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Chapter 2:Part 03 未知なる店に夢を求めて

 統哉は普段、島の市街地まで行く時には島内を走っている路面電車を使う。二十分もあれば行ける距離だ。

 車があれば直に市街地まで行く事はできる。しかし、統哉は自動車免許はあれど、車を持っていない。バイクを持っている事に加え、維持管理や自動車税が面倒だった事も理由の一つだが、そもそも陽月島は道路よりもローカル線や路面電車といった公共交通機関が発達しているため、高い維持費や駐車料金を払ってまで車を使うのは、主に家族連れやサラリーマンといった者ぐらいだからである。

 ちなみに、統哉の服装は普段外出するのに適した夏物の服を着ていたが、ルーシーは出会った時に着ていた漆黒のドレスを着ていた。そのため、電車内では統哉とルーシーが常に向けられる様々な種類の視線(好奇の視線、微笑ましいカップルに向けられるもの、リア充爆発しろという脅迫じみたもの、美少女のコスプレに萌えざるを得ないものに大別された)に終始晒されていたため、電車を降りる頃には、統哉は既に疲れきっていた。一方のルーシーは知ってか知らずか、平然としていたのは、また別の話である。

 そして――




「……うおおおっ! 統哉! 私は今! 猛烈に感動しているっ!」


 瞳を燦然と輝かせ、二房のアホ毛を激しく動かしながらはしゃぐルーシーを見て、統哉は無関係を装いたくなった。しかし、服の裾を引っ張られている事から、それは叶わなかった。正直、周囲の視線が痛い。

 ゲーム。アニメ。コミック。音楽CD。同人誌。

 そういった品々が所狭しと並んでいる。

 そう。ここは市街地の一角にあるアニメ・コミック専門店。統哉自身、名前と場所は知っていたが実際に入るのは初めてだった。しかし、何故自分はこの店に連れて来られたのか。確かルーシーは重要な目的とやらがあったのではなかったのか。統哉の頭の中をたくさんの疑問が駆け巡る。


「……ルーシー、ちょっといいか?」

「うほっ! いい同人誌! ううむ、これはけしからん。ぜひとも一冊買っておこう」


 そう言ってルーシーは薄い本を数冊買い物カゴに放り込む。

 統哉が放り込まれた本をちらっと横目で見ると、それはそれはいかがわしい事極まりない表紙に統哉は目を逸らしてしまった。


「なあ、ルーシー」

「こ、これは! 統哉、見てくれ! これは光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士のねんどーるだ! うーむ、造形が素晴らしい! これは即買いだな! ……なんと、こっちには『ハートブレイク☆アマヤ』第一期のDVDボックス……だと……!? しかも初回限定版のフィギィア付き! 私の力をもってしても手に入らなかった逸品の数々が目の前に……! 流石異世界、恐ろしい子……! この世界に来て、本当に良かった……!」


 ルーシーは嬉々とした様子で次々にカゴへと品物を放り込んでいく。

 その中には先日ルーシーが見ていたスプラッタアニメの主人公である少女があの軍服のようなコスチュームを着て微笑んでいるイラストが描かれたDVDボックスがあった。

 ただしその手にはチェーンソーを持ち、全身に何かの返り血を浴びた凄絶極まりない笑顔で。ちなみにパッケージに書かれているキャッチコピーには、「あなたのハート、マジブレイク!」と書かれている。ハートどころか色々なものをブレイクされそうだと思ったのは統哉だけではないはずだ。


(…………こんな狂気の沙汰としか思えないパッケージのシロモノを、堂々と販売してもいいのか……? このパッケージで売れるのか? 誰が得するんだ、これ?)


 頭の中に疑問が去来すると同時に、血の気が失せていくのを実感しつつ、統哉はなんとか意識を保ち、ルーシーの方を見た。


URYYYYウリリリリィーッ!」


 ルーシーは相変わらず店のあちこちを行ったり来たりし、その都度アホ毛は探知器のように激しく動き、ルーシーはアホ毛が示す先へと導かれるように進んで行き、いくつかの品物をカゴに放り込んで戻ってくる。しばらくの間、その作業が繰り返された。


「……ルーシー」

「統哉、カゴが足りない! 君もカゴを持ってくれ!」


 そう言われるや否や、統哉の腕にカゴの取っ手がねじこまれる。さらにその中に、追加だと言わんばかりに音楽CDや文庫本、同人誌、さらにはエロゲーがドサドサという音と共に放り込まれていく。突如重量を増したカゴにバランスを崩しそうになるのを統哉はなんとか堪えた。


「……ルーシー、俺、そろそろ怒ってもいいよな? 答えは聞いてないけど」

「オタク文化はいいね……人類が生み出した文化の極みだよ……。ヤック・デカルチャー!」


 恍惚の表情を浮かべながら満足そうに呟いたと思いきや、いきなり感極まったように叫んだりと、ころころ表情の変わる奴だ。感動的だな、と統哉は思った。

 だが、それとこれとは話が別である。


「……いい加減にしろ! お前って奴はーっ!」


 統哉のツッコミチョップがルーシーの頭に炸裂した。


「ぬわーーっ!! な、何をするだァーッ!? それに君の声からしてそこは『あんたって人はーっ!』じゃないか!?」


 ルーシーがツッコミに面食らった様子で統哉の方を見る。


「うるさいよ! お前、こっちの世界に来た本当の目的は遊びに来ただけじゃないのか!?」

「し、失礼な、ちゃんと<欠片>を取り戻す事が優先事項だという事は十分理解しているとも!」

「じゃあお前が持つその両手のカゴと、俺が持っているカゴの中にぎっしりと詰まっている物はなんだ? 答えてみろ」

「……えーと……」

「何故目を逸らす」

「こ……これは……そう! この品々はこう見えて強力な魔力が込められているアーティファクトや魔導書なのさ! 私はこういった物に目がなくてひぎぃ!?」


 ルーシーの弁解を最後まで聞かず、統哉は追撃のツッコミチョップを彼女の頭に落とす。


「ようやく全てを理解したぞ。つまり俺はお前のオタク趣味に付き合わされ、俺は荷物持ちに駆り出されたって事がな……さあ、覚悟を決めろよ?」


 統哉の拳が固く握られる。


「――歯ァ食いしばれ! そんな堕天使、修正してやる!」

「ま、待ってくれ、話をしよう……あ、ちょ、待っ――――ギャアアアム!?」


 統哉の強烈な拳骨がルーシーの頭に落ちた。




「……で? どういう事なのか説明してもらおうか?」


 同人ショップでの一悶着の後、統哉はルーシーに尋問を行うため、同人ショップのすぐ傍にある喫茶店に入った。平日の昼前という時間帯か、あまり人がいないのは統哉にとって幸いだった。

 統哉の向かいに座っているルーシーの姿はまさに刑事ドラマにおいて取調室で事情聴取を受けている容疑者そのものであった。もっとも、カツ丼は出ないが。

 テーブルの脇にある多数の大型紙袋とエコバッグを指差し、統哉は尋ねた。ちなみに合計金額はしめて十万八千六百三十五円であった。そのせいで会計を担当した女性店員は目を白黒させ、レジの増援に三人を割く事態にまで発展させ、後ろに並んでいた客はその外見の可愛らしさに「マジ天使降臨」なんて言い出す始末。支払いはルーシーがどこからともなく取り出した福沢諭吉が描かれた大量の紙幣によって行われた。おまけにポイントカードの発行もきっちりと済ませていた。

 その札束はどこから調達したのか、そもそもその外見で年齢確認されなかったのが不思議でならなかった。


「……統哉、<天士>の身体能力は人間を軽く凌駕するとこの前言ったばかりだよな? 私もこの体が<天士>に近いものだったからいいものの、人間だったら死んでるぞ、あの拳骨。そして私の髪の毛は圧縮され、頭皮がへこんだ気がするぞ……」

「そりゃそうだ。お前だからこそ、全力で拳骨が放てる。それに、力加減もなんとなく掴めてきたしな。その内にパンチで衝撃波が放てるかもしれないな。魔神なんとかってやつ」

「私を実験台にしたっ!? というか、その技はやったらアウトだろ!」


 このコントは三分ほど続いたが、ふと気付けば、周囲の人達の視線が痛い。その上、「変なカップルがコントをしている」というひそひそ話を聞きつけてしまったため、二人は押し黙った。


「ぜぇ……ぜぇ……」

「はぁ……はぁ……」

「なんか……お前といると……調子が狂うな……」

「……お互い様だろう……私もここまで調子を狂わされた事はないぞ」


 しょうもないコントに二人はしばらく息を切らせていたが、気を取り直して統哉はクラブハウスサンドとコーヒーを頼んだ。それに対してルーシーはオムライスに紅茶を頼んだ。

 人がまばらだったおかげか、間もなく料理と飲み物が二人の前に運ばれてきた。


「まあ、きちんと説明するからまずは食べよう。『鉄は熱い内に打て、飯は熱い内に食え』って運び屋のおやっさんから教わらなかったか?」

「教わらねえよ。そもそも何だよ運び屋って」


 統哉のツッコミをよそに、いただきますと言うや否やオムライスをぱくつき始めるルーシー。統哉も溜息を一つつき、サンドイッチを食べ始めた。

 結局、話ができる余裕が生まれたのはルーシーがオムライスの残りを飲み込み、紅茶を一口飲んだ後だった。


「確かに、天界には魔術や魔道具、<神器>をはじめとした、人間界にはない物が溢れている。しかし、天界にはない物が人間界にはある。それが、これだ」


 ルーシーはテーブルの脇にある大型の紙袋を示した。ちなみに荷物持ちは統哉が担当した。


「お前が買いまくったグッズの山じゃないか」

「イグザクトリィ(その通りでございます)」


 美少女のイラストが描かれた取っ手つきの大型の紙袋。おそらくその中にはアニメDVD、ライトノベル、フィギィア、音楽CD、同人誌、エロゲー、その他諸々の品が大量に入っているのだろう。かなりの容量を誇るであろう大型の紙袋がはちきれんばかりに膨らんでいる。


「まさか、天界にはなくて、人間界にある物って……」

「そう! 娯楽だよ! イッツ・エンターテイメント! それは天界にとって禁忌の中の禁忌、タブーオブタブーでありながらも天使を惹き付けて離さないんだ! 特に日本のエンターテイメントは最高のクオリティなんだ!」

「おいやめろ馬鹿! こんな所で広げるな! 頬擦りもするな! 悦に入るな!」


 しゅっという音と共に統哉の手刀が空を切った。上体を仰け反らせてそれを回避したルーシーの顔はどことなく青ざめている気がする。


「……ちっ、反応速度が上がってきているな」

「き、君はか弱い乙女に手を上げて平気なのか?」

「どの口が言うかこの駄天使。ところで、なんで堕天使であるお前が、地上のそういった文化にやたら興味を持つんだよ?」

「だって私が堕天した理由の一つがこれだもん」

「…………は?」


 思いがけないカミングアウトに統哉はぽかんと口を開けた。


「かつて天界にいた頃、私は地上の様子を観察するのが日課だった。ある時私が日本を観察していたら、ある都市が目に留まった」

「まさか、その都市って……」

「そう、秋葉原だ。そこを中心として発展していくオタク文化に、私は心を奪われた」

「…………」


 統哉は一瞬目眩を覚えた。なるほど、出会った時からエキセントリックな言動が目立つとは思っていたが納得がいた。しかし、あの最高クラスの堕天使であるルシフェルがオタク文化に惹かれて堕天しました、なんて聞いたら誰だってそうなるだろう。神話研究者なんかが聞いたら、発狂してもおかしくない。


「私はその文化に興味を抱き、すぐさま『神』に地上視察の許可をもらい、地上に降りた。そして、半世紀もの間日本で暮らし、オタク文化を極めてきたのだ。そのおかげで私は天使的に大きく変わる事ができ、天界式CQCのバリエーションも大きく増した」

「…………」


 衝撃的な事実のラッシュに開いた口が塞がらない。オタク文化について学ぶために地上に降りた? 半世紀も日本で暮らしてオタク文化を極めた? 天使的に大きく変わる事ができた? 一周してとんでもない邪神にクラスチェンジしたの間違いじゃないのか。統哉は心の中でツッコみまくった。


「そして視察を終えた私は天界に帰り、地上文化の素晴らしさについて『神』と全ての天使に伝えた。まあ、理解を得られたのはその内の三分の一にしかすぎなかったがな」

「その三分の一って……」

「そう。私と共に『神』に反逆した、後に堕天使と呼ばれる事になった天使達だ」

「…………オーケー、理解した。おかげさまで頭がどうにかなりそうだ」


 最早ツッコむ気も起きない。どうなってんだ、天界。




 結局、喫茶店を出たのは昼過ぎだった。情報整理と精神を落ち着かせるのにかなりの時間がかかってしまった。一方のルーシーはその間にパフェまで頼んでいる始末だ。


「統哉、まだ時間もある事だし、折角だからこの辺りをもう少し散策したいのだが?」


 ルーシーが瞳を輝かせながら統哉の服の裾を引っ張る。


「おいおい、こんなに大荷物を持って、散策なんてできると思うか?」


 統哉が両手に持った大型の紙袋三枚を掲げ、呆れたように答える。普通の人間ならばとても重くて、持つのに二人は必要になりそうな重さを一人で持ち上げるのが可能な事に、この時ばかりは<天士>の身体能力に感謝せざるを得ない統哉だった。


「……確かに、それもそうだな。君に持ってもらい続けるのも申し訳ないし、荷物をどうするかを考えないとな……」


 ルーシーがそう言って、荷物をどうするかを考え始めたその時だった。


「……しまった。すっかり忘れていた」


 突然ルーシーが何かを思い出したかのように呟いた。


「どうした? まさかさっきの店に買い忘れがあったって言い出すんじゃないよな?」


 統哉が訝しげな視線を向ける。


「いや、私はまだこの島の事をよく知らないから、この買い物の後、君に案内してもらおうと思っていたところだったんだ。それに、普段着に外出着、それと下着といった着替えも買っておかなければならないしな」

「おいおい、いきなりそんな事を頼まれても準備ってやつがなぁ……。それにこの荷物はどうするんだ? って言うかお前、着たきり雀だったのかよ」

「うるさいな。どうせ私が持ってきたものなんてこのドレス一式と身銭ぐらいだ。先立つものさえあれば、それでいい。後はどうとでもなるものさ。それに、どこぞの風来坊だって、いつ死んでもいいようにとその日に履くパンツと僅かな日銭だけを持って暮らしているじゃないか」

「……おいィ、お前それでいいのか? っていうかお前、身銭って一体どれだけのお金を持ってきたんだよ。これだけ大量に買い物しやがって」

「……えーと、一生遊んで暮らせるぐらい? もちろん本物のお金さ」


 さらっと言ってのけた。


「なん……だと……」

「もちろん、生活費も君の所に入れるよ。むしろ、私が君を養えるくらいかな」

「……一体お前はどうやってそこまでの大金を稼いだんだよ……」

「統哉」

「何だよ」

「世の中には、知らない方が幸せな事もあるんだよ……?」

「ああわかった。じゃあ聞かない」

「オーケーだ。それじゃあ、ぶらり旅と行きますか!」


 ああ、今日は本当に長い一日になるな、体力と気力が保つかな、と統哉は空を仰ぎ、腹を括ったのだった。

 本当に、夏の空は綺麗な青さであった。




 ここで、陽月島について説明しておく。

 日本の南西部に位置する常夏の島で、日本最大級の豊かな自然を有する島である。また、航空写真で見ると、島の形が巨大な三日月の形をしており、その中央部分には太陽を思わせる、綺麗な円の形をした山がある。この外見が、陽月島の名前の由来であるといわれている。

 その大きさは淡路島と同程度で、近年は豊かな自然を残しつつ、その特色を活かした開発が進み、島が持つ美しい自然をはじめ、大型のショッピングモールや、島と四国(高知県の端)を繋ぐ大型連絡橋「ステラブリッジ」(橋のあちこちに星をあしらったデザインが施されている事と、夜にはあちこちがライトアップされて星の輝きに見える事が名前の由来)、島の端には陽月国際空港があるため、段々と都会的な部分も兼ね備えてきている。以上の事から地元住民からは、「現代と自然が絶妙に調和した島」、「天国に一番近い島」、「日本のエデン」と枚挙にいとまがない。

 常夏といっても日本特有の夏のような湿度の高さは無く、カラッとした暑さで、常に過ごしやすい気候が特徴だ。

 さらに、そんな常夏に近い気候にもかかわらず、冬には雪景色にも恵まれるという希有な気候も魅力の一つである。

 また、島への交通手段は船と車、飛行機の三種類にも関わらず、年中住みやすい気候であり自然溢れる魅力的な島のため、年々国内外からの観光客が増加している傾向にある。




 ひとまず二人は荷物を自宅に置き、ルーシーの買い物に付き合うため、再度市街地へと繰り出した。

 まずは市街地の商業区画にある大型ショッピングセンターに寄り、ルーシーの服を調達する事にした。地下一階は食料品売場と駐車場、一階から順に雑貨、婦人服、紳士服、おもちゃ売場となっている。


「……そうだ、俺もちょっとここに寄ってもいいか?」


 店に入ると、統哉が立ち止まって雑貨エリアを示した。


「構わないが、どうしたんだ?」

「ああ、ちょっと見ておきたい物がな。すぐに済むからルーシーはここで待っててくれ」

「あいよー」


 ルーシーを雑貨エリアの入り口に残し、統哉は雑貨エリアの奥へと姿を消していった。そして十分後。


「お待たせ。俺の用事は済んだぞ」

 そう言って出てきた統哉の手には、腕の長さはある長方形の包みがあった。


「統哉、それは何だ?」


 ルーシーが包みを指差して尋ねる。


「……秘密」


 その問いに、統哉は悪戯っぽい笑みで答えた。


 次に二階へと上がり、ルーシーの服を見繕う事になった。

 それからしばらくの間、ルーシーが色とりどりの服を取っ替え引っ替えし、試着室へと入っていく行為が繰り返された。

 一応近くで待ってはいるものの、婦人服売場となると当然、下着売場も近くにあるわけで。統哉は凄まじい居心地の悪さを感じていた。周りの女性客の視線が痛い。

 しかも一着ごとにいちいち似合っているかどうか意見を求めてくるため、退路などなかった。律儀に答えてやる統哉も統哉だが。

 ちなみに今は五着目。空色の涼しげなワンピースである。


「統哉、似合ってるかな?」

「うん、よく似合ってるぞ」

「むー、さっきからそんなコメントばかり。たまにはもうちょっと捻ってもいいんじゃないかな? エロいとかヤバいとか」

「それ、どんな服だよ」


 口ではそうツッコんでいるものの、統哉は内心ドキドキしていた。正直、似合っているとしか言いいようがない。何せ、どんな服を着ても全く問題なく似合っているからだ。

 本屋に並んでいるファッション雑誌の表紙を飾っているモデルが霞んで見えるほど、ルーシーの着こなしやプロポーションは完璧であった。その艶やかな銀髪の視覚効果も相まって、本当によく似合っている。まるでちょっとしたファッションショーだ。

 そんなこんなでルーシーは気に入った服を数着買い、二人が店を出たのは二時間後だった。


 流石に限られた時間で島内を一周するのは無理があったので、路面電車で回る事ができる範囲を巡る事にした。

 ルーシーはとにかく好奇心旺盛で、様々なものに興味を示して寄り道をしていった。統哉がなんとか軌道修正させようにも、なぜか最後には相手のペースに引き込まれてしまう。しかし統哉も律儀に付き合うあたり、満更ではないようだった。


 それから、あっと言う間に時間は過ぎ――。

 時刻は夜八時を回っていた。

 街の片隅にある定食屋で夕食を済ませた二人は路面電車に乗って帰路へと就いていた。

 統哉は疲れた様子で椅子に座っており、それとは対照的にルーシーは楽しげな表情で足をぶらぶらさせている。


「楽しかったか?」

「ああ! 目当てのものはゲットできたし、この島の事を知る事もできたから、いい事尽くめさ! でもまだ回っていないところがたくさんあるから、また案内してくれよ!」

「まあ、その内にな」


 どこか楽しげな口調で統哉は答えた。そして統哉自身、たまにはこういうのも悪くはないな、と心の中で呟いたのだった。




 二人が自宅に到着した頃、八神家のある住宅街からやや離れた場所に建つビルの屋上から、紅の少女が夜の街を見下ろしていた。尾を引く炎のようなツインテールが夜風になびく。


「やれやれ、人間というのはこれだから面白いな。ちょっと絡んできた頭の悪い輩を軽くあしらっただけでこの騒ぎだ。私達堕天使・・・に言わせれば『そう、かんけいないね』の一言で終わるのに。さて……」


 少女は目を閉じ、首だけを動かし始めた。それはまるで五感を総動員して獲物を捜す一流の狩人を思わせた。

 やがて、方向を定めたかのように首の動きを止めて真紅の双眸を見開き、遠くを見るように目を細めた。


「……あそこか。さあルシフェル、また殺し合おうじゃないか……!」


 喉の奥でクックッと笑いながら不敵な笑みを浮かべ、少女は唇を艶かしい動作で舐めた。

 少女の真紅の瞳には、八神家がある住宅街が映っていた。

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