Chapter 9:Part 27 からすのなく頃に・種明かし編(1)
「まず、何故レヴィがここにいるのかについて解き明かしていこうか」
ルーシーの言葉にその場にいた全員は静かに耳を傾けている。
「先ほど、そこのマルファスが『レヴィは海の家のアルバイトに出ている』と言っていたな」
「そうです、私が朝に使い魔を出して、その報告によればレヴィアタン様がアルバイトに出勤した姿を見たと誰もが証言しています。背格好、そして魔力反応も間違いなくレヴィアタン様のものでした!」
ルーシーの言葉にマルファスが答える。するとルーシーは口元を吊り上げてみせた。
「ところがなー、そうじゃなかったんだよなー。実はアレ、偽者だったんだよ」
ルーシーの思いがけない発言に、レヴィ以外のその場にいた全員がざわめく。
「じゃあアレは誰だったのかって? その正体は、この子さ」
ざわめく一同を見渡した後、ルーシーはどこからともなく一枚の写真を取り出し、掲げてみせた。その写真に写っていた人物は――
「あれ? まみまみ~?」
アスカが首を傾げながら声を上げる。そう、その写真に写っていたのは統哉の後輩、瀬籐眞実その人であった。
「その通り。今回統哉の救出作戦を成功させるため、眞実にも協力してもらった」
「眞実ちゃんにもって、一体どうやって?」
「それはな……」
首を傾げるエルゼの問いに、ルーシーは話り始めた。
時はルーシー達がマモンの<城塞>に突入する前日、ルーシーが眞実を伴って海の家「潮彩」を訪れたところまで遡る。
『――というわけで、統哉、マモンにさらわれた。レヴィ、手を貸してもらいたい。なお、このメッセージは自動的に消滅する』
「なるほどね、大体わかったわ。でもどうしてテーブルに指を走らせた筆談って形で説明してるのよ。それにそのネタ、今どれぐらいの人がわかると思ってるのよ妬ましい」
筆談で説明するルーシーにレヴィは何かを察したのか超小声で尋ねる。するとルーシーは口では取り留めのない話をしつつも、筆談によって答えていた。
『近く、マモンの部下。作戦聞かれたらやばい。レヴィ、話をするふりをしてどうにか私と話し合え。でも、口では断るように言ってくれ』
それを見たレヴィは一瞬何かを考える素振りを見せ、指先でテーブルを叩き始めた。一見すると苛立った人間が机を指先で叩く動作だが、ルーシーは何かしらのリズムを刻むかのように叩いている事を見抜いた。
『これでいい?』
『モールス信号か、なるほどな』
それを皮切りに、ルーシーとレヴィは作戦を練り始めた。ルーシーはテーブルに筆談という形で、レヴィは指先でテーブルを叩くモールス信号という形で。
「――というわけでね、私達はこうやって作戦を練っていたというわけさ。端から見れば、些細な口論をしている二人組にしか見えなかっただろうし、マルファスにも指の動きは互いにイライラしていたようにしか見えなかっただろうしね」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、ルーシーはマルファスを見やった。
「……その発想はありませんでした。私も想像力が足りなかったです」
諜報や暗殺を得意とするマルファスも、予想の斜め上を行くルーシーの行動に驚愕の表情を浮かべるしかできなかった。
「……いやいやいや、それはわかんないって」
統哉も思わず呟く。
「じゃあ~、るーるーとれびれび、それにまみまみはどんな作戦を考えてたの~? わたし、気になります~」
アスカの疑問に、統哉とエルゼも同調するかのように頷く。
「よろしい。では種明かしを続けようか」
『プランは?』
『私、アスカ、エルゼでカチコミかける。レヴィ、――から潜入』
『なるほど、――からはアタシしか入れないわね。プラン了解。場所は?』
『セントラルガイ・スゴイタカイホテル。結界があるから目立つ』
『ああ、あのデカいホテルね。統哉がいるのは?』
『マモンの性格、お宝大切、最上階』
『わかりやすいわね。タイミングは?』
『ホテルがドンパチ賑やか、ドッタンバッタン大騒ぎになったらだ』
『一番いいタイミングね、嫌いじゃないわ』
『統哉を助けるヒロイン役。一番美味しい役』
『俄然燃えてきたわ。やってやろうじゃない。でも、バイト先はどうするの? アタシがいない事に敵は必ず気付くわ』
『大丈夫だ、問題ない。眞実、代役』
『どうすんのよ!? それ絶対バレる奴!』
『私にいい考えがある』
『それ失敗する奴よね!?』
それからルーシーは口で根気強くレヴィを説得し、時には賺し、さらには懐柔しつつ、指を忙しなく走らせながら作戦の相談を行い、レヴィも受け答えしつつもモールス信号によって作戦に対する意見を出していった。
そして交渉が決裂すると、ルーシーは不機嫌そうな様子で「潮彩」を立ち去った。眞実、そして監視していたマルファスの目には交渉が失敗に終わったように映っていたようだが、実際は成功していたのだ。
その後、八神家に帰ってきたルーシーは眞実を自分の部屋に招いた。
眞実はルーシーの部屋について統哉から話を聞いていたが、実際に目の当たりにした彼女は緊張するばかりだった。
しかしルーシーからソファに座るよう促された後、紅茶を振る舞われ、彼女特有のフランクな接し方に緊張感は次第に解れていった。
眞実の緊張感が解れたのを見計らい、ルーシーは眞実に切り出した。
「眞実、統哉を助けるために君の助けが必要だ。君の力を貸してほしい」
突然の事に眞実は驚き、目を見開いたが、やがておそるおそるといった様子で尋ねた。
「……ルーシーさん、私は何をすればいいんですか?」
「ああ、そう身構えないでくれ。私は別に君にも戦ってくれと言うわけじゃないんだ。ただ、レヴィのフリをしてほしいんだ」
「どういう、事ですか?」
ルーシーの発言が理解できないという様子で、ソファから身を乗り出す眞実。
「質問を質問で返して申し訳ないが、眞実、君は接客業の経験はあるかい? アルバイト経験で構わないが」
「はい? ……はい、高校生の時にファミレスでアルバイトしてた事なら……」
突然のルーシーの質問に眞実は首を傾げながら答える。するとルーシーは指をパチンと鳴らして笑った。
「グッド……いや、マーベラス! 実に素晴らしい! これで作戦の成功確率はさらに高まった!」
一人喜ぶルーシーに眞実はさらに首を傾げる。と、ルーシーは我に返り、眞実に向き直った。
「ああ、すまないな眞実。では、作戦を説明する」
もったい付けるようにルーシーは一度咳払いをし、口を開いた。
「眞実、君にはレヴィに変装して海の家のアルバイトをやってもらいたい」
「あ、アルバイト? どういう事ですか?」
突拍子もないルーシーの言葉に眞実も突拍子もない言葉で返してしまう。そんな眞実をよそにルーシーは説明する。
「眞実、君とレヴィは背格好がそっくりだ。なのでちょちょちょちょちょーいと細工すれば君をレヴィそっくりに仕立て上げる事ができる」
「は、はあ」
「そこで、今夜レヴィのアパートに行って準備をしたい。いいか?」
「は、はい。大丈夫です」
「よろしい。では、今夜な」
そして、その夜遅く。
ルーシーは眞実を伴い、レヴィが住むアパートを尋ねていた。インターフォンを事前に決めていたリズムで押すと、レヴィが顔を出した。ルーシーと眞実をそれぞれ素早く一瞥するとレヴィは二人を手招きした。
「お邪魔しまーす」
「し、失礼します」
軽いノリで部屋に上がるルーシーと恐縮した様子で部屋に上がる眞実。
レヴィの部屋は一見すると普通のアパートだが、あちこちにぬいぐるみやファンシーグッズ、貝殻、金魚鉢の中に海中を再現したインテリアなど、レヴィの可愛らしい一面や海が好きな一面が垣間見えた。
「いいセンスだな」
「……うっさい」
純粋に褒めたルーシーの言葉にレヴィは照れながらそっぽを向いた。
「さて、それじゃあ作戦説明だな」
ルーシーの言葉に、レヴィは部屋の中央にあるテーブルを示し、二人に座るよう促した。そして部屋の冷蔵庫から麦茶を取りだし、コップに注いで二人に差し出した。
レヴィに礼を言い、ルーシーは麦茶を軽く飲む。口内が潤ったところで口を開く。
「それじゃあ作戦説明。敵の目を欺くため、眞実をレヴィに変装させ、彼女をレヴィの代わりにしてアルバイトへ出てもらう。その間、レヴィは統哉救出の別働隊として動いてもらう」
「ちょっと待ってよルーシー。眞実をアタシに変装させるのはわかったわ。でも外見だけで敵の目をごまかせるの? 確かに眞実は魔力はあるけれど、アタシのとは明らかに違ってるじゃない。魔力の質で見破られたらおしまいよ」
「心配ご無用。レヴィ、君の楯鱗を少し分けてくれ」
「楯鱗を? なんでよ?」
「君の楯鱗なら、君自身の魔力がこもっているだろう。発現させる時に魔力を強くこめておけば、君の魔力で眞実の魔力を覆い隠せるだろ?」
「なるほどね。じゃあ早速」
そう言うとレヴィは右腕を上げ、魔力を集中させる。すると、右腕が蒼い光に覆われ、白い肌が見る見るうちに青黒い甲殻のように変化していき、楯鱗に覆われた。すると――
「ちょっとくすぐったいぞ? 何、痛みは一瞬だ」
「へ?」
ぶちぃ。
突然声をかけてきたルーシーに、レヴィは思わず間抜けな声を上げる。そんな彼女を無視し、ルーシーは右腕の楯鱗に手を伸ばすと、その一部を掴み、無造作に毟り取った。
「あっっしまああがああーーっ!?」
「レヴィさーん!?」
奇妙な悲鳴を上げ、床をゴロゴロと転がるレヴィ。その様子を心配した真美が彼女の元へ駆け寄る。
そんな二人をよそにルーシーはレヴィから毟りたてホヤホヤ、掌大の楯鱗をためつすがめつ眺め、満足そうに頷いた。
「うむ、これならいけるな」
「アンタねぇ、何気にやってるけど結構痛いのよコレ!? まるで治ってる途中の大きな瘡蓋を毟り取られたような痛みなんだけど!?」
涙目で抗議するレヴィを無視し、ルーシーは楯鱗を眞実に手渡した。
「眞実、明日はこれを肌身離さずに持っておくんだ。そうすれば、鱗から放たれているレヴィの魔力が君の魔力を覆い隠してくれる。あとは――」
「あとは?」
「いきなりで悪いんだが、君をレヴィに変装させなければならない。というわけで、ちょっとシャワー浴びてきてくれない? 変装させるのに一旦綺麗さっぱりにしなくちゃな」
「はあ……」
首を傾げながら眞実はシャワーを浴びに向かった。それを見届けたルーシーは未だに床をゴロゴロと転がっているレヴィに声をかけた。
「レヴィ、あんまり騒いでいるとお隣さんに迷惑だぞ」
「アンタがやったんでしょ!? ……まあ隣は空き部屋だからよかったけど」
涙目になりながらもどうにか起き上がったレヴィ。楯鱗をひっぺがされた箇所は既に再生が完了していた。彼女は再生が完了した事を確認すると、その箇所を丁寧に撫でていた。そしてそれを見たルーシーは肩を竦めた。
しばらくして眞実がシャワーから戻り、ルーシーはバスタオル一枚の眞実を椅子に座らせ、テンション高く宣言した。
「これから君をレヴィ色に染め上げてみせよう……ルーシー流奥義! アルティメット・メイクアーップ! さあ、ショータイムだ!」




