Chapter 10:Part 01 はたらくマ(タイトルはここで途切れている)
統哉がマモンの城塞に拉致され、そこで一悶着あった翌日。
統哉とルーシーの二人は気分転換に近くの商店街へ買い物兼散歩に繰り出していた。
時刻は午前十一時。アーケード状の商店街を吹き抜けるそよ風が心地良い。
「統哉、体は大丈夫かい? 戦闘のダメージといい、成り行きとはいえ、マモンとも契約を交わした事で君に負担がかかっていないか……」
統哉の体調を気遣うルーシー。それに統哉は微笑んで答える。
「大丈夫だよ。傷自体はもう<天士>の治癒力で塞がっているし、契約の負担っていうのも今のところは問題ないよ、ありがとな。それよりルーシー、お前こそ大丈夫か? アスカ達から聞いたぞ。カラスの大群に襲われたり、マモンとやり合って大怪我したんだろ?」
「へいき、へっちゃらさ。たかが重傷だって」
「……それ、普通にヤバいやつだよな」
「いやいや、堕天使の自己治癒力をなめるなって。ご飯食べて寝たらほぼ回復さ」
「……今更だけど、お前ら堕天使って本当にデタラメな身体構造しているよな」
「まあ私達って、体が資本だし?」
「労働者か」
商店街を歩きながら取り留めのないやりとりをする二人。時々、両脇の商店から顔馴染みの店員や年配の店主が統哉達に向かって手を振る。
そんな彼らにルーシーは笑顔で手を振り返し、統哉はどこか照れくさそうに軽く手を上げてそれに応える。
「……これも今更だけど、いつの間にかルーシーもここに馴染んだよなぁ」
感心半分、呆れ半分といった調子で統哉が呟く。するとルーシーは笑って答えた。
「私だけじゃないぜ? アスカはお年寄りと波長が合うのか割とそういった人の家の縁側で一緒にお茶を飲んでいるし、エルゼは子供達と一緒に遊んでいる、面倒見の良い兄貴姉貴的立場だし、レヴィは釣り人やダイバー相手にツンデレ会話をお見舞いして、それがなかなか評判がいいみたいだ」
「……それでいいのか七大罪。……いや、それはそれでいいんだけどさ」
思った以上にこの町に溶け込んでいる七大罪に、統哉は深い溜息をついた。
すると、ルーシーが肘で統哉を軽くつついた。
「さて統哉、私は小腹が空いた。軽食を所望する」
ちなみに今日、他の七大罪や眞実はそれぞれの時間を過ごしている。
彼女達は最初、マモンの元から解放されたばかりの統哉を心配して彼の側にいると言って聞かなかったが、自分を助けるために力を尽くしてくれた彼女達に申し訳なかったので、自分は大丈夫だと説き伏せ、一日自由に過ごしてくれと言い渡した次第である。
それに、今日の買い物は日用品ばかりだったので特に急いで家に持ち帰らなければならない物も特になかった。
ルーシーの希望を無碍にする理由もないので、統哉は彼女の頼みを快諾した。
「……そうだな。いい時間だし、何か食っていくか」
「わーい」
統哉がそう言うと、ルーシーは喜びの声を上げた。
さて、そうと決まればどこで何を食べるか。
そう考えた統哉がふと周囲を見ると、一軒のバーガーショップが目に入った。
モスマンバーガー。
UMA・モスマンをデフォルメしたマスコットキャラクターが目印のハンバーガーチェーンショップだ。
小麦・肉・野菜といった材料は国産にこだわっており、客からの評判も上々と、なかなか人気の店である。
「ハンバーガーはどうだ?」
「大丈夫だ、問題ない。ちょうど私もハンバーガーを食べたいと思っていたところさ」
「じゃあ、決まりだな」
統哉の提案にルーシーは笑って答えた。
そもそも彼女はピザとストロベリーサンデーをおやつ感覚で軽く平らげる堕天使なのだ。
笑うルーシーに統哉も思わず頬を緩ませる。そして二人はモスマンバーガーの自動ドアをくぐった。
「……ん?」
統哉が自動ドアをくぐろうとしたその時、彼は全身を電流が駆け抜けたような感覚を受け、立ち止まった。
「どうしたんだ?」
統哉の様子に疑問を覚えたルーシーがアホ毛をひょこひょこさせながら尋ねる。
「……いや、何か今変な感覚がしたんだ。なんかこう、堕天使がいるって感覚がさ」
「本当かい? 私の乙女の肌よりも鋭敏な感覚をもってしても感じ取れなかったが……もしや君の方が乙女の肌よりも鋭敏な感覚を……」
「ちょっと言い方考えろよ。とにかく入ろう。入ったらはっきりするだろうさ」
統哉はルーシーに軽くツッコミを入れ、二人は足並みを揃えて自動ドアをくぐった。
「いらっしゃいませ! モスマンバーガーへようこそ! お二人様ですね! 店内で召し上がりますか?」
店内に足を踏み入れるや否や、明るく元気な女性の声が二人を出迎えた。
その声に二人が声の方向を見ると、そこにはバーガーショップには似つかわしくない、浮き世離れした気品を漂わせる女性の姿があった。
彼女は純金をそのまま一本一本の髪の毛にしたかのような美しい金髪をポニーテールにまとめ、二人を見る目は釣り目気味だが、相対する客が親しみやすさを覚えるような穏やかさを湛えている。
彼女は赤を基調としたバーガーショップの制服に身を包んでいたが、統哉はこれはこれでよく似合っているが、彼女にはドレスやメイド服の方がよりしっくりくるという印象を抱いた。
一瞬の間の後、その女性の瞳が驚愕に丸く開かれていく。その瞳は紫水晶を思わせる紫色に輝いていた。
同時に、統哉とルーシーも無意識のうちに瞳を見開いていた。目の前の女性を、二人はよく知っている。
「「……何やってんの、ノーマ?」」
統哉とルーシーは思わず声をハモらせ、目の前に立つ、バーガーショップの制服に身を包んだ女性――ノーマ・クロウ、またの名を、七大罪が一つ、「強欲」のマモン――を見つめた。
「……………………ぽぽぽポテトはおちゅけ、あ、いえ、お付けいたしますか? あああ揚げ加減はレアにいたしますか? それともミディアム?」
「おーい何事もなかったかのようにスルーしてるけどできてないぞ。それとフライドポテトは揚げるものだぞー」
何事もなかったかのように瀟洒な所作で二人にポテトを勧めるノーマ。しかしその紫水晶を思わせる瞳は動揺から激しく揺れ、口から紡ぎ出された言葉は途中で噛んでしまい、挙げ句の果てにはポテトのサイズをステーキの焼き加減と勘違いする始末。締まらなさが鰻登りであった。
そんなこんなで統哉とルーシーはノーマから勧められたバーガーセットを食べたのであった。
「……で? なんで昨日の今日で、君はここでアルバイトに勤しんでいるんだい?」
単刀直入にルーシーが切り出した。
店の裏にある従業員用出入り口の側で、統哉とルーシーはノーマから事の顛末を聞いていた。
「決まっておりますわ! 今のわたくしは一文無しの上借金地獄を背負い込んだ哀れなカラス。生活費を稼ぐため、そして借金を少しでも返済するために今日からアルバイトを始めたのです! 先人曰く、『鉄は熱い内に打て、金は早い内に稼げ』と言いましたわ。実に良い言葉ですわ」
「後半おかしい。それにしても、借金背負い込んでからまだ少ししか経っていないんだろ? 行動力の化身かよ」
ノーマのあまりの行動力の高さに統哉が驚き半分、呆れ半分といった声を上げる。
「しかし、今までアルバイトというものに縁がなかった君がよく昨日の今日で、それも即採用にまでこぎつける事ができたな。一体どんな手品を使ったんだい? あれか、袖の下か」
「人聞き悪い事を仰いませんでいただけませんこと!? そもそも実行しようにもお金がありませんわ!」
あまりにもスムーズに事が運んだ事を訝しむルーシーにノーマが反論する。
「ただ、面接が始まって開口一番『ここで働かせてくださいッ!』と熱意と誠意を込めて全身全霊で訴えただけですわ。以前、暇潰しに見ていた映画で主人公の少女が強欲な老婆が経営する湯屋で働かせてもらうよう頼み込む時に、そう連呼していたのを真似してみたのです。すると、店長がそれにえらく心打たれたようで、『君のような勤労精神溢れる黄金のオーラを放つ人は初めてだ! ぜひ採用させてほしい!』と言ってくださいましたの」
「……それでいいのか店長。それでいいのか採用面接」
無理を通して道理を蹴っ飛ばしたかのようなノーマの行動に、統哉はこめかみを押さえるしかなかった。
ええ、面接が始まって開口一番「ここで働かせてくださいッ!」と叫んだんですよ、彼女。
正直、この子は「凄い」。ウチで雇わなければならないと思ったのが第一印象でした。もうティンときた! って感じでしたね。
類まれなる美貌、彼女から滲み出ている気品……そう、まるで社交界の中心が彼女のステージだと思わせる気品、お金を稼がなくてはならないという意志と欲望の強さ、勤労に対する熱意と誠意、そして、恋しさとせつなさと心強さ……ですかねぇ……。とにかく彼女からはそういったものが神々しささえ感じるほど強い黄金のオーラとなって放たれていたんですよ。
今では彼女、ウチの看板娘です。
――モスマンバーガー陽月島店・オーナー(男性・四〇代・既婚者)の話(今ではないいつかの話)
「……まあ、流石に身分証や履歴書は璃遠さんに手を回していただきましたが」
ばつの悪い顔で笑うノーマ。
「ああ、流石に身分証ないに住所不定無職、おまけに堕天使となったらよっぽどのお人好しか変わり者でないと雇ってはくれないだろうな」
「カカッ、手厳しいですわね」
統哉が苦笑して答える。するとその横でルーシーがニヤリと笑って言った。
「しかし、あのマモン様が一介のアルバイト店員にまで身をやつすとはねぇ。これぞまさに、『はたらくま……」
「おい、やめろ馬鹿。この話題は早くも終了だ」
何か言ってはいけないワードを口走ろうとしたルーシーを統哉が声を張り上げて遮った。
その時、ノーマがああ、と何かを思い出したかのような声を上げた。
「そういえばお二人とも、明日はお暇かしら? わたくし、今日は璃遠さんの所でお世話になっているのですが、明日には璃遠さんが手配してくださった新しい住居へ、ハル、マルと一緒に引っ越しいたしますの。一段落した後にはなりますが、皆様と一緒に遊びに来ませんか?」
「いいけど、迷惑じゃないか?」
「いいえ、色々とご迷惑をかけてしまっただけお詫びに加えて、助けていただいた恩もあります。大したおもてなしはできませんが、どうか遊びに来ていただければ嬉しいですわ」
「じゃあA5ランクの霜降り和牛のステーキな。あとハーゴンダッツのストロベリー味も頼む」
「マジで親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴りますわよ? 多分奥歯が揺れる位の威力はあるはずですわ」
いけしゃあしゃあと一番いいもてなしを頼むルーシーにノーマが笑顔で物騒なセリフを言う。
「はいはいそこまでだ二人とも。わかったよノーマ。それじゃあ明日、謹んで招待を受けさせてもらうよ。みんな呼んでもいいんだな?」
「はい、もちろんですわ。あ、来られる前には一報いただければ」
そう言ってノーマは制服のポケットからスマートフォンらしき物を取り出した。ちなみにカラーリングは漆黒のボディに金色のラインでデフォルメされたカラスが描かれた、ノーマらしいものだった。
「おっ、makaiPhoneの最新モデルだな? いいなー」
「makaiPhoneンン?」
ルーシーの言葉に統哉が怪訝な顔で尋ねる。
「ああ、makaiPadと同じく、Abaddon.com製の万能ツールさ。通話、メール、ゲーム、他にもアプリを追加すればなんでもできちゃうやべーツールさ」
「……敢えてツッコミはしない。色々危ない気がする。というか、そんなのがあるんなんて初めて知ったぞ。ルーシーも持ってるのか?」
「モチのロンさ。ほら」
そう言ってルーシーは服のポケットからノーマのものとよく似たmakaiPhoneを取り出して統哉に見せた。ちなみに色はシルバーだった。
「……はあ、確かにスマートフォンそっくりだな。あれ? ふと思ったんだけどそのmakaiPhoneって、他のみんなも持ってたりするのか?」
「ああ。空いた時間に璃遠に手配してもらっていたんだ。ちなみに利用料金は昔なじみって事でタダだ」
「昔なじみ特権半端ないな!? ……っていうか、そういうの持っているんだったら言ってくれればいいのに」
「まあ、統哉と私達なら思念で話できるし、互いの位置も大体把握できるだろ? それに、私達としては直接君と話ができる方が楽しいしね?」
「そ、そうか」
ルーシーの言葉に統哉は頬が赤くなるのを感じ、照れ隠し気味に返事を返した。
すると、側で話を聞いていたノーマがわざとらしく咳払いをした。
「コホン。お二人とも、仲が良いのは結構ですが、先ほどのお返事をそろそろいただけないかしら? わたくし、そろそろお店に戻らなくてはいけませんの」
「あっ、悪い悪い。それじゃノーマ、連絡先を教えてくれるかい?」
「わかりましたわ。…………はい、交換完了ですわ」
「ん、こっちもオーケーだ。それじゃあ、行く前に連絡するよ」
「はい、楽しみにしておりますわ。……では、わたくしは仕事に戻りますわね。統哉さん、名残惜しいですがごきげんよう。またお会いしましょうね。……さあ、午後からも稼ぎますわよ!」
ノーマは統哉に優雅な所作で一礼した後、これまた優雅に身を翻して気合を入れ、店へ戻っていった。
「……あいつ、私の事を完全に眼中に入れてなかったな」
「むくれるなって。さあ、俺達もそろそろ戻ろう」
統哉はむくれるルーシーを宥め、二人は帰路につく。しばらく歩いていると、ルーシーが何かを思いついたような声を上げた。
「ああ、そうだ。統哉、せっかくだからノーマに何か一品、差し入れ持って行くのはどうだろう? 流石に金品の類を持って行くのはあいつのプライドが許さないだろうがね」
「いいんじゃないか? じゃあ、明日の午前中にでも持っていく物を見繕うとしようか」
「よし。帰ったらみんなにもそれを話して、明日の午前中は差し入れの買い出しに出ようか」
明日の予定を話し合いながら帰り道を往く二人。だが、この時、自分達にトラブルが降りかかる事を、二人はまだ知らなかった――。
……makaiPhoneの設定自体は前々からあったのですが、作者がそれを完全に忘れていたのは内緒です←