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Chapter 9:Part 29 王・者・破・産(キングハサン)

 前回のあらすじ:ホテルが爆発した。


 ……なんて他人事のように考えている間に、統哉の頭上数メートルの距離にまで夥しい量の瓦礫が迫っていた。逃げるには間に合わない。そう悟った直後、統哉達に瓦礫が降り注いだ。

 統哉は思わず目を閉じる。だが、いつまでたっても瓦礫が直撃する様子はない。統哉がおそるおそる目を開けると、そこにはアスカとエルゼが降り注ぐ瓦礫を紫電の網と小さな竜巻をもって弾き飛ばしている姿があった。


「「爆発オチなんてサイテー!」」


 アスカとエルゼは揃って悲鳴を上げつつも、降り注ぐ瓦礫を弾き飛ばしていく。一方、ルーシーとレヴィはというと。


「目が! 目がぁぁぁぁ~!」

「ああもううるさいわね! 何をそんなに騒いでいるのよ!」

「土埃が目に入って目が痛てぇ~!」

「じゃあアタシが洗い流してあげるわよホラ」


 土埃が目に入ったと騒いでいるルーシーの顔面にレヴィは掌を向ける。直後、掌から高圧水流が噴射され、ルーシーの顔面を直撃した。


「びゃああああ! ゴボッ! ゴボボーッ! ……ぶっは、レヴィ、ストップ! 勢い強すぎ……ボボーッ!」

「あのねルーシー! 爆破の合図は『2887』って打ち合わせで決めていたわよね!? あの時は流れからスイッチを押したけど合図が滅びの言葉とか色々な意味で終わるわ!」


 ぎゃあぎゃあ喚きながら高圧水流を噴射するレヴィと、悲鳴とごぼごぼという音を繰り返し発するルーシーに統哉は、ああ、いつもの光景だと息をついた。




 それからしばらくして、降り注ぐ瓦礫が途切れた。統哉がおそるおそる周囲を見渡すと、豪華絢爛だったホテルは跡形もなく、瓦礫の山と化していた。ただ、統哉達が立つ場所だけはほとんど瓦礫がない状態だ。

 瓦礫を防ぎきったアスカとエルゼ、ルーシーの目を綺麗さっぱり洗い流し終えたレヴィ、そして高圧水流を顔面に受けたためか荒い息をつくルーシーが統哉の元へ戻ってきた。

 レヴィ以外の全員は戦装束がボロボロで、体のあちこちに傷を負っていたが、全員が無事で、そして笑顔で立っていた。


「みんな、色々と迷惑をかけてしまったよな。本当にごめん。それと、ありがとう」


 照れくささを感じながらも、統哉は堕天使達を見据え、謝罪と感謝を述べ、深々と頭を下げた。堕天使達はさらに笑顔を深めてそれに応えた。


「そういえば、いつの間にここに爆弾なんて仕掛けてたんだ?」

「わたしじゃないよ~」

「あたしも違う」


 統哉の疑問にアスカとエルゼは自分ではないと答える。ならば、ルーシーかレヴィしか思いつかない。統哉が二人を見ると、彼女達は頷いた。


「そうさ。爆弾の仕掛けについても私とレヴィが手を打ったんだ。じゃあどうやって仕掛けたのかって? その答えはこれだよ」


 そう言うとルーシーはどこからともなく手の平大の、ダークグレーの奇妙な物体を差し出してみせた。


「これは、スライム?」


 物体の正体に気付いたらしいエルゼが声を上げる。ルーシーは首肯した。


「そう。このスライムは品種改良されていて、いわばダイナマイトのスライム版だ。魔力を込めたり、リモコンで起爆できる設定をしておけばドカンっていける代物さ。もちろん、細かい設定次第で爆発力は錠前一個分から建物に穴を空けるまで調整できる。そして最大の利点は、スライム故にちょっとした隙間に仕込む事ができるという点だ。まあこれは璃遠からの受け売りだがね。そう、これは璃遠のところで大量の武器と一緒に買った物の一つさ」

「あ~、確かにるーるーが渡したリストの中に、チョーカー型ボイスチェンジャーと一緒にそのなんとかスライムの名前もあった~」


 アスカが思い出したといった様子でポンと手を叩く。

 そこでルーシーは一旦言葉を切り、種明かしを続ける。


「で、私はこのスライムをレヴィに渡した。統哉の救出に向かいながら、建物全体に満遍なく仕掛けるよう頼んでね」

「でも、このホテルってかなり頑丈な造りだよ? あたし達が暴れたら内装はめちゃくちゃになったけど、壁にはほとんど被害がなかったし」

「まもまも、外からの攻撃にも、中からの攻撃にも強い建物の設計に定評があるからねぇ」


 エルゼとアスカの言葉に、ルーシーは確かにそうだと肯定する。


「外からもダメ、中からもダメ……では、どうするか。答えは簡単。ならばその間、すなわち壁と壁の間から(・・・・・・・)爆破してやればいい」

「壁と壁の間から? どういう事だ?」


 統哉が尋ねる。すると、レヴィが口を開いた。


「アタシはね、アンタの救出に向かう道すがらスライムをホテルの壁と壁の間、つまり水道管が通っている建材の隙間に仕掛けたのよ。アタシの地面や無機物に潜行する能力のちょっとした応用ね。スライムを仕掛け終えたら建材や水道管に潜り込み直して上を目指す、その繰り返しね」

「で、君の救出が完了次第、私が合図を出してこの城塞を爆破するという作戦だったのさ」


 得意げに語るルーシーに統哉は何ともいえない顔をした。


「ルーシー、俺を助けるためとはいえ、この建物を爆破だなんて、何もそこまでしなくても……」

「統哉、私は黙って殴られて終わるタマじゃないんだ。特殊工作員のお姉さんだって『受けた恩は忘れても、受けた恨みは忘れるな』、『右の頬を張られたら、左の頬をグーで殴る』って言っている」

「お、おう……」


 凄絶な笑みを浮かべるルーシーに統哉はそれ以上何も言う事ができず、押し黙った。


「ねーるーるー、もう一つ気になった事があるんだけど~」

「何かな?」


 すると、何かを思い出した様子でアスカが尋ねる。


「るーるー、確か大量の銃火器も頼んでたよね~? あれ、持ってこなかったの~?」

「銃火器? ああ、あれね。返品した」


 何て事ないように答えたルーシーに一同はズッコケた。


「なんで!? まるで第三次大戦でもおっぱじめるのかって思うくらいに買い込んでたよね!」

「銃火器を買い込んだのはあくまでフリさ。さっきマモンにも言ってやったが、私は武器を持つよりも徒手空拳の方が戦いやすいんでね。あとは、ココで勝負さ」


 食ってかかるエルゼにそう言って自分の頭を指差してみせるルーシー。


「本当に、お前って奴は無茶苦茶だな……」

「当然。私はルーシー・ヴェルトールだからな!」


 苦笑する統哉にルーシーは眩いばかりの笑顔でサムズアップしてみせた。

 その時、統哉は何かに気付いたように目を見開き、周囲を見渡した。


「……そうだ! マモンは!?」


 そう。そこでようやく統哉は今回の事態を引き起こした張本人であるマモンの姿がない事に気付いたのだ。

 するとその時、積み上がっていた瓦礫の一角が盛り上がったかと思うと一気に吹き飛んだ。そこには、ハルファスとマルファス、二人の従者に両脇を支えられる形で立つマモンの姿があった。烏を思わせる、着物をモチーフとした漆黒のドレスはあちこちが破れ、金色の髪も土埃でくすんでしまっていた。


「はあ……はあ……あ、あなた達はなんという事を……!」

「はあ……はあ……ここまでされる謂れはないですよー!」


 荒い息をつきながら従者二人がルーシーを睨みつける。するとルーシーは真剣な表情で従者達に向き直り、言った。


「君達の住処がこうなったのは私の責任だ。だが私は謝らない」

「いや、そこは謝れよ」


 すかさず統哉がツッコむ。


「でもさ統哉ー、マモンが君を見初めて、変な気を起こしてこんな騒ぎを起こしたから、私達はともかく君にまで迷惑をかけたんだぜ?」

「それは確かにそうだけどさ……」


 会話を交わす統哉とルーシー。そんな二人をマモンは二人を悔しさと憎悪と嫉妬が入り交じった表情で睨みつけ、奥歯が割れんばかりに歯を食いしばった。

 その時、それに気付いたレヴィが飛び跳ねてマモンの側に着地した。


「そう! その顔よ! その顔が見たかった! アンタが嫉妬するその顔が!」


 レヴィが愉快で仕方がないという様子でマモンを煽る。すると、ルーシーも飛び跳ねてマモンの側に着地し、レヴィに便乗してマモンを煽りだした。


「ねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち? せっかく見初めた相手を横からかっ攫われた上に私の策略にまんまとはまり、挙げ句の果てに自分の城塞を爆破解体された気分は?」


 ルーシーとレヴィの二人に煽られるマモン。彼女は悔しさのあまり項垂れ、その表情は金色の髪で遮られていて伺い知る事はできない。


「馬鹿な……こんな事は……」


 マモンが呆然と呟く。その時――


「…………とでも言うと思いましたか?」


 突如、項垂れているマモンが不穏な台詞を口にした。ルーシーとレヴィがすかさずその場から飛び退いて身構え、全員の視線がマモンに集まる。


「あっ、あっ、あっ……」


 するとマモンはゆっくりと立ち上がり、肩を震わせて小さく笑い出した。やがてそれは辺りを憚らぬ哄笑へと変わった。


「あ゛ーあっあっあっ! あ゛ーあっあっあっ! この程度、想定の範囲内ですわ! 黄金の鉄の塊でできたわたくしが、皮装備の堕天使達に後れをとるはずはありませんわ!」

「黄金なのか鉄なのかどっちだよ!」


 思わずツッコむ統哉。しかしマモンはそれに構う事なく興奮した様子で言葉を紡ぐ。


「貴女達のことですから、きっといかにもえげつない手段をとってくるであろう事は予想がついておりましたわ! まあ、レヴィアタンさんからの協力を得られなかったように見せかけておいて、潜入工作を行っていた点は称賛に値しますわ! しかし! わたくしは貴女達の企みを遙かに上回る策を用意しておいたんですの!」


 そこで一旦言葉を切り、マモンは続ける。


「こんな事もあろうかと! わたくしは事前に全財産(・・・)を投じてあらゆる方向に投資をしていたのですわ! そう! 資産を増やし、政治! 経済! 観光! この素晴らしい島の全てをわたくしの手に収めるために!」


「「「「「「「は?」」」」」」」


 マモン以外のその場にいた全員が同時に間抜けな声を上げる。


「わ、私聞いてない!? お嬢様!? 私達、そのような話は初耳ですよ!?」

「この島をお嬢様のモノにするための投資を行う旨は伺っておりましたが、全財産だなんて聞いていません! 確か、多くても二、三割程度だったのでは!?」

「あ゛ーあっあっあっ! 本番中の大胆なチャート変更は淑女の特権ですわ!」


 マモンの突然の宣言にハルファスとマルファスが同時に食ってかかる。しかしマモンはそれを一言で黙らせるとルーシー達に向き直り、宣言した。


「貴女方に一つだけはっきり言っておきますわ! いいですか! 貴女方とわたくしは精神的に身分が違うのです! わたくしは精神的貴族に位置します! したがって、わたくしへの狼藉は許しません! 貴女方のような野蛮で暴力的で反社会的な連中に狼藉を働かれる筋合はありませんわ!」


 マモンの背後に後光が見えた気がした。そして、統哉は思った。


 馬鹿だ。この子馬鹿だ。


 すると突然ルーシー達がその場にくずおれ、叫びだした。


「くそおおっ! 私達のやってきた事は全て無駄だったというのか!」

「救いはないんですかぁ~」

「もうダメだぁ……おしまいだぁ……」

「あまりにも絶望的な話すぎて、妬むどころじゃないわよおおっ!」


 突然その場に崩れ落ち、オーバーリアクションと言っても良い動作で絶望の叫びを上げる堕天使達。彼女達の様子に統哉は困惑しながら声をかける。


「お、おい、みんな突然どうしたんだよ?」


 すると、ルーシーが横目で統哉を見た。彼女が自分に何かを伝えようとしている。

 私達に合わせろ。

 確信はないが統哉にはそう訴えかけているように感じられた。するとルーシーは促すかのように声を上げて叫んだ。


「ああもうダメだー私達はなんて奴に喧嘩を売ってしまったんだー!」


 若干棒読みで叫ぶルーシー。統哉もそれに応えるようにその場にくずおれ、叫んだ。


「く、くそぉぉぉぉっ! 俺達にはどうあがいても勝ち目がなかったんだ!」


 自分でもオーバーリアクションかなと思いつつも、統哉は絶望の叫びを上げる(演技をする)。マモンはそれに気付いていない様子で恍惚の表情を浮かべる。


「やはりいいですわね、勝利の美酒というものは! さて、間もなく投資の結果報告が上がる頃合いですわね。ああ、楽しみですわぁ~~!」


 恍惚とした表情で自分が勝利する未来を確信するマモン。その時、マルファスが何かに気付き、かろうじて残っていた執事服のポケットから携帯端末を取り出し、目を通した。見る見るうちに彼女の目が驚愕に見開かれ、その体が震え始める。そして、即座に主へ報告する。


「お嬢様、大変です!」

「マル、投資の結果報告が来たのですね? さあ! それでは報告を聞こうかしら? このわたくしが! 陽月島の支配者となる勝利確定の報告を!」


 勝利を確信した様子で上機嫌な声を上げるマモン。するとマルファスは一度深呼吸を挟み、叫んだ。




「 破 産 で す ! 」




「……………………はい?」


 マモンが間抜けな声を上げる。一度呼吸を整え、マモンはマルファスに問いかけた。


「こ、こんな時に冗談は感心しませんわね。笑って許しますからもう一度報告を聞かせていただけるかしら? パードゥン?」

「ですから! 破産です! は・さ・ん! 英語で言うとバンクラプトゥシィ!」


 裏返り気味の声で再度報告を求めるマモン。しかしマルファスはそれを一刀両断した。そしてマルファスは内容の報告に移る。


「全てがマイナスに転じています! FX、投資、資産運用、株、サッカーくじエトセトラ……お嬢様が手を出していた事業、ギャンブル全て、FX、株の大暴落、企業の不正や違法取引による倒産、宝くじに至っては千枚分も購入したにもかかわらず、最下位の数字にかすってすらいませんでした! なんっ……でそこまで! 的確に大暴落を引き当てるんですかあなたはぁぁぁぁぁっ!」


 主の前にもかかわらず暴言を吐くマルファス。しかし当の本人にその言葉は届いていないようだった。だがしかし、マモンに変化が現れ始めた。

 みるみるうちにマモンの表情が変わっていく。目元が垂れ下がり、紫色の瞳から光が失われていく。口はいつしか半開きになり、「あびゃ~……」や「ぬ~~ね~~」といった意味不明な呟きが漏れ始めた。そして、今の彼女の表情を一言で言い表すなら、「『ぬ』と『ね』の区別がつかなさそうな顔」だった。


「そうだ! その顔だ! その顔が見たかった! 『FXで全財産溶かした人の顔』が!」


 その時、ルーシーが歓喜の表情で叫んだ。突然叫んだルーシーに統哉が驚き、目を丸くした。


「ど、どうしたんだよいきなり叫んで?」

「統哉! コレだよコレ! 私が見たかったのは!」

「え? 何の話だ?」

「ほら、先日話しただろう? 『FXで有り金全部溶かすヒトの顔が見たい』って」


 その時、統哉の脳裏にある光景が蘇ってきた。

 それは、ルーシーと一緒にセントラル街へ繰り出した時の事。


『……あー! FX! FX実況が見たい! いや、正確にはFXで有り金全部溶かすヒトの顔が見たい! あびゃーー!』

『いやさ、この前インターネット配信のアニメでFX――ガイコクカワセショウコキントリヒキ? の話があったんだけどさ、その時登場人物の一人がそのFXで有り金全部、それも相当な額を注ぎ込んだ末にそれをパーにしてしまったせいでこの世のものとは思えない凄い顔をしてたんだよ。だから私も、一度そんなそんな顔を拝んでみたいなーって思って』

『しいて言うならば、『ぬ』と『ね』の区別がつかなさそうな顔、と言った方がいいのかな……』


「……あれ伏線だったのかよ!」


 思わず統哉が叫ぶ。あの時何気なく交わしていた会話が今になって繋がってくるとは。


「ちょっと君が何を言っているのかわからないが……それに以前説明したよね? マモンは肝心なところでポカをかますって」


 その時、統哉の脳裏にある光景が蘇ってきた。

 それは、以前自室でインターネットで七大罪の事について調べていて、ルーシーから説明を受けた時の事。


『……ただな、いかんせんドジなんだ。肝心なところでポカをかますわ、己の優位にのぼせて、敵に逆転を許してしまったりと、結構自滅しやすいタイプだな』


「ああああ! あれも伏線だったのかよ!?」

「ちょっと君が以下略。しかし、流石はマモン。私達にできない事を平然とやってのけるね。そこにシビれる憧れる。でも真似はしたくないね。まあ私としては多少の誤差があったとはいえ、見たかった顔を見る事ができたからオッケー。そして……」


 相変わらず「FXで全財産溶かした人の顔」を披露しているマモンを見ながらルーシーが言う。


「あれぞまさしく、王者の破産……キングハサン!」

「るーるー、座布団いちま~い」

「ルーシー……この場合はキングじゃなくてクイーンじゃ……ぷぷっ」

「ちょ、ルーシー……誰が上手い事言えと……妬ましいわね座布団一枚……」


 マモンが破産した事をネタにするルーシーと、それがツボにはまってしまったらしい堕天使達。

 統哉がそんな彼女達に溜息をつきつつ、ふとマモンの方を見る。


「あ……あ……?」


 彼女はどうにか「FXで全財産溶かした人の顔」から復帰したが、受けた精神的ダメージは甚大なようで、焦点の合っていない目で譫言のように何かを呟くしかできない様子だ。

 気のせいかマモンの輪郭と、彼女の後ろの風景が歪んで見えた。「ぐにゃぁ」という擬音すら聞こえてきそうである。

 すると彼女は大きく胸を反らせて天を仰ぎ――


「くおえうえーーーーーーーーるえうおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 心からの絶叫を放った。その咆哮は辺りに大きく響き渡った。


「ウボァー!」


 そして、どこか気の抜けた声を最後にマモンはひび割れた床へ仰向けに倒れた。どうやら失神してしまったらしい。それを見たマルファスとハルファスが慌てて彼女の元へ駆け寄る。


「哀れすぎて、何も言えねえ」


 ルーシーが重い口調で、しかし愉悦に満ちた表情で呟いた。


「……あたし、こんなオチで終わるとは思わなかったけど……なんか、かわいそう……」

「い~んじゃな~い、えるえる~? インガオホーってやつだよ~」

「因果応報、ね。ま、終わりよければ全てよしってね。そろそろ帰りましょうよ」

「そうだな……あ、そうだ。今日の晩飯どうしようか……」

「統哉、君は相当疲れてるだろうし、今日は統哉奪還を記念してピザか寿司の出前頼もうぜ? もちろん、眞実も呼んでな」

「じゃあ、そうしようか……」


 口々に今後の事を言い、ひとまず帰ろうという方針が決まった統哉達は敢えてマモン達に何も告げず踵を返し、城塞を後にしようとした。

 ただ、統哉の中では何か後味の悪いものが残り、それが彼の神経をチリチリと刺激していた。


 その時、マモンが突然上体を起こした。そして、見えない糸に吊り上げられるように、妙に滑らかな動作で立ち上がった。やがて緩慢な動作で統哉達に顔を向けたが、その表情は無表情で、瞳からは光が失われ、目は血走っていた。

 マモンの動きに、側にいた従者達だけではなく、統哉達もそれに気付いて振り返った。


「……マモン?」


 彼女の様子に言いようのない違和感と不安を感じた統哉がおそるおそる声をかける。


「……あっ、あっ、あっ……あ゛ーあっあっあっ! あ゛ーあっあっあっ!」


 突如、哄笑を放ったマモンに、その場にいた全員が異様さを感じ取り、無意識のうちに身構えた。


「くけけけけ! 終わりですわ! 何もかも! わたくしが積み上げてきた巨万の富が! ほんの一瞬で無に帰したのですわ!」


 そう叫ぶと、マモンはゆっくりと統哉達を眺め、呟いた。


「もう、わたくしには何もありませんわ……だから……」


 ゾッとするような声色で、マモンは言葉を紡いだ。


「もう何もかも、消えてシマエバイイノデスワ! イイエ! ワタクシガ全テ抹消シテアゲマスワ! アナタ達モ! ソシテ、ワタクシモッ! ア”ーアッアッアッ!」


 直後、マモンに異変が起きた。マモンの全身から黒い靄のようなものが溢れ出し、マモンを包み込んでいく。そして、靄の中からゴキゴキ、バキバキという悍ましい不協和音が響き、音がするにつれ、靄がどんどん面積を増していく。

 いつしか靄は、巨大な漆黒の卵の形へと変わっていた。目の前で繰り広げられる異様な光景に誰一人として身動きできないでいた。

 その時、卵にひびが入り、みるみるうちにそれが広がっていく。


 そして、卵が割れた。


 そこには、双頭を持ち、あちこちに曲げられたような、奇妙な形の翼を持つ漆黒の巨大な烏の姿があった。

 生まれたばかりの異形の烏は、地獄の底から響いてくるような悍ましい鳴き声を上げた。

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