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Chapter 9:Part 33 オ・ト・シ・マ・エ

「う……ううん……?」


 長い、夢を見ていた気がする。

 ゆっくりと意識が覚醒していくのをノーマは感じた。そして、ゆっくりと目を開く。


「ノーマ、気が付いたか?」


 男の声。視線を向けると、そこには一人の青年が椅子に座ってこちらを見つめていた。

 靄がかった思考で、ノーマは目の前の青年の事を思い出す。

 絶望に狂っていた自分を救ってくれたヒト。全てを失ってしまった自分にもう一度生きる意味を与えてくれたヒト。自分と<天士>としての契約を結んだヒト。そして、自分が恋い焦がれているヒト。その名は――


「……八神統哉さん!?」


 思わず上擦った声で叫んでしまいつつ、がばりと身を起こすノーマ。しかし青年――統哉はそんな事を気にする様子もなく、ただ苦笑してノーマをゆっくりとベッドへ寝かせた。


「なんでフルネームなんだよ。それに、いきなり体を起こすな。めまいを起こすよ。……具合はどう?」


 そこでようやくノーマは自分がどこかアンティーク調の部屋に移され、そこのベッドで簡素な寝間着を着て眠っていた事を悟った。


「自分でも驚くくらいに、頭も心もすっきりとしていますわ。……夢では、ありませんでしたのね」


 自分に言い聞かせるように呟くノーマ。永い間生きてきた自分にとって、あそこまで心がときめき、魂が燃え上がる瞬間はなかった。もしもそれが夢であったならば、自分は後戻りできないほどに発狂してしまっていただろう。そう考えると、思わず深い安堵の溜息が漏れた。

 息をつき、落ち着きを取り戻したノーマは慎重に体を起こし、もう一度統哉に向き合った。だが、言いたい事が多すぎて言葉が出てこない。

 すると、その様子を察した統哉は軽く頷き、口を開いた。


「色々と聞きたいようだから、まずは今に至るまでを話そうか。あれから俺達は君の城塞を離れたんだけど、君をはじめ、全員の消耗が激しかったから近場にある璃遠さんの店に寄らせてもらったんだ。今の時間はちょうど日付が変わったくらいかな。他のみんなは休んでいたり、何か話し合ったりしてるよ」


 その時、部屋のドアが控えめにノックされ、マルファスが声をかけた。


『統哉さん? 話し声が聞こえたのですが、もしかしてお嬢様が目を覚まされたのでしょうか?』

「うん、体調も問題はなさそうだよ」


 すると、ドアの向こうで慌ただしく走る音が聞こえ、しばらくすると多数の足音が聞こえ、扉が開かれた。


「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

「わあぁぁ~、ご無事で何よりですよー」

「よっ、生きていたか」

「のまのまいぇ~い」

「絶対言うと思った! ……ってそうじゃなくてノーマ、大丈夫!?」

「まったく、世話が焼ける奴! ……でも、助かったみたいでよかったわ……べ、別にアンタの心配してるとかそういうのじゃないんだからね!」

「ちょ、ちょっと皆さん、もう少し静かに……」


 最初に入ってきたのは息を荒らげたマルファスだ。続いて涙でかおをぐしゃぐしゃにしたハルファスが入ってきた。後から気軽な調子のルーシーに奇妙なフレーズを口ずさむアスカ、彼女にツッコミを入れつつノーマを心配するエルゼにツンデレぶりを遺憾なく発揮するレヴィが、そしてノーマを気遣ってそっと入室する眞実、最後に柔和な笑みを浮かべた璃遠が入室してきた。


「ハル……マル……皆さん……」


 ノーマは呆然としながらも己の従者、同胞、初対面だが微かに魔力を感じる人間、大悪魔の顔を一人一人見つめ、そして床に飛び降りると深々と土下座した。


「ご、ごめんなさい! わたくしマモンはこの度身勝手な欲望により皆様に多大な迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」


 額を深々と床に擦り付け、謝罪の言葉を叫ぶノーマ。やたらと綺麗な土下座に、思わず生粋の日本人である統哉と眞実も感服してしまうほど、それは堂に入った土下座だった。

 すると、璃遠がすっと前に進み出て、ノーマの前に何かを差し出した。突然差し出された何かに顔を上げたノーマは目をぱちくりとさせている。ノーマが見ると、それは紫色の布にくるまれた包みだった。


「顔を上げてください、マモンさん……いえ、ノーマさん。色々と思うところはおありでしょうが、まずは統哉さんとのご契約、おめでとうございます。これ、メロンです」

 そう言って璃遠は包みを渡す。ノーマは最初きょとんとしていたが、やがて柔和な笑顔を浮かべて包みを受け取った。

「は、はい。ありがたく頂戴いたしますわ、璃遠さん」

 すると璃遠は間髪入れずに、一枚の紙を差し出した。

請求書(・・・)です」


「……………………え゛?」


 ノーマが上擦った声を上げ、固まる。それに構う事なく璃遠は請求書の内容を読み上げる。


「今回施工させていただいた、全七〇階層にも及ぶホテル、もとい<城塞>の改装工事費用、超高速建造コースご利用料金、数多くのトラップのご購入及び配置、手間賃、その他諸々の経費の請求書です。あ、証明の血判も捺していただいておりますので。合計費用はしめて――」


 そこで一旦言葉を切り、璃遠は厳かに告げた。


7000000000(な な お く)円となります」


 その場の空気が凍った。それはほんの数秒の出来事だったかもしれないし、あるいは数十分にも及ぶ出来事だったかもしれない。

 やがて、ノーマが目を白黒させ、口から唾を飛ばしながら沈黙を破った。


「い、いいいいくらなんでも高すぎではありませんこと!? おかしいやん!?」

「失礼な。あなたの<城塞>跡から使えそうな金品や貴金属、魔具等を差し押さえした上に、日頃からのご愛顧に対する感謝の印として幾分かは私の方で割引及び負担させていただいた上でこの金額ですよ? かなり良心的だと思いますが」

「差し押さえって……んな殺生な! いや、それはそうとわたくし今一文無しやん!?」

「そんなの私の知った事ではありませんよ。あなた言いましたよね? 『彼をモノにしたらその程度のお金、すぐに全額お支払いいたしますわ』って。それがどうした事ですか統哉さんをモノにできなかっただけではなく手持ちの財産をありったけぶち込んで賭けた投資は全部綺麗に大暴落。貧乏神の王様すらドン引きして他の方へ鞍替えするほどです」

「そこまで!? というか、この請求書の血判、いつ捺したんですの!? わたくし覚えがありませんわ!」

「あ、それ私が君の指をちょっと拝借して捺させていただきましたァン」

「ルシフェルさん!? あんたちっと大概にせぇよ……!」

「ノーマさん? まだお話は終わっていませんよ?」

「ひっ……!」


 その後もノーマと璃遠の問答は続いた。その時の彼女の様子を見た統哉の目には、ノーマの輪郭と彼女の後ろの風景が歪んで見えた。「ぐにゃぁ」という擬音が統哉の感覚に伝わってくる。


「……俺、間違った事してしまったのかな。助けたと思ったのにこれじゃあ生き地獄へ突き落とした形じゃないか」


 ふと呟く統哉。すると側に立っていたルーシーが統哉の脇腹を軽く小突いて言った。


「いや、君は間違っていないさ。あれはあいつ自身が招いた因果だよ。君は君で彼女を助けたいと願い、そしてそれを成し遂げたんだ。胸を張れよ。もう一度言う。君は間違っていない」

「ルーシー……」

「それに、あいつには苦しんでもらう形にはなるが、きちんと生きてもらう方法を考えている」

「なんだって? どうするんだ?」


 思いがけないルーシーの言葉に統哉は目を見開いてルーシーを見やる。すると彼女はニヤリと笑った。


「すぐにわかるよ。お楽しみはこれからさ」

「そ、そうか。……ところで、ノーマはどうして関西弁で話しているんだ?」

「それは、かくかくしかじかで」

「なるほどな、大体わかった」

「今のでわかったんですか!?」


 ルーシーからの簡単極まりない説明をあっさりと理解した統哉に、話を近くで聞いていた眞実がツッコむ。


「ああ、かつて大阪で活動していた時の名残だってさ」

「なんであれでわかったんですか!?」


 そして話の内容をあっさりと言ってのけた統哉に眞実はさらに驚いた。すると、どうにかノーマを説き伏せたのか璃遠がこちらへと戻ってきた。ふと統哉がノーマを見ると、半開きになった口に、目元が垂れ下がり、紫色の瞳から光が失われた、「ぬ」と「ね」の区別がついていなさそうな顔――「FXで有り金全部溶かした人の顔」になっていた。

 そんな彼女をよそに、璃遠はルーシーに目配せをする。するとルーシーは軽く頷き、ノーマの前へと進み出た。


「さて、ノーマ。璃遠との話はケリがついたようだけど、私達の方はまだだよな? というわけでさ、話をしよう。答えは聞いてない」


 有無を言わさぬルーシーの言葉にノーマはFXで有り金全部溶かした人の顔を即座にやめ、青ざめた顔で彼女を見つめた。紫の瞳には確かな怯えの色が宿っている。そんな彼女を見て優越感を感じつつもルーシーは厳かな口調で言った。


「やってくれたねえ、ノーマ。罪状は色々あるが、君の犯した一番の罪は『統哉を危険に晒した(・・・・・・・・・)』――これに尽きる」

「ま、待ってくれよルーシー。確かに俺は危険な目には遭ったけれど俺はもう気にしていないから……」

「少し黙っていたまえ、統哉。今話をしているのは私だ」


 ルーシーの言葉に、統哉はノーマを擁護しようとする。しかしそれはルーシーの一言で一蹴された。妙な迫力をもって放たれたその言葉に統哉は何も言えなくなってしまった。

 統哉だけではなく、眞実もルーシーの立ち居振る舞いにすっかり竦んでしまっている。ただ、七大罪と璃遠だけが澄ました顔で、そしてマルファスとハルファスが沈痛な面持ちで成り行きを見守っている。

 一方、ルーシーはそんな事などどこ吹く風と言わんばかりにノーマを見据える。


「統哉はああ言っているが、彼が許しても私達が許すと思うなよ? 今の私達七大罪の怒りは有頂天に達している上、阿修羅すら凌駕する勢いだ。なあ、諸君?」


 ルーシーが七大罪の方を振り返る。するとアスカ、エルゼ、レヴィが一斉に騒ぎ出す。


「捧げよ? 捧げよ? 心臓を捧げよ?」

「カラスってどうやって調理すればよかったっけな……」

「あいつ頭高くない? どうするみんな、処す? 処す?」


 顔こそ笑ってはいるが、目は笑っていない。その上で物騒極まりない台詞を言い放つ七大罪。彼女達にはやるといったらやる「スゴ味」がある。ノーマはそれを肌で感じた。そして、それに確かな恐怖を感じた。次の瞬間、彼女は思わず平伏し、叫んでいた。


「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! 許してください! 何でもしますから(・・・・・・・・)!」


 心の底から沸き上がってくる恐怖にノーマがなりふり構わぬ言葉を叫んだその時だった。


「ん?」

「いま~」

「何でもするって」

「言ったよね?」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


 ルーシー、アスカ、エルゼ、レヴィの順で目を輝かせ、言質を取ったとばかりに七大罪が一気にノーマの側へと詰め寄る。そのただならぬ雰囲気にノーマはさらに絶叫した。するとルーシーはニヤリと笑い、朗々と言った。


「実は先ほど、私達七大罪はこの度の騒動に対して、君にとって相応しい罰を与える事を決めていたのだ! というわけで! これより刑を執行する! 弁護や控訴については一切棄却する! 答えは聞いてない!」


 ルーシーが指をパチンと鳴らすと、アスカ、エルゼ、レヴィが素早くノーマを羽交い締めにして拘束した。


「な、何をするんですの!? は、離しなさい!」


 突然拘束されたノーマは混乱しながらも拘束から逃れようとする。だが七大罪三人分の力は凄まじく、彼女は逃れられなかった。


「統哉、眞実、璃遠、ちょっとノーマ借りてくぜ! あと隣の部屋も!」

「はい、どうぞお好きなように」


 軽い口調で答える璃遠。その様子から彼女に助けを請うのは無理だと判断したノーマは統哉、マルファス、ハルファス、そして眞実に一縷の望みを賭けて叫んだ。


「と、統哉さん! ハル、マル! そこのヒトの子! 助けて! 助けてください!」


 するとハルファスとマルファス、眞実は揃って首を横に振るだけだった。


「お嬢様……お辛いのは十分承知していますが、これが一番マシな道なのです……」

「おいたわしや……せめて骨は拾っておきますね……」

「……ごめんなさい、ノーマさん。私にはどうにもできないです……」

「あ、貴女達!?」


 従者二人の態度にショックを隠せないノーマ。一方統哉はルーシーの肩を掴み、彼女の言う「刑の執行」を止めさせようとしていた。


「ルーシー! いくらなんでもこれはあんまりだろ! ノーマに腹が立つのは仕方がないとはいえ、これはやりすぎだ!」


 するとルーシーは真剣な表情で統哉に向き直った。


「私を信じろ、統哉。ああは言ったが、殺す事はしない」

「でも……!」

「信じられないならば、今すぐ私を討つがいい」


 真剣な表情でとんでもない事を言い出す統哉。そんな彼女を見ていた統哉はしばしの逡巡の末、折れた。


「……わかったよ。ルーシーを信じる」

「ありがとう、統哉。なに、万事とはいかないが丸く納めてみせるさ」


 そう言ってルーシーは統哉にウィンクしてみせた。そして七大罪達によって拘束されたノーマの元へ向かう。


「さあ待たせたな。お楽しみの時間だ」

「やめて……わたくしに乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!」

「しねーよとっとと入れ!」


 意味不明な言葉を叫びつつ無駄な抵抗をするノーマを一喝し、ルーシー達はノーマを隣の部屋へと引きずっていった。

 そして、ドアがやけに重々しい音を立てて閉じられた。


『な、何をするんですの!?』

『それでは皆さんご静聴!』

『あきらめてね~』

『ごめんねノーマ! でも、こうしないと……!』

『もう抵抗しても無駄よ!』

『よし諸君――かかれ!』

『や、やめなさい! どうして皆さんそんなに手をわきわきさせて舌なめずりしてるんですの!? ……ってちょ!? なんで服を脱がせてるんですの!? いや、やめ……』

『ぐへへへ、ヨイデワ・ナイカ! パッション重点! さあ、スーパー術式(オペ)、開始!』




『ア゜ーーーーーーーーッ!』




「……なんか今、声帯から出ちゃいけない類の声が聞こえたような気がするんだけど」

「気のせいです、統哉さん」

「……いや、気のせいって……いや、気のせいでいいです」

 真顔で気のせいだと宣う璃遠。統哉は最早それに反論する気も起きず、「何もしない、ただ静かに待つ」の精神で待つ事にした。

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