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Chapter 2:Epilogue

 世間は八月に入り、いよいよ夏本番、行楽シーズンまっただ中。

 陽月島にとっては観光収入の書き入れ時であり、キャンプや海水浴、夏特有の、海や山の幸を使った食事など、お楽しみがいっぱいのシーズンである。

 しかし、ここ八神家では違っていた。

 時刻は昼一時過ぎ。

 ベッドの上には死んだように眠っている統哉。そして、その傍らではルーシーが固唾を飲んでその様子を見守っている。

 部屋の片隅には、空になったカップ麺の容器や、ペットボトル、手つかずのコンビニの弁当などが積まれている。

 自分が負った傷はもう完治している。だが、統哉はまだ目を覚ましていない。

 あの時、統哉が倒れてから丸一日と数時間が経過していた。

 統哉は死んではいない。ただ、目が覚めないだけだ。




 それは、一昨日の夜にまで遡る。

 その夜、二人は堕天使・ベリアルに襲われ、ルーシーは重傷を、そして統哉はその生命活動を止められたはずだった。

 だが、何かが起きた。

 何が起きたのかはわからないが、統哉は生き返り、負っていた傷を瞬時に全快させ、そして計り知れない力を得て、ベリアルを撃退――それも、命を奪うという形での逆転勝利を収めてしまったのである。

 だがこれはあくまでルーシーが現場の状況から察した事であり、肝心の統哉は何も覚えていないという。

 ルーシーが駆けつけた時には全てが終わっており、そこには髪色がルーシーと同じ銀に染まり、強烈な魔力を放出する統哉の姿があるだけだった。そして、その直後統哉は糸が切れたかのように倒れてしまった。

 それをルーシーは担ぎ、なんとか八神家まで運び、自室のベッドに寝かせたというわけである。

 寝かしつけた後、ルーシーは猛スピードでコンビニへと走り、ひとまず食料を調達してきた。そして、ほとんどの時間を統哉の側で過ごした。予期せぬ事態に対処するためにはできるだけ側にいた方がいいと判断したからだ。

 それからルーシーは傷を癒し、統哉を見守る傍ら、自分の知らない所で何が起きたのかを必死に考えていた。

 以前にいた世界でも自分は数多くの<天士>を見てきたが、今回のケースは見た事がなかった。あれが、統哉の能力なのだろうか? だとするならば、何故今まで発現しなかったのか。

 ルーシーが山のような疑問に対して、手当たり次第に自分が納得できる答えを得ようと躍起になっていた時――


「う……」


 統哉が小さな呻き声を上げたのを、ルーシーは聞き逃さなかった。すぐにベッドに近付くと、統哉の瞼が徐々に上がっていくのが見えた。


「――統哉! 気がついたか! 具合はどうだ?」


 ルーシーが統哉の顔を覗き込む。


「……ルーシー……大丈夫か……? ここは……」

「私ならもう大丈夫だ。そしてここは君の部屋だ。あれから君は丸一日眠っていたんだぞ。おかげでもう八月一日だ」

「丸一日……そんなに眠っていたのか……」


 呟きながら、ゆっくりと上体を起こす統哉。そんな統哉にルーシーはスポーツドリンクの入ったペットボトルを渡す。


「サンキュな」


 一言礼を言って、統哉はペットボトルを受け取り、スポーツドリンクを口に含む。


「しかし、急にどうしたんだ? まるでスーパーエース級の活躍じゃないか」


 ルーシーの質問に、統哉はペットボトルから口を離し、深い溜息をついた。


「わからない……ただ、あの時確かに、俺は死んだと思ったんだけど……」

「でも、こうして生きて私と話をしているじゃないか」

「なんか、最後の最後で、『死ぬわけにはいかない』って考えてた気がするんだ」

「生への執着心ってやつか?」

「わからない……でも気がついたら俺は立ち上がっていて、あんな姿になっていたんだ。かと思えば、急に全身から力が抜けていくような感じがして、次に気がついたら、ここにいたんだ……でも記憶が途切れ途切れだから、何が起こったのか自分でもわからないのがなぁ……ベリアルをどうやって撃退したのとかさ」

「うーん、わからない事だらけだな……」


 腕を組み、アホ毛を振り子のように揺らしながらルーシーが呟く。

 その時、統哉がフッと、自嘲気味に笑った。


「どうかしたのか?」

「なーに、いよいよ人間じゃなくなってきたなって思ってさ」


 ルーシーと契約し、<天士>となった事で人間離れしたという自覚はあった。しかし、心臓が止まってから奇跡の復活を遂げ、傷は完全回復、超絶パワーアップ、おまけに姿が変わるというトンデモ尽くしだ。これでもまだ人間だというのなら、今頃地上は超人だらけだ。

 その言葉に対し、ルーシーが口を挟む。


「確かに君は私と契約して、人間離れした力を得た。でも、君は人間だよ」

「どこがだよ? こんな力を、どう使えばいいんだよ? こんなあり得ない事ばかりできるようになっちまったら、もう人間とは言えないだろ。化け物以外の何者でもないよ」

「それは違う」


 ルーシーが首を横に振って否定した。


「確かに人間離れした力は人を『人とは違う何か』――君の言う所の『化け物』にしていくだろう。だが、そうやって力の有りようや使い方について悩み、苦しむ事ができるのならば、君は間違いなく人間だよ」

「ルーシー……」


 統哉がルーシーの顔を見る。金色の真っ直ぐな視線が統哉の顔をしっかりと見つめている。


「もしも君が、力を得たその果てに、君の言う『化け物』になったらその時は――」

 ルーシーはそこで言葉を切り――


「私が殺す」


 しばらく間を置いてから、そう宣言した。


「うん、そうしてくれ」


 統哉は吹っ切れたように微笑んだ。


「できれば、そうならない事を祈るばかりだけどな」

「ああ、そうならないように善処はするよ」

 両拳をぶつけ合い、二人は約束を交わした。


「……でさ、統哉。言いにくい事なんだけどさ……」

「どうした?」

「今日の夕食、どうしよう……コンビニで弁当とかを買ってきたのはよかったんだけど、今晩の分はまた後で買いに行こうとしてたんだ。でも、君が目覚めてしまったから、その……」


 人差し指の先同士とアホ毛の先端同士でツンツンつつくという器用な真似をやってのけながら、ルーシーが言葉を濁す。


「……わかったよ。じゃあ今日の晩飯はそうめんにするか?」

「やった! じゃあ、流しそうめんをめがっ!?」

「調子に乗るな。材料も時間もない」


 起き抜けにもかかわらず、威力の変わらない統哉のツッコミチョップが炸裂した。


「……相変わらず安定のツッコミで」

「お粗末様」


 それからその晩、二人はそうめんで舌鼓を打ちましたとさ。


 統哉と堕天使の共同戦線は、まだ始まったばかり――。

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