すぐ私達に協力を申し出てくれた。私の部下であるグザファンと連携して数多くの武具や魔導具を開発したものさ……そういえば璃遠、グザファンは元気にやっているかい?」
「ええ、それはもう。今頃魔界の本拠地で新しい商品の開発に余念がない頃でしょうね」
「そうか、それは何よりだ」
「ところでルシフェルさん、本日は何をお求めでしょうか?」
先程までの穏やかな笑みの中に商売人としての顔をにじませながら璃遠はルーシーに尋ねる。
「ええと、ちょっと込み入った事情があって空間拡張型の仮説住居作成ツールが欲しい」
「なるほど。それでしたらすぐにご用意いたしましょう。統哉さんは?」
「え? 俺?」
急に話を振られ、たじろぐ統哉。
「はい。武器に防具など、何でも揃ってますよ?」
「防具……か」
防具という言葉に統哉の眉が動く。
「――そうですね、戦う時に身を守るための防具に興味があります。戦う時はいつも普段着なんで不安があります」
「防具ですか。防具コーナーはあちらです」
そう言って璃遠は右手にある防具コーナーを指し示した。
「私達は実物の使い心地を確かめてもらうと共に、お互いの近況報告をして参ります。ルシフェルさん、それでよろしいですか?」
「そうだな。せっかくの再会だし、ゆっくりと話をするか。統哉、君は防具を見ているといい。気に入ったのがあったらキープしておいてくれ。私は璃遠に色々事情説明も兼ねた話をしてくるよ」
「では統哉さん、ごゆっくりどうぞ」
そう言ってルーシーと璃遠はまた別の空間へと沈んでいった。
「さて……」
一人残された統哉は防具コーナーへと足を向けた。
このような店を利用するのは初めての統哉だったが、その品々には興味を惹かれる品が多く、直感で品揃えがいいと感じた。
まるで、子供の頃に初めてデパートのオモチャ売り場に来たような気分になった。
いろいろ触ってみたいと思ったが、自分は防具を探しに来たという本来の目的を思い出し、統哉は防具コーナーへと足を運び、品々を物色した。
そして一時間後。
先程から統哉は溜息をつくばかりだった。それは――
「なになに……魔法金属・ミスリル製のプレートアーマー……性能は良さそうだけど高いなぁ……いち、に、さん……えーっ!? ゼロが六つ!? 値段まで桁違いか……高い……高すぎる……」
思わず本音が漏れる。
防具コーナーに陳列されている盾や鎧、魔力付加がされた衣服など、数多くの防具を見てきたが、どれも統哉にとっては値段が目玉が飛び出す程の値段だった。
確かにここの品は良い。だが質がいいものはそれ相応に値が張る。これは世の中の常識だが、どうしようもなく多いゼロの数が憎らしい。
「うーん……」
「やっぱり高いか?」
「うわっ!?」
苦渋の表情を浮かべて値札とにらめっこする統哉の耳元にソプラノボイスが届いた。
吐息が吹きかかり飛び上がらんばかりに驚くのを抑え、統哉は文句を漏らす。
「脅かすなよ……っていうか、そっちはどうだった?」
「ああ、バッチリだ。部屋の問題は解決しそうだよ」
「それはよかった。でもこっちはまずいな。高いも何も、予想以上の値段だ。参ったな、本当に……お財布マストダイだぞ?」
「ああ、そうか。この手の物はかなり値が張るからな。よし、心配するな。私が話をつける」
二人でごにょごにょと話し込んでいる所に、璃遠が声をかける。
「気に入った品はありましたか?」
「ああ。一番気に入ってるのは……」
「何です?」
ルーシーは一呼吸おき、笑顔を浮かべて宣言した。
「値段だ。彼にはハードルが高い」
「ははあ。やはりお高いですか」
「ああ。彼は<天士>とはいえ一般人だぞ? ここまでの大金が払えるわけがないだろう」
「確かに、先程色々とお話を伺いましたが他の堕天使と同居していたり、統哉さんが今までにない<天士>の能力を持っている事、その他諸々の事情が込み入っている事はわかりました。そこで、私から統哉さんに防具を差し上げます」
統哉はずっこけた。
「いいの!? 商品なんだろ!?」
「……ツッコミとなると容赦がなくなると、ルシフェルさんがおっしゃっていましたが、その通りですね……まあいいでしょう。少々お待ちを……」
笑みを浮かべながら穴へと沈んでいく璃遠を統哉は信じられないという目で見た。程なくして再び璃遠が姿を現した。手に何かを持っている。
「ちょうど試作段階の新製品があるんですよ。ほら」
そう言って、璃音は手にした物を掲げてみせる。それは――
「……ロングコート?」
ルーシーが首を傾げる。
それは漆黒の毛皮を加工して作られたらしい、ノースリーブのロングコートだった。
「魔獣ケルベロスの毛皮を加工して作ったもので、耐刃、耐衝撃、防弾など、様々な面で優れております。早速羽織ってみますか?」
「はい」
統哉は璃遠からコートを受け取り、早速羽織ってみた。直後、統哉の表情が驚愕に変わる。
「――あれ? 嘘みたいに軽い……それに、暑くない」
「はい。ケルベロスの毛皮は軽くて頑丈、強靱なのが特徴でして、防具の加工にはうってつけなんですよ。
また、それには魔術加工も施されておりまして、暑い場所では涼しく、寒い場所では暖かくと、場所に応じて周辺温度を至適温度にする調整が施されております。いかがですか?」
「凄いですよ、これ!」
統哉が顔を輝かせる。
「条件としてはこちらの商品を使っていただいて、その使い心地などを教えていただければ。つまり、新商品のモニターですね。それでよければこのコートを差し上げます。どうでしょうか?」
「わかりました」
統哉は即答した。ただでいい防具がもらえるなら、それほど嬉しい事はない。
「大事に使わせていただきます。ありがとうございます」
統哉が璃遠に頭を下げる。璃遠はコートを受け取り、それを大きな紙袋に丁寧にしまいこむ。
「お買い上げ、誠にありがとうございます」
璃遠が恭しく頭を下げた。
こうして、ルーシーは統哉は一番いい装備――ケルベロスの毛皮でできたロングコート、そして贔屓の店を手に入れた。
それから三人は元の喫茶店に戻ってきた。
「じゃあ、そろそろお暇しようかな。ありがとう、璃遠。こっちの世界でもよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします。何卒当店をご贔屓に。それでは、またのお越しをお待ちしております」
璃遠は丁寧な口調にお辞儀を添えて、統哉達を見送った。
風鈴のような音と共にドアが閉まるのを見届けた璃遠は、
「まさか、あのルシフェルさん……いえ、今はルーシーさんというんでしたか……彼女があそこまで入れ込む人間が現れるとは、ねぇ……。八神統哉さん……ですか。これから面白くなりそうですね」
一人、心の底から楽しそうな笑みをこぼした。




