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間章:Part 01 八神統哉は静かに暮らしたい

今回から間章です。

「ん……」


 統哉は鳥のさえずりで目を覚ました。

 頭を反らせて枕元の時計を見る。表示は逆さまだが朝十時過ぎだとわかる。

 思い起こせば昨日は大変な一日だった。アスモデウスと出会い、図書館の<結界>に突入し、アスモデウスと再び出会い行動を共にし、守護天使と戦って<知恵>の<欠片>を奪還した。

 そして、自分の能力が「堕天使に好かれる程度の能力」という色々な意味で衝撃的な能力である事が判明した。

 おまけに八神家が万魔殿にクラスチェンジした。

 正直言って、一日で消化するイベントの量が多過ぎた。まるで大きな遊園地をジェットコースターで屋内のアトラクションを含めて全て回るかのような目まぐるしさだった。

 だがそんな目まぐるしい非日常が日常と化している事にすっかり慣れてしまったなと、統哉は思う。この二週間程の間にルーシーと出会い、異形の天使達と戦い、さらに他の堕天使達と出会った。

 気疲れは多いものの、刺激的な毎日だ。

 しかし、ゆうべはとてもよく眠れた気がする。まるで何か柔らかいものにくるまれて、疲れが一気に取れた気がする。

 よって現在の統哉のコンディションは最高に「ハイ!」ってやつだ。

 さて、今日は何をして過ごそうか。

 そう考えた統哉が体を起こそうとした時――。


 むにゅん。


「……ん?」


 統哉の手が何か柔らかい物を掴んだ。

 それは一言で言うならば、つきたての鏡餅。

 その柔らかさ、弾力性、ハリともに申し分なし。思わずもっと揉みしだきたくなる衝動を統哉に与えた。


(ば、バリボー……?)


 統哉の脳裏にそんな単語が浮かんだ。そもそも何だ、バリボーって。

 その時、統哉は自分の傍らで誰かが寝ている事に気付いた。

 その誰かさんは統哉の方に体を向けて静かな寝息を立てている。

 まず、長いピンク色の髪が目を引き、その下には穏やかな雰囲気を湛えた可愛らしい寝顔があった。

 真っ白な肌が窓から差し込む日光に映えている。

 長く細い腕の片方が絶妙な配置で胸部を隠し、腕の下にはまさにバリボーという表現がぴったりな見事な膨らみがある。

 その下に視線を移すと、引き締まったウェスト、美しい太股、ふくらはぎ、肝心な所を隠しているタオルケットを経由し、しなやかな足、及び指先という絶景コースだった。


「……た」


 思わず声が漏れる。


「と」


 放心したまま、もう一度その芸術的なまでに美しい体を頭の先から足の先まで見やる。


「ば」


 ようやく、自分の側に寝ているのが誰なのかがはっきりした。

 自分のベッドに寝ているのはアスモデウス――アスカだ。それも、裸の。

 そして統哉は、自分が鷲掴みにしていたものはアスカの胸・・・・・だった事をはっきりと理解した。


(……ナンデ? アスカナンデ?)


 統哉は寝起き直後でろくに働かない頭をフル回転させ、自分が取らなければならない行動を導き出す。そして、行動を開始した。

 とりあえず、タオルケットをアスカの体にそっとかけておく。そして、ごく自然な足取りで窓際まで歩いていき、ベランダへ出る。

 そして、声にならない魂の叫びを住宅街へ高らかに放った。


(いやいやいや意味わかんねえよ! 何でアスカが俺のベッドに潜り込んでるのかな!? それも裸で!? 何でベルの時よりもハードル上がってんの!? むしろ上がりすぎてその下をくぐった方がいいくらいだよ! いきなり難易度上がりすぎだろ! ベルのがイージーだとすればアスカのはルナティックだろどう考えても! つか俺は何を考えてるんだ!?)

「ん~……」


 統哉が一人で狼狽しているその時、アスカが身じろぎし、目を覚ました。声を聞きつけた統哉は即座に彼女の元へ向かう。統哉の姿を見るとアスカはいつもの柔和な笑みを向けた。


「……あ~、とーやくんおっは~」

「うんおはようさん。ネタが古いなおい! ……いやそうじゃなくて! 何で俺のベッドに潜り込んでるんだよ! そ、それも裸で!? 説明しろよ!」

「だってわたし~、寝る時裸~」

「あ、そうなんだ。で? それが何か問題? そもそもどうやって俺の部屋に入った!? 鍵かかってたよな!?」


 ベルが統哉のベッドに潜り込んだ一件から、統哉は部屋のドアや窓に鍵をかける事を己に義務付ける事にした。前のように気がついたら堕天使が部屋に乱入していましたという事態を避けるためだ。


「鍵穴に電撃を通して開けた~」

「何やってんのお前!?」

「だって~、途中で目が覚めてね、そしたらとーやくんの魔力が上の部屋から伝わってきて、ついふらふらむらむらって~。で、鍵がかかってたから電撃を鍵穴に通してロックを外して~、で、気が付いたら朝だったの~」

「アスカ、お前もか!」


 統哉は頭を抱えた。


「でもやっぱりとーやくんの魔力、ほんとにわたし達好みだよ~。実際すごい~」


 統哉はさらに頭を抱えた。魔力の質が堕天使好みなのにも程があると心の中で叫ぶ。


「それは何より! つかまず服を着ろ頼むから! こんな所にあいつらが来たら……」


 その時、部屋のドアがバン! と開かれた。


「一体何事だ統哉!? 今の『アイエエエ!』という魂の悲鳴……は?」

「違うぞルーシー! ベルには『イ゛ェアアア!』と聞こえた……が?」


 二人の堕天使の声が背中に届いた時、統哉の動きはフリーズした。

 振り返る事ができない。そして、堕天使達が部屋に一歩踏み込んでくる。

 動く事ができないのに背後から近付かれる。まるで水の中に一分しか潜っていられない男が限界一分目にやっと水面で呼吸しようとした瞬間に足を捕まえられて水中に引きずり込まれるような気分だ。

 徐々に、背中から冷たいものが伝わってくる。擬音にすると、ドドドドやゴゴゴゴといったとてつもない威圧感がルーシーとベルを中心に発生しているのがよくわかる。

 尻に氷柱を突っ込まれる気分にも似た怖気とエンジン音だけ聞いてブルドーザーだと認識できるような凄みを伴った長い沈黙が部屋を支配する。

 本能的な恐怖に耐えながら、統哉はゼンマイの切れたおもちゃのようなぎこちない動きでおそるおそる背後を振り返った。

 部屋の入り口に、満面の笑みを浮かべながら冷たい地獄の業火を背負った堕天使が立っていた。


「……同衾とは、実にいい趣味してるじゃないか、え? 『ゆうべはおたのしみでしたね』って奴か?」

「……統哉の絆で、アスカを掴んだのか? おっぱい的な意味で? やはりベルのようなツルペタは駄目なのか?」


 ルーシーとベルがそれぞれ腕を組んで、満面の笑顔で統哉を見る。


「ち、違うぞ……これは……」


 上手く舌が回らない口で統哉は言葉を紡ぐ。だがルーシーとベルはそれを制した。


「あーわかっている。皆まで言うな」

「わかっている、わかっているさ。統哉」


 そして同時に叫んだ。


「「とりあえず、一発殴らせろ!」」


「待たんかい! アスカ、お前からも何か言ってくれ!」


 バックステップで軽く間合いを離しつつ統哉はアスカに呼びかける。するとアスカは――


「なんとかしてよ、なぽれお~ん……」

(ああ、こいつ駄目だわ、うん。寝てやがるし、寝言が意味不明だし)


 統哉は一瞬で孤立無援だと悟った。

 そして、この二人を止めるには、長い説明と弁明、そして武力による対話が必要だと直感した。




「やれやれだぜ……」


 長い説明と弁明、そして武力による対話(ハリセン含む)を終え、アスカをリビングに、ルーシーとベルを部屋に戻し、一息ついてから着替えた頃には時刻はもう十一時半だった。

 朝の清々しい気分は一転、ドロドロギスギスしたものになってしまった事に統哉は大きな溜息をついた。

 それでもなんとか少し早い昼食の支度を終え、四人でテーブルを囲む事ができていた。


「「正直、スマンかった」」


 ルーシーとベルが頭を下げる。デジャブなやりとりだが、それは大した問題ではない。


「うん、わかってもらえて嬉しいよ俺は」


 昼食であるつけうどんを啜りながら統哉は答える。あの後どんな説明と弁明、武力対話が繰り広げられたのかは言わずもがな。

 一方のアスカはそんな事はつゆ知らずとばかりにうどんをつゆにつけ、啜っている。

 ふと、統哉の脳裏に先程のアスカの姿や胸の感触が蘇り、統哉は噎せ返ってしまった。


「統哉、今君は何かよからぬ事を考えなかったか?」

「……スケベ」


 ルーシーとベルがジトッとした視線を送ってくる。


「何でもないよ……しかしまあ、堕天使が増えたなぁ……」


 考えを見透かされた統哉はそれをごまかすようにテーブルを見渡して呟く。

 しかし、本当に堕天使が増えたものだ。それも、七大罪に属する者ばかり。これが自分の能力の一端かと思うと、未だに信じられないものがある。


「ふむ。だが、このまま順調に<欠片>を取り戻していけばさらに堕天使が増えるかもしれないな。この家に収まりきらない程に、な」

「その時はいよいよ本格的にこの家を万魔殿にリフォームすればいい」

「わたし達に力が戻って、万魔殿を建てる時はわたしに建築・設計を任せてほしいなー。だってわたし、万魔殿建築の実績があるし~」


 楽しそうに談笑する堕天使達。それとは対照的に統哉の表情は沈んでいた。

 堕天使が増えるのはいいが、せめて別の場所に居を構えるという考えはないのだろうか。何故俺の家を万魔殿にしようとするのか。他に空いている土地を買い取るなり乗っ取るなりしてそこに建てればいいんじゃないのか。

 統哉の脳裏にたくさんのツッコミ事案が浮かんだが、統哉はそれを全て取り下げた。言ってもどうせ無駄だろうし。


「それにしても、部屋、ねぇ……」


 統哉は小声で呟くと席を立ち、食器を片付けた。そして談笑している堕天使達の横を通り過ぎていく。その背にルーシーが声をかけた。

「統哉、どこへドミネ・行かれるのですかクオ・ヴァディス? 『磔刑』にするよ?」

「ちょっと散歩行ってくる。そしてそんな事をしようとしたらハリセン百叩きにするからな」


 そう言い残し、統哉は玄関へと歩いていった。

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