Chapter 3:Part 04 まるでダメなマゾっ娘
あけましておめでとうございます! 今年も「あくてん」を何卒よろしくお願いいたします!!
申し訳ございません、新年早々このようなタイトルで!
あれから三十分後。一人で盛り上がっていたベリアルがやっと落ち着いてきた。さっきまでのマゾっぷりが嘘のようだ。
「落ち着いたか?」
「大丈夫だ、問題ない。水の一滴が見えるくらいに冷静だが、心は烈火だ」
「オーケー、まだ少し錯乱しているようだな。もう一発ツッコミ入れておくか?」
「……すごく落ち着いたからもう大丈夫だ」
ハリセンを構えた統哉を見て、ベリアルは即座に冷静さを取り戻した。
「よし。で、さっきのゴタゴタで聞きそびれたんだが、結局お前は何しにわざわざ家まで来たんだ?」
その問いに、ベリアルは鼻をフンと鳴らし、人差し指をルーシーに突きつけて宣言した。
「ルシフェルとタイマン張りに来た。坊やには負けたがルシフェルに負けたわけではないからな」
「……やはりか」
統哉は大きく溜息をついた。統哉とタイマンを張りに来たわけではないとは言ったが、ルーシーとタイマン張らないとは言っていなかった。屁理屈もいい所だが。
その言葉にルーシーが即座に反応し、立ち上がる。
「上等だコラァ! 今度は前みたいにはいかないからな! 9・8秒! それがお前の絶望までのタイムだ!」
「ふん。封印され、弱体化し、人間にペットのような名前を与えられていても、相変わらず減らず口だけはベリアルよりも上だな。もっとも、その減らず口も吐けなくなるがな」
ベリアルもゆっくりと立ち上がり、ルーシーと対峙する。直後、弾かれたようにルーシーとベリアルはバックステップで距離をとる。そして、お互い戦闘態勢をとった。
「おい、やめろ馬鹿! ここで暴れるな!」
「案ずるな統哉! 有無を言わさず先手必勝さ!」
統哉の制止など聞く耳持たず、ルーシーが先制攻撃とばかりに飛びかかる。それに対しベリアルは不適な笑みを浮かべた。
「相変わらずだな、ルシフェル――<火炎障壁>展開。勝手に突っ込んで、勝手に燃えてろ」
ベリアルは右手をかざし、炎の壁を眼前の空間に展開する。
「しまっ……!」
勢いよく突撃したルーシーは途中で方向転換する間もなく、<火炎障壁>に突っ込んでいく。ルーシーの体が火達磨になると思われた時――
フッ――。
「「え?」」
ルーシーとベリアルの二人が、同時に間抜けな声を上げる。
直後、ルーシーの体は何事もなかったかのように<火炎障壁>を突き抜け、そのままの勢いでベリアルの脳天に強烈な拳骨を叩き込んだ。
「ぽぺっ!?」
間抜けな悲鳴と共に、ベリアルは床に頭から勢いよく倒れ込み、フローリングに思い切り頭をぶつけた。
「……あるぇー?」
ルーシーも信じられないといった表情で自分の体とベリアルを交互に見やる。服は少しの焦げ目も見あたらず、付近にあった雑誌類も燃えていない。
やがて、ベリアルがゆっくりと体を起こした。頭には大きなたんこぶができていた。
「……おかしい。ベリアルの<火炎障壁>は完全なる攻防一体の魔術。それがなぜ、意味を成さないのだ!?」
涙目で頭をさすりながら呆然と呟くベリアルに、ルーシーは普通に歩み寄ると――
ビシッ!
「ぎゃん!?」
その額にを強烈なデコピンをお見舞いした。
「な、な、何をするルシフェル!?」
それぞれの手で頭と額を押さえ、ますます涙目になったベリアルが非難がましい視線をルーシーに向ける。その反応にルーシーは、ふむふむ、なるほどと数回頷き、そして、ニヤァリ、とすこぶる嫌らしい笑みを浮かべた。
「統哉、わかったぞ。今のこいつは君に殺された事によって、国民的RPGの最初に出てくるスライム並の超絶雑魚になっているんだ! <火炎障壁>なんてこれっぽっちも発動しちゃいないよ」
「なん……だと……」
眉根と涙目を吊り上げ、ベリアルは頬を引き攣らせる。
「このベリアルがスライム並に弱くなっているだと!? そんな馬鹿な事があるか。ならば思い知れ! ベリアルの真の力を!」
ベリアルは片手をルーシーに向かって突き出し、魔力を集中させ始めた。みるみる内に掌が赤く輝く火球が生じ始める。
「跡形もなく、焼き尽くしてくれる……!」
「ま、待て! 落ち着け!」
自宅が爆炎と共に崩壊する様を思い描いた統哉は咄嗟に止めようと叫ぶ。
が、それも空しく、ベリアルの掌から火球が放たれ――
いや、訂正。
ベリアルの掌からは、ぼっという音と共に、ライターの弱火程度の炎が一瞬空しく灯っただけだった。
「……」
「……」
「……」
無言になる三人。その炎は、かつて二人に重傷を負わせたものとは絶望的なまでに遠かった。
「あはははは! なーんだそりゃ!? 湿気たマッチかお前は! 雨の日には無能だって言われそうだな!」
腹を抱えて爆笑するルーシー。可笑しくてたまらないかのように、アホ毛が大きく左右に揺れ動いている。
「そんな、馬鹿な……」
「なあ、お前やっぱり俺のせいで力を失って……」
統哉の声にベリアルは必死に首を横に振った。
「うるさいうるさいうるさい! そ、そんなわけがないだろう。い、今のはチャージだ。これから本当の恐怖をお前達に刻み込んでやる! さあ、ふるえるがいい!」
改めてベリアルが両手を広げて高速詠唱を開始する。その韻律には聞き覚えがある。統哉に致命傷を負わせたベリアルの十八番、二度の大爆発で敵を消し飛ばす強力な攻撃魔術――<太陽花火>だ。
「おい、やめろ――!」
あの二度に渡る大爆発の威力を身を以て知っている統哉は詠唱を止めようとする。だがそれも空しく、ベリアルは両手を胸の前に掲げ、高めた魔力を解放した。
「――<太陽花火>!」
短い尾を引く火球が掌から打ち上がり、天井付近まで登った瞬間――弾けた。
線香花火のように。
とても、とても小さな、爆発とも言えない爆発だった。これも、あの時の比ではない。せいぜい、小さな子供達に数回喜ばれるのがオチだ。
「だっせぇーっ! そんなショボくれた打ち上げ花火なんて見た事ねーや! ぶわははは! 可笑しくって可笑しくって、とてもやりきれねーっ!」
「うーん、確かにあれはないな」
思わず統哉も頷いてしまう。一度直撃を食らった事があるだけに、あまりにも拍子抜けだ。
「おいベリアル、ステータス画面を見てみろ! 今の私達のレベルが10ぐらいだとすると、今のお前はレベル1もいいところじゃないか! レベルは1、HP、MPともに貧弱貧弱ゥ! 覚えている特技、なし! ベリアルよ、ここまで弱体化して、ねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち?」
思い切り馬鹿にした口調でルーシーがベリアルの周りをくるくると回る。それに対してベリアルは呆然とするほかなかった。そもそも、ステータス画面って何だろう。
「でさ? 次はどんな手品を見せてくれるのかな? ベ・リ・ア・ル・ちゃ~ん?」
嫌らしい笑みを浮かべながら、ルーシーがベリアルににじり寄る。
「――ハッ! べ、ベリアルのそばに近寄るなァァーーーーーーッ!」
我に返ったベリアルが、ドヒュン! と物凄い勢いでルーシーから後ずさり、部屋の隅に待避する。ツインテールも警戒するように揺らめき始めた。
「――なんて事だ。坊やに殺されてから、この身体を再構成するのに魔力を大量に消費してしまったが、その量がベリアルの想定以上だっただと……? だが、まだまだ奥の手がある!」
「あは~。お前、今のままじゃスライムにも一撃で倒されて終了だぞ? そんなお前がどうやって奥の手を使うっていうのかねぇ?」
あからさまに馬鹿にした笑いを零すルーシーを、ベリアルはキッと睨みつけた。そして自信に満ちた表情で立ち上がった。
「ふん。忘れたのかルシフェル? ベリアルは煉獄の堕天使。我が魔力を応用し、地熱や溶岩を操る事すら造作もない事を。そう……こうやってなぁっ! 噴き出ろ、溶岩!」
ベリアルは右腕を高くかざし、全力で叩きつけた。
そう、フローリングの床に。
ぼべぎゃっ!
ベリアルの右手首付近から、全力全壊といっていいほどの嫌な音が響いた。
「ウゥゥゥゥゥボォォォォォアァァァァァーーーーーーーーッ!?」
溶岩が噴き出ると思ったが、別にそんな事はなかった。
口が裂けるほど大口を開け、滝のような涙を噴き出しながら、断末魔と言ってもいいほどの悲鳴――いや、絶叫を上げ、ベリアルはブリッジをしながら死ぬ間際のゴキブリのようにのたうち回り始めた。まるで悪魔祓いの映画のワンシーンを見ているようだった。事実、こいつも悪魔で天使だし。
だが、アレは痛い。ゼツボー的に痛い。見ていた統哉も思わず目を背けてしまうほどだった。
「ああ、しかしこの痛みも、癖になりそう……はうぅ……痛みがベリアルを満たしてくれる……」
またドMモードがぶり返してきた。
「駄目だこいつ、早く何とかしないと……とんでもない、スットコドッコイだ……」
その様子を見ていた思わず、統哉の口から本音が漏れてしまう。それも仕方がないくらい、目の前の堕天使は完全に、まるでダメなマゾっ娘に成り果てていた。
ふと、ルーシーを見る。とうとう笑いが臨界点を突破したのか、ルーシーは言葉を話せないくらい大爆笑して、転げ回るのすら生温いのかブレイクダンスを踊っていた。そして、アホ毛が激しく上下左右に、高速で動いていた。つくづく、器用な奴だ。
「ルーシー、気持ちはわかるけど、笑って踊るのは後にしろよ」
「そういう統哉だって……顔がニヤけてるじゃん……あーやっべ、笑い死ぬわぁーっ!」
「言うなそれを。とりあえず今は我慢しろ。今はこいつをどうするか考えないと」
しかし、実際問題どうしたものか。ここまでダメダメっぷりだと幼女の姿と相まって完全にトドメを刺してしまうのは悪い気がしてくる。
「答えはとっくに決まってる。SATSUGAIだよSATSUGAIだよ! 今なら余裕で絶望という名のゴールにシュートできるぞ?」
ブレイクダンスをやめ、ポキポキと組んだ手を鳴らすルーシーが悪役そのものの酷い笑みを浮かべる。
「ひっ……!」
そんな彼女に、ベリアルは瞬時にドMモードから立ち直り、顔面を蒼白させた。右手首があり得ない方向に曲がっていたような気がするが、たぶん気のせいだろう。
「ぼ、坊やはこのような幼気なロリっ娘が甚振られるのを黙って見ているつもりか? 坊や、ルシフェルを止めろ! いや、止めて下さい後生ですからっ!」
なんだか、自分の容姿をアピールして人の良心に訴えかけ始めた。流石ベリアル、巧みな弁舌を用いて僅かな交渉材料を最大限に使いこなす。だが悲しいかな、生憎統哉にその気はないのであった。
だから、無理だとわからせるために首を軽く横に振る。
「ハッハー! 残念だったなベリアル! 統哉はロリコンではなかったようだ! さあ統哉、どう料理する? ガンガンいっとく? それとも、色々やろうか?」
指示を求めるルーシーに、統哉は合理的な決断を下した。
「任せる。ただし家は壊すなよ」
「流石統哉! やっさしい! ついに許しが出たか! 封印が解けられた! 作戦は『わたしにまかせろ』だな!」
「おいィ!? お前それでいいのか!? というか優しいのか!? ぼ、坊や! それでも人の子か!? いや、人でなしだろう!?」
ベリアルが涙目で文句を言ってくるが、正直、人の子ではない奴に人でなしとか言われたくない。もしこの状況に立つのが一般人ならば少しは躊躇ったかもしれないが、もう統哉は一般人ではなくなっている。それに、目の前にいる少女は堕天使。それも、弁舌や嘘に長けた者である。もしここで優しくしてやっても、後で手の平を返したかのように背後から襲われる危険がないわけではない。だからベリアルには申し訳ないが、ここでご退場いただいた方がいいだろうという判断だった。
「クックック……さあ、絶滅タイムだ……!」
悪役顔負けのスマイルを浮かべ、ルーシーが一歩、また一歩とベリアルに近づく。
その時、ベリアルはあり得ない方向に曲がっていた手首を強引に元に戻し、そして決意したかのように表情を引き締まらせた。
「……くっ! こんな所で、こんな結末を迎えてなるものか! ベリアルは言っている! ここで死ぬ運命ではないと!」
ベリアルは、どこにそんな力があったのか、思い切り床を蹴ってルーシーの頭上を飛び越え、統哉に飛びかかってきた。
「へっ? ……ぐっ!」
ベリアルの体当たりを受け、統哉は床に押し倒されてしまう。
「統哉!? ベリアル、お前一体何を……」
ルーシーが叫んでいるのも構わず、統哉を押し倒したベリアルは彼に馬乗りになり、不敵に口の端を吊り上げる。
そして、小さな両手が統哉の頬をガッチリと固定する。真紅の双眸に、統哉の呆気にとられた顔が映っている。そして、統哉の眼に映るベリアルの顔はなぜか紅潮していた。
「……これは、ベリアルのささやかな復讐だ。ベリアルを殺し、その性質を変容させた責任を取ってもらうぞ? ――我、ベリアルの名において、汝と契約を結ばん」
文言を唱えたベリアルは、一瞬だけ躊躇う素振りを見せた。だが、やがて意を決したように統哉の顔面に自分の顔をそっと近づけ、目を閉じる。そして――
――――唇を、重ねた。




