Chapter 9:Part 28 からすのなく頃に・種明かし編(2)
それからルーシーはレヴィに手伝ってもらいながら、眞実をレヴィに仕立て上げる作業を行っていた。
「ウィッグ、カラコン、その他諸々………………これをこうして~、アレをナニして~、ちょちょいのちょい~っと…………よし完璧! すげーレヴィだよコレ! レヴィそのもの! さてレヴィ、次は君の服を貸してくれ」
「やたらハイテンションねアンタ……まあいいわ。はい、これが服ね……………………どう、眞実? サイズは大丈夫?」
「大丈夫、なんですけど……ただ……」
「ただ?」
「……少し、胸がきついです」
「……妬ましい」
それからしばらくして。
「――完成! いーじゃん! いーじゃん! すげーじゃん!」
「嘘でしょ……アタシと全く同じ顔、格好……妬ましいくらい同じね……」
快哉を叫ぶルーシーと、妬ましげに爪を噛むレヴィ。二人の視線の先には姿見の前に立つ眞実。だがその姿は、レヴィとまったく一緒だった。
「……凄いです。これ、本当に私ですか? まるで別人みたいです」
驚きで目を見開くレヴィの姿をした眞実にルーシーは鷹揚に頷き、眞実に小さな箱を手渡した。ルーシーに促されて眞実が箱を開けてみると、中には青い石がついたチョーカーが入っていた。
「これは?」
「Abaddon.comで購入した魔界製チョーカー型ボイスチェンジャーだ。これを付けておけばレヴィと全く同じ声が出せる。早速試してみるかい?」
ルーシーに尋ねられ、眞実は早速チョーカーを首に巻き、言葉を出してみる。
「……えー、マイクテストマイクテスト、本日は晴天なり晴天なり……本当にレヴィさんと同じ声ですね、これ」
「自分で自分の声を聞くのも奇妙な感じだけどね」
自分の声がレヴィと同じ声になっている事に眞実はさらに驚き、レヴィは肩を竦めながらその様子を眺めている。それを見たルーシーは満足そうに頷き、レヴィに言った。
「セッティングはオーケー。あ、そうだ眞実、今夜は申し訳ないけどこの格好のままの格好でいてくれよ。化粧や身支度については明日の朝レヴィが手伝ってくれる。ところでレヴィ、君のバイト先には?」
「最初は黙ってすり替わっておこうと思ったんだけど、色々と後味が悪いから店長に『友達の命がかかっている』って伝えたわ。もちろん、臨時の代理がいる事も伝えてね」
「立案者の私が言うのもなんだが、よくOK出してくれたな。普通は無理だろうに」
「アンタが先に無茶ぶりしておいてよく言うわよ。それにしてもアタシもビックリよ。『仕事のフォローはこっちで上手くやるから君は早く友人を助けに行ってあげてくれ』ってサムズアップされたわ。今時あんなに熱い人間もいたのね」
二人のやりとりを聞き、眞実は驚き半分、呆れ半分といった表情で言った。
「……今更ですが、本当に無茶苦茶やるんですね、堕天使さんって」
「そうとも。非常識、無常識こそが私達の常識さ」
「無理を通して道理を蹴飛ばす、それがアタシ達堕天使のやり方よ」
ニヤリと笑ってみせるルーシーとレヴィに、眞実は引きつった笑いを返すしかできなかった。
「……で、それからアタシは眞実にバイトの手順を教えてたのよ」
「……それ、コンプライアンス違反じゃないのか?」
「こまけぇこたぁいいのよ統哉。こちとらアンタを助けるって大義名分があったんだから」
「はあ……それにしてもルーシー、よくそんなぶっ飛んだアイデア思いついたな」
「眞実の背格好がレヴィに近かったのが幸いした。後はカリスマメーキャップアーティストの出番ってわけさ」
そう言うとルーシーはどこからともなくメイク道具を両手に持ち、ドヤ顔してみせる。それを見た統哉は無言でこめかみを押さえた。
「今頃眞実はレヴィと同じ姿でアルバイトに勤しんでいる頃だろうさ」
「もしバレたらどうするつもりだったんだ? 特にマモンの従者や使い魔が眞実に危害を加えたら……」
穏やかではないルーシーの言葉に統哉が不安そうな声を上げる。しかしルーシーは彼をを宥めながら笑ってみせた。
「まあまあ、心配しなさんな統哉。それを見越して私はAbaddon.comのシークレットサービスを手配しておいた。いわゆるボディーガードだ」
「シークレットサービス?」
「そう。璃遠の使い魔にイナゴの護衛をね。もちろん眞実に危害が及ぶ前に敵を事前に排除するよう頼んであるし、彼女がそれに気付く事もない。費用はそれなりにかかるが実績は折り紙付きだぜ」
「そ、そうなのか……」
ルーシーの言葉に統哉は安堵する様子を見せた。一方、マルファスとハルファスはルーシーの言葉に色をなしていた。
「あの方は! お嬢様に協力しておきながらあなた達にまで協力するとは!」
「そうまでして利益を上げたいんですかあのイナゴ女!」
「そうだよ? だって彼女は堕天使ではなく、悪魔だからな。セールスを行うに値する相手ならば、助力を請われりゃどちらの陣営にもセールスを行う。それがアバドンだ」
色をなす二人に対し、ルーシーは何て事ないように言ってのけてみせる。そんな彼女にハルファスとマルファスは何も言えなくなってしまう。
一方統哉は一枚岩ではない堕天使の事情と悪魔の事情を垣間見てしまった事に若干引いていた。
「さて、とりあえずはレヴィがここにいる事のからくりについて種明かしが終わったわけだが、次はレヴィがどうやって統哉を救出できたかについてだ」
「でも、統哉さんのお部屋は正面の扉しか出入り口がないし、お嬢様やマルちゃん、私でないと鍵を開けられない構造ですよ? それにそもそもお部屋の前ではお嬢様とルシフェル様が戦っていたんですよね? 一体どうやってレヴィアタン様はお部屋に入って統哉さんを連れ出したんです?」
マルファスの疑問にルーシーは不敵な笑みを浮かべた。
「いつから部屋の入り口が正面の扉だけだと錯覚していた? レヴィは扉から入ったのではない。水道管から部屋に入ったのだ」
「なん……ですと……」
ルーシーの口から告げられた真実にハルファスは愕然とし、他の者にもどよめきが走る。
それは、ルーシーがマモンと激闘を繰り広げていた時にまで遡る。
「念のため、アレを持っておいた方がいいのか……?」
堅く閉ざされた扉の向こうで、ルーシーが何かろくでもない事をやっていると直感した統哉は部屋の片隅に立てかけておいた物――ハリセンに目をやり、しばしの逡巡の後、念のためにハリセンを持っておこうと思い立ち、数歩歩く。その時、彼は何かを感じ取り、振り返った。そこには――
「まったく、人間一人にあてがうには妬ましいくらいに豪華なお部屋ね。しかも温泉までついてるなんて最高じゃないの。ああ妬ましい」
スイートルームを見渡しつつ、不機嫌そうな様子で爪を噛むレヴィ・コーラルの姿があった。
「れ、レヴィ!? どうして……」
予想外の訪問者に統哉は思わず大きな声を上げそうになる。しかしそれよりも速くレヴィが統哉の側まで接近し、人差し指を彼の口に当て、小声で言った。
「しーっ……大声は出さないで。敵に気取られたら全部水の泡よ」
真剣な様子のレヴィに統哉は何かを察したのか首を一度縦に振った。それを見たレヴィは指を口から離す。
「アンタを助けに来たわ。ルーシー達がマモン達の注意を引きつけてくれている隙にさっさとここからずらかるわよ」
突然の言葉に統哉は目を見開き、レヴィに尋ねた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。色々聞きたい事はあるけど、まずどうやってここから逃げるんだよ? 外はルーシーとマモンが戦っているし、ここは地上七〇階、いくら<天士>でも飛び降りたら死ぬ高さじゃないか?」
焦る統哉にレヴィは不敵な笑みを浮かべた。
「凡人の発想ね、八神統哉。まあどうするかは見ればわかるわ。ついてらっしゃい」
そう言ってレヴィは踵を返し、何故か大浴場まで歩いていく。それを見た統哉は慌てて彼女の後についていく。一瞬、ハリセンを持って行った方がいいかと思い、その方を見たが、今はそれどころではないと思い直し、レヴィの後を追う。そして二人は大浴場の湯船の側まで来た。
「統哉、アタシの手を握って。……あ! べ、別に変な意味じゃないからね!?」
「……何も言ってないよ」
そんなやりとりをしながら、統哉は言われた通りレヴィの手を握った。するとレヴィは統哉の手に力をこめた。そして――
「統哉、アタシの手を絶対離さないで。一気に行くわよ!」
どういう事だ、と統哉が聞き返そうとしたその時、レヴィの体が透明な液体状に変化していく。
統哉が驚いた次の瞬間、レヴィと統哉の手が繋がっているところが液体状に変化し始めた。彼が驚愕のあまり絶句する間に、統哉の体も透明な液体状に変化していた。
するとレヴィは統哉を引っぱり(液体状に変化しているのにそう表現するのもどうかとは思うが)、カラスの頭を模した噴水口に飛び込んだ。
「――それから液体に変化したアタシと統哉はこのホテルに張り巡らされている水道管を一気に通り抜けて、一階までたどり着いたのよ」
「……自分の体が液体に変化するって、ああいう感じなんだな。あれはなかなかできない体験だったよ」
「昔のテレビですか!? 郵便ポストに潜り込み、水道ガス管通り抜けってやつ!」
「……そのネタ、今わかる人いる?」
得意げに語るレヴィに、統哉はどこか遠くを見ながら苦笑する。そして破天荒な脱出方法を昔のテレビ番組に例えるハルファスに統哉はツッコミを入れた。
「事前に眞実と入れ替わってもらっていたレヴィにはホテルから離れた水路に待機してもらって、ドンパチが始まった頃に水路からホテルの水道に侵入、統哉のいる部屋まで昇ってもらっていたわけさ。で、統哉を救出次第、統哉と一緒に水道管を通って一階まで下ってもらっていたんだ。いやいや、多少のイレギュラーはあったがここまで上手くいくと自分で自分を褒めてあげたくなるね」
ドヤ顔で説明するルーシー。
「まあ、一階に着くや否や上から建材と岩塊とルーシーが降ってきた時は流石に度肝を抜かれたけどな」
「咄嗟にアタシがルーシーの落下地点まで向かって受け止めたおかげで、ルーシーもあの高さから地面に叩きつけられるのを免れたのよ」
「……まさか、ここまで想定していたというのですか?」
統哉とレヴィの話に割って入ったのはマルファスだ。するとルーシーはサムズアップして答えた。
「モチのロ~ン! このルーシーは何から何まで計算づくだぜ(本当は違うけどマモンが悔しがるならこう言ってやるぜ! ケッ!)!」
「嘘おっしゃい! 落下してきたアンタがアタシ達の近くだったのだって、全くの偶然だったでしょう!? もうちょっと位置がずれていたらアンタ死んでたわよ! それにアンタ、アタシに受け止められた時『溺れる! 溺れる!』って一人で大パニックに陥ってたじゃない! それをアタシと統哉が必死に止めてあげた事を棚に上げて、『本当は違うけどマモンが悔しがるならこう言ってやるぜ! ケッ!』なんて思ってたでしょ! 妬ましい!」
「しぃぃぃぃっ! バラすなよレヴィ! ていうかなんで私が考えてた事までバレてるんだい!?」
「アンタだからよ!」
「それはともかく結果オーライだろう! マモンの奴に勝利を確信していると思わせておいてからの不意打ちキックは正直ザマミロ&スカッとサワヤカの笑いが出たよ!」
言い合っている二人を横目に、統哉は軽い溜息をついた。すると、エルゼがガックリと肩を落として言った。
「はあ~……あたし達はダシにされたって事かぁ~……あんなに死ぬような思いしたのに~……」
「むぅ~、そういう作戦ならそう言ってくれればいいのに~」
アスカがむくれながら抗議する。するとルーシーとレヴィは言い合いをやめ、二人に向き直った。
「エルゼ、アスカ、すまなかった。だが、そうでもしないと今回の作戦は上手く行かなかったんだ。『敵を欺くにはまず味方から』ってね」
「アタシも悪かったわ。今回の作戦を成功させるためとはいえ、冷たい態度をとって、ごめんなさい」
ルーシーとレヴィが二人に謝罪する。すると二人は苦笑いを浮かべた。
「……まあ、統哉君も救出できたんだし、結果オーライかな?」
「終わりよければ全てよし、ってね~」
「終わりだって? 違うなアスカ、まだパーティーは終わっていないぞ――さて、諸君」
パーティーは終わっていない? 一体どういう事なのか。アスカがルーシーの言葉に疑問を抱いた時、ルーシーが声を上げた。全員の注目が集まる。
「今回の種明かしは大体終わったけれど、まだとっておきのサプライズが残っているんだよね……ド派手な花火を上げるっていうサプライズがさ」
「さぷらいず? はなび?」
ルーシーの突然の宣言にアスカが首を傾げる。そんな彼女をよそに、ルーシーは芝居がかった動作で言葉を紡ぐ。それはさながら、舞台で名演技を演じる女優のようだった。
「私さ、ずっと思っていたんだよ。前々からこんなに豪華なビル、壊したらどんなに綺麗かと気になっていたんだよね……というわけでね、マモンには悪いが、派手に壊してしまおう」
ルーシーの爆弾発言に一同がポカンとしている中、彼女は握り拳を前に突き出した。
「統哉、ちょっと私の手に君の手を重ねてくれる?」
「いいけど……えーと、こんな感じでいいのか?」
「ん、オッケー」
ルーシーに促され、統哉は何気なく彼女の手に自分の手を重ねた。するとルーシーは一呼吸置き、高らかに、かつ厳かに宣言した。
「バ○ス」
「おいやめろ馬鹿!?」
統哉の悲鳴じみた叫び声と同時、側にいたレヴィがいつの間にか手の中に隠し持っていたリモコンのスイッチを押し込む。一瞬の間の後――
ホテルが爆発した。
「それが堕天使のやる事かああああっ!?」
「堕天使だから! やるんだろ!」
崩壊していくホテルに、統哉のもはや断末魔といっていい絶叫と、それに応えるルーシーの絶叫が響きわたった。




