Chapter 4:Part 04 アスモデウス
「アスモデウス……?」
統哉が呟く。
先ほどルーシーが話していた、七大罪の一人にその名前があった。ルーシー曰く、アスモデウスは「色欲」を司っていて、ド天然でエロいということだが、まさか、この着ぐるみがそうだと言うのか。
「さっさと彼から離れろ、アスモデウス。それとも、久方ぶりに一戦交えるか?」
ルーシーが戦闘態勢をとる。
「あなたは~……」
アスモデウスがルーシーを見つめる事数分。
「……………………誰~?」
ルーシーはずっこけた。だがすぐに起き上がり、一気にまくし立てた。
「馬鹿かお前は!? 馬っ鹿じゃないのか!? またはアホか! 元真天使にして、七大罪が一つ『傲慢』を司るこのルシフェルを忘れたのか!?」
「いや~、誉めたって何も出ないよルシなんとかさーん」
「何でこんな簡単な名前覚えられないんだ!? 私としては、堕天使の中でも覚えやすい名前だって自負してるよ! とにかく早く思い出せ!」
「ルシフェル~……う~ん……」
必死に思い出そうとしている様子のアスモデウス。
だが、のしかかられている統哉としては早くどいてもらいたい。ずっと体を押さえつけられていたせいで体のあちこちが痛みだしてきている。
すると――
「あー! 思い出したー! るしるしだー!」
統哉の体からガバッとその身を起こしたかと思うと、いきなり数メートルの距離を大ジャンプしてルーシーに飛びかかった。
「へっ? ……もがぁっ!」
アスモデウスに押し倒される格好になったルーシー。その間に統哉は身を起こす。
「るしるしー、久しぶりー! 一億と二千年ぶりかなー? るしるしもこっちの世界に来てたんだねー!」
「わーっ! 離せコラー! それに、最後に会ったのはそんなに前じゃないだろうがー!」
「こまけぇこたぁいいの~!」
アスモデウスはルーシーに小動物にやるような頬ずりをしている。彼女は抵抗する事もできずになすがままにされている。
「るしるし~♪ うりうり~♪」
「あーやめろ! なんか頬が摩擦熱で熱くなってきたんだが!?」
「だって~、長い事会っていなかったのに相変わらず可愛いのが悪いんだってばばば、ばっふぁ~!?」
ごすっ。
アスモデウスの後頭部に統哉のツッコミチョップが炸裂した。
「いい加減にしろ」
涙目で統哉を見るアスモデウス。その隙にルーシーはアスモデウスから離れ、頬に回復魔術をかけていた。どうやら本当に頬が摩擦熱で火傷するところだったらしい。
「あうぅ~……わたしを堕天使だと見破ったり、わたしに遠慮なくチョップを叩き込めるおにーさんは何者~?」
アスモデウスが尋ねる。統哉はルーシーにどうしようかと目で問うた。統哉の言わんとしている事を察したのか、ルーシーは頷いた。
「まあ、ここで立ち話もなんだから、私達の家で話をしようじゃないか。統哉、それでいいかな?」
「……ああ」
統哉は頷いた。何故俺の家は堕天使共の溜まり場になってしまったのかと考えながら。
数分後、統哉達は八神家の玄関まで戻ってきていた。正直、着ぐるみを家まで案内するのはかなりスリリングだった。誰にも見られなかったのは幸運だった。もしも誰かに見られていたら統哉は穴を掘ってその中に入るつもりだった。文字通り、穴があったら入りたい気分だった。
統哉がドアを開けようとすると――
「おかえり、統哉。ついでにルーシー」
ベルがドアを開けてくれた。
「よく俺達が帰ってくるのがわかったな」
「ああ。みんなの魔力が近づいてきていたのがわかったからな。それに、後ろの奴から懐かしい魔力を感じたからな」
後ろに立つ着ぐるみを見て、ベルは微笑んだ。
「久しいな、アスモデウス。こんな暑い最中なのに着ぐるみを着ているとは、お前も変わらないな」
すると、アスモデウスは柔和な笑みを浮かべ、
「……………………誰~?」
今度はベルがずっこけた。
「……いや、それはもういいから」
統哉が溜息と共にツッコミを入れた。
それから、どうにかアスモデウスにベリアルの事を思い出させ、リビングで麦茶を飲んでもらっていた。
「……思い出したか?」
「うんうん、思い出した~。べりべりだね~」
麦茶を一口飲み、柔和な笑みを浮かべているアスモデウスが頷いた。
「……思い出したのなら結構だが、普通同輩の顔を忘れるか?」
ベルが呆れて肩を竦める。その時、統哉が口を挟んだ。
「なあ、さっきから気になっていたんだけど、その『るしるし』とか『べりべり』って何なんだ?」
その疑問に、ルーシーが答えた。
「ああ、彼女は他人にあだ名を付けるのが趣味みたいなものでな。私はルシフェルだから『るしるし』、ベリアルは『べりべり』だな」
「あーなるほど、納得がいったわ」
統哉が頷く。シンプルすぎるネーミングだが。すると、アスモデウスが統哉に尋ねた。
「あー、そういえば忘れてたー。おにーさん、名前はなんて言うのかな~? せっかくだから聞かせてほしいな~」
「ああ、俺は八神統哉だ」
「『やがみとうや』っていうんだね~。じゃあ『やがみん』だ~」
「あだ名決まるの早っ!? そしてシンプルすぎる!」
統哉が驚きを露わにして叫ぶ。まるで怪獣の名前ではないか。そんな統哉をルーシーが宥める。
「まあまあ、いいあだ名を付けてもらってよかったじゃないか統哉。ところでアスモデウス、いつまでそんな着ぐるみを着ているつもりだ?」
その言葉に、アスモデウスが固まる。そして――
「…………暑いよ~」
「今頃かよ!?」
統哉がツッコむ。それをよそに、アスモデウスは背中のファスナーに手を伸ばそうとしている。しかし、着ぐるみを着ているために手が届かず手をばたつかせるだけだ。
「……とどかない~」
「ああもう、しょうがないな」
見かねた統哉が背後に回り、ファスナーを下ろした。
一人で脱げないというなら何故着ぐるみを着てきたのか。いや、そもそも一人で着た時はどうやってファスナーを上げたのか。統哉の頭に数々の疑問がよぎる。
「……ふぃ~、暑かった~。やがみん、ありがと~」
着ぐるみを脱ぎ、大きく伸びをするアスモデウス。そこでようやくアスモデウスの全容が明らかになった。
身長は160センチ台後半。着ぐるみから覗いていたピンク色の髪は背中に届く長さだった。「色欲」の称号に相応しく、グラマーな体つきをしたその体には薄手のローブを纏っていた。何故ローブの上から着ぐるみを着ていたのかは謎だが。
だが、それ以上に統哉はある一点から目が離せないでいた。
胸。
薄手のローブの上からでもよくわかるほど、たわわな胸がそこにあった。
その胸が着ぐるみを脱いだ時や伸びをした時に「ぽよん」だの「たゆん」という擬音が相応しいほどよく揺れていた。
(うーん、デカい……)
その見事な双丘に、統哉はしばらく我を忘れて見とれてしまっていた。統哉だって健全な青年なのだ。
「……統哉、なーに見とれているのかな?」
背後からかかったルーシーの不機嫌そうな声で統哉は我に返った。
見ると、ルーシーとベルのジトッとした視線が向けられている。
「……統哉、小さい胸は嫌いなのか?」
その横で悲しそうな顔をするベル。そして、ルーシーが統哉に食ってかかってきた。
「私だって結構あるだろうに! 大きい胸がそんなに好きかぁぁぁっ!」
叫び、ルーシーが統哉の背中を思い切り叩く。
「――うおおっ!?」
強烈な一撃を受け、統哉の体は大きく前方へと動く。その先には――
「……ほえ~?」
アスモデウスの姿があった。そして――
「どわっ!」
「ひゃ~!」
統哉とアスモデウスは思い切り正面衝突し、統哉はアスモデウスを押し倒す形になった。
「いたた……わ、悪いアスモデウス……大丈夫……」
体を起こすために統哉は手を動かしたその時――
むにゅん。
「ん?」
擬音にすると、それがしっくりくるような感触――それも、つきたての餅のような柔らかさと弾力性を兼ね備えたものが統哉の手に伝わった。それも両手に。
それと、先ほど気付いた自分が顔を埋めているクッションのようなとても柔らかいもの。だが、近くにクッションはあっただろうか。そんな疑問が統哉の頭をよぎる。
いや、それよりも体を起こす方が先だと思い、体を起こそうと顔を動かす統哉。すると――
「……やぁん」
なぜかアスモデウスが艶めかしい声を上げた。何かがおかしいと統哉の本能が告げる。そして、統哉が顔を上げた先には――
アスモデウスの豊かな双丘を鷲掴みにし、それに両頬を挟まれている自分がいた。
「…………」
統哉、沈黙。そして現状を把握しようとした。
(……つまり、俺はルーシーに叩かれた衝撃で大きく前のめりになり、その先にいたアスモデウスを押し倒す形になってしまった。そして体を起こそうとしたら、自分はアスモデウスの胸の谷間に顔を埋め、さらに両手は双丘を鷲掴みにしていましたと)
現状把握、完了。
「……わあああっ!?」
統哉は絶叫。コンマ一秒ぐらいの速さで慌てて起きあがり、アスモデウスを助け起こした。
胸を両手で鷲掴み、さらに谷間に顔を埋めてしまう、まさに恐怖のトリプルアタック。そんな恐ろしい攻撃を受けた統哉は慌ててアスモデウスの怪我がないか確かめるために声をかけた。
「――ありがとうございます!」
統哉は深々とお辞儀をし、礼を言った。そして即座に頭を抱えてしまう。
「って違う違う! 何でお礼言っちゃってるのかな俺!? 俺が言いたかったのはそうじゃなくて!」
頭を抱えながら呻く統哉。下手をすれば、「やわらかあああああい!」とシャウトしてしまそうだった自分を恥じずにはいられなかった。本来ならばその台詞は手の感触に対して言うものであったが、それは大した問題ではない。
そんな統哉を見つめながら、アスモデウスはいつもの柔和な笑みを浮かべて言った。
「……もー、やがみんったらダイターン♪ でもそういうのも嫌いじゃないよ~」
「頬を染めて身をくねらせるな! つか大胆の所が微妙にイントネーションおかしかったのは気のせいじゃないよな!?」
「統哉ー♪」
と、ルーシーの明るい声が統哉の背後から響いた。その声に、統哉はゼンマイが切れたおもちゃのようにぎこちなく振り返る。そこには――
「さあ」
「お前の罪を数えろ」
天使のような笑顔を浮かべ、その背後にどす黒い炎を背負ったルーシーとベルが並んで立っていた。そして、ルーシーは右腕を、ベルは左腕を、弓の弦を引くように後方へ目一杯引いていく。
「お、おい、今のはルーシーが俺を突き飛ばしたのが悪いんだろ!? なんで不慮の事故だったのに俺が悪い扱いになっているんだ!?」
「問答無用」
「汝、罪あり」
ルーシーとベルの手が固く握られた。そして――
「「この……ラッキースケベがぁっ!」」
「待て待て待て! これは事故だ、ハプニングだ! 孔明の罠だぼあぁっ!」
メメタァ。
ルーシーとベルの声がハモり、同時に強烈な右ストレートが統哉の顔面を捉えた。
「「正直、すまなかった」」
ルーシーとベルが統哉に深々と頭を下げる。
「……何、気にするな。結構鼻血が出た程度さ」
両方の鼻孔にティッシュを詰めた統哉がにこやかに答える。
そんな三人の様子を、アスモデウスはニコニコしながら見つめていた。
「ほぇ~、三人とも仲がいいんだね~」
「……そう見えるか?」
統哉が呆れながら返す。統哉にしてみれば、どつき漫才をしている気がしてならないのだが。それも、ボケ二人にツッコミ一人という分の悪いものだった。
「うんうん、こうして見てると仲のいい友達にしか見えないよ~。やがみんって、結構モテるんだね~」
「堕天使にしかモテないないのもどうかな」
統哉が苦笑する。そして、話題を切り替える意味でアスモデウスに尋ねる。
「ところで、アスモデウスってどんな事ができるんだ?」
「わたし~? わたしはねー、電撃が得意なんだ~」
そう言って、アスモデウスが右手をすっと掲げた。すると、その手に紫電が宿り、手に止まっている小鳥のようにその身を震わせている。ややあって、アスモデウスは手を軽く振って紫電を打ち消した。
「他にも、『魅了』の魔術が得意かなー。波動として相手に放ったり、相手の目を見て、それで魅了したりとね~。まあ、やがみんには効かないみたいだけど~」
そう言われ、統哉は公園での出来事を思い出した。あの時、アスモデウスの瞳が妖しく光ったような気がしたのは錯覚ではなかったのだ。あの時彼女は自分に「魅了」の魔術をかけようとしていたのだ。まあ、効かなかったのならばそれに越した事はないが。
「そうだアスモデウス。せっかくだから『アレ』、見せたらどうだ?」
「……『アレ』?」
統哉が首を傾げる。するとアスモデウスは頷いた。
「そうだね~。せっかくだからお披露目しちゃおうかな~――よいしょ~」
アスモデウスはいきなり何もない空間に右手を伸ばした。ずぷ、と異様な音がした。
統哉は我が目を疑った。アスモデウスの右手首から先が何もない空間に飲み込まれている。よく見ると、空間に裂け目ができていてその中に手を突っ込んでいた。
「ん~と、えっと~」
アスモデウスは何かを探すかのように空間の中をまさぐっている。
「……あー、あった~! てれれてってれ~!」
気の抜けたかけ声と共にアスモデウスは右手を空間から引き抜いた。その右手には、異様な物体が握られていた。
それは、アスモデウスの身長ほどはあろうかという長大な物体だった。
一言で言うと、機械でできたドラゴンの首。
カラーリングは紫。数ヶ所にグリップがついていて、側面には腕に装着するのであろうか、穴が開いている。そして口腔内には大口径の銃口が覗いている。アニメや特撮などに出てきそうな大型キャノン砲――それが統哉の抱いた感想だった。
「これがわたしの相棒、『アスモキャノン666』です~!」
何ともトンチキなネーミングだった。
「……それ、キャノン砲か?」
統哉が驚き半分、呆れ半分といった様子で尋ねる。するとアスモデウスはふくよかな胸を張って答えた。
「うんうん、すっごいキャノン。いろいろできるよー。レーザーぶっぱとか~、レーザーブレードとか~、そのままぶん殴ったりとか~、他にも~……」
「ああわかった、もういいもういい」
統哉はなおも説明しようとしたアスモデウスを制した。どうやら彼女はゆるい見かけや言動によらず、派手な戦いを好むタイプらしい。
「あーそうだ、忘れちゃいけない自爆スイッチとか~、誤爆スイッチもあるよ~」
「なんで自爆スイッチがあるんだよ。それに何を誤爆するんだよ」
「まあそこは気にしないで~」
「気にするわ! ただでさえ物騒な代物に、もっと物騒なスイッチつけるなよ!」
「でも今は、そんな事はどうでもいいんだー。重要な事じゃないよ~」
そう言ってアスモデウスは先ほどと同じようにキャノン砲を持った右手を空間の裂け目に突っ込み、キャノン砲をしまった。
「でね、やがみん。暑いからシャワー借りてもいいかな~?」
自由奔放にも程があるだろ、アスモデウス。そう言いたいのを必死に堪え、統哉は言葉を絞り出した。
「……ああもう、好きにしてくれ。風呂場はあっちだ」
「ありがと~。それじゃ~……」
そう言ってアスモデウスはローブを脱ぎ捨て、その下に着込んでいたレオタード状のアンダースーツに手をかけ――
「「「脱ごうとするなっ!」」」
三人のツッコミがハモった。慌ててルーシーとベルがなおもアンダースーツを脱ごうとするアスモデウスを押さえる。統哉は速攻で目を逸らした。目に毒すぎる。
「おい、馬鹿やめろ! 統哉はとてもウブなんだからお前のナイスバディを見せつけたら流石の統哉でも魅了状態になってしまうぞ!」
「ルーシーの言う通りだ。肉体の解放なんて使うんじゃない」
「えーだって暑いんだもーん」
「場所を考えろ場所を! 統哉! 私はとりあえずこいつを風呂場へ連れていく! ベル、お前も来い! こいつの服を洗濯した後にお前の熱で乾かしてくれ!」
そう言ってルーシーはアスモデウスを風呂場へ引きずっていった。それを見たベルが溜息をつく。
「承知した。統哉、すまないがベルも行ってくる……念のためにいっておくが、覗くなよ?」
「わかってるわかってる。俺はここを動かないから早く行ってこい」
手を振って早く行けと促す。それを見たベルは立ち上がり、床に落ちたローブを拾い上げて風呂場の方へと歩いていった。
それからしばらくして――
「――おい! 廊下で素っ裸になるな! 脱いだものを床に散らかすな!」
「ん~、だって暑いんだもーん。それくらいいいよねるしるし~?」
「よかないよ! せめて脱衣所で脱げ! あーベル、とりあえずそのとっ散らかっている服を洗濯機に放り込んでおいてくれ!」
「わかった……おい、アスモデウス立ったまま寝てるぞ」
「え? あーホントだ! 起きろアスモデウス! ここは風呂場だ! ベッドじゃない! つか素っ裸で立って寝るな!」
「ねてないよ~……あとごねん~……」
「寝てるじゃないか! あと五年って長すぎだろ! ああもう、私が蛇口を捻るから早いところ浴びろ……って、シャワー浴びながら寝るなーっ!」
一方、統哉は風呂場から聞こえてくるカオスなやり取りを聞きながら大きなため息をついた。
「……あいつらもあいつらなりに苦労してんだな……」
アスモデウスが取り出した「アスモキャノン666」は、イメージ的に「ディシディアデュオデシム・ファイナルファンタジー」でラグナが持っているラグナロクでお願いしますw
(メインで使うキャラはやっぱりライトニング。そして対人戦でのBGMは閃光アレンジ版に限ると豪語する私)




