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Chapter 3:Part 01 あるビルの屋上にて

勝った! 第三部突入ッ!


 それは、統哉が死の淵から蘇り、自宅で目覚めた日の深夜の事だった。

 時刻は深夜三時。「それ」はビル街の一角にあるビルの屋上に、人魂の如く、ぼんやりとたゆたうていた。

 正直言って、一か八かの賭けだった。

 絶命する最期の瞬間に、なんとか残っていたほんの僅かな力を振り絞り、復活の術式を発動させておいて正解だった。

 おかげで、意識の覚醒には成功し、身体の再生準備は整った。後は実行するだけだ。

「それ」は、マッチの炎にも満たないほどの、小さく、儚い炎だった。それが急激に燃え上がり、膨張し、密度を高めていく。やがて小さな炎だった「それ」は、小柄な人間の背丈ほどの火柱へと変じた。

 そして、だんだんと人の形を成していく。程なくして火柱は完全に人の姿になり、宙に浮いていた「それ」は、ゆっくりと地面に降り立った。鎧の役目を果たすドレスの復元も問題ない。

 降り立った瞬間、軽い目眩を覚えた。身体が上手く動くかどうかを確かめるために、手を握ったり開いたり、足を軽く動かしてみる。とりあえず、身体は問題なく動く。

 ふと気付き、両手を見つめる。その手は震えていた。


(……自分は、何を恐れている?)


 自問してみる。すると、それに応えるかのように、「あの時」の様子がフラッシュバックされる。

 それは、あの夜の事。

 自分は「彼女」との永きに渡る因縁を断つために、力が弱っているこの時が好機とばかりに「彼女」に挑み、その圧倒的な力をもって「彼女」を追い詰めた。そして、永きに渡る因縁にピリオドが打たれようとしたまさにその時、「彼」が現れた。

「彼女」にはない何かを「彼」に感じ、「それ」は狙いを「彼」に変更し、追い詰め、そして、その命を奪い取った。

 だがその時、不思議な事が起こった。あり得ないと思っていた事が起こった。

 この手で命を奪ったはずの「彼」が立ち上がり、さらにとてつもない力を携えてこちらに襲いかかってきたのだ。

 そこから先は、完全に一方的な「蹂躙」だった。

 レベル3000はあると自負している自分の力を圧倒的に上回る力を振るい、獲物を追いつめていた自分との立場を一気に逆転させ、まるで拷問にかけるかのようにじわじわと甚り、自分の背を道端に落とした煙草の火を消すかのように執拗に踏みにじり、容赦のない言葉の刃をもって精神を引き裂き、そして、殺した・・・。窮鼠猫を噛む、とはよく言ったものだが、あれは鼠などではない。鼠の皮を被っていた巨大な竜だ。

 夏にもかかわらず、背筋に真冬の寒さのような凄まじい悪寒が走る。思わず地面に膝をつき、激しく身震いした。奥歯がガチガチと音を立てる。己の身体を掻き抱き、恐れからくる震えを必死に押さえつける。何度も死線をかい潜ってきた自分に、あれほどの、今までに感じた事のない恐怖を与えるとは。

 同時に、「彼」に対する獄炎の如き怒りや憎しみが沸き起こった。絶対に許さない。自分の体と心をズタズタにした「彼」を。

 次にまみえた時には、「彼」をそっくりそのまま同じ目に遭わせてやろうという思いが募る。

 だがその一方、「それ」の中で、怒りや憎しみとは違う感情が芽生えている事にも気付いていた。

 あの時と同じように、自分を虐めてほしい。それは、被虐願望とでも言えばいいのか。

 その感情を、「それ」は首を激しく横に振って否定した。

 違う。私にあのような願望があるはずがない。あの時の自分は追い詰められていた事と、今までに感じた事のない恐怖から、気が動転していただけだ。あのような、自分が自分でなくなるかのような感覚など……。

 絶命するほんの僅かな瞬間の記憶がスローモーションのようにゆっくりと、かつ鮮烈に蘇ってくる。

 言葉の刃によって心を引き裂かれ、自分の奥底にあったものを暴き立てられ、そして、胸に剣を突き立てられた時の感覚は、とてつもない衝撃だった。特に、自分の胸を貫いたその力は、無駄なものが一切入っておらず、心臓を的確に貫いた。そして、それはどこか自分を恍惚とさせるものがあった。貫かれた傷は跡形もないが、あの感触は未だに全身に、魂にまとわりついている。あれほどまでに痛烈で、甘美な体験はおそらくもうできないだろう。

 その時、「それ」は一瞬「彼」にならば全てを捧げたいという衝動に駆られた。しかし、僅かに残っていたプライドがそれを押し止めた。

 そうだ、自分にも種族としてのプライドがある。かつては多くの同胞と共に、人間の王に仕えていた時期もあったが、それは大いなる指輪の力があってこそのものだった。指輪も持たないような人間に、それも、自分を殺した人間に服従するなど、あってはならないのだ。

 だが、叶うならばあの時のようなスリリングな感覚――ある種の快感とでも言えばいいのか――それを味わいたい。「彼」に、それを与えてもらいたい――。

 思わず、「それ」は唇を艶めかしい動作で舐める。だがその直後、ハッと気付き、頭によぎったその感情を、さらに激しく頭を振って否定する。

 違う違う。だから自分は何を考えているのだ。自分にそのような感情や願望があるわけがない。あってはならないのだ。

 わからない。この相反し合う感情は、一体何なのだ。わからない。理解不能だ。

 深呼吸をして、ざわめく心を落ち着かせる。やがて、落ち着いたのを見計らい、自分の力を確かめるために、意識を集中して、自分自身を精査する。そして、大きな溜息を付いた。

 とりあえず、身体は元通りだ。だが、魔力、身体能力、その他の機能が、ほぼ完全に破壊されている。おそらく、レベルも著しく下がっている事だろう。今こうして、自分が立っている事自体が人間が言う所の、「奇跡」としか言いようがない。

 だが、今の自分の力量ならばあの二人を討つには十分だ。

「それ」は心の内でほくそ笑んだ。

 力が足りなければ、その時の補充手段はある。だが、万が一それでも足りない時は「彼」から力を奪い取ればいい。そのためには……。

「それ」の中で何かが閃いた。

 自分の力を取り戻すためにはそれしかない。最終手段だが、今の自分には四の五の言っている余裕などない。

「それ」は決心したかのように力強く頷いた。

 すでに、目的地は把握している。そして、目的を果たすために、眠る街を、深い闇の中を歩き始めた。

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