Chapter 9:Epilogue
統哉達が待つ事しばらく。
ドアが開き、ルーシーを先頭に、何故か清々しい笑顔の七大罪が現れた。
「待たせたな! 私、失敗しないので! 『刑の執行』が完了した!」
「お前はどこぞのフリーランスドクターだ。ところで、刑の執行って……一体何をしたんだよ?」
誇らしげに言うルーシーを怪訝な顔で見やる統哉。するとルーシーはニヤリと笑うと後ろを振り向き、声を上げた。
「――さあ、ノーマ! 堕ちるところまで堕ちた君の新しい姿を見せろ!」
ルーシーが呼びかける事しばし。すると、死んだ魚のような目をした、青ざめたを通り越して真っ白な顔のノーマが亀のような歩みで部屋から現れた。そして、統哉と眞実、ハルファスとマルファスは驚愕に目を見開き、そして己が目を疑った。
そこには、変わり果てた姿のノーマがいた。
あまりにも変わり果てた彼女の姿を見た瞬間、統哉、眞実、マルファス、ハルファスは思わず(誰じゃ!?)と心の中で叫んだ。
靴はぴかぴかに磨き上げられた黒のブーツ。
黒いロングドレス。
その上にエプロンドレス。
そして頭にはホワイトブリム。
その姿はまさしく――
「……メイド?」
統哉が思わず呟く。
そう、ノーマの服装は何故かピカピカのメイド服に変えられていたのだ。
「なんで?」
「これが『刑の執行』だ」
「なんでメイド?」
「王道を往くヴィクトリアンメイドスタイルにしてみました」
「なんで?」
「私の趣味だ。いいだろう?」
統哉の疑問を華麗にスルーし、ドヤ顔で言うルーシー。
「私としては、ミニスカートメイドやバニーガールというのも捨てがたかったが、皆と意見を重ねた結果、ヴィクトリアンメイドスタイルに落ち着いたんだよ」
ルーシーが得意げに語る。するとノーマが屈辱か、それとも羞恥からか、拳を握り締め、体を震わせながら呟く。
「……何故……七大罪にして高貴たるこのわたくしがこのような格好を……」
「おや、不満かい? じゃあドレイのふくの方がよかったかな? ぬののふくより性能はマシだぞ」
「…………この服装で結構ですわ」
「わかればよろしい」
どうやらノーマは奴隷よりメイドを選んだようだ。その答えに満足そうに頷いたルーシーは統哉達に向き直って言った。
「さて、ここにいるノーマ・クロウ。統哉と契約を交わしたはいいものの、一文無し、さらには七億円もの借金を背負う事になりました。あー大変だ。そんな彼女が借金を返すにはどうすればいいか――それは、労働だ」
「労働?」
統哉が首を傾げる。ルーシーは彼に一度頷き、続ける。
「そう、労働だ。ノーマには今後『この格好』で過ごしてもらう。具体的には日中は労働に励んでもらい、夜にはいつもの格好で天使狩りをはじめとした戦闘に励んでもらう。日中はアルバイトなりパートなりで稼いでもらって、夜は予定がなければ同じように勤労に勤しんでもらい、戦闘があればその戦果に応じて借金から引かせてもらうかそのまま報酬として受け取ってもらう」
「のまのまの名前通り、敵を狩る事を強いられるんだね~。あ~、でもこの場合は天使じゃなくてドラゴンを狩るんだっけ~? ロボットに乗って~」
「何の話だ」
意味不明な事を言うアスカに統哉がツッコむ。ルーシーも肩を竦めながら説明を続ける。
「まあ、アスカの言うドラゴン狩りの独立愚連隊よりはマシな待遇を用意してあるけどな? ノーマの住処は璃遠が用意してくれている。君はそこで労働に勤しみ、死線を潜り抜けながら借金を返していく形となる。禁止事項としては、強盗など倫理に反した事の禁止、逃亡の禁止……そんなところかな」
「もしも倫理に反した方法で金銭を得たり、借金から逃れようとしたら地の果てだろうと魔界の彼方まで追いかけてまで取り立てますので、くれぐれも……逃ゲヨウナドトハ思ワナイデクダサイネ?」
「は、はい……!」
突然恐ろしい雰囲気を纏った璃遠は低い声色でノーマに囁きかける。ノーマはただ震えて肯定の返事を返すしかできなかった。すると璃遠はいつもの柔和な雰囲気に戻って言った。
「本来ならば、一〇〇〇万につき十五年収容の計算を適用して魔界で一〇五〇年の労役に就いてもらおうと思ったのですが、ルーシーさん達が止めてくださったのです。『どうせやるなら真っ当な手段で金を稼がせてあげてほしい』とね」
「一〇五〇年!? 嘘でしょう!?」
「万が一、お嬢様が不慮の事故等で亡くなられた場合はどうするつもりだったのですか?!」
気が遠くなるような年数の労役に、ハルファスは驚き、マルファスが抗議する。
「その時は悪魔の魔術で生き返らせて、また労役に就いてもらうまでです。魔界の格言にこういうものがあります。『死は労働をやめる理由にはならない』と」
「な、なんていうブラックさですの!? ブラックはブラックでも、ドスブラック(ドス黒い)ですわ!?」
さも当然のように言ってのける璃遠に、ノーマが悲鳴を上げる。それをみたルーシーが嫌らしい笑みを浮かべてノーマに言った。
「これでもかなり譲歩してもらったんだぜ? さあどうするノーマ? 七億円もの借金、返す事はできるかな?」
すると、ノーマは突然俯いた。かと思えば、地獄の底から響いてくるような笑い声を上げ始めた。
「……ふ……ふふふ……くくく……あ゛ーあっあっあっ! あ゛ーあっあっあっ!」
「うわ、ついに壊れたか?」
突然の哄笑にルーシーは思わずドン引きした。するとノーマは憑き物が落ちたかのようなすっきりとした顔で言った。
「上等ではありませんか! 七億円の借金? かかってきなさい! 一文無し? ならばもう一度同じところまで……いや! それ以上まで稼げばいいではありませんか! 何故ならばわたくしは『強欲』のマモン! 欲しいものは手段を問わず勝ち獲る! それがわたくしのモットーですわ! やってやろうじゃありませんか! それに、勤労というのもまた面白そうですわね! もしかすると、新しいビジネスのきっかけになるかもしれませんわ! 皆さん、ありがとうございます! このチャンス、最大限に活用させていただきますわ! あ゛ーあっあっあっ! あ゛ーあっあっあっ!」
カラスがやるような高笑いをしながら、ノーマは目の前の大きな壁に対して全力で立ち向かっていくという決意を表明した。
それを見た一行は彼女のあまりのポジティブさに開いた口が塞がらなかった。
「なんだろう、なんていうか……『プッツン』しちゃった感じ?」
「ダメだこいつ……早く何とかしないと……じゃなかった、死なない限りどんな酷い目に遭わせても金儲けのチャンスに変えてしまうぞ」
「もうここまでくると誉めるしかないな……善悪の区別はないんだけど、ある意味ではこういう『姿勢』憧れるなぁ……本当、強欲だよこの堕天使……」
統哉とルーシーはノーマのポジティブさを片や呆れ、片や称賛を贈っていた。
「統哉さん!」
「え?」
すると突然、ノーマが統哉に声をかけてきた。統哉が彼女の方を見ると、何やら彼女が情熱を宿した瞳で彼を見つめていた。
「統哉さん、わたくしは借金を返して、財産を今まで以上に増やすだけではなく、貴方をモノにする事も忘れていませんわよ! ですから、今度こそ必ず、貴方を手に入れてみせますわ! 待っていてくださいませ!」
彼女の宣言に統哉は一瞬呆気にとられていたが、やがて微笑んで言った。
「ああ。やってみせろ」
「はい! やったるでぇ!」
まるで挑発するかのような言い方になってしまったが、ノーマはそれに俄然やる気を出したのか、ふんすと鼻を鳴らす。すると、彼女が何かに気付いたかのような声を上げた。
「……あら? 統哉さん、頭に何か付いていますわよ?」
「え? どこ?」
「ああ、大丈夫ですわ。わたくしが取って差し上げます」
ノーマが統哉の頭についている物を取ろうと近付いてくる。その時――
「――あ゛」
ノーマが床板の節目に足を取られ、躓く。そのまま勢いよく統哉の方へと倒れかかり、押し倒してしまう。そして――
ちゅ。
統哉と、ノーマの、唇が、触れ合った。
それは、すなわち、キスというもので。
部屋の中の時間が止まった。
その場にいた全員が、ぽかんと口を開けている。
そして、統哉とノーマは目を見開き、驚愕の視線を交錯させている。互いの顔が、どんどん赤く染まっていく。
しばらくして、ノーマがゆっくりと口を離した。
「……ご、ごめんなさい……わたくしとした事がなんという不埒な真似を……で、でも、好きな人と交わすキスとは……こう……とても良いものですわね……わたくしのファーストキス、統哉さんに奪われてしまいましたわ……」
顔を赤くして俯き、キスの感想を述べるノーマ。
一方、統哉は顔を赤くしたまま、酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせるしかできなかった。
その時。
ブチッ。
何かが切れるような音がした。
「……ノォォォォマくぅぅぅぅん……?」
地獄の底から響くようなルーシーの声。その声に統哉ははっとして身を起こし、ノーマは凄まじい反応速度でルーシーの方を見やる。そこには――
「あのさぁ……さっきもやらかしたばかりのここぞという時の大ポカをどうしてまたやらかすかなぁ……?」
「のまのまぁ~……? 懺悔の用意はいいかなぁ~……?」
「ノーマ……ちょっと蹴っ飛ばしていいよね……ね?」
「アンタねぇ……やっぱり処すわ。妬ましい……」
「ノーマさん……いきなりそれはひどいと思うんです……」
七大罪と眞実の計五人が、悪役が浮かべるようないい笑顔で、かつ臨戦態勢でノーマを見据えていた。それを見たノーマは慌てて統哉から飛び退き、弁解する。
「ちょ、ちょっと皆さんお待ちになって? これは事故ですわ! 不慮の事故! 故意にやったのではありませんわ! ……あ、皆さん? どうして身構えていらっしゃるのかしら? ま、マル! ハル! 助けて! 助けてください!」
「二人なら留守だよ、休暇取ってベガスに行ってる。まあ冗談はさておき、二人なら身の危険を察知して素早くここを離れた。実に賢いねえ、君の従者はさ」
「あ、あの子達はぁ……っ!」
「さあて、それじゃあ…………フルボッコターイム!」
ルーシーの号令を皮切りに、彼女達は一斉に高く飛び上がり(眞実も含めて)、絶望の表情を浮かべているノーマに飛びかかった。そして――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーーーーっ!?」
カラスを全力でシメたかのようなノーマの悲鳴。目の前で繰り広げられている凄絶な光景から目を逸らしつつ、統哉は深い溜息をついたのだった。
また賑やかになるな。
そんな満更でもない感情を抱きながら。




