Chapter 3:Part 10 熱き切札
ついに通算30話です! 皆さん、本当にありがとうございます!
「ベルが後方から全力で援護する。統哉は全力で奴を焼き尽くしてやれ!」
「ああ! やるぞベル!」
「――レッツ・イグニッション」
統哉の言葉に、ベルは芝居がかった台詞と仕草で応じる。
そして、背中から一対の炎翼を生やし、空中へ飛び上がった。堕天使とはこのような中二じみた台詞や仕草が好きなのだろうかと、統哉は頭の片隅で思った。
「くふふ、熱くて死ぬぞ?」
ベリアルは空中からフレアショットを連発する。
フレアショットの直撃を受け、相手が怯んだ事を確かめめたベルはさらに両手の爪に小さな火球を灯し、一斉に放つ。
火球はラファエルに殺到し、着弾。
相手へのダメージは少ないが、全身にまとわりついた炎が相手の動きを阻害する。
統哉はその隙に相手の懐まで接近、高速でベルブレイザーを振り回し、その体をメッタ斬りにする。
本来の力を発揮した<神器>は、先程とは桁違いの炎を纏い、敵の体を切り刻み、焼き尽くしていく。再生はしているが、炎によるダメージが上乗せされている分、完全に再生はしていない。おそらくこの調子で攻撃し続ければ、相手を打ち倒す事ができる。統哉はそう考えていた。
(いける!)
見えてきた勝利に統哉が内心でガッツポーズをしたまさにその時、統哉の頭上から触手が降ってきた。
統哉はラファエルへの攻撃に夢中で、相手の特徴である伸縮自在の触手の事を完全に失念していた。
(――しまった!)
そう思った瞬間、寸前で触手が焼き切られた。見ると、統哉の頭上に炎の天蓋が作り出されているではないか。
「油断大敵、火がボーボー……だな。統哉、攻撃を行う時は頭の片隅でもいい、常に相手の攻撃を意識しておく事だ。そして、ベルの<火炎障壁>は攻防一体の魔術。この障壁に下手に近付こうものなら、何者だろうと瞬時に焼き尽くされる。統哉、お前はとにかく奴を倒す事に集中しろ」
後方からベリアルの声が届く。
「ああ、わかった!」
肩越しに答え、さらに斬りかかろうとした統哉の眼前で、後光が輝き出す。強烈な熱線の予兆だ。
「――レーザーか!」
「大丈夫だ、統哉! 弾に魔力を込めた魔弾――チャージショットをぶっ放せ!」
焦る統哉に、背後からベリアルの声が届く。反射的に統哉はベルブレイザーを射撃モードにチェンジ、魔力を集中させる。僅かな間の後、魔力が<神器>に充填された感覚が伝わってくる。
「――真紅の魔弾!」
叫び、統哉はトリガーを引いた。
銃口から巨大な真紅の魔力弾が放たれる。超高速の魔弾はラファエルの胴体を貫き、後光を粉々に打ち砕いた。
さらに大爆発。爆煙が引いた後は、全身がボロボロになったラファエルが辛うじて浮かんでいた。
もう再生させるわけにはいかない。統哉は一気に決着をつけるために走り出した、その時だった。
ラファエルが体をゆっくりと再生させつつ、両腕の触手を一斉に放ってきた。何本かを空中でカーブさせながら放たれたそれは、自分を包囲し、退路を断つためのものだと気付いた時には、触手はもうすぐそこまで迫っていた。
攻撃に全力を傾けていた統哉には、それを防ぐ余裕などなかった。
(やられる――!)
統哉が覚悟を決めた時だった。
「――やれやれ、本当に世話が焼けるな」
背後にいたベルが、弾丸の如き速さで、統哉の前に飛び出してきた。
次の瞬間、殺到した触手がベルの胴体を一斉に貫いた。ベルは体をくの字に折り曲げ、激しく喀血する。
「――ベル!」
自分の判断ミスで、目の前で大きなダメージを負ったベルを見た統哉が悲痛な声を上げる。
「……捕まえた」
胴体を触手に貫かれつつも、ベルの口元には笑みが浮かんでいた。
「……これなら、統哉に害が及ぶ事はない。さらに、こうすればお前の触手も役に立つまい……?」
言い放ち、ベルは赤く輝く両手の爪を一斉に伸ばした。
ベルの魔力によって高熱に熱せられた爪はラファエルの体に悉く突き刺さり、巻き付き、締め上げる。
ラファエルは体の中と外を高熱に晒されながらも、ベルに突き刺した触手を引き抜こうともがいている。もがく度に、ベルの口から苦悶の声が吐き出される。
「ベル! やめるんだ! それ以上はお前が……!」
統哉の制止に、ベルは何とか微笑んで言葉を返した。
「くふふ……ベルは気に入った者には尽くすタイプなんでな……だからベルは、統哉にチャンスを与えよう……さあ、守護天使よ、ここからが本番だ……! お前に地獄を見せてやる……!」
言い終え、ベルは全身から炎の魔力を解き放った。ベルの体は巨大な炎の塊となり、零距離からの炎で瞬く間にラファエルの全身を火達磨へと変じさせていく。
ラファエルはあまりの超高熱に抵抗する事も許されず、ただ焼き尽くされるがままだ。
そして、極限まで高まったエネルギーがベルとラファエルとの間で爆発を起こした。
爆風に吹き飛ばされたベルの小柄な体が宙に舞う。
「ベル!」
「統哉! ベルは大丈夫だ!」
統哉が受け止めようとするのを、ベルは遮った。
「今ので奴の再生能力は大きく落ちている! ここが正念場だ! バッチリ決めてやれ!」
統哉は頷き、ベルブレイザーにありったけの魔力を注ぎ込む。
変身しているため、桁外れの魔力が<神器>に充填され、刀身を炎が包み込んでいく。みるみるうちに、炎は天に届くほどの巨大な真紅の刃を形成していく。
「統哉……」
床にふわりと着地したベルは拳を上へ突き上げ、叫んだ。
「ぶちかませっ!!」
「――ああ!」
ベルの声援を受け、高々と炎の刃を掲げた統哉は、威厳に満ちた口調で言い放った。
「――――レーヴァテイン! 燃え尽きやがれぇぇぇっ!」
叫び、裂帛の気合いを込めて全力で振り下ろした。
そして、巨大な炎の刃が、ラファエルを一刀両断した。
それは、あまりにも強烈な一太刀だった。
炎は一瞬でラファエルの全身を覆い、容赦なく焼き尽くしていく。ゼリーを真っ二つにしたような断面からも瞬く間に発火し、喰らい尽くさんばかりの勢いで燃え上がっていく。
受けたダメージを回復するため、すぐに再生を開始したラファエルだったが、ありったけの魔力を込めた炎の刃は、ラファエルの再生速度を遙かに上回る速さでその身を断ち、焼き尽くしていく。
それはまさに、古の巨人が振るいし、世界を焼き尽くした炎の魔剣の名に相応しい威力だった。
そして、ラファエルの体は跡形もなく燃え尽きた。ラファエルが存在していた証は僅かな灰だけだったが、それも虚空へと消えていった。
「終わったな……」
ベルが言い終えると同時に、彼女は膝から崩れ落ちた。肩を落とし、激しく息をついている。
「ベル!」
<神器>を輝石に戻し、納めた統哉がベルの元へと駆け寄る。オーバートランスもいつの間にか解除され、普段の黒髪と黒い瞳に戻っていた。
「ベル、大丈夫か?」
統哉は身を屈めてベルに手を差しのべながら声をかける。
「……力を取り戻して間もなく一暴れしたせいか、疲れた。少し休めば大丈夫だ。傷も塞がりつつある」
そう言いつつも、ベルは統哉の手を取って立ち上がった。
「――ありがとう、ベル。お前が力を貸してくれなかったら、きっと、何もかも上手くいかなかった。本当に、ありがとう」
その言葉は、統哉の口から自然と発せられていた。
統哉に礼を言われたベルは一瞬ぽかんとしていたが、やがて口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、か。そう言われたのもいつ以来だったか……でも、どうしてだろうな? 統哉に言われると、何だか嬉しくて仕方がない。このような、どこかむず痒いが、それでいて心が温かくなるような気分は初めてだが、心地いい。統哉、こちらこそ、ありがとう」
統哉に礼を言うベルの顔は晴れやかなものだった。そして、その顔に満面の笑みが浮かんだのを統哉は見た。
それは、統哉が初めて見た、ベリアルの打ち解けた、心からの笑顔だった。
その時、ラファエルのいた空間に光り輝く橙色の球体が現れた。
「あれが、二つ目の<欠片>……?」
「そう。あれは<栄光>の<欠片>だ」
ベリアルが歩み寄り、<欠片>をその手に取った。
「さっきも言ったが、ラファエルは癒しを司る天使だ。だから、この<欠片>を渡してやれば、あいつは癒しの力を取り戻せるだろう」
「そうか、よかった。これで、ルーシーも喜ぶだろう…………ん? ちょっと待て」
統哉の動きが止まる。そして、何かを思い出したかのように顔が強ばっていく。
「……ルーシー!」
そして、絶叫。
「どうした統哉、そんな素っ頓狂な声を上げて」
ベルが首を傾げる。
「……どうしよう、ベル……今まですっかり、ルーシーの事を忘れてた」
「…………あ」
統哉の声に、ベルが納得したかのような声を上げた。
ラファエルを倒した事で、封じられていた扉が復活した。
統哉とベルは急いで手術室から出て、ルーシーの安否を確認しに行くと、そこには――
「やあ、遅かったじゃないか……」
あちこちがボロボロになったドレスをまとったルーシーが息も絶え絶えといった様子で笑いかけてくる。でも、頭から流血してる状態での笑顔は正直怖い。
「る、ルーシー、大丈夫か?」
「うん、平気。へっちゃら」
統哉の言葉に笑顔でサムズアップしてくるルーシー。だから流血笑顔は怖いんだって。
それを見たベルの口元が歪んだ。
「……ぷ。いい様だな、ルシフェル」
「……あ?」
統哉の側にいた少女の声に、怖い顔をしたルーシーがドスの聞いた声を出し、嘲笑の主を睨みつける。そして、みるみるうちに怖い顔が驚愕に変わっていく。
「――ベリアル!? ナズェイルンディス!?」
驚愕のあまり、声がうわずっている。
「ん? 統哉を助けにだが?」
ルーシーとは対照的に、ベルは何て事ないかのように答える。
「統哉を助けにって……いや、そもそもお前、いつの間に私を追い越していった!?」
「え? 確か『あっちを見ても、こっちを見ても、天使だらけじゃないですか! やだー!』って叫んでいた時」
肩を竦めつつ答えるベル。そういえば、そう叫んだ時に、何かが背後を通り過ぎる気配を感じたが……。
「……あれかよ!? 一瞬すぎてわかるかチクショー!」
ルーシーが地団太を踏みながら喚き散らす。すると、ルーシーはピタリと動きを止め、凄まじい表情でベルを睨みつけた。
「――待てよ? つまり、あれか? お前はあの時私を助ける事ができたはずなのに、それをほったらかして統哉の元へ向かったと」
「まあ、そういう事になるな」
「……」
「……」
しばしの沈黙。一触即発の空気を破ったのは統哉だった。二人の間に割って入り、宥める。
「……まあまあ、二人とも落ち付けよ。ここで立ち話もなんだし、一旦家に戻ろう。な?」
「……統哉が、そう言うなら」
「……承知した」
二人の間に張りつめていた緊張感が和らいでいく。
「ところで統哉、ベルはよく頑張っただろう? だから、後でたっぷり労えよ?」
「わかったわかった。とりあえずは家に戻ろう。色々話す事もあるしな」
「了解。くふふ~」
滅多に懐かない野良猫が懐くかのように、ベルは笑顔で統哉の手を取り、頬擦りしている。その仕草に、統哉は少し困ったような顔をしている。
「……何でさっきまで険悪な雰囲気だったのに、いつの間に仲良くなってるんだ……何この劇的ビフォーアフター? 何この劇的ビフォーアフター?」
先程とはあまりにも違いすぎる二人の様子に、ルーシーは呆然と呟くしかなかった。
そしてその表情は、どこか釈然としないものだった。




