Chapter 4:Part 08 それぞれの思い
統哉達が図書館の<結界>に突入してから二時間が経過していた。
統哉とアスモデウスは確実に上層階へ進んでいた。
戦闘では統哉が状況に応じてルシフェリオンとベルブレイザーを使い分ける形で接近戦を担当し、アスモデウスは電撃とアスモキャノンによる広範囲攻撃を駆使して立ちはだかる天使達を悉く退けていった。
アスモデウスはとにかくマイペースだった。戦闘面ではおっとりした口調とは裏腹にアスモキャノン666による強烈な射撃で敵を殲滅してくれるが、移動面ではそのマイペースさが顕著だった。統哉が先を急ぐために走って進んでいるのとは対照的に、アスモデウスはゆっくりと統哉の後を走ってついていく格好になっていた。
アスモデウスの走りを音で表現するならば、ぽてぽて。
本人曰く全力疾走だという事だが、とにかくアスモデウスは動きがゆっくりすぎる。正直、歩きも走りも速さに大差がない。
特に、移動する立方体から立方体へ飛び移る時には、統哉は常にヒヤヒヤしていた。
統哉が軽快な動きで立方体へ飛び移るのに対し、アスモデウスはしばらく待った上で、タイミングが合った所をゆっくりとした動作で飛び移るものだから、先に飛んで待っている統哉にしてみれば心配で仕方がなかった。
現に――
「ふえぇ~落~ち~る~」
「あーもう! 何やってんだよ!」
アスモデウスは必死に立方体の縁にしがみついていた。その上では統哉が彼女の両腕を掴み、その体を必死に引っ張り上げようとしている。
飛び移るタイミングが遅れたため、アスモデウスの体は飛び移りきる事ができず、立方体の縁に咄嗟にしがみつく格好になったのだ。同時に、それを察知した統哉が彼女の体を支えているという状況だ。
「やがみん、わたしもうダメ~。わたしの事は放っておいて先に行って~」
「笑顔とおっとりした口調でそんな台詞言われても説得力ねえよ!」
「こんな状況でもツッコミができるやがみんすごーい」
「だったらツッコませるなよ! アスモデウス、今引き上げてやるからな! 腕に力入れるからちょっと痛いけど、我慢してくれよ!」
「う、うん」
アスモデウスが頷いたのを見て、統哉が両腕に力を込める。痛みが伝わったのか彼女は僅かに顔をしかめる。
「行くぞ! せー……のっ!」
統哉はアスモデウスの体を引っ張り上げた。だが勢いがつきすぎてその体が一気に統哉の元へ引き寄せられる。
「わ~」
むにゅん。
「――もがっ!?」
統哉の顔面に、アスモデウスのふくよかな双丘が思い切り押しつけられた。思わず反射的に顔を動かしてもがいてしまい、アスモデウスも色っぽい声を出してしまう。
「わ~ごめんやがみ~ん……ふぁっ!? や、やがみん、暴れないで~! くすぐったい……ひゃあん!」
「――ぶはっ! はあっ、はあっ……わ、悪かった……」
アスモデウスの体を離した統哉は全力で酸素を肺に取り込み始めた。正直、下手をすれば窒息寸前でした。ほぼイキかけました。
お互いに一呼吸ついた後、アスモデウスが思い出したかのような声を上げた。
「そういえば~」
「どうしたんだよ?」
「わたし、空飛べるの忘れてた~」
そう言って、アスモデウスは地面から二〇センチほど浮いてみせる。なるほど、ベルと違って魔力で体を浮かせているらしい。いい技だ、感動的だなと、統哉は思った。
「これ使えば、わざわざジャンプする必要もなかったね~」
「……アスモデウス、ちょっとこっち来い」
統哉がにこやかに手招きする。
「な~に~?」
アスモデウスがふよふよと浮遊しながら近づいてくる。しかしその速度はまるで風船がそよ風に流されるかのような遅さだった。
そして、アスモデウスが統哉の側に降り立った時――
びすっ。
安定のチョップ。
「ぶつぞ。そういう大事な事はもっと早く言え」
「ふえぇ~、ぶってから言わないでくれるかな~!?」
アスモデウスが頭を押さえながら抗議する。
その時、遠くで何度目になるかわからない轟音が響いた。
「……あいつらも頑張ってるみたいだな。俺達も急ごう」
「は~い」
統哉に促され、アスモデウスは暢気な調子で応えた。
一方その頃――
ルーシーとベルは相変わらずローレベルな口喧嘩とハイレベルな戦いを繰り広げていた。ルーシーは床や壁を走り、飛び、ベルは炎の翼を広げて空中を飛び回りながらお互いを攻め立てていた。
二人が纏うドレスは所々が破けており、戦いの激しさを物語っていた。
「このバカチビ!」
目の前に踊り出てきた<天使>を空き缶のように蹴り飛ばすルーシー。
「だから! チビって言うな!」
激昂しているベルが放ったフレアショットが数体の<翼>を巻き込みながらルーシーに襲いかかる。
「じゃあバカだけでいいな! バーカバーカ!」
フレアショットを側転して回避しつつ、さらにスフィアを放って追撃を加えるルーシー。
「<天使>で受ける!」
ベルは近くにいた<天使>を爪で引き寄せ盾にする。スフィアは<天使>を命中し、その体を霧散させた。
「つーか! 空中からの爆撃とか卑怯じゃね!? ベルが空飛べるのはずるい!」
「卑怯もへったくれもあるか! そもそも本来ならばお前の方がもっと速く飛べるだろうが!」
「飛べるならとっくにそうしてるわ! 今の私じゃ飛べやしないんだよ! 弱体化しててなぁ!」
いつの間にか二人は大きな足場に降り立ち、近接戦闘にもつれ込んでいた。
ベルの放った正拳突きをルーシーは腕を払って逸らし、その隙にハイキックを叩き込む。ベルはそれをもう片方の腕で受け止めた。
互いの実力は拮抗し、両者共に一歩も譲らない。すると、ベルが笑みをこぼした。
「何がおかしい!」
ルーシーが足払いをかけながら叫ぶ。
「何、昔を思い出しただけだ!」
ベルは足払いを飛び上がってかわし、さらに顔面へ裏拳を放つ。ルーシーはそれを上体を反らせてかわす。
「……ああ、確かに天界では事あるごとに喧嘩ばかりしてたよな、私達!」
バックステップで一旦距離をとるルーシー。
「この際だ。はっきりさせておきたいんだが!」
「何をだ?」
思いがけないルーシーの問いにベルが怪訝そうな顔をする。
「何でお前は私にいつもいつも突っかかってくるんだ?」
「私はお前の次に創造されたのに、スペックに開きがありすぎる! 何故だ!?」
「それはあれだ! 量産機よりも試作機の方が強いのと同じようなものだ!」
「その理屈はおかしいだろう! とにかく私は何かと私より上なお前が妬ましかった! そして、羨ましかった!」
叫ぶベルに、ルーシーもヒートアップしていく。
「今までのは嫉妬の炎かよ! 嫉妬から私を燃やそうとするな! レヴィアタンのお株を奪うなよ! 好きな子の気を引くためにその子にちょっかいを出すガキンチョかお前は!」
激しい攻撃と口撃の応酬を続ける二人。その攻撃のとばっちりを食った天使達がどんどん犠牲になっていく。
「でもさ」
突如、ルーシーが呟く。
「私はあれはあれで嫌いじゃなかったぞ」
「え……?」
ベルの表情が驚愕に変わる。
「だって、七大罪の中でもあそこまで私に食ってかかってくる奴はいなかった。私にしょっちゅうぶっ飛ばされていながらそれでもなお私に挑んでくる姿は輝いていた」
「ルーシー……」
「ベル……」
攻撃の応酬を止め、見つめ合う二人。
そこへ、<能天使>を先頭にした天使の群れが十体なだれ込んできた。
二人はそれを同時に見て――
「今取り込み中だから!」
「邪魔するなっつてんだろ!」
ベルとルーシーが鬼のような形相で天使達を睨みつける。そのただならぬ雰囲気に気圧され、天使達は怯んで動きを止めた。
「ベル! 空気の読めない連中を一気に片づけるぞ! お前の力を貸せ!」
「わかっている! 思い切りやれ!」
ルーシーは頷き、ベルの体をガシッと掴む。そしてそのまま全力で振り回し始めた。
「炎の弾丸、お見舞いするぞ!」
さらに、ベルの体が炎を纏っていく。ルーシーの腕も炎に包まれているが、いつの間にかベルがルーシーに炎の魔力を付与していたらしく、火傷を負った様子はない。
だがベルはどこか戸惑った様子で叫ぶ。
「……ちょっと待て! 何だ!? この滅茶苦茶な攻撃パターンは!? もっと違うパターンで仕掛けるだろ普通は! 私に横Gが凄くかかっているんだが!?」
「奴らの度肝を抜いてやるんだ! 耐えろベル! 横Gは宇宙飛行士の基本だ!」
「うおおっ!? 私は宇宙飛行士じゃないぞ!」
「いいから! そろそろ行くぞ! 思いっ切り行ってこい!」
そして――
「炎の!」
「ベルアターック!」
ルーシーはベルを全力で天使の群れめがけてブン投げた。ベルは大きな炎の弾丸と化した。
ベルはそのまま猛スピードで天使達の群れを突き抜け、急停止した。そして十の爆発。
「全く! 毎度の事ながらやる事が滅茶苦茶だな、お前って奴は!」
空中からベルが吹っ切れたような笑顔でサムズアップする。それに対してルーシーは――
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
笑顔にサムズアップを添えて返した。
「さあ、急ごうベル。統哉と早く合流しなくては」
「ああ、そうだな」
二人は合流し、再び上層階へ向かい始めた。
「かみなりどか~ん」
アスモデウスが手を高く掲げると、その前方に激しい稲妻が連続して落ち、殺到してくる<大天使>や<能天使>を薙ぎ払い、黒焦げにしていく。
あれから統哉達は最上階にまで辿り着き、そして今、そこを守る天使達を倒した所だ。
「ここに<欠片>があるみたいだな……」
統哉が目の前にそびえ立つ巨大な扉を見上げながら呟く。
「ルーシーとベルはまだ来ていないのか……」
「そうだね~」
「大丈夫かな、あいつら」
「だいじょーぶだいじょーぶ。あの二人ならきっと来てくれるよ~」
アスモデウスは相変わらずニコニコと柔和な笑みを浮かべている。
「本当にあいつらを信頼しているんだな、お前。それにしても緊張感がないなぁ」
「いやいや~それほどでも~二つ褒めても何も出ないよ~」
「いや、後者のは褒めたんじゃないんだけどな」
ツッコミつつ、統哉が扉を調べようとした時――
「ねえ、やがみん」
「ん?」
「……どうしてやがみんはここまで危ない目にあってまで、るしるしやべりべりと関わろうとするのかな~?」
「え? うーん……」
突然アスモデウスに尋ねられ、統哉は困惑しつつも考えてみる。
確かに、危ない目にはここ最近で何度も遭いまくっている。
ルーシーとの契約はある意味選択の余地がない状況だったし、ベルには一度殺された経験がある。そして何度も死線を潜ってきている。
本来ならば、生死の境を行き来し過ぎた事でどうにかなってしまってもおかしくないはずだ。
だが統哉はそれでも彼女達と関わる事をやめなかった。何故か。
「……ルーシーとは契約の代償があるし、ベルは色々あった末に今の状態だし……でもまだもっと大事な理由があるはずなんだけど、それがわからない。でも、その理由がわからないからこそ、俺はあいつらと関わっているんだろうな」
しばらく考え抜いた末に統哉は答えを出した。それを聞いたアスモデウスはしばらくきょとんとしていたが、やがて笑いだした。
「ふふ~。やがみんって、変な人~」
「……悪かったな」
むくれる統哉にアスモデウスは笑って付け加えた。
「……でも、面白い人~。いいよいいよ~、今までに見た事がない人だ~」
「……そっか」
「うん、わかったー。ごめんね、時間を取らせちゃって。それじゃあ、わたし達は先に行こっか~」
「ああ」
二人は改めて巨大な扉と対峙した。




