Chapter 4:Part 10 第三の<神器>
「はいだらー!」
アスモデウスが翼をはためかせ、空中を飛び回りながらレーザーを乱射し、召喚された天使達やラツィエルを的確に砲撃していく。
「う、嘘だろ……」
一方、天使達を相手にするために駆け出そうとした統哉は驚きを隠せないでいた。
アスモデウスがとんでもないスピードを発揮した事に統哉は驚いていた。先程までのアスモデウスからは想像できない、鳥のようなスピードだった。
一方ラツィエルも負けてはいない。天使を召喚するための魔法陣を空中に五つ展開した。<天使>が五体召喚され、剣を構えて一斉にアスモデウスに突撃していく。だがアスモデウスはキャノン砲を構えたまま動かない。
「まずいアスモデウス! 逃げろ!」
統哉が叫ぶ。するとアスモデウスは自信に満ちた表情を統哉に向けた。
「大丈夫!」
そして、突っ込んでくる<天使>達を見据えて――
「――止まりなさい」
厳かな口調でただ一言だけ告げた。すると、<天使>達の動きがピタリと止まった。
「――お互いに傷つけ合いなさい」
アスモデウスが命じると同時に<天使>達は同士討ちを始めたではないか。<天使>達は互いを傷つけ合い、どんどん数を減らしていく。そして最後に残った一体も立っているのがやっとという感じだった。
「――剣を自分に突き立てなさい」
無慈悲とも言えるアスモデウスの落ち着いた声。その声の通りに<天使>は剣を自分の胸に突き立てた。<天使>はしばらくもがいていたが、やがて消滅していった。
「……今、何をしたんだ?」
統哉が尋ねる。するとアスモデウスは悪戯っぽく笑った。
「わたしの『魅了』の能力のちょっとした応用だね。視界に収まっている相手に暗示をかけてわたしの命令を遵守させるって所かな」
「何気にとんでもない技だな、それ」
すると、ラツィエルはさらに<天使>や<翼>を召喚した。アスモデウスが肩を竦める。
「懲りないねー。無駄なんだよ、無駄無駄」
無駄と連呼しながら、アスモデウスはアスモキャノンを構えた。砲口に魔力が蓄積されていき、それが巨大な球体を作り出していく。
「スプリットバースト……ゴー!」
叫び、アスモデウスはエネルギー弾を発射した。が、その速度はゆっくりとしたもので、天使達は分散して悠々とそれを回避した。
「おい! 避けられたぞ!」
「全く問題ないよ!」
アスモデウスが指をパチンと鳴らし、叫んだ。
「オープン・ゲット!」
同時に、エネルギー弾が細かいエネルギー弾に分裂し、それぞれが天使達を高速で追いかけていく。
分裂したエネルギー弾は悉く天使達に直撃し、その身を消滅させた。
「まだまだ! マッハで蜂の巣にしてやんよ!」
アスモデウスは照準をラツィエルに向けた。そして躊躇いなくトリガーを引く。
「ボラボラボラボラー!」
早口で叫びながらアスモデウスはレーザーを小刻みにマシンガンのように乱射していく。レーザーの雨は紙片を貫き、奥にいるラツィエルにもダメージを与えていく。
「――ボラーレ・ヴィーア(飛んで行きな)!」
そして駄目押しとばかりに一条のレーザーを発射した。ラツィエルの体がレーザーによって大きく吹き飛び、奥の壁に激突した。
「やがみん、さっきわたしに『力を貸せ!』って命令したよね?」
「あ、ああ。あれはつい……」
「それ」
弁解しようとした統哉をアスモデウスは制した。
「それが欲しかったんだよね! わたしを恐れない事と、その堂々とした態度が! わたし、そういった人がタイプなんだよね!」
「お前を恐れない事と、堂々とした態度……?」
彼女に言われて、今までの事を思い返してみる。確かに自分はアスモデウスと出会ってから今に至るまで、一度もアスモデウスを恐れていない。それどころか、普通にツッコミ入れまくってたし。
だが、あの時の自分は堂々とした態度をとっていなかった。
それが今、堂々とした態度をとった事によってアスモデウスにとっての契約条件を満たしたようだ。
「というわけでやがみん! わたしと契約しよう!」
統哉は一瞬たじろいだものの、大きく頷いた。
「わかった。この状況を生きて切り抜けるためだ!」
「よしやがみん、思い切りギューッて抱き締めさせてくれるかな?」
統哉はずっこけた。
「何でそうなるんだよ!」
統哉のツッコミにアスモデウスは真剣な口調で答える。
「やがみんの魔力がどんなものか知りたいし、その方がやがみんにわたしの魔力をダイレクトに分けてあげられるんだけど……駄目かな?」
シュンとするアスモデウス。それを見た統哉は溜息をつき、アスモデウスの側に近付く。
「……小恥ずかしいからな。早くしてくれよ」
すと、アスモデウスの顔に満面の笑みが浮かぶ。
「ありがとう! それじゃあ早速! ……あ、せっかくだからやがみんもわたしの事ギューッて抱き締めてね!」
そう言ってアスモデウスは両腕を広げ、そして統哉を思い切り抱き締めた。
(や、ヤバイヤバイヤバイ!)
一方、統哉は必死に理性を保つので精一杯だった。女の子特有の香り、そして何よりも胸板に押し当てられている二つの柔らかいものの破壊力にいつ陥落してもおかしくなかった。
かつて何かのマンガで、大きさ×柔らかさ×張りの良さ=破壊力という数式を見た気がする。なるほど、あれは正しかったらしい。何か違うような気がするが。
「はぁ~……やがみんの魔力、とってもイイよ~……満たされる~……」
アスモデウスが満足そうな声を上げる。そうしてしばらくアスモデウスを抱き締め合っていると、アスモデウスの魔力が統哉の内側に流れ込んでくるのがわかった。
そしてそれが臨海点を超えた時、輝石が現れた。見ると、輝石は淡い紫色に輝いている。アスモデウスがそっと統哉の体を離した。
「――よし、契約完了! さあ、わたしの力を受け取って、やがみん……いや、統哉くん!」
アスモデウスが叫ぶと同時に、統哉の脳裏に新たな<神器>の名前が浮かび上がっていく。
「――アスモデバステイターッ!」
統哉が<神器>の名を叫ぶ。
輝石が強烈な紫色の輝きを放ち、形を変えていく。
輝きが収まった時、統哉の手には身の丈程の異形の<神器>があった。
それは、一言で言うならば紫水晶でできたキャノン砲だった。
複数のグリップや外見こそアスモキャノン666に似ているが、ディテールが大きく異なっている。
まず、外見。アスモデウスのは細身のドラゴンの首のような外見だったが、これは重厚感を感じさせる獣の頭部を思わせた。それには両側面と内部にある空洞のそれぞれに三つのグリップとトリガーが設置されている。
さらに確かめてみると、口腔内には六つの銃口が円上に配置されている。いわゆるガトリング砲という形だ。
下顎にあたる部分には大きな刃が備え付けられており、これを活用すれば近接戦闘も可能である事が見て取れた。
「これ、どうやって使うんだろう? 見た感じはアスモデウスのキャノン砲と一緒みたいだけど」
統哉がアスモデバステイターを眺めながら呟く。そこへ――
「統哉くん、あれ!」
アスモデウスがラツィエルを指差しながら叫ぶ。
見ると、ラツィエルはさらに魔法陣を展開させ、<天使>や<翼>を呼び出していた。
(……くそっ、新しい武器があってもあれだけの数を相手にできるのか……いや、これは!)
その時、自問する統哉の脳裏にこの<神器>の使い方が流れ込んできた。統哉はそれを瞬時に読み取り、理解し、体に刻み込んだ。
(……なるほど。これは、主に射撃戦向けの<神器>なのか。それぞれのトリガーを引くと、それに対応した攻撃が出せるらしい。まずは、これから試してみるか!)
統哉は床を踏み締め、アスモデバステイターを構える。そして、右側のトリガーを引いた。
同時にガトリング砲が回転し、紫色の弾丸が超高速で射出されていく。
射出された弾丸はみるみる内に<天使>や<翼>を蜂の巣に変えていく。
「なるほどね。どうやら水晶の弾丸を超高速で射出して敵を撃ち抜く事ができるみたいだね」
側で見ていたアスモデウスが満足そうに頷く。
「統哉くん、もっと試してみよう!」
「ああ!」
統哉は左のトリガーを引く。すると今度は銃口に魔力が集まっていく。
「……鎌?」
統哉が呟く。
アスモデバスタイターの銃口に、魔力で生成された禍禍しい刃が作り出された。それはまさに、魂を刈り取る死神の鎌そのものだった。
「統哉くん、思いっ切りブン回しちゃえ!」
アスモデウスが声を上げる。統哉は頷き、アスモデバステイターを掲げて天使の群れへと突っ込んでいく。そして敵の真っ直中でそれを一気に振り抜いた。
「――ハーベスト・サイズッ!」
振るわれた死神の大鎌は<天使>と<翼>の群れを一閃し、体ごとその魂を刈り取っていく。
「――凄いな、こいつは! まさに今の状況にピッタリな武器じゃないか!」
統哉が楽しそうな声を上げる。
「まだまだ行くぞ!」
統哉は細かい足捌きで移動しながら、召喚された天使達を撃ち抜き、刃で斬り伏せていく。勢いに乗り、ラツィエルの懐へと距離を詰めていく。
それを確認したのか、ラツィエルは紙片を集めて盾を形成した。
「無駄だ! 今度こそ斬り裂いてやる!」
叫び、統哉は魔力を刃に集中させた。すると顎の刃が大きく伸び、さらに魔力によるコーティングを受けて銀色に輝いていく。
「――ジャックザリッパー!」
叫び、統哉は殺人鬼の名を冠した銀色の刃を横薙ぎにラツィエルの腹部に叩き込んだ。腹部を切り裂かれたラツィエルが甲高い悲鳴を上げる。
それにも構わず、統哉は刃をさらに上へと振り上げた。その一撃でラツィエルの巨体が上方へ吹き飛ぶ。
「まだだ! こいつも持って行け!」
叫び、統哉は狙いを定めて右側のトリガーを引いた。射出された水晶の弾丸がラツィエルの体を貫いていく。
ラツィエルは紙片による防御をする暇も与えられず、統哉に翻弄され続けている。
「統哉くん! そろそろ終わらせよう!」
「わかってる!」
アスモデウスに促され、統哉は魔力を解放、オーバートランスを発動する。髪色が銀に染まり、瞳孔が縦に裂け、金色に染まっていく。
そして、<神器>内部にあるトリガーに手をかけ、それをグッと握り締めた。
銃口に強大な魔力が集中していく。そして――
「デモニック・パニッシャーッ!」
統哉は全ての魔力を解き放った。
銃口から放たれた六条の閃光が螺旋を描き、渾然一体となった強烈な魔力の大渦を作り出し、ラツィエルの体を飲み込んでいく。
魔力の奔流はラツィエルの体を穿ち、削り、みるみる内にその存在を破壊していく。
そして、後には朽ち果てた石膏像のような姿に成り果てたラツィエルの姿が残った。
「グゥレイト! やったね!」
アスモデウスが拳を握り締めてガッツポーズする。
統哉はサムズアップでそれに応えた。が、直後変身が解け、力が抜けたかのようにその場にがっくりと膝をついた。
「統哉くん!?」
アスモデウスが慌てて駆け寄り、体を支える。
「……参ったな、魔力切れみたいだ……この<神器>、パワーは凄いけどその分魔力の消費が激しいらしいや……」
統哉が疲れた笑みを浮かべる。だがその直後、統哉は強烈な気配を感じ、その方向を見た。
視線の先では、なんとラツィエルが今にも朽ち果てようとしている姿にもかかわらず、未だにその威容を保っていた。
「まだ動けるのかよ……」
統哉が疲れた体に鞭打ち、立ち上がろうとする。しかし統哉の消耗は激しいようで、立ち上がる事ができない。
一方ラツィエルは最期の力を振り絞って僅かに残っている紙片をかき集めていた。どうやら一斉射撃でこちらを焼き払う気のようだ。
「……くそっ、ここまでなのか?」
統哉が呟く。すると、アスモデウスがキャノン砲を手に前に進み出る。
「大丈夫だよ、統哉くん。わたしに任せておいて」
彼女は軽く息を吸い込み、
「――統哉くんが目にもの見せてくれたんだ! わたしも本気の本気を出すよ!」
アスモデウスは力強く宣言すると、両側のトリガーにそれぞれの手をかけ、アスモキャノンを体の前に構えた。
「アスモキャノン、フルパワー!」
アスモデウスが魔力を全開にすると同時に、アスモキャノンの瞳が強く輝いた。
すると、アスモキャノンの各所に隠されていた放熱フィンが一斉に展開し、甲高い駆動音を立て始めた。
統哉には何が起きているのかわかっていた。アスモキャノンが彼女の魔力を吸収、増幅し、限界を超えた強烈な砲撃を放とうとしている事が。
そしてアスモデウスは限界以上に溜め込んだ魔力を一気に解放した。
「アスモキャノン・マキシマムバースト!」
それはまさに、新星の如き強烈な輝きを伴った極太の閃光だった。
アスモキャノンから放たれた超極太の閃光がラツィエルの崩壊しかかっている体を飲み込んでいく。
強烈な熱と魔力、プラズマの奔流がラツィエルの体を焼き、分解し、跡形もなく消滅させていく。
閃光が消えた後には、文字通り何も残っていなかった。閃光が駆け抜けた後は円形に抉れ、遙か彼方まで綺麗な円形の穴がぽっかりと口を開けていた。
「すげえ……」
<天士>特有の回復力で何とか立ち上がれる程度にまで回復した統哉が呆然と呟く。そして、アスモデウスに近付いてその肩をそっと叩いた。
「アスモデウス」
「ん?」
「――最高だったぞ」
「ありがとう」
そして、二人はハイタッチを交わした。
その時、ラツィエルが存在していた空間に灰色の球体が出現した。
統哉は歩み寄り、それを手に取った。強い魔力を感じる。
「――<知恵>の<欠片>だね。これで今回の目的は成し遂げられたね」
後ろからアスモデウスの声がかかる。
「ああ。後はこれをルーシーに渡して……そう言えば、ルーシーとベルは……?」
統哉がそこまで言った時、穴から轟音が響いた。
「新手か!?」
統哉とアスモデウスが身構える。そこへ――
「「待たせたな!」」
ルーシーとベルの二人が揃って中央の穴から飛び出してきた。
二人の髪は煤け、纏っているドレスはあちこちが破れていた事から彼女達も激戦を繰り広げてきた事が見てとれた。
二人が地面に降り立つ。そこへ統哉が駆け寄った。
「二人共、遅かったじゃないか! それにどうしてあんな所からでてきたんだ!?」
「いやー参ったね、ベルと一緒にただひたすら上を目指していたらさ、なぜかこんな変な所から出てきてしまった。まあ最上階に着けたからよしとしよう……で、守護天使はどこだ、統哉?」
あっけらかんとした様子でルーシーが尋ねた。
「あー……それなんだけど、さっき俺達が倒したばかりだよ」
統哉が言いにくそうに答える。
「えー、そうなのか!? くそう、ピンチの所に颯爽登場する堕天使二人という燃えるシチュエーションが待っていると思ったのに……私達の出番がないじゃん!」
ルーシーががっくりと肩を落とす。そんな彼女を統哉が労う。
「す、すまん……それより二人共そんなにボロボロになって……大丈夫か?」
「……ああ。私達の方も激戦だった。いやあ、天使達は強敵だったな、ベル」
「ああ、正直言って危なかった。だが、ベル達だからこそ突破できたようなものだな、ルーシー」
心配そうに声をかけるアスモデウスにルーシーとベルが疲れた様子だが、何かをやり遂げた口調で答える。だが本当はその原因が二人の低レベルな口喧嘩とハイレベルなガチ喧嘩にあったとはとても言い出せない二人であった。天使なんておまけ程度でしかなかった。
「……何か二人共、仲良くなってないか?」
統哉の疑問に、ルーシーとベルが微笑む。
「まあ、色々あってな」
「雨降って地固まるとはよく言ったものだ」
そこへアスモデウスが口を挟んだ。
「うんうん、仲良しなのはいい事だよね」
「ああ、全くアスモデウスの言う通りだ」
そこで二人はもう一人の人物に初めて気付いた。
「……って! アスモデウス!? アスモデウスじゃないか! どうしてここに!? それに本気モードだ!」
アスモデウスの存在に気付いたルーシーが素っ頓狂な声を上げる。
「……本当だ。その姿、天界との最終決戦以来だな。魔力の方はあの時と比べるまでもないが、それでもやはりかなりの量だ……」
ベルも驚きを隠せない口調で呟く。
「しかも統哉、それはまさか、新しい<神器>か!?」
ルーシーがアスモデバステイターを指差す。
「あ、ああ。なんか成り行き上契約してしまったけど、凄いよこれ」
それから統哉は簡単に経緯を説明した。途中でアスモデウスと合流した事。二人でラツィエルと戦い、その最中にアスモデウスと契約した事を話した。
「なるほど、私達がいない間にそんな事が……」
「何とかなったからよかったけどな。ルーシー、<欠片>もばっちり奪還したぞ」
そう言って統哉はルーシーに<知恵>の<欠片>を手渡した。
「ありがとう。統哉、アスモデウス。それでは早速」
二人に礼を言いつつ、ルーシーは<知恵>の<欠片>をそっと抱き締めた。<欠片>がルーシーの体に吸い込まれ、体が灰色のオーラを放つ。
ルーシーを始め、その場にいる全員の魔力が高まっていく。<欠片>がルーシーに吸収された証拠だ。
「――<知恵>の<欠片>、奪還完了」
<欠片>を吸収したルーシーが満足そうに呟いた。が、その直後堕天使達は突然びくりと体を震わせた。
「これは……」
「やはり……」
「何? 何これ……?」
ルーシー、ベル、アスモデウスの順に呟き、統哉に向き直る。
「ルーシー、これは……」
「……ああ。どうやらベルの立てた仮説が証明されたようだ」
ベルの言葉に、ルーシーが神妙に頷く。
「仮説……?」
怪訝な顔をする統哉に、ルーシーは表情を引き締めて彼に告げた。
「統哉、重大な話がある。今まで疑問に思っていた事の答えが出た」
「今までに疑問に思っていた事? 答え? 何だよそれ? それにさっきの仮説って奴も。勿体ぶらずに教えてくれよ」
統哉の言葉に、ルーシーは深く頷き、口を開いた。
「――君の能力だ」




