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Chapter 4:Epilogue

<知恵>の<欠片>を取り戻した一行は、徒歩で八神家へと戻ってきた。もちろん、アスモデウスも一緒だ。


「……でさ、アスモデウス。さっきから言おうと思っていたけど、もう本気モードを解除してもいいんじゃないか?」


 ルーシーが苦笑しながらアスモデウスに話しかけた。そう。アスモデウスはずっと本気モードを発動したままここまで歩いてきたのだ。夜のため人に出くわす事はなかったが、もし誰かにこのアスモデウスの姿を見られたら言い訳のしようがなかった。コスプレと言ってもあのリアルな角、翼、尻尾は説明できるわけがない。

 ルーシーの一言にアスモデウスはしばし考え、


「……そうだね。じゃあ戻ろうかな」


 呟き、「ふんすっ」とかけ声をかけた。

 すると、アスモデウスが纏う雰囲気が元ののほほんとしたものに戻っていく。それに合わせて、角、翼、尻尾もするすると引っ込んでいく。


「…………ぷしゅ~」


 文字通り気の抜けた一言と共に、アスモデウスは本気モードを解除した。表情もいつものニコニコしたものに戻っている。


「……とーやくーん、つかれたよ~」


 そしてこのアスモデウスである。先程までの凛とした雰囲気は見る影もない。統哉の呼び方も気が抜けまくっている。

 そして、リビングに入った一行を猫の着ぐるみが迎えた。帰宅をゆるい着ぐるみに迎えられるのはシュールな図であるが。


「あ~、何でわたしの着ぐるみちゃんがこんな所に~?」

「いや、君がごく自然に忘れていったんだろう」


 目を丸くして驚くアスモデウスにルーシーがツッコむ。するとアスモデウスは思い出したように、


「……あ~、言われてみれば着ぐるみちゃんの事すっかり忘れてた~」

「……アホだろお前」


 統哉が呆れた口調で言った。




「さあ、早速話してもらおうか? 俺の能力ってやつを」


 それから統哉は戦いの疲れを癒す時間も惜しみ、単刀直入に切り出した。


「わかった。まあとりあえず座って話そう」


 ルーシーがリビングのテーブルを示す。統哉は頷き、テーブルの側に腰を下ろした。三人の堕天使も後に続く。


「……まず、私が君の能力の片鱗を感じ取ったのは<栄光>の<欠片>を取り戻した時だ。<欠片>が戻った後、私達が驚いていた事を覚えているか?」

「ああ」


 統哉が頷く。


「確か、俺から放たれている魔力が急激に強くなってしまった事に驚いていたんだったよな?」

「確かに、君から放たれる魔力がかなり強まった事に驚いたのは事実だ。だが、正確には他の要因もある」


 ルーシーが静かに答える。


「他の要因?」


 統哉が首を傾げる。


「そう。だがその前に堕天使の持つ魔力について話をしよう」


 一呼吸おき、ルーシーは言葉を紡ぎ始めた。


「私達堕天使は、天使が地上に堕ちた事で生まれた……いや、性質が変容した存在だ。

 ベルのように他の属性を持つ天使もいたが、天界にいる天使が持つ魔力の主成分は『光』。だが地上に満ちている魔力は不純なものが多い。それは不純な魔力を持たない天使にダイレクトに影響を及ぼす。

 地上に満ちている魔力が私達に流れ込んだ事で私達の魔力の一部が変容し、『闇』の魔力が生まれた。それが元で、私達堕天使は『光』と『闇』の魔力が混在した『混沌』の魔力を持った存在となるわけだ」


 そこで、ベルが口を挟んだ。


「人間という生き物は遺伝子と同じように、魔力の性質がひとりひとり非常に異なっている。魔力を持つ者、持たない者にかかわらずな。だが統哉の放つ魔力はベル達堕天使の放つ魔力に酷似している」

「堕天使の魔力に……?」


 オウム返しに答える統哉にルーシーは頷いた。

「人間の中にも光と闇、どちらか片方だけの魔力を持った人間はいたが、君のような相反する光と闇の魔力を絶妙なバランスで併せ持っていて、かつそれが私達堕天使に近いものだというのは前例がない」

「そうなのか……?」


 驚きも露わに、統哉は呟く。ルーシーは言葉を続けた。


「以上の事から、ベルが一つの仮説を立てた。それを聞いた私は、その仮説が一番可能性が高いと感じた。そして、アスモデウスが現れ、君が彼女と契約を交わした事によって、その仮説は実証された。君の能力、それは……」


 ルーシーは息を整え、言葉を紡いだ。


「――『堕天使に好かれる程度の能力』だ」


 リビングを深い沈黙が支配した。


「……いやいやいや、笑えない笑えない」


 沈黙を破ったのは統哉だった。首を横に振り、顔の前で何度も手をパタパタと動かす。告げられた能力がまさかのラブコメチックな能力とは、笑えない冗談だ。


「いや、冗談なんかじゃない。本当だ、マジなんだ。流石の私も大事な事で冗談を言うほどふざけちゃいない」


 ルーシーが真面目な顔で返す。


「でもさ、その能力が一体何の役に立つんだ?」

「まず、魔力の性質上私達堕天使に好かれる。上手くいけば堕天使の助力をスムーズに得られるかもしれない……まあ、相手によってはトラブルの元になりかねないが」

「……ふん」


 言葉と共に向けられたルーシーの視線にベルが鼻を鳴らす。


「好かれるって、それだけか? もっと他にないのか?」


 統哉がショックを隠せない顔で尋ねる。


「いや、今までのケースから考えて、わかっている能力の詳細は大まかに三つ挙げられる。

 一つ。堕天使、それも七大罪のようなハイレベルな者を引き寄せる。

 二つ。悪魔会話で堕天使相手に確実に交渉を成立させる。

 三つ。周囲にいる堕天使に対して命中率と回避率にプラス補正の支援効果を与える――こんな所だろうか」


 統哉は首を傾げた。


「悪い。意味がわからんから一つ一つ説明してくれ。特に二つ目と三つ目は日本語でいい」

「何気にひどい言い草だな……まあいい。一つ目は先程も説明したように、君の魔力は私達にとても近く、そしてとても質がいいものなんだ。そのせいか、君の周りには高位の堕天使、それも七大罪ばかりが集まってくる。こんな事などそうそうあるものではない」

「へえ。それじゃあ二つ目は?」

「二つ目はそのままの意味だ。なんだかんだ言って君は我々堕天使と上手くやっていけている。私は言わずもがなだが、ベルとは出会いが最悪だったが良好な関係を築けているし、アスモデウスとはごく自然に仲良くなれたみたいだしな。統哉、アスモデウスが他者にあだ名をつけないなんて今までにない事だぞ?」

「え? そうなのか?」


 統哉が驚いた様子でアスモデウスに向き直る。


「えへ~」


 アスモデウスは満面の笑みを浮かべている。


「おっと、それはともかく、君ならば堕天使と上手く交渉を進められそうだ。情報や物品を引き出したり、仲魔にしたりとな」

「堕天使ばかり集まってもなぁ……」


 統哉が困ったように頭を掻く。するとルーシーは不敵な笑みを浮かべ、


「いや、君の堕天使を引き寄せる性質と合わせればここまで凄いスキルはないぞ。下手をすれば、堕天使達と天下を獲れるかもしれないぞ」

「いや、獲らないから。で、三つ目は?」


 すると、今度はベルが口を挟んだ。


「三つ目の力は分かりやすく言うと、堕天使のポテンシャルを引き出す力だ。統哉の持つ魔力か人柄かどうかはわからないが、ベル達堕天使は統哉の側にいると妙にリラックスできる。だから本来のポテンシャル以上の力を発揮する事ができるんだ。だが、離れているとその恩恵にあやかれないようだが」

「ふーん。正直実感はないけど、俺の能力ってそんなに凄いのか?」

「ああ。私達は今までに数多くの<天士>を見てきたが、君の能力は未だかつてない能力だ。強いて言うならば、その能力が生まれる可能性は数億分の一といったところか」

「とんでもなく低確率だな」

「だがとんでもなくレアで使い勝手のいい能力だ。ぜひとも上手く使いこなすがいい」

「はあ……」


 気の抜けた返事を返す統哉。本当にこの能力はレアで使い勝手がいいのだろうか。


「それはともかく……」


 統哉は別の問題に目を向ける事にした。


「ん~?」


 アスモデウスがニコニコとしながら首を傾げる。


「やっぱお前も家に居候するんだよな? 別にいいけどさ」


 半ば開き直った感じで統哉がアスモデウスに尋ねる。


「うーん、最初は泊まる所を探していたんだけど、とーやくんと契約しちゃったし~……居候させてくれたらありがたいんだけど~」

「うん、構わないぞ。流石に慣れたから」


 笑って答える統哉。


「そういえば、二人はとーやくんに名前もらってるんだよね~?」


 アスモデウスが二人を見る。


「ああ、私の事は親しみを込めてルーシー・ヴェルトールと呼びなさい」

「ベリアルはベル・イグニスと呼ぶがいい」


 二人が口を揃えて答えた。


「じゃあ、るしるしは『るーるー』でべりべりは『べるべる』だね~」

「「そんなに変わってないし!」」


 ルーシーとベルが揃ってツッコむ。アスモデウスのペースの前では流石の二人も形無しであった。


「というわけで、改めてよろしく、るーるーにべるべる~♪ そしてとーやくん、一つお願いがあるんですが~」

「ん?」

「るーるーやべるべるみたいに、わたしにも名前をつけてほしいな~」

「……やはりこのパターンか」


 統哉が嘆息する。何故堕天使達はこうも自分に名前をつけてもらう事を好むのか。これではまるでポケットサイズのモンスターを引き連れて歩くゲームのようではないか。それも、必ず悪タイプがつく連中ばかり。飛び膝蹴り一発で全滅させられかねない。


「さて、どうするか。アスモデウスか……『アスモ』はありきたりすぎるからな……二足歩行のロボットじゃあるまいし……」


 統哉が腕を組んで悩む。なんだかんだ言って、名前はきちんと考える統哉であった。


「アスモデウス、地上にいた頃はなんか偽名を使っていなかったか?」

「うーんと、アスモダイ、アエシュマ、シュドナイ……そんな感じかな~」

「なるほど、いけそうだ…………うん、よし決まった」


 統哉は頷き、アスモデウスに向き直ってその名を告げた。


「――『アスカ・シュドナイ』はどうかな?」


 しばしの沈黙。そして――


「咲き乱れちゃう!」


 アスモデウス――アスカの双眸が見開かれ、角、羽、尻尾が飛び出す。


「わあっ! アスモデウスがまた本気モードになったー!?」

「待て、落ち着け! 名前を与えられてテンション上がるのはわかるが、本気モードはやめろ!」


 ルーシーとベルが本気モードになったアスカを宥める。


「……ところで、アスカにはどこで寝泊まりしてもらうんだ?」


 統哉の一言で、場の空気が固まった。


「そういえばどうしたものか。ご両親の部屋は私とベルが使っているしな……」


 ルーシーが考え込む。するとアスモデウスが手を挙げ――


「とーやくんの部屋……」

「だが断る」

「……超スピードで返されました~」


 出鼻を挫かれたアスカが涙目でうなだれる。


「でもさ、冗談抜きで本当にどうしようか、寝る場所」


 統哉が腕を組んで考える。一方アスモデウスは暢気な様子だ。


「わたしはどこでも構わないよ~。押入れでも天井裏でも床下でも~」

「ああ、そういえばお前は立ったまま寝るのはもちろん、どこでも眠れるのが自慢だったな。崖にしがみついたままとかな」


 ベルが苦笑する。


「どんな状況でそうなるんだよ……」


 統哉が呆れた口調でツッコむ。


「まーそれはともかく、改めてよろしくね、とーやくん」


 アスカが笑って統哉に手を差し出す。


「ああ、こちらこそよろしくな、アスカ」


 それにつられて、統哉も微笑んでアスカの手を握り返した。寝る場所は後で考えよう――そんな事を考えながら。

 何はともあれ、八神家にまた一人、堕天使が増えたのであった――。




「……ん? ちょっと待てよ……」


 アスカの手を離した後、何かに気付いたように統哉の動きが固まる。そして――


「……ああ、駄目だ」


 統哉が頭を抱え、ソファーに力なく腰を下ろす。


「統哉、どうした?」


 尋ねてきたルーシーに統哉は半ば叫ぶように答えた。


「こんなの人の家じゃないよ! 万魔殿パンデモニウムだよ!」


 するとルーシーは自信たっぷりに答えた。


「だったら住めばいいだろ!」

「そんな……」


 何でもない事のように答えたルーシーに、統哉はがっくりとうなだれるしかできなかった。

 こうして、八神家は人家から万魔殿へとクラスチェンジしたのであった。


「してねえよ!」

「……どうした統哉、いきなり叫んで。近所迷惑になるぞ?」


 ルーシーが驚いた表情で尋ねる。

「……いや、なんか急に叫びたくなった」


 どんどんカオスさが混迷を極めていくなぁ。そんな言葉にできない気持ちを統哉は覚えたのだった。

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