Chapter 4:Part 02 朝食と調べ物
さて、朝っぱらからの茶番劇も幕を下ろし、統哉はキッチンにて朝食の支度に取りかかっていた。そして、統哉の側にはベルが佇んでいる。
「ベル、よろしく頼むぞ」
「よろしく頼まれた」
ベルは頷き、グリルに視線を向ける。その中には冷凍していた塩鮭が入っている。
ベルはグリルを見つめ、力を集中し始めた。
すると、スイッチを入れていないにもかかわらず、グリル内部で火が点き、全方位から塩鮭を焼き始めたではないか。
そう。居候の条件としてベルが提示した、「ベルの炎をもってガス代節約に貢献する」のを果たすために、ベルは統哉と共に台所に立っていた。ちなみにルーシーはリビングで教育テレビを見ている。
やがて、ベルが集中を解いた。統哉がグリルを開けてみると、そこにはこんがりと、とてもおいしそうに焼けている塩鮭の姿があった。
「上手に焼けました、だな」
「……ああ。凄いじゃないか、ベル」
「そ、そうか? 照れるじゃないか……ソロモン王だって、ベルの炎を褒めた事がなかったのに……」
統哉の賞賛に、頬を赤らめて照れるベル。
「よ、よーし! 統哉、次は卵焼きだな! ミディアムにでも、ウェルダンにでも上手に焼き上げるぞ!」
はしゃぎながら、ベルは両手に炎を宿した。
「ああ、頼むぞベル。とりあえず、ちょっと落ち着け。その手の炎を消せ」
それから、ベルの絶妙な火加減によって卵焼きも大変上手に焼き上がりましたとさ。
しばらくして、食卓には白飯、塩鮭、卵焼き、味噌汁、そして漬物という、朝食の王者達が並んでいた。
「おー、これは凄いな。まさに和食のインペリアルクロスだな!」
ルーシーが唸る。
三人が食事の席に着き――
「「「いたただきます」」」
いただきますのコーラスが響いた。
「……うん、美味い。この鮭、完璧なまでに火が通っている」
ルーシーが鮭をつまみながら頷く。
「当然だ。ベルの炎で焼いたのだからな」
ベルが得意げに返す。
「この卵焼きも、料理酒、醤油、砂糖の絶妙な配分がたまらない」
「ああ。色々試してみて、いい配分を見つける事ができたんだ」
統哉が答える。
「しかし、統哉は本当に料理が上手なんだな。恐れ入った。卵焼き、味噌汁、どれをとっても美味い」
ベルが感嘆の声を上げる。
「ああ、両親が死んでから、自炊を独学で学んだんだ。とはいっても、自分の舌が納得いくような料理を作る事を基準にしてたんだけどな。でも、気に入ってもらえたようで嬉しいよ」
統哉が微笑む。
「ベルゼブブだったら、即座にヘッドハンティングにかかるだろうな。ここまで美味い料理を作れる者を、ベルは今までに見た事がない」
「だからおだてすぎだよ。そのベルゼブブっていうのは堕天使の中でもトップクラスの料理上手なんだろ? そんな大物と比べるなよ。ところで、一つ思ったんだけどさ」
統哉が麦茶を飲み、一息ついた。
「ルーシーやベルって、料理できるのか?」
すると、ベルが口を開いた。
「ああ。ベルは一応料理ができる。一番自信があるのはトルコライスだ」
「……トルコライス?」
統哉が怪訝そうな声を上げる。トルコライスといえば、一般的にカレー味のピラフ、ナポリタンスパゲッティ、デミグラスソースがかかったトンカツという組み合わせが有名な盛り合わせ料理だ。
しかし、なぜベルはトルコライスが得意料理なのか。どうも腑に落ちない。
「それは、向こうの世界で堕天した時、色々、堕天使や世界各国との間にいざこざが起きてしまってな、その時に私達は相談して各国に両者を取りなす大使を送る事にした。で、ベルの担当がトルコだったわけだ。そしてそこで食べたトルコライスをいたく気に入ったのさ」
ルーシーが補足説明をした。するとベルは胸を張った。
「そうとも。トルコライスはいいものだ。長崎風、大阪風、神戸風、何でもできるぞ。中でも自信作は『あんこ入り☆トルコライス』、『ドーピングコンソメトルコライス』だな」
「どんなトルコライスだよ」
たとえ罰ゲームであっても食べたくないと思った統哉であった。
「ところで、ルーシーは料理できるのか?」
統哉が尋ねた。すると、ベルが口を挟んだ。
「いや、無理だ。以前に堕天使達の間でベルゼブブ筆頭の料理ブームが起こった時、もちろんルーシーもそれに乗じたんだが、こいつの料理は、もはや料理じゃない。バイオウェポンだ」
「失礼だな! なぜか教本通りにやったのに、違うものができてしまうんだよ!」
ルーシーが反論する。
「そうだな、いくつか例を挙げよう。寿司を握ったらシャリもろとも暗黒物質を生成する、スープを作らせたらスライムとゾンビを組み合わせたような名状しがたきナマモノを生み出す、おにぎりを握ったら、なぜかそれが高速回転していてもはや武器にしか使えないものなど……お前に教えていたベルゼブブは泣いていたぞ。『あたしが猿でもわかるように、もの凄くわかりやすく教えたのに、どうしてこうなった……』とな」
「ふんだ。ベルゼブブは料理が上手すぎるんだもん。仕方ないね」
ルーシーが頬を膨らませる。
「わかったわかった、もういい……」
頭を抱えつつ、統哉は思った。ルーシーは台所に立たせてはいけないと。
(しかし……)
ふと箸を止め、統哉は考えた。
(以前はルーシーとだけだったけど、こうしてベルを交えて、三人で楽しく食卓を囲んだのは、父さんと母さんが生きていた頃以来だな)
統哉の顔に、思わず微笑みが浮かぶ。
(――うん、こういうのも悪くないな)
心の底から、そう思えた統哉であった。
朝食後、統哉は自室のパソコンに向かって、何かを調べていた。
その時、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
統哉が声をかけると、そこにはルーシーが立っていた。
「邪魔するよ統哉……って、パソコンに向かって何してるんだ?」
ルーシーが首を傾げた。
「ああ、ルーシーか。ちょうどよかった。今、堕天使について調べていたんだ」
統哉がパソコンの画面を見せる。そこには、ネット百科事典内の、堕天使に関するページが表示されており、様々な堕天使に関する情報、リンクが表示されている。
「なあルーシー、お前がいた世界と、この世界に伝わっている堕天使は、やっぱり一緒なのか? ちょっと気になって調べていたんだ」
「ふむふむ、ちょいと拝見」
ルーシーが統哉と場所を代わり、ウェブページのリンクをあちこち調べる事、数分。
「……なるほど。だいたい合ってる。そうだな。とりあえず七大罪について話そうか。そもそも七大罪とは、私を含む七人の高位の天使達が堕天したものだ。私達は初期に創造された天使だった故に、とてつもなく強い力を与えられていた」
「ふーん」
「そして、七大罪は皆女性型だ。ロリっ娘からナイスバディまでよりどりみどりだ。付け加えると、堕天使を含めた天使の大半は女性型だ。何故かはわからんが。さて、話が逸れてしまったが、一人一人簡単に説明していこう」
ルーシーはページをスクロールし、七大罪の項目中のあるリンクをクリックした。
「まずはベルゼブブ。『暴食』を司っている。彼女は地上界の食文化にただならぬ興味を示し、直属の部下であるニスロクと共に地上界のあらゆる食を研究し、それを極めた」
「あらゆる食?」
「和・洋・中、その他諸々を食し、実際に作って私達に振る舞っていたくらいだからな。ぶっちゃけその腕は、一流シェフですら大ジャンプして急降下土下座するくらいの腕だ」
「よくわからん例えだが、とにかく凄い事はわかった」
「補足として、彼女の実力は申し分ないんだが、いかんせん魔力の消費が激しい。上手な加減が苦手なんだ。だから、常に近くに補給ユニットを配置しておかなくてはならない」
「何だよ補給ユニットって」
「魔力を補給できる者の事だ。ただし補給を受けたら気力が10下がるが」
「何のこっちゃ」
「堕天した際はもっと厄介だったぞ。とにかく健啖家で、私達が食べる料理の何倍もの量を食べないと力を百パーセント発揮できない」
「……エンゲル係数が心配だな、ベルゼブブ」
呆れたように統哉が呟くと、ルーシーは苦笑した。
「まあな。じゃあ、次行こう」
そう言ってルーシーは別のリンクをクリックした。
「レヴィアタン。『嫉妬』を司る。あいつは、私達七大罪の中でも末っ子に当たる奴でな。特に私に対してベタベタで事ある毎に私に甘えてきていたよ」
「つまり、妹のような存在だったって事か?」
統哉の言葉に、ルーシーは頷いた。
「ああ。しかしそれが災いして、私が他の堕天使と仲良くしていたら不機嫌になるほどだったがな」
「おいおい……」
「で、後から構ってやったらツンツンしてるわけだ。それでも時間が経ったらまた甘えてくる……まあ一言で言うと『嫉妬深いツンデレ』だ」
「面倒な奴だな」
統哉の呟きに、ルーシーは苦笑する。
「まあそう言うな。ちなみに、あいつの能力は水を操るもので、海での戦闘はあいつの独壇場だ。津波、鉄砲水、大渦巻など、水の技であいつの右に出る者はいない。水泳も得意で、ギネス記録や世界記録をあっさりと大幅に塗り変えてしまうだろうな」
「へー」
「次、ベルフェゴールは『怠惰』を司っている。ふむ、こちらの世界では便器や車椅子に座っている事で有名のようだが、確かにそうだ。彼女は先の戦で両足に重大な怪我を負い、長期の車椅子生活を余儀なくされた」
「天使なのにか? 凄まじい自己治癒力があるんだろう?」
統哉の疑問に、ルーシーは頷いた。
「ああ。だが、先の大戦で戦った敵の攻撃に強烈な毒が仕込まれていてな。それによって両足を負傷し治療に長い時間がかかってしまった」
「長い車椅子生活とか、日常生活で不便だな」
「だが、彼女は強かだった。私が彼女のためにと地上界からもたらした車椅子を魔改造して、戦車にしてしまった」
「戦車?」
統哉が驚き半分、呆れ半分の表情で尋ねる。
「ああ。地上界のアニメや特撮を参考に、脳波コントロール機能、ターボジェットエンジン、三六〇度回転する車輪、内蔵火器にバリアなどを搭載、改造していった結果、もはや車椅子とは呼べない代物になってしまった」
「何やってんだベルフェゴール」
「さらに、治療中なのをいい事に、私がもたらしたゲームやアニメなどのサブカルチャーにどっぷりはまってしまい、いつの間にか重大な任務時以外は引きこもりがちな奴になってしまった」
「ニートの一歩手前じゃねーか。それに原因の大半はお前のせいじゃねーか」
「ちなみに、あいつとゲームしたら百パーセント勝てないぞ。テレビゲーム、カードゲーム、チェスや麻雀などあらゆるゲームにおいて流石の私も勝てた試しがない」
「怠惰も極めたら恐ろしいな」
「どんどん行こうか。『強欲』のマモン。カラスをモチーフにした漆黒のドレスに身を包んだ、貴族の娘のような堕天使だ。地上界の貴金属や宝石にただならぬ興味を示し、堕天してからは金脈などを掘り当て、私達堕天使の基地と宮殿を兼ねた『万魔殿』の建設を担当した」
「建築もできるんだ」
「ああ。犬小屋から宮殿、さらにはフラグなど、どれをとっても一級建築士だ」
「いや、フラグはダメだろ」
「実力もかなりのもので、彼女の天界式CQCは宝石や貴金属を用いた魔術型だ。エメラルドを弾丸のように放ったり、破壊力抜群のクレイジーなダイヤモンドによる攻撃、さらにはダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴ったり、僅かな間だが時間を止める事ができるプラチナも使いこなす」
「……凄い奴だな。つかなんだよダイヤの結婚指輪のネックレスって。指輪だかネックレスだかはっきりしろよ」
統哉が感嘆と呆れが混じった声を上げる。するとルーシーは大きなため息をついた。
「……ただな、いかんせんドジなんだ。肝心なところでポカをかますわ、己の優位にのぼせて、敵に逆転を許してしまったりと、結構自滅しやすいタイプだな」
「ダメじゃないか」
「本当に、あれさえなければチート性能なんだけどなぁ」
ルーシーが肩を竦め、別のリンクをクリックする。
「『色欲』のアスモデウス。あいつは……う~ん……」
ルーシーが頭を抱えて唸る。
「どうした?」
「……ド天然だ。そしてエロい」
ルーシーはしばらく間を置き、吐き出すように呟いた。
「……はぁ」
統哉がよくわからないというような声を上げる。
「とにかく彼女は何を考えているかわからん。ほんの数秒前にある事をしていたかと思えば、数秒後には別の事をしていたりと、とにかくマイペースなんだ」
「お前も手を焼くほどなのか」
「で、七大罪の中でも抜群のプロポーションを誇っている。正直、グラビアアイドルいらなくね? って言いたくなるようなナイスバディの持ち主だ。それも、決して下品ではなく、上品に見えるほどの、絶妙なバランスの上に成り立っている」
「へー」
「さらに、彼女の特性は『魅了』だ。彼女から放たれる魔力にあてられると、あっと言う間に虜にされてしまう。さらに、あのド天然さとナイスバディも相まって、地上界では彼女の信奉者がバカスカ増えたのさ。もっとも、彼女はそんな事などどこ吹く風という感じだったがな」
「はあ……アスモデウスって、やっぱエロ担当なのか」
「実際エロい」
即座に、サムズアップと共に返された。
統哉は思わずこめかみを押さえた。フリーダムすぎるだろ、七大罪。統哉の顔にはそう書いてあった。
「そういえば、サタンは?」
気を取り直して、統哉は尋ねた。すると、意外な答えが返ってきた。
「サタン? そんな堕天使はいないよ」
「……いない? じゃあ最後の『憤怒』を司っているのは誰なんだ?」
統哉が怪訝な顔をする。七大罪の中で「憤怒」を司るサタンがいないとは、一体どういう事なのか。
「私達の世界で『憤怒』を司っているのはベルなんだよ。しかし、こっちの世界ではサタンっていうのになっているんだな。あのロリっ娘がこーんなおぞましい怪物になっているとはなぁ……」
ルーシーが目を白黒させている。
サタンがベリアルに置き換わっているのは意外だったが、彼女曰くこちらの世界がほとんど似ている世界である事から、やはり多少のズレはあるのだろう。統哉はそう結論づけた。
「……と、こんな所だ。あとはこの『傲慢』のルシフェル。以上、堕天使のエースオブエース、七大罪の紹介を終わらせていただこう。また堕天使について知りたくなったらいつでも言ってくれ」
ルーシーが椅子から立ち上がった。
「ご講釈どうも。さて……」
統哉が立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「統哉、どこへ行こうというのかね?」
ルーシーが統哉の背中に声をかける。
「ちょっと気晴らしに散歩してくる。常識外れの情報ばかりだったから、それを整理してくる」
皮肉めかして答えた統哉に、ルーシーはクスリと笑った。
「そっか。統哉、熱中症には気をつけろよ。それとお土産よろしく~」
「買わねえよ」
後ろ手を振り、統哉は散歩へ出かけたのであった。
「……しかし、私とベル以外の七大罪は皆、どこの世界で元気にやっているのだろうか……」
そして後には、昔を懐かしむようなルーシーの呟きだけが残った。




