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Chapter 9:Part 25 モンクは素手で十分(例外あり)

 ルーシーとマモンとの戦いが始まって十分。

 マモンが手にした大烏の嘴(レイヴンズ・ビーク)から放たれた金色の魔力弾をルーシーは手にしていた盾で防ぐ。しかし魔力弾は盾を発泡スチロールのように粉砕する。このままでは直撃すると悟ったルーシーは咄嗟に魔力を腕に纏わせ、光弾を防御した。しかし攻撃の余波は強く、ルーシーの体は吹き飛ばされ、ダンスホールの床を転がる。

 彼女の周囲には、ダンスホールの壁にかけられていた長剣、短剣、日本刀、斧、槍、大槌など、様々な武器の残骸が転がっていた。

 マモンは手にした<大烏の嘴>を軽く振るい、そして優雅な所作で髪を払った。


「……無様ですわね」


 ぼそりと呟くマモン。しかし愉悦感を抑えきれなくなったのか、やがて高らかに笑い出した。


「……無様! 何たる無様! あのルシフェルさんともあろう方がまともに武器を使えもせず、何度もわたくしの前で膝をついている! もはや無様を通り越して憐れみすら感じますわ! あ゛ーあっあっあっあっあ!」


 烏に高笑いをさせたような発音で高笑いするマモン。しかしルーシーはそれを意に介する事なく立ち上がる。復元されていたゴシックドレスは何度も挑みかかる度にマモンに弾き飛ばされたためあちこちが汚れ、破れている。


「……まだだ、まだ終わらんよ!」


 金色の瞳に尽きぬ闘志を宿し、ルーシーは荒い息をつきながらもマモンを見据え、身構える。それを見たマモンは理解できないといった様子で首を数度横に振った。


「どうしてですの、ルシフェルさん? 何故諦めませんの? ここにあった武器は紛れもない実物でしたが、まさか貴女はそれらを使って本気でわたくしを倒せると思っていましたの? あの武器はいわば貴女に有利になる条件を与えると見せかけて、わたくしが愉しむための嫌がらせだったのですよ?」


 するとルーシーはニヤリと笑って言った。


「……知ってたさ。だがなマモン、世の中万が一という事だってあるんだぜ? その万が一で君を倒せるなら最高じゃないか。……さあ、続けようぜ? まだ私のバトルフェイズは終了してないぜ!」


 不敵な笑みを浮かべたまま、戦闘続行を表明したルーシーにマモンは首を傾げてみせる。


「……貴女、吹き飛ばされすぎて頭を打ったのではなくて? もうここの武器は全て破壊されてますわよ?」

「あるさっ! ここにひとつな!」


 そう言ってルーシーはどこからともなく宝石と懐中電灯、そしてガムテープを取り出した。


「これはさっき私がそこで拝借した物なんだがね」

「いつの間に……盗人猛々しいとはこの事ですわね。しかし、そんなものでどうしようというのかしら?」

「こうするのさ!」


 叫ぶや否や、ルーシーは懐中電灯のガラス部分に宝石を乗せ、それを素早くガムテープで何重に巻き、固定した。

 そして宝石が固定された事を確認して満足そうに頷くと、懐中電灯のスイッチを入れた。

 ぴしゅいぃ。

 そんな擬音と共に、懐中電灯に固定した宝石から光の刃が生じた。ちなみにピンク色。まるで某宇宙戦争に登場する武器だ。ルーシーがそれを振るう度にぶぉん、ぶぉんという音が立つ。


「腐った俗欲社会(ハキダメ)に降り立ち、純情可憐な華一輪! 家畜(ブタ)の群れを殺めてくれよう! 教育的指導(ヘッドマスター)促進委員会会長(ニートガール)・ルーシー・ヴェルトール・サバイブ! 今宵のライトセ……じゃなかった、レーザーソードは血に飢えているぜ!」


 ルーシーは高らかにヒーローめいた(?)口上を述べ、レーザーソードを構える。それを見たマモンはわなわなと体を振るわせて叫んだ。


「――――なんでやねん!」




 一方、ルーシーとマモンの戦闘が始まった事を統哉は扉の向こうから感じる気配と戦闘による振動によって感じ取っていた。統哉は強い胸騒ぎを感じ、忙しなく部屋の中を歩き回る。戦闘の様子はわからないが、統哉にしてみればルーシーの事が気がかりなのは当然の事だった。


「……あ、ああああああああっ!」

 突然、統哉が叫んだ。慌てた様子で部屋の入口にある閉ざされた扉に駆け寄り、両拳を握り締め扉を何度も叩く。しかし扉はびくともしない。


「ああああ……ルーシーがすぐそこにいるのがわかるけど、あいつ絶対ロクな事してない……! なんかそういう確信が扉の向こうから伝わってくる! つ、ツッコミてぇぇぇぇっ……! くそぉぉっ……!」


 統哉は扉を握り拳で叩き、唸るしかできなかった。




「でーんでーんでーんでんででーんでんででーん♪ でーんでーんでーんでんででーんでんででーん♪」


 どこぞの暗黒卿が登場する時に流れるBGMを口ずさみながら、ルーシーは舞うような動きでレーザーソードを振り回す。先ほどまで他の武器を振るっていたのが嘘のように、ルーシーは華麗な剣捌きを見せ、レーザーソードは振るわれる度にぶぉんぶぉんと独特の音を上げる。

 一方マモンは先ほどまでの余裕から一変、<大烏の嘴>でレーザーソードを防ぐばかりになっていた。

 しばらく切り結んだ後、マモンは爪先で軽くルーシーの腹を蹴り、一瞬の隙にバックステップで大きく距離をとった。そして、焦りと怒りをその美しい顔に浮かべ、一気にまくし立てた。


「ちょお待てや! おかしいやないかいあんた!? どこをどうやったら懐中電灯と宝石とガムテープでレーザーソードができるんや!? ていうかそもそもあんた、『武器を使うのは苦手』とか言うときながら、普通に使いこなしとるやんけ!」


 崩された体勢を即座に整え直したルーシーは、突然のマモンの豹変ぶりに目を丸くする。


「あ、ああ、そこは『やってできない事はない精神』だな。しかしいきなりどうしたね、君? 君って関西弁喋るようなキャラだったっけ?」


 するとマモンはハッと我に返り、頬を赤く染め、慌てて咳払いをした。


「…………失礼いたしました。わたくし、前の世界でお金儲けのイロハを学ぶためにしばらく関西に滞在していた事がありますの。そうしたらいつの間にか関西弁が移ってしまいまして……普段は抑えているのですが、今回のように思いがけない事があるとこう、つい、ですわね」

「お、おう」


 マモンとの付き合いが長い自分も知らなかった事実を知り、ルーシーは曖昧な返事を返すしかできなかった。


「話が逸れてしまいましたわね。ですがそろそろ終わりにさせていただきましょうか?」


 ガァガァガァガァガァガァガァガァ!


 突如、ダンスホール内に響いた大音響にルーシーは周囲を見回す。彼女の視線の先には――


 ガァガァガァガァガァガァガァガァ!


 いつの間にいたのか、夥しい数のカラスが、ダンスホールのありとあらゆる角度からルーシーを取り囲んでいた。


「ゲェーッ! このカラス達は……!」


 ルーシーの頬を冷や汗が伝う。血のような紅い瞳と黒曜石を思わせる漆黒の体、そして魔力を持つカラス、それは以前自分に群をなして襲いかかり、重傷を負わせたマモンの使い魔である魔界ガラスだった。ルーシーの焦る様子にマモンがニヤリと笑う。


「その通り。先日貴女をズタボロにしたわたくしの使い魔達ですわ。この子達も久方ぶりの上質な獲物の味を忘れられなかったようで、再びその血肉を啄む事ができるのを心待ちにしていましてよ!」


 マモンはそう言うと、軽く手を上げる。


「さて、貴女に言った台詞をもう一度言わせていただきますわ――貴女はチェスや将棋でいう『詰み(チェック・メイト)』にはまったのですわ!」


 言い放つや否や、マモンは上げていた手の指をパチンと鳴らした。

 直後、カラスの群れが耳を劈かんばかりの大音量で一斉に鳴き、ルーシーへ襲いかかった。

 ある者は口から光弾を放ち、またある者は猛スピードで飛びかかり、その鋭い嘴でルーシーを啄まんと襲いかかる。

 ルーシーはその場から動く事ができず、表情をひきつらせている。だが、その時――


「……なーんちゃって!」


 ひきつった表情から一変、とびきりゲスな笑いを浮かべ、ルーシーはカラスの包囲網の一角に突っ込んでいく。

 放たれた光弾をレーザーソードの一閃で切り払い、返す刃で複数のカラスを薙ぎ払う。

 そしてレーザーソードの間合いから離れていたカラスの首根っこを掴むと、カラスの群れの一角めがけて無造作に投げつける。

 勢いよく投擲されたカラスは衝突したカラスを巻き込み、黒い塵となって消滅する。

 カラス達が怯んだ一瞬の隙を突き、ルーシーはレーザーソードでカラス達を叩き斬る。

 すると突然ルーシーはレーザーソード、もとい懐中電灯のスイッチを切り、刃を消した。そして懐中電灯を天井高く放り投げた。

 ルーシーの行動にマモンをはじめ、カラス達も一瞬注意が懐中電灯に向く。その一瞬の隙を突き、ルーシーは再び手近にいたカラスを掴み、まるでヌンチャクのように、かつタオルのような気軽さで振り回した。

 ルーシーがカラスを振り回す度、彼女に襲いかかろうとしていた者、逃げようとしていた者、状況に対応できなかった者、そんなカラス達が強烈な衝撃を受けて次々に叩き落とされ、黒い塵へと変わっていく。僅か十数秒の間にルーシーを取り囲んでいたカラス達は全滅していた。


「あれだけいたわたくしの使い魔達が……!」

「やぁってやったぜ! この私に二度同じ手を使う事はすでに凡策なんだよ!」


 使い魔の全滅に狼狽えるマモン。その隙を突き、ルーシーはレーザーソードを構えて突撃する。


「……しかし! わたくしをなめないでいただきたいですわね!」


 だがマモンも負けてはいない。すぐに体に力を漲らせ、ルーシーを迎え撃つべく<大烏の嘴>を構え、突撃する。

 ルーシーの振るう光の刃とマモンが振るう漆黒の刃。二つの刃が交錯し、火花を散らし、ぶつかり合う度に甲高い音を立てる。

 その時、<大烏の嘴>の切っ先がルーシーの持つ懐中電灯に命中、ガラスとプラスチックが砕ける音が響く。武器を破壊された衝撃でルーシーの体が仰け反る。そこへマモンは地面を蹴った勢いで加速、勢いと体重が乗った飛び膝蹴りをルーシーの腹に叩き込んだ。

 大きな衝撃にルーシーの口の端から涎の滴が飛ぶ。次の瞬間、ルーシーの体は大きく後方へ吹き飛ばされた。その先にはダンスホールの壁。その勢いのまま壁に激突すれば流石のルーシーでも背骨が砕け散るほどの衝撃とダメージは免れないだろう。

 数秒先の勝利を確信し、マモンの口の端が吊り上がる。しかし、その表情はすぐに驚愕のものに変わった。

 何故なら、吹き飛ばされていくルーシーの顔は笑っていた(・・・・・)からだ。

 その時になってマモンはルーシーの狙いに気付いた。彼女に回避するか防御するか、一瞬の迷いが生じた。

 ほんの一瞬。だが、ルーシーにとってはその一瞬で十分だった。

 ルーシーは壁に激突する直前に空中で体を回転させ、壁に着地する体勢をとった。そして壁に着地するや否や、彼女は全身のバネをフル稼働させる。壁を全力で蹴り、弾丸の如き勢いでマモンに突撃していく。

 ルーシーが壁を蹴ると同時に、ダンスホールの壁に大きな蜘蛛の巣状のヒビが生じ、その衝撃のあまりホール内がビリビリと震える。

 あの速度だと回避は間に合わない。そう判断したマモンはとっさに<黒烏の嘴>で防御しようとする。しかし――


「なんとぉぉぉぉっ!」


 それよりも疾く、奇妙な叫び声と共に、吹き飛ばされた勢いと強靱な体のバネが合わさったルーシーのドロップキックがマモンの顔面に直撃した。

 その威力は凄まじく、マモンの顔面が陥没するほど、それも顔の造形が見えなくなるほどだった。

 直撃を受けたマモンは瞳の中で銀河が飛び散るのをはっきりと見た。彼女は顔面を襲った凄まじい衝撃と痛みに思わず<大烏の嘴>を取り落としつつ吹き飛び、そして仰向けに倒れた。


「またまたやらせていただきましたァン♪ そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやる……とまではいかなかったが、『前が見えねェ』な状態にまでは持って行けたかな」


 空中で一回転し、優雅な動作で着地したルーシーはニヤリと笑った。




 一方その頃。


「……まずいぞ、本当にまずい。ルーシーが心配だし、あいつの事だから絶対全力でふざけてるに違いない……早く何とかしないと……」


 痛み始めた頭を片手で押さえながら統哉は呟いた。あれから統哉は何度も扉を叩き、押したり引いたりを繰り返してみたものの、結局扉はビクともしなかった。

 すぐ近くにいるのに、文字通り大きな壁に遮られて声も手も届かない。統哉は自分の中でもどかしさがどんどん募っていくのを感じていた。


「念のため、アレを持っておいた方がいいのか……?」


 そう一人ごち、統哉は部屋の片隅に立てかけておいたアレ――ハリセンに目をやった。しばしの逡巡の後、念のためにハリセンを持っておこうと思い立ち、統哉は数歩歩く。その時、彼は何かを感じ取り、振り返った。

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