Chapter 3:Part 06 第二の<神器>と<欠片>
あれから時間は経ち、その夜の事。時刻は十時過ぎ。
宅配ピザで夕食を終えた統哉達は寛いでいた。ただし、ルーシーを除いて。
「ベリアル~、随分肩凝ってるな~。この辺りとかどうかな~?」
「……うむ、実にいい。あのルシフェルに肩を揉んでもらっているという時点で気分がいいがな。あ、次は足を揉んでもらおうかな」
「はい、喜んで~!」
ルーシーは愛想笑いを浮かべながらベリアルの肩を精一杯揉んでいた。ただし、顔には影が差し、頭に怒りマークを三つほど浮かべていたが。
一方のベリアルは実に満足そうな顔でルシフェルのマッサージを受けている。側のテーブルには統哉が淹れたアイスティーの入ったカップが置かれている。
ルシフェルともあろう者が、ナンバー2とはいえ格下の堕天使の肩を揉むなどとは前代未聞であるが、それには大きな理由がある。
統哉と強引に契約を結んだ時、ベリアルは自らを守るために復活した魔力の一部を使い、自らに「自分が死ぬと、この辺り一帯を消し飛ばす自爆術式」なる魔術をかけた。
そのせいで、統哉とルーシーはベリアルに対して強気に出る事ができないでいた。
今のベリアルは復活に大量の魔力を消費したせいで二人と同じぐらいに弱体化しており、その気になれば二人で協力してこの堕天使を倒す事も可能だった。だが、それをやると、ご近所一帯がチリ一つ残さず消滅するので、それはできなかった。
それから二人は、ベリアルをもてなす羽目になった。
ベリアルの気分一つで、その気になれば今すぐにでも自爆術式を発動できるため、図らずしもご近所一帯の命運を背負う事になってしまった二人は、精一杯ベリアルのご機嫌取りをしなければならなかった。
ベリアルはあれやこれやと二人に用事を申しつけていたが、なぜかベリアルはルーシーに九割方の用事を申しつけていた。
統哉が行った主な仕事は、夕食の準備に、ピザ好きなベリアルのために宅配ピザ屋の中でも一番いいピザの特大サイズとシーザーサラダを頼み、それをベリアルに切り分ける作業、そして後片付けぐらいだった。
一方のルーシーはベリアルを丹念にマッサージしたり、ジュースやお菓子を用意したりと、まるで召使いのようにこき使われていた。
見かけの上では「はい、喜んで~!」と、笑顔で要求に応えていたルーシーだったが、ベリアルの目と耳が届かない所では、うってかわって凄まじい表情で「……ちくしょうベリアルめ。いつか殺してやる……」という怨嗟の呟きを何度も超小声でこぼしていた事は統哉だけの秘密だ。
「――さて、坊や。ベリアルの寝床はどこだ?」
ルーシーのマッサージを堪能したベリアルが立ち上がって大きく伸びをしながら統哉に尋ねた。
「は? お前、ここに泊まる気か!?」
ベリアルの発言に面食らった表情をしているルーシーの問いに、ベリアルは何て事ないかのように頷いた。
「そうだが? だからこうして旅行鞄まで持ってきたわけだが」
そう言ってベリアルはリビングの片隅に置いてある大きな真紅の旅行鞄を示す。
「……泊まる分にはいいけどさ。どこに寝てもらおうか……」
「統哉、本気か? 私は反対だ」
ルーシーが首を横に振る。
「でもさ、こいつの要求に応えないとご近所一帯が消し飛ぶんだぞ?」
「確かにそうだが!」
「へえ。ルシフェルよりも坊やの方が賢明な判断ができるらしいな」
ベリアルが口を挟む。
「黙っていろベリアル!」
「……うーん、順当に考えたらルーシーの部屋か」
ちなみに、現在ルーシーは統哉の部屋の隣の空き部屋、元々は両親が使っていた部屋で寝泊まりしている。ベッドなどの調度品は物置に残っていたため、部屋を掃除した後にそれらの品を運び込むだけで部屋が完成した。もっとも、部屋の中はライトノベルや同人誌、ゲームなどのオタクグッズで溢れているが。
その一言を聞いた瞬間、ルーシーが統哉に噛み付いてきた。
「統哉! 笑えない冗談はやめてくれ! 何で私がこいつと同じ部屋で寝なきゃいけないんだ!?」
「だって、女の子と一緒に寝るのは抵抗があるって言うか……」
「ふむ。坊やは実に紳士的だな。ベリアルは別にルシフェルと同じ部屋でも構わないぞ」
ベリアルが感心したように頷く。
「嫌だ! そんな事するくらいだったら、こいつをベランダにドタマ逆さにして吊すなり、庭に穴掘って首から下を埋めるなりすればいいだろ! もしくはダンボールに放り込んでゴミ捨て場に置いてくるとか!」
「おっとルシフェル、このベリアルにそんな扱いをしてもいいのかな?」
ベリアルがそう言って、ドヤ顔で自分の胸を指差す。それを見たルーシーは心底悔しそうな顔をし、しばらく逡巡した後――
「…………わかった、好きにしろ。ただし、寝首を掻くような真似をしたらその時は容赦しないからな!」
「安心しろ。近接戦闘においてはお前の方が上だという事はよく知っているからな。勝てない戦はしないさ」
「くっ……」
歯噛みするルーシーをよそに、ベリアルがそうだ、と手を打って統哉に向き直る。
「すっかり忘れていた。ベリアルと契約した事によって、坊やの輝石にも変化が生じているだろう。見てみるがいい」
「何だって?」
ベリアルに言われ、統哉は輝石を呼び出して、意識を集中してみる。
すると、輝石にルシフェリオンとは別の大きな力が宿っているのを感じ取った。
すると、頭の中に奇抜な形状をした剣のイメージが流れ込んできた。
そして、統哉はそのイメージを具現化した。次の瞬間、輝石が輝き、手の中に「それ」が握られた。
「それ」は、大口径のリボルバーに、炎のような形状の大型の刃がくっついたような形状の剣――いや、銃剣だった。ご丁寧に、柄の付け根には拳銃のそれと同じ、トリガーまでついている。
ただ、全体的なカラーはグレーで、どこか無機質な印象と違和感を統哉に与えた。大きな力は感じるが、ルシフェリオンほどではないような――そんな感覚だった。
「「……ガンブレード?」」
統哉とルーシーが目を丸くしながら呟く。
「知っているのか、二人とも?」
ベリアルの問いに、ルーシーが頷く。
「うむ、聞いた事がある。かつて、伝説の傭兵が使いこなしていたという、斬撃の瞬間にトリガーを引く事によって、振動を刃に伝えて威力を爆発的に高める事ができる剣があると。これは、それによく似ている。うーん、しかしこの重厚感といい、形といい、よくできているな」
「ガンブレードって、ゲームの中でしか見た事がなかったけど、実物にお目にかかれるなんて思わなかったな」
二人が感慨深そうにガンブレードなる銃剣を眺める。
「統哉、それはどんな<神器>なんだ?」
ルーシーに言われ、統哉は<神器>に意識を集中してみる。すると、その使い方が頭に明確なイメージとなって流れ込んできた。
「――なるほどね。どうやらこの武器は斬撃と射撃の両方をこなせる武器みたいだ。斬りつけたら、さらに炎の魔力でダメージを与えられるんだってさ。で、射撃の方は、このトリガーを引けば実弾じゃなくて炎の魔力弾を撃てるみたいだ。で、魔力を集中すれば、より威力と貫通力の高い弾を撃てるらしい。でも俺、銃なんてエアーガンしか撃った事がないけど大丈夫かな」
「そこは心配いらないさ。<神器>は使った事がなくても自動的に使い方を魂に刻み込むんだ。だから実戦でも問題なく使っていけるよ。後は慣れるだけさ。しかし、チャージショットとかカッコいいなー、ロマンだよなー!」
ルーシーが目を輝かせながらはしゃぐ。
すると、ベリアルがくいくいと統哉の服の裾を引っぱってきた。
「坊や、話が盛り上がっている所すまないが、ベリアルは疲れた。そろそろ風呂に入りたいぞ」
「なんだベリアル。せっかくいい所なのに」
「あーわかった。今、風呂を沸かしてくるからちょっと待っててくれ」
すこぶる嫌な顔をしたルーシーを宥めつつ、統哉が風呂場へ行こうとした時――
「――――ハッ!」
突如、ルーシーが叫んで立ち上がった。同時に、二房のアホ毛もピーンと天を衝かんばかりに直立している。
「……ルーシー?」
その様子を不審に思った統哉が尋ねる。するとルーシーは機敏な動作で統哉の方に向き直った。
「統哉、二つ目の<欠片>が現れた。場所は……大きな病院だな」
「大きな病院? もしかして、陽月総合病院の事か? この近くにある大きな病院といったらそこぐらいだけど」
「おそらくはな。統哉、早速準備を頼む」
そう言ってルーシーは指をパチンと鳴らし、普段着を戦闘用のドレスに変える。そして玄関へ向かおうとした時、ルーシーはベリアルに声をかけた。
「ベリアル、何をしている? 早く行くぞ」
「どこにだ?」
ソファに腰掛け、テレビをつけてバラエティ番組にチャンネルを回したベリアルが尋ね返す。
「決まっているだろう。私の<欠片>の奪還にだ。今のお前も一部とはいえ力を取り戻した事だし、戦力は一人でも多い方がいいのはわかっているだろう?」
その言葉に、ベリアルはフンと鼻を鳴らし、
「だが断る」
しれっと、そう言った。
「はあ!? ふざけんじゃないよ! どういうつもりだ!?」
ルーシーがすかさず食ってかかる。
「ベリアルはあくまで生き残るために坊やと契約を結んだ。ただそれだけだ。このベリアル、坊やとお前に力を貸す義理はない」
「何だと!?」
ルーシーがベリアルの胸倉を掴み、睨みつける。
「……お前、いい加減にしろよ? 人が下手に出ていたら付け上がりやがって! いきなりここに転がり込んできたと思ったら統哉と無理矢理契約を交わし、さらにはこの辺り一帯を消し飛ばす自爆術式をかけて潜在的な人質まで取りやがって! 汚いな、流石ベリアル汚い!」
「それがどうした? ベリアルはルシフェルに戦闘力では劣るが、謀略では上回っていると自負しているからな。頭を上手く使ったベリアルの方が一枚上手だったという事さ」
ルーシーの放つ威圧感にもベリアルは顔色一つ変えない。
「まあ、留守番はベリアルがしっかりとやっておくから、さっさと行ってくるがいい。お前が<欠片>を取り戻せば、坊やの力が上がる。という事は、坊やと契約しているベリアルの力も回復するという事だ。ベリアルの狙いはそこなのだからな。生きて帰る事ができればそれでよし。死んだらそれまでという事だ。くふふ、せいぜい頑張る事だ」
手をひらひらと振り、ベリアルはそれきり何も言わなくなった。
「ちっ……!」
ルーシーは舌打ちをすると、ベリアルの胸倉を放した。
「ベリアル……」
「もういい統哉! そんな奴放っておけ! さっさと終わらせて帰ればいいだけの事だ!」
ルーシーは足音荒く、外へ歩いていった。
「……」
統哉は一度、リビングにいるベリアルと外へ向かったルーシーを交互に見やり、やがて溜息を一つついて外出の準備を始めたのであった。




