Chapter 3:Part 02 新たな力と奇妙な来客
「統哉、準備はいいかい? もちろんだとも! さあ、早く早く!」
目を輝かせてルーシーが急かす。視線の先には、自然体で立つ統哉の姿。
「……何で自分の質問に自分で答えてるんだよ。それにそう急かすなって」
ツッコミつつ、統哉は深呼吸をして心を落ち着かせる。
今日は八月二日。時刻は午後一時過ぎ。統哉は先日自分の身に起きた変化と、その能力を確かめようとしていた。
あの時の変化を起こす方法を、統哉は理解していた。それはまるで魂に刻み込まれているかのように、はっきりと統哉の中に記憶として残っていた。
<天士>は意志を力に変える存在。ならば、それを応用し、自分の力をもって働きかければ、あの時の姿に変身できるのではないか――それが、統哉の出した結論だった。
「……えっと、変身」
どこか気の抜けた口調ながらも、統哉は目を閉じて自分の内側――肉体から魂に至るまで働きかけ、全身の細胞一つ一つに<天士>の力を行き渡らせ、限界を超えた力を引き出していく。そして、肉体は更なる変化を起こす。
黒髪が徐々に色を変え、やがてルーシーと同じ煌めく銀髪に変わる。黒い瞳も金色へと染まっていき、瞳孔が人とはかけ離れた、縦に割れたものに変わっていく。
自分の体に起こりゆく変化を、統哉は実感していた。
そして、統哉の体は変化――いや、変身を終えた。
「凄いぞ強いぞカッコイイー! まるで魔人化したデビルハンターのような、実にスタイリッシュな姿じゃないか!」
ルーシーがヒーローを目にした子供のようにはしゃぎながら感想を述べる。そして、統哉の周囲を観察するかのようにぐるぐると回り始めた。
そんなルーシーを尻目に、統哉は両親の部屋から借りてきた母親の姿見に自分の姿を映してみる。
そこには、瞳が金色に染まり、光彩が縦に割れ、髪はルーシーと同じ銀髪に染まった統哉の姿が映っていた。他にに外見の変化は見当たらない。外見だけでもそのインパクトは凄まじいが。
(……まるで、魔人だな)
姿見に映った自分の姿を頭の先から足の先まで眺めながら、統哉は他人事のように思った。
そして、内側から溢れてくる力はとてつもなく強いものだという事を実感していた。
それはまるで、魂の奥底から気力、魔力、高揚感――そして生きるための力が絶えず湧いてくるような、そんな大きな力だった。
また、その力をできる範囲で(もちろん家の中でだが)試してみた所、ルーシーの放つ高速ラッシュを軽々と見切り、受け止められるほどの限界を超えた身体能力、<神器>に限界を超えた力を注ぎ込めるほどの強大な魔力、受けたダメージが普段の数倍の速さで治癒する事など、たくさんの恩恵を受けられる事が判明した。だが、メリットばかりではなかった。
時間の経過や、力の消費が限界を超えてしまうと、この状態は強制的に解除され、その上凄まじい脱力感に襲われてしまう事もわかった。一度限界一杯まで変身を持続してみたが、この状態はもって数分といったところで、直後に襲ってくる脱力感は最初に変身した時ほどではないものの、やはりかなりの負担を統哉に強いる程のものだった。
一通りのスペックを確認したルーシー曰く、「力を限界以上に引き出し、常に過剰放出しているような状態だからな。まるで太陽炉の粒子を一気に解放してパワーアップする武力介入の象徴みたいだ。でも時間が経つと機体性能が大幅にダウンするのが玉に瑕なんだよなー」との事。何だよ、太陽炉って。何だよ、武力介入の象徴って。
さて、後はこの超パワーアップ状態をどう呼ぶかだが、すかさずルーシーが提案した。
「私としては、その超絶パワーアップ状態を、能力の限界を超えた変身――『オーバートランス』と名付けたいが、どうかな?」
「うん、シンプルでいいと思うぞ」
統哉としては、呼び方はなんでもよかったのだが、下手に長引かせると変な名前をつけられそうな事は確定的に明らかであったため、早めに返事をしておいたのが正直な所であった。
「あと、さっきみたいな気の抜けた言い方はやめてくれないか? せめて発動時には『超変身!』とか『俺が<天士>だ』って叫んでくれた方が、テンションも上がるだろう?」
なんか妙な注文をつけられた。
「やだよそんな中二じみた台詞。言わせんな恥ずかしい」
呆れた表情で統哉が反論する。
「私だったら、『最高にハイ! ってやつだァァァ!』って叫ぶかなー」
「それはラスボスの台詞だろ!」
スパーン!
小気味のいい音がリビングに響き渡った。同時にルーシーの体が崩れ落ちるようにたたらを踏む。
「と、統哉? 何だい、『それ』は」
驚きを隠せない様子で、ルーシーが統哉の手に握られた「それ」を指差す。
それは、純白で細長く、蛇腹状のボディを持つツッコミのマストアイテム――――「ハリセン」だった。
「どうだ、驚いたか」
「っていうか、それ、いつの間に……」
「ああ、いつまでもチョップじゃあ芸や品がないからな、この前買った」
「この前って、まさか……」
ルーシーは思いだした。先日買い物に出かけた時に、統哉が長方形の包みを持っていた事を。ルーシーがそれは何かと尋ねたら、「秘密」と悪戯っぽい笑みで返された事を。
「まさか、このためだけにそんな物を買ったというのか?」
「ああ。隙あらばボケようとするお前にツッコむ俺の身にもなってもらいたいもんだ」
「でもさ統哉、一ついいかな?」
「何だ?」
「ハリセン自体を買うよりも、大きな厚紙を買って、それで作った方が早かったんじゃ……」
「……」
「……」
しばしの沈黙。
「それは言わないお約束!」
一言叫び、すかさずオーバートランスを発動、変身した状態で神速と言える速さと、絶妙な力加減をもってツッコむ。
「……うん、この状態でツッコむのもありだな。それに、今ので変身のコツも掴めた気がする。マジに凄いや、この力」
変身を解除し、統哉は満足そうに頷いた。
「な、なんというオーバートランスの無駄遣い……」
一方のルーシーは涙目になりながら圧縮された髪の毛を押さえていた。しかし、すぐに復帰して統哉に真剣な表情で詰め寄ってきた。
「統哉、ますます芸人根性に磨きがかかってきたな。もういっその事お笑い芸人としてデビューしていいんじゃないか?」
「やだよ。それにツッコミやるのにあそこまでする必要がないだろ力の使い所を全力で間違えてるじゃねーか」
「まあ、その力がどれ程のものなのかは、実戦で試すのが一番だな。天使が相手になるか、それともまた私との模擬戦で試してみるか……まあ、じっくり見極めていこう」
「そうだな。この力は、生きるための力なんだ……」
自分に宿った大きな力を実感しながら、統哉はしっかりと頷いた。
さて、それから時間は経ち、夕方。
二人は特にする事もなく、統哉はコミック誌を、ルーシーは教育テレビのクレイアニメを眺めていた。
「なあ、ルーシー」
統哉がコミック誌から目を離して尋ねた。
「ん~?」
「最初の<欠片>を取り戻してから時間が経つけど、次の<欠片>はまだ現れそうにないのか?」
その問いに、ルーシーは肩を竦めた。
「ああ。まだうんともすんとも言わないな。世間は行楽シーズンなんだから、<欠片>を持った守護天使達も『乗り込めー、おー』とばかりにじゃんじゃんやってくればいいのに。ボスラッシュみたいな感覚で」
「ボスラッシュとか今の俺には無理ゲーだから勘弁してくれ……」
低レベルでボスラッシュ攻略など、それはなんて縛りプレイだろうか。
「ま、『果報は寝て待て』って言うだろう? 別に期限があるわけじゃないし。だからじっくり待とうじゃないか。でさ、統哉。話は変わるが今日の夕食はピザがいいかな」
「それは別に構わないけど、なんでピザなんだ?」
「……う~ん、急に食べたくなった。誰でもあるだろう、そんな時が」
確かに。統哉にもそんな時がある。駄菓子とか、変わった味の飲み物とか。
「じゃあ、ピザにするか。そういえば、今日は確か宅配ピザ屋のチラシが入っていたような……あ、あった」
ピンポーン。
統哉がピザ屋のチラシを手にした時、居間にチャイムの音が響き渡った。
「お客さんかな? 俺が出るよ」
統哉がチラシをテーブルに置き、壁に据え付けられたインターホンに顔を近付けて尋ねた。
「はい、どちら様ですか?」
『ども、ピザテンガロンです。ピザをお届けに参りました~』
インターホンから聞こえてきたのは、明るい感じの女性の声だった。
「はーい、今行きまーす」
「統哉、お客さんか?」
「ああ、ピザの配達だってさ」
「もう来たのか! 早い! 来た! ピザ来た! メインピザ来た! これで勝つる!」
「落ち着け!」
スパーン!
「ベヒんもスっ!」
テンションが異常に上がっているルーシーにすかさずハリセンでツッコミを入れ、統哉は財布を手にした。
(……はて、夕食はピザにしようとは言ったものの、今の間にピザなんて頼んだっけか?)
ハリセンをその辺に置き、玄関に向かおうとした統哉の頭に疑問符が浮かんだ。しかしすぐにそれを振り払う。
(まあ、大方ルーシーが頼んだんだろう。あいつはおやつにピザとストロベリーサンデーを好んで食うくらいだからな。それにしても、いつの間に頼んだんだか……あれか? 生体加速や奥歯に仕込んだ加速装置でも使ったのか? つか、自分で頼んだんだったら自分で取りに行くのが普通じゃないか? いや、もしかしたら住所違いかもしれないな)
様々な考えを巡らせつつも、統哉は玄関に向かった。だが、統哉にはそれよりも気になる事があった。
(……それに、あのピザ屋の声、前にどこかで聞いたような……)
玄関に向かいながら、統哉は声の主が誰だったか、記憶を辿っていた。声質は違うが、似たような声の主をつい最近聞いた事があるような……。ルーシーが見ていたアニメのキャラだったか?
そんな事を頭の隅で考えながら、統哉は玄関のドアを開けた。
「はい、お待たせしました」
「――――お前にピザを届けに来たと言ったな。あれは嘘だ」
「……はい?」
ドアを開けるなり、無愛想な声でとんちきな答えが返ってきた。思わず統哉は素っ頓狂な声を上げてしまう。
ふと、視線を下に向けると、長い髪を頭の両側で結わえた、いわゆるツインテールと呼ばれる髪型にし、頭に緻密な細工が施された金のティアラを乗せた、身長一五〇センチ程の小柄な少女が立っていた。そして、その手には小柄な体とは対照的な、やたらと大きな旅行鞄を引きずっていた。下手をすれば、人一人を詰め込めそうなくらい大きな旅行鞄だった。
真紅。その少女を一言で表現すると、そうなる。
身に纏っているゴシック調のドレスも、瞳も、ツインテールに纏めた髪も、ついでに旅行鞄も、とにかく真紅に染まっているその少女の顔には表情らしい表情は浮かんでいない。かといって、無表情というわけでもない。だがしっくりくる表現が出そうで出ない、そんな芸術的なまでのポーカーフェイスだった。
しかし、この少女は一体何用で八神家を訪ねてきたのか。ホームステイだろうか? いや、そんな話など全くもって初耳だ。それに、彼女の言葉から察すると、この少女は宅配ピザ屋を装ったという事になる。何故、そんな事をする必要があったのか? そして――
(……はて、どちらさんだったっけ? それに、な~んかどこかで見た事があるような……)
統哉は首を傾げる。この少女の容姿や雰囲気に覚えがある――それもごく最近の事のような気がするが、なぜかどうしてもあと一歩の所で思い出せない。
どうも、ここ最近は記憶があやふやな事ばかりだ。もしかして、非日常に首を突っ込みすぎたせいで疲れているのだろうか。それとも一足早い夏バテか。はたまた自由奔放すぎるルーシーにツッコミを入れすぎたせいでいよいよ心労が溜まってきたのだろうか。
「どうした統哉、何かあったのか?」
なかなか戻ってこない統哉が気になったのか、リビングからルーシーがやってくる。そして、玄関先に立つ少女の姿を見るや否や――
「――げえっ、ベリアル!?」
顔を驚愕に歪め、絶叫した。
ルーシーの声と一緒に、銅鑼の音が聞こえた気がしたが、激しく気のせいだろう。
と、そこで統哉は納得がいった。そうそう、思い出した。この前いきなり襲いかかってきて、なんやかんやあって、ドサクサ紛れにフェードアウトした、炎の堕天使、ベリアルではないか。
「なんだ、宅配ピザ屋じゃなくてベリアルか…………」
統哉がそこまで言った後、長い沈黙が訪れた。
「――――ベリアルぅぅぅっ!?」
そして、統哉の絶叫が夕暮れ時の八神家に響き渡った。




