Chapter 4:Part 09 狂い咲きアスモデウス
更新が予定より遅れてしまい申し訳ありませんでした。
「バスタ~」
そそり立っていた巨大な扉がアスモデウスの砲撃によって破られた。先程まで扉だった物は大小様々なブロックの破片となって吹き飛んでいった。
「お邪魔しま~す」
アスモデウスが軽い口調で扉の先へ足を踏み入れる。統哉が呆れた表情でその後に続く。
「ずいぶんとダイナミックなお邪魔しますだな。図書館は静かにしろって習わなかったか?」
「あっ」
統哉の皮肉めいた台詞にアスモデウスが声を上げる。
「や、やがみん、し~」
慌てて唇に人差し指を当てて、「静かに」というジェスチャーをするアスモデウス。統哉は溜息をついた。
「……いや、もう遅いから。それにここ、正確には図書館じゃないからな」
「あ~、そうなんだ? じゃあどんどん喋っちゃお~」
統哉のツッコミに開き直るアスモデウス。統哉はそれでいいのかと肩を竦めた。
「さて。それはともかく、守護天使はどこだ?」
統哉がルシフェリオンを構えながら周囲を見渡す。
統哉達が立っている場所は一言で言うならば大きな円形の闘技場だった。
壁に囲まれた足場の中央には大きな円形の穴が口を開けている。
「……あの穴が怪しいよな、やっぱり」
中央に開いた穴を調べようと、穴に近付く統哉。すると――
「――あっ、やがみんストップ~」
どこか緊張した口調でアスモデウスが呼び止める。その時、自分達が立っている円形の足場が上下に動き始め、そして、穴の底から強大な気配がせり上がって来る。
「来たか!」
統哉はバックステップで穴から飛び退き、ルシフェリオンを構え直した。
やがて、穴から気配の主が姿を現した。
それは、純白の甲冑に身を包んだ人型の天使で、身の丈は四メートル程だろうか。中でも目を引くのが下半身だった。下半身はたくさんの紙片でできたスカートのようなもので包まれており、その表面には入り口にあった書物に書いてあった文字がより細かくびっしりと記されている。
「こいつが今回の守護天使か……」
「あれはラツィエルだね~。天界図書館の主、らじらじをモチーフにして開発された守護天使だよ~」
統哉の呟きにアスモデウスが補足説明をする。
「……ああ、確かルーシー達がそのらじらじ――ラジエルについて話していたっけな」
「それでねやがみん、らっつぃーはあのスカートを使って攻撃してくるよ~」
「らっつぃー!? 何だよその発音しにくい呼び方は!? 『らっちー』じゃ駄目なのか!?」
「そ、『らっつぃー』が正しい言い方で……って、そうじゃなくってやがみん、あのスカートは~……」
その時、スカートを構成している紙片が分散し始めた。紙片はラツィエルの周囲に浮遊し、それぞれが上下左右と様々な方向を向いている。アスモデウスの表情に緊張が走った。
「やがみん、危ないよー! 早く紙が向いていない所へ逃げて~!」
アスモデウスが言い終えない内に統哉は咄嗟に紙片が向いていない方向へ滑り込んだ。
同時に、全ての紙片が輝き、一斉に熱線が放たれた。
「――うわっ!」
統哉が叫ぶ。縦横無尽に放たれた熱線は周囲を焼き、直撃した床や壁を赤く熱していく。
まるで要塞のようだと統哉は思った。そしてアスモデウスは無事かどうかを見渡して確認する。
「……ふえぇ~危なかった~」
声のした方向を見ると、アスモデウスが床に座り込んで肩で息をしていた。どうやら彼女は咄嗟に高低差が生じた足場の陰に隠れたために無事だったようだ。
それを確認した統哉は熱線が途絶えた隙を見計らって一気にアスモデウスの元へ向かった。
「大丈夫か?」
「うん、平気~。危なかったねやがみん。でもらっつぃーにはまだ特技があるよー」
「何だって?」
すると、統哉が聞き返すと同時に、空間に複数の魔法陣が描かれ、そこから<翼>の群が姿を現した。
「げっ! 天使を召喚するとかありかよ!」
統哉が叫ぶ。縦横無尽に放たれるレーザーに天使の召喚。完全に要塞じゃないかと統哉は心の中で舌打ちした。
魔法陣から現れた大量の<翼>が一斉にビームを放ってくる。統哉はアスモデウスの腕を引っ張りつつせり出した足場の陰に隠れた。だが、こうしているばかりでは状況は好転しない。
「……くそっ、これは厄介だな」
「や、ヤンマーニヤンマーニヤンマーニ~……」
「……何だそれ?」
アスモデウスが奇妙な言葉を呟いている事に統哉が首を傾げる。
「あのねー、やがみん。撃ち合いになったら『ヤンマーニ』ってたくさん唱えればいいんだよ~。これって相手の弾が当たらなくなる魔法の言葉なんだよ~」
「そんなアホな」
統哉が全く信じていないという顔をする。一方のアスモデウスはやけに自信満々だ。
「だいじょーぶだいじょーぶ。ヤンマーニヤンマー……」
ぴちゅーん。
足場の陰から飛び出してきた一体の<翼>がビームを放ち、アスモデウスの頬を掠める。やや遅れて、掠めた箇所からうっすらと血が流れ始めた。
「……は、はわっ、はわわっ、当たった~!?」
「当たり前だ!」
統哉が叫ぶ。そんな言葉で敵の攻撃がかわせるのならばすぐにでもやっている。
「わーん、るしるし嘘つきだよ~! 『これさえ唱えておけば絶対無敵だ! 大丈夫、ルシフェルのアドバイスだよ』って言ってたのに~!」
「ろくな事教えないなあのアホは!」
統哉が頭を抱える。一段落ついたらあの駄天使をしばき倒しておこうと心に決めた統哉だった。
そのためにも、まずはあの守護天使を倒さなくてはならない。統哉はルシフェリオンを握り直した。
そこへ、アスモデウスから声がかかった。
「やがみん、わたしが援護するからやがみんは一気に近付いて、ばしーって攻撃して~」
「わかった。頼んだぞ!」
頷き合い、統哉は足場の陰から飛び出した。
アスモデウスは足場の陰に隠れつつレーザーを間隔を開けて発射、統哉はルシフェリオンを構えて距離を詰めに行く。
アスモデウスの放ったレーザーは正確に<翼>の群れをどんどん叩き落としていく。
そして距離を詰めた統哉は高く飛び上がり、ラツィエルを一刀両断しようと両手に構えた刃を全力で振り下ろした。
ガキン!
金属同士がぶつかり合うような甲高い音がした。続いて統哉の舌打ちが聞こえた。
統哉の視線の先では浮遊していた紙片が寄せ集まって盾のような形に変わっていた。盾には傷一つ付いていない。
「くそっ! あれを寄せ集めると盾にもなるのか!」
統哉は距離を開けるために紙片の盾を思い切り蹴りつける。
蹴った勢いでバック宙をしながらルシフェリオンをベルブレイザーに切り替えた。
そして空中から火炎弾を乱射する。しかし、それも分散した紙片に悉く防がれ、さらにそこへ幾筋ものレーザーが放たれた。
「――くっ!」
咄嗟にベルブレイザーを体の前に構えて直撃を防ぐが、数本が統哉の頬や脇腹を掠めた。バランスを崩した統哉はアスモデウスの側へ墜落した。
「やがみん、大丈夫~!?」
アスモデウスが統哉の元へ近付いてくる。見ると、彼女にもレーザーが当たったのかローブのあちこちに焼け焦げた跡がある。
「掠っただけだ。大丈夫だよ」
統哉が立ち上がり明るい調子で答える。しかしさらに本体からのレーザーや新たに召喚された<翼>の一斉射撃が二人に襲いかかり、二人の体は爆発の余波で大きく吹き飛ばされた。
「ぐっ!」
「きゃん!」
金属質の床に強かに叩きつけられた二人。打撲や熱傷によるダメージも積み重なってきている。あまり時間はかけられない。
幸いにも周囲は高い足場に囲まれているため攻撃がすぐに届く事はなさそうだった。しかし、どうすればこの不利な状況を突破できるか。統哉は頭をフル回転させていた。するとそこへ、アスモデウスの小さい声が届いた。
「ごめんね、やがみん。わたしがとろくさいばっかりに~」
「何だよ、いきなり」
突然の謝罪に統哉は首を傾げる。
「わたしがとろくさいせいで、さっきからやがみんの足を引っ張ってばっかり……」
「そんな事ないさ。お前だって頑張ってくれているじゃないか」
統哉がアスモデウスを励ます。
「……やがみん、わたしと一緒に戦って後悔してない~?」
「してないよ」
統哉が断言する。
「確かにお前の言う通り、やる事なす事マイペースだし緊張感がないしのほほんとし過ぎだし」
「あうぅ~……そこまで言ってないよ~」
痛い所を突かれたようで、アスモデウスが泣きそうな顔をする。
「でも、一緒に戦ってみてお前の力は本物だっていう事がよくわかったし、やばい時は俺がお前をフォローすればいいしさ」
「やがみん……」
「俺とお前、どちらかが欠けてもこの戦いはこっちが負けるのは明らかだ。でも、それを覆す方法がある」
「……なにかな~?」
統哉はアスモデウスの目を見つめて宣言した。
「俺とアスモデウスが一緒に戦って奴を倒す事だ」
「やがみんと、一緒に……」
アスモデウスが統哉の言葉を反芻する。
「そう。俺もベストを尽くす。だからお前もお前自身のベストを尽くしてほしい。だからさ――」
一呼吸おき、統哉は――
「一緒に暴れるぞ、アスモデウス。俺にお前の力を貸せ!」
毅然とした口調で叫んだ。
その一言を聞いたアスモデウスは驚いたように目を見開いていたが、やがてくすくすと笑い始めた。
「ふふっ、やがみんって、とんだ堕天使泣かせだね~……うん、今はっきりとわかったよ~。やがみんって、やっぱり面白いね~」
アスモデウスがにっこりと笑う。
「面白い?」
統哉が苦笑する。アスモデウスは大きく頷いた。
「うんうん。やがみんを見ていると~、何て言うのかな~……」
突然アスモデウスが言葉を切って俯いたかと思うと、その体が小刻みに震えだした。
「おい、どうした……?」
統哉がアスモデウスに声をかけたその時――
「――咲き乱れちゃう!」
「っ!?」
今度は統哉が驚愕の表情をする番だった。だがそれは、彼女の上げた大声に驚いたのではない。
アスモデウスの纏っている雰囲気が先程までののほほんしたものとはうってかわって、凛とした雰囲気に変わっていたからだ。まるで別人だった。
「いいよやがみん! 面白い! 実に面白いよ! だったらわたしも本気出さないとね!」
口調がのほほんとしたものから強い意志を宿した力強い口調に変わっていた。
表情もニコニコしていたのが凛としたものへと変わり、見開かれたピンク色の双眸が強い意志と輝きを宿している。
「はああっ!」
雄叫びを上げ、気合いを入れるアスモデウス。彼女のどこにそんな力が眠っていたのか、膨大な魔力がどんどん外へ溢れ出ていく。
そして、アスモデウス自身にも変化が現れ始めた。
みるみるうちにアスモデウスの側頭部から羊のように下向きに曲がった角が生えてきたではないか。さらに背中からはコウモリのような翼が、そしていかにも悪魔が持つような先が槍のように尖った尻尾が生えた。
「リミッター解除! さあ行くよ、やがみん!」
「……あ、アスモデウスさん? 一体どうなさったんですか? その、色々と」
アスモデウスのあまりの変貌ぶりに統哉も思わず敬語で話しかけてしまう。
「どうしたもこうしたもないよ! 思い切り暴れるんでしょ!」
「っ!」
凄い迫力で一喝された。統哉の背筋が思わずピンと伸びてしまう程よく通る声だった。
(本気を出したら強いんだけどなぁ。まさに七大罪の一席に相応しい力を発揮するんだが)
統哉の脳裏に、先程ルーシーがぼやいていた言葉が蘇る。まさかこの悪魔のような姿こそが、アスモデウスが本気を出した姿なのだろうか。
「ボヤボヤしないでやがみん! 来るよ!」
「は、はい! すみません!」
「畏まらなくていいから!」
「はい! ……じゃなかった、わかった!」
統哉は気を取り直してベルブレイザーを構える。それを横目で見たアスモデウスはキャノン砲をラツィエルに向けて言い放った。
「――さあ、狙い撃って乱れ撃っちゃうよ!」
アスモデウスの凛とした声がこだました。




