Chapter 4:Part 05 マイペースな彼女と<欠片>の気配
アスモデウスがシャワーを浴び始めてから一時間後。
「あ~、疲れた……」
「まったくだ」
ルーシーとベルが風呂場から戻っくるや否や、同時にソファーに半ば倒れ込むように座り込んだ。
あれから彼女達はアスモデウスの衣服を洗濯したり、アスモデウスがシャワーを浴びながら寝ていないかを見張り続けていた。聞く所によると、アスモデウスはシャワーを浴びながら三回は寝ていたらしい。天然やマイペースもここまでくると誉めるしかないと感じた統哉だった。
「お疲れ様」
苦笑しつつ統哉が二人に麦茶の入ったコップを渡す。二人はそれを受け取ると黙って一気に飲み干し、深い溜息をついた。
「……なあ、アスモデウスっていつもあんな感じなのか?」
統哉の疑問に二人が疲れたように頷く。
「ああ。とにかく彼女はド天然でマイペースなんだ。さっきのあれでもかなりマシな方なんだぞ? ある地上任務では、一個大隊を率いて地上に降りたと思ったらその直後に隊長である彼女が迷子になって任務前から指揮系統を崩壊させたり、またある時はわざわざ四つ葉のクローバーを探すためだけに七大罪を召集して世界中を探し回ったりと、本当にやりたい放題だったよ」
「……ああ、あの時は大変だったな」
ベルも感慨深そうに頷く。
「しかもこれらの行動は本人に悪気がないから余計に質が悪い。彼女を御すのは並大抵ではない。流石の私でもな」
ルーシーが溜息をつく。
「でも、本気を出したら強いんだけどなぁ。まさに七大罪の一席に相応しい力を発揮するんだが」
「本気を出したら……?」
統哉は、その「本気を出したアスモデウス」というのを想像してみる。
「…………」
やめた。全く想像がつかなかった。あの超絶のほほんとした彼女が本気を出したら一体どうなるのか。そう統哉が考えた時だった。
「ふぃ~、さっぱりした~」
リビングの奥から、バスタオル一枚という扇情的な姿のアスモデウスがピンク色の長い髪を拭きながら現れた。
バスタオルのサイズがアスモデウスのナイスバディに合わないのか、手で押さえていないとすぐにはだけてしまいそうだった。
バスタオルから覗くくっきりとした谷間、ボンキュッボンを文字通り体現した絶妙なバランスからなるあまりのスタイルの良さ、彼女から漂ってくる色気、それらを統哉は直視することができず、思わず目を逸らしてしまった。
「やっと上がってきたか。服はもう少しで乾くから少し待ってろ」
「うん、ありがとべりべり~」
柔和な笑みを浮かべてベルに礼を言うアスモデウス。あの柔和な笑みを浮かべている姿を見ていると、本気を出した状態というのがやはり想像がつかない。
程なくして服が乾き、アスモデウスは着替えのために別室へ向かった。そして戻ってきた時には先程と同じローブ姿だった。
「ところでアスモデウスよ、統哉と契約しないか?」
「おいおい、またいきなりだな」
アスモデウスが戻ってきた所に、藪から棒なルーシーの言葉がかかり統哉が驚く。
すると、アスモデウスはちょっと困ったような顔になった。
「……う~ん、わたしとしてもそれは吝かではないよ~? 確かにやがみんからは今までに感じた事のない、かつ上質な魔力を感じるし、わたしは正直やがみんと契約してみたいな~。でも~、まだ決定打に欠けるかな~」
「決定打?」
統哉が尋ねる。
「うん。それが何かわたしはわかっているはずなんだけど、それがどーにも思い出せないんだよね~」
可愛らしく首を傾げるアスモデウス。
「そっか。まあ俺も無理強いはしないよ。そうだ、アスモデウス。よかったら昼飯でも食っていかないか?」
統哉の提案にアスモデウスは首を横に振った。
「ううん、やがみんにはさっきご飯を奢ってもらって、シャワーまで借りたのにこれ以上よくしてもらうのは悪いよ~。てなわけでわたしはこれから適当にぶらぶらして泊まる所を探しに行くのだ~」
そう言ってアスモデウスは立ち上がり、玄関へと向かっていく。統哉達も立ち上がってその後を追う。
「それじゃあ、お世話になりました~」
丁寧に礼をして、アスモデウスは八神家を出た。統哉達も外に出て見送る。
「さらだば~」
アスモデウスが手をひらひらと振りながら去っていく。
「オタッシャデー!」
何故かイントネーションのおかしい日本語を交えつつ手を振って、だんだんと小さくなっていく背中を見送るルーシー。
それにつられて、統哉とベルも暢気に手を振って彼女を見送っていた。
完全にその背中が見えなくなった所で、統哉達は家に戻った。
と、先に家に入ったベルが突如叫んだ。
「――おい、あいつ着ぐるみ忘れてるぞ!」
「「えっ」」
統哉とルーシーの声がハモる。急いでリビングへ向かうと、その片隅に薄紫色の猫の着ぐるみがでーんと鎮座していた。
「そういえばすっかり忘れてたよ、これ」
統哉が呟く。
完全にアスモデウスのペースに飲まれてしまい、彼女が着ぐるみを着ているという事など、些末な事でしかないという風に考えてしまっていた。恐るべし、アスモデウス。恐るべし、ド天然。
「とりあえず、これを何とかしないと……」
そう言って統哉は着ぐるみにそっと手を触れた。すると、その着ぐるみから「スゴ味」が伝わってきた。
「……うわっ!?」
統哉は思わず着ぐるみから手を離した。この着ぐるみは何かやばい。それがはっきりとわかった。言葉ではなく心で理解できたとでも言えばいいのか。
「ふふっ、やはり気付いたか」
振り返ると、ルーシーとベルが立っていた。
「ルーシー、この着ぐるみは何なんだ? 何だかとてつもないスゴ味を感じたんだが」
統哉の問いに、ルーシーは胸を張って答えた。
「この着ぐるみは私達の世界に生息していた伝説の巨獣、ベヒモスを一狩りして剥ぎ取った毛皮を加工し
て作った物だ。ゆるい外見の癖して、防弾チョッキのような強靱さにミスリル以上の強度を持つ至高の一品だ」
「何というベヒモスの無駄遣い……」
統哉が驚き半分、呆れ半分といった声を上げる。
「ちなみにベヒモスは山ぐらいの大きさを持つジャンボサイズの魔獣だ。地上界の生態系に重大な影響を及ぼす事を危惧した天界からの指示でこいつを狩りに行った時は私達七大罪全員でかかり、その戦いは熾烈を極め、三日三晩続いたもんさ。終わった頃には流石の私達もボロボロだった」
「マジかよ……」
統哉がゴクリと喉を鳴らす。ルーシー達七大罪が力を合わせても三日三晩もかかったというのか。そしてそれは、かなりギリギリだったらしい。
「……で、これどうするんだ? まさかわざわざこれを背負ってあいつを探しに行くわけにもいかないだろ」
「うーん、ここで預かっておくしかないだろうな。その内気がついて取りに来るかもしれないし」
「それしかないか……」
統哉が溜息をつく。こんな奇妙な着ぐるみとは一秒でも早くおさらばしたいのが統哉の本音ではあったが。
「そうだ統哉。余談になるけどベヒモスは後でスタッフ、もとい私達が美味しくいただきました」
「うん、余計な情報ありがとよ」
それから時間は経ち、統哉達は夕食を終えて思い思いの時間を過ごしていた。その時――
「――――キターッ!」
「うわぁっ!?」
突然発せられたルーシーの絶叫に、統哉はソファーから飛び上がらんばかりの勢いで起きあがった。
見ると、ルーシーが目を輝かせて立ち上がっていた。二房のアホ毛もピーンと天を衝かんばかりに直立している。それはもう見慣れた光景だった。
「ルーシー、もしかして……」
統哉が尋ねる。するとルーシーは頷いた。
「もしかするとだ。統哉、三つ目の<欠片>が現れた。早速準備してくれ」
「わかった」
統哉が頷き、外出の準備のため自室へ向かう。
「二人共、今回はベルも力を貸すぞ」
ベルが不敵な笑みを浮かべる。そしてルーシーに向き直って尋ねる。
「ルーシー、次の<欠片>はどこにある?」
ルーシーは目を閉じ、思念を集中させた。八神家から、<欠片>の魔力が放たれている場所を、路地一つ見逃さず点検していく。しばらくして、ルーシーは目を開いた。
「――図書館だ」
そして、時刻は夜十一時過ぎ。三人は市街電車に乗って、市街地の中心部近くに位置する建物の前に立っていた。
陽月市立総合図書館。その規模はかなりのもので、児童書から一部の専門分野に関する文献まで、膨大な数の蔵書が詰め込まれている。
統哉をはじめ、多くの学生が勉強や卒業論文の一助に利用している。
「二人共、準備はいいか?」
ルーシーが尋ねる。
「大丈夫だ、問題ない」
ベルが自信満々に答える。
「俺も大丈夫だ。しかし、大学、病院ときて今度は図書館か」
統哉が肩を竦める。
「お喋りはここまでだ――来るぞ」
ルーシーの引き締まった声。直後、空間が震える感覚と共に統哉達は天使の支配する異界へと引き込まれた。




