Chapter 10:Prologue
統哉達がマモン達と一悶着起こしていたのと同じ頃。
ところ変わって某県山奥。
そこには、人が立ち入らなくなって久しい、一軒の洋館の廃墟があった。
崩れ落ちた壁、埃とカビに支配された絨毯、蜘蛛の巣に覆い尽くされた数々の調度品が放置された年月の長さを物語っていた。
だが、この日は違っていた。
時刻は深夜二時。草木も眠る丑三つ時、薄い月明かりだけが周囲を照らしている廃墟一階のホールで一人の人間が動き回っていた。
身長は一八〇センチ前後か。少し伸びた黒髪に、黒のロングコートを纏ったその男は手にした刃渡り一メートルほどの日本刀を手に、その場で刃を振るっていた。
こんな時間に彼はここで何をしているのだろうか。演舞か? 修練か? 否、彼は仕事をしているのだ。
端から見ると彼はただ何もない空間に向かって刀を振るっているようにしか見えないが、彼の目には、自分に襲いかかろうとする怨霊の群れが映っていた。
怨霊達は生者に対する強い怒りと憎しみを込めた凄まじい形相で彼に襲いかかり、その命を刈り取り、魂を貪ろうとする。
しかし彼は臆する事なく手にした刀を両手で構え、眼前に迫ってきた怨霊の一体を素早く袈裟斬りで両断、さらに一歩踏み込み刀を横に薙ぎ、もう一体を断ち斬る。
その時、彼の視界の隅にこちらに飛びかかろうとする怨霊が映った。彼の持つ刀では対応できない距離だ。
だが、彼の反応が速かった。刀を構えていた彼は即座に刀を右手から左手へと持ち替える。そして、素早く腰に下げたホルスターからセミオートピストルを抜き放ち、トリガーを引いた。
ピストルから放たれたのは、強力な祝福が施された上質の銀の銃弾だ。通常の弾丸ではダメージはおろか触れる事すら叶わない。しかし、破魔の力を宿している銀の銃弾ならば悪霊や悪魔の類に対して大きなダメージを与えられる。
飛びかかろうとしていた悪霊は放たれた数発の銃弾を受け、その場に倒れ伏し、しばらくの間苦悶の呻き声を上げていたが、やがて力尽きて消滅していった。
すると、怨霊達は一カ所に集まり、一気に飛びかかってきた。どうやら相手が強敵だと知り、物量に任せて彼を押し潰しにかかったようだ。
だが、彼は動じる事なく懐から水で満たされたミニチュアボトルを取り出し、蓋を開けて中身を激流のように襲いかかる怨霊の群れめがけて振りまいた。すると、水に触れた怨霊達は断末魔を上げながらまるで酸で溶かされたかのように消えていった。
彼が振りまいたのは強力な祝福が施された上質の水――いわゆる「聖水」と呼ばれる水で、怨霊や悪魔の類には劇薬となるものだ。
物量で押し潰そうとしていた怨霊達はその目論見を潰された上、今や残り数体にまでその数を減らしていた。そして彼らは聖水の影響で消滅の危機に瀕していた。
「雑魚が」
そんな怨霊達を見て、彼は一切の感情を込めていない口調で吐き捨てた。
そして彼は僅かに残っている、かすかに蠢く怨霊一体一体に刀を突き立て、無へと還していく。ただ、黙々と。ただ、作業のように。
最後に残った怨霊はまるで救いを求めるかのように震える手を彼に向けて伸ばす。だが彼はそれを一顧だにせず、無慈悲に刀を突き立て、消滅させた。
怨霊が消滅したのを確認した彼は、手にした刀を血払いするかのように一度振るい、鞘へと戻した。鞘と鍔がぶつかり、キンと金属音を立てる。その音が静まった時、残ったものは彼と静寂のみとなっていた。
「任務、完了」
仕事を終えた彼は静かな声で一度呟き、邸内を見渡す。ただでさえ荒れ果てていた邸内だったが、先ほどの戦闘により、まるで嵐が吹き荒れたかのような惨状になり果てていた。壁や窓には弾痕が穿たれ、調度品は原型がわからなくなるほど破壊し尽くされ、絨毯はまるで無理矢理引き裂かれたかのようなボロクズと化していた。
だが、彼にそれを気に留める様子はない。後始末はどうせ「組織」がやってくれる。彼はそう考えていた。
彼はスマートフォンを取り出し、「任務:清掃完了」とだけ書かれた文面のメールをどこかへと送信した。程なくして、「了解:報酬送金完了。緊急:追加依頼要請。その場で待機せよ」とだけ書かれた文面のメールが返ってきた。
メールの内容に彼は肩を竦める。「組織」からの依頼はいつだって唐突だ。そう考え、軽く息をついた。
程なくして、どこからともなくカラスのように真っ黒な体色をした鳩が邸内に現れた。「組織」の使う伝書鳩だ。
彼は鳩の足に付いていた小さな筒を受け取る。筒を受け取った事を見届けた鳩はまたどこかへと飛び去っていった。
「黒い伝書鳩……相変わらず悪趣味だな」
一人ごち、彼は鳩から受け取った筒を開ける。すると中にはメモとUSBメモリが入っていた。
彼はメモに目を通す。するとメモにはこう書かれていた。
「陽月島に現れた、六体の危険分子、及びそれを匿う人間を排除せよ。詳細はUSBのデータを参照」と。




