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Chapter 9:Part 24 傲慢は徒手にて死せず

 アスカとエルゼの二人が従者との死闘に打ち勝ったその頃、ルーシーも最上階に到達していた。彼女の目の前には次のフロアに通じる大きな扉がそびえ立っている。


「……やっと、着いたぁ……!」


 荒い息をつきながら呟くルーシーはボロボロだった。身に纏う漆黒のゴシックドレスはあちこちが破れ、白い素肌には大小様々な傷がつき、血が滲んでいる。

 しかし彼女は立ち止まるわけにはいかなかった。きっとこの先に、統哉がいる。そして、今回の騒動の元凶であるマモンも。

 ルーシーは表情を引き締め、覚悟を決めて扉を勢いよく蹴り開けた。


「懺悔の時間だオラァ! 来たぞマモン! 統哉を解放しろ! 君は完全に包囲されている!」


 啖呵を切って飛び込んだ先は、広いダンスホールだった。天井には巨大なシャンデリアが下がっており、ホールの床、柱、壁の各部に煌びやかな装飾が施されている。

 そして、ダンスホールの中央には、口元を愉悦に歪め、金色の髪を靡かせ、紫水晶を思わせる瞳でルーシーを見つめる人物――マモンが立っていた。


「ごきげんよう、ルシフェルさん。お待ちしておりましたわ」


 軽く挨拶したマモンは以前会った時と同じく、着物をモチーフとした、袖の長い黒のドレスを身に纏っている。そして彼女は口元を愉悦に歪めたまま、優雅な仕草で一礼した。


「改めまして、わたくしの城塞へようこそ。ここまでは楽しんでいただけたかしら?」

「もう帰る」


 マモンの問いかけにルーシーは真っ向から切り捨てた。するとマモンは心底残念そうな表情で言った。


「それは残念、しかし帰る人を無理に引き止めるのも気が引けてしまいますわ。では、入口までお送りいたしましょう」


 しばしの沈黙。すると突然マモンがまくし立てた。


「……って、お待ちなさいな! 貴女いきなり何を言い出しますの!? そこは普通『十分楽しんだ』や『全然楽しくない』と答えるところではありませんの!?」

「とか言いながらそんなノリツッコミを返す君も嫌いじゃない。さて……」


 そこで一旦言葉を切り、ルーシーは悪役の如き笑みを浮かべて言った。


「終点がダンスホールとは上出来じゃないか」

「ここがダンスホールですって? ここはお墓ですわ、貴女とわたくしの……と言いたいところですが、あいにく貴女だけの墓穴しか用意しておりませんの」

「ふっ、上手い事言うじゃないか」


 マモンの返しにルーシーはニヤリと笑った。


「しかし、正直言って意外でしたわ。わたくしの城塞であり、七〇階もあるこのホテルをこんな短時間で踏破してくるとは」

「何せ急いでいたからな。でも、私は急いでいたなりに結構楽しませてもらってたぜ? 君、テーマパークの設計もやってみたらいいんじゃないかな」

「結界二四層は?」

「蹴って殴ってぶち破った」

「魔力供給永久機関三基は?」

「車破壊のボーナスステージよろしく全部ぶっ壊した。スッとしたぜ」

「猟犬代わりの魔界カラスは?」

「私に二度も同じ手が通用すると思うな。全部叩き落とした」

「魍魎数十体は?」

「あんなクソザコナメクジ達、全部こね合わせて餅にしてやった」

「無数のトラップは?」

「全部きっちり回避してやった」

「廊下の一部を異界化させた空間は?」

「直感に頼って全速力で駆け抜けた。さあ次は一体どんなアトラクションで私を楽しませてくれるのかな? 言っておくが私はあんなんじゃ満足できないぜ!」


 ルーシーは遊園地を楽しむ子供のように表情を輝かせ、マモンの問いにスラスラと答えていく。そんな彼女にマモンは天を仰ぎ、呆れたような声で言った。


「……忘れてましたわ。貴女という方はこういったものを全力で楽しむ方だという事を。……しかし、もう貴女を楽しませる時間がありませんの。貴女の短い人生……いや、長い堕天使生もこれでタイムアップですわ」

「何を言っている。私のゴールは私が決める。誰かに決められるような生き方なんてまっぴらごめんだね。……じゃあ、そろそろ始めようか?」


 そう言うとルーシーは指をパチンと鳴らす。あっという間にボロボロだった漆黒のゴシックドレスが元通りに復元され、傷を負っていた肌も元通りに再生していく。その様を見てマモンは驚きと呆れが混じった声を出す。


「貴女、わたくしの城塞を駆け抜けてきて身だしなみを整える余裕があるんですの? 貴女の戦いぶりを見物させてもらっていましたが、かなりの力を使った様子。そんな今の貴女にわたくしと戦う余力があるのかしら?」

淑女(レイディ)なら正装するものさ。それに、君相手にはちょうどいいハンデだよ」


 不敵な笑みを浮かべ、ルーシーは答える。その言葉を聞いたマモンの眉が僅かに動いたのをルーシーは見逃さなかった。そして、ここぞとばかりに畳みかける。


「大体なんだよ? ネックレスもそうだけど何すか? あの髪型金髪にしてきて」

「あ゛? 貴女なんですの?」


 ルーシーの挑発にマモンが低い声で唸る。さらにルーシーは挑発する。


「見とけよ? 今日その金髪の頭な……」


 そこで一旦言葉を切り、ルーシーは人差し指をマモンに向け――


「刈りとってやるよ今日!」


 ルーシーが腰を低くし、身構える。対するマモンも右腕を上げ、眼前の空間から彼女の獲物――<大烏の嘴(レイヴンス・ビーク)>を取り出す。


Would you(わたくしと)like to dance(踊って) with me(いただけますか)!?」

「ハッ、最低でも二時間は踊ってもらうぜ!」


 言葉を交わし、両者は走り出した――。




 一方その頃。アスカはルーシーに追いつくために上階を目指していた。

 道中、アスカは各階で破壊されたトラップをいくつも見かけた。それはルーシーがどれだけ派手にフロア一つ一つを突破していったのかを雄弁に物語っていた。


「るーるーやりすぎ~。それと、えるえるはだいじょーぶかな~……」


 思わずルーシーへの文句を呟き、同時に自分と分断されたエルゼの事を心配するアスカ。その時、背後から烈風が吹き荒ぶかのような轟音がアスカの耳朶を打った。

 すかさず身構え、アスカはアスモキャノン666を呼び出す。そしていつでも撃てるように振り向くと――


「アスカァァァァァァァァ!」


 突然、暴風による加速によって殺人的な速度で突っ込んできたエルゼがアスカに抱きついてきた。アスカは即座にキャノン砲を収納する。

 そして、常人なら軽く吹き飛ばされているであろうその体当たりを、アスカは堕天使特有の身体能力と彼女特有の圧倒的包容力で受け止めた。


「おっとっと~、えるえる~、無事だったんだね~♪ 心配したんだよ~」

「まあ、なんとかね。……ちょっと脇腹に穴が空いたりもしたけど、あたしは元気です! ……って、アスカァ!?」


 笑いながら無事をアピールするエルゼ。が、直後に目を丸くし、声を荒らげた。


「ど、どーしたのえるえる~?」

「どうしたのじゃないよ何その格好!? ボロボロ……いや、ボロボロってレベルじゃないよそれ!」

「ちょ~~っと、派手にやられちゃって~。な~に、たかが魚雷が撃てなくなっただけだってばさ~」

「何を言ってるのか意味が分からないんだけど!?」


 いつも通り柔和な笑みを浮かべるアスカ。しかし身に纏っているのはあちこちが裂けたアンダースーツ一枚のみ。裂けた箇所からは脇腹、豊満なバストとヒップの一部が覗いており、端的に言うととてもエロい。


「いっちょーらのローブもパーになっちゃったし、着てるものはこれ一枚だけど、まー問題ないよね~。裸じゃないから恥ずかしくないも~ん」

「大ありだよ!? 歩く18禁ギリギリセーフかアウトかの瀬戸際だよ!? ちょっとは恥じらいを持てよ!?」


 そんな言い争いをしていると、アスカが何かに気付いたようにあっと声を上げた。


「ところでえるえる~」

「何?」

「焼きそば食べたでしょ~」

「え!? 何でわかったの!? アスカって実は名探偵!?」

初歩的な事だよ(えれめんたりー)()友よ(まい・でぃあ)~」

 驚くエルゼにアスカは柔和な笑みを浮かべたまま答える。しかしエルゼは気付いていないようだが、彼女の口元と歯に青のりが付着している事、何よりもエルゼから漂う濃厚なソースの匂いがそれを証明していた。


「おっと、それはともかく急がないと! 一刻も早くルーシーに追いついて、加勢しなきゃ!」

「おぅいえ~、それでもってとーやくんを助けないとだね~」


 アスカとエルゼは互いに顔を見合わせ、頷き合う。そして上階を目指して走りだした。




 マモンは自分の背丈を超える<大烏の嘴>を軽々と振るい、疾風の如き速さで次々に鋭い突きを連続で放ち、その合間に横薙ぎや振り下ろしといった技を織り交ぜる。

 ルーシーもマモンが繰り出す攻撃を紙一重でかわし、僅かな隙を縫って拳や蹴り、光弾を繰り出す。マモンは拳や蹴りを舞うような動きによって紙一重でかわし、光弾は<大烏の嘴>を風車のように回転させて弾き飛ばした。

 ルーシーが光弾を放ち終えた一瞬の隙を突き、マモンは深く腰を落とし、ビリヤードのキューを構えるかのように右手に握った剣に軽く左手を添え、全力で大地を蹴った。

 瞬間、マモンは金色の閃光となった。爆発的な加速から繰り出される必殺の一撃だ。

 常人には捉えられぬ疾さ。しかしルーシーは口元を軽く吊り上げ、横に大きく転がってそれを回避した。

 ルーシーが立っていた場所を金色の閃光が駆け抜ける。直後、地面に二条のブレーキ痕を残しながらマモンが緩やかに振り返った。

 相手が立ち止まった隙を狙って肉薄しようとしていたルーシーも違和感を感じ、思わず立ち止まる。


「……退屈ですわね」


 乱れた髪を優雅な所作で掻き上げながらマモンが溜息をついた。その言葉に訝しげな表情をするルーシーにマモンは語りかけた。


「ああ、わたくしは得物を振るって戦っておりますが、ルーシーさんは徒手空拳で戦っておられます。これは戦う条件としてはフェアではありませんわ。そこで――」


 一旦言葉を切り、マモンはダンスホールの壁を示した。


「わたくしから対等に戦うための条件を兼ねた余興をご用意させていただきました。ルシフェルさん、ホールの壁をご覧なさい?」


 マモンに促され、ルーシーはホールの壁を見渡した。見ると、壁には刀剣や槍、大槌といった、様々な武器がかけられている。


「武器があるな。まさか君は私にこれらの武器を使って、君と戦えと。そういう事か?」


 尋ねたルーシーにマモンは口元を三日月のように吊り上げて応えた。


「もちろん武器は全て実物ですわ。武器をわたくしに当てる事ができればダメージになるでしょうし、ルシフェルさんの魔力を付加すればさらに大きなダメージを与えられるでしょう」

「随分気前がいいな」


 肩を竦めるルーシーにマモンは口元を吊り上げたまま答えた。


「いえ、貴女相手には(・・・・・・)ちょうど良い(・・・・・・)ハンデですわ(・・・・・・)


 侮蔑を滲ませた、意趣返しと言わんばかりの言葉にルーシーの表情が険しくなる。


「フン、くだらん挑発に乗ってやって、君の言う余興という奴にちょっとばかり付き合ってやるとしようか?」


 言い終えるや否や、ルーシーは身構え、目だけを動かして壁を見渡した。どうやらどの武器を使うか見定めているようだ。

 すると、マモンが声をかけた。


「――ところでルーシーさん? 貴女、刀剣はともかく、武器の類は扱えますの? わたくし、今までに貴女が徒手空拳と魔術で戦っているところしか見た事がありませんが、武器を扱っているところを見た事がありませんわ?」


 声に嘲笑を滲ませながらマモンが尋ねる。


「いや、ないよ」


 何て事ないかのようにルーシーが答える。


「確かに私は剣や槍を装備すると攻撃力が下がる武闘家ポジションさ。扱い辛い武器を装備するくらいなら素手で十分、その分装備代も浮くしね。それに、リアルでは私は武器なんか持たなくても素手で怪力だから強い。某RPGでいうところの遊び人だが、リアルではモンクタイプって奴だからな。だが――」


 そう言うとルーシーは右手をスッと横に伸ばした。すると壁にかかっていた一振りの剣が回転しながらルーシーの手元へ飛んできた。彼女はそれを華麗にキャッチすると両手で握り、構えた。


「不得意だからって、侮るなよ?」

「カカッ、そうでなくては面白くありませんわ」


 マモンは優雅な笑みを浮かべて佇んでいる。


「その余裕、いつまで続くかな……だああああああああっ!」


 剣を構え、雄叫びを上げながらルーシーはマモンめがけて駆け出し、一気に距離を詰める。そして握り締めた剣を上段に構え、一気に振り下ろした。

 マモンは笑みを浮かべたまま振り下ろされた剣を<大烏の嘴>で受け止める。そして――

 ぺきっ。


「――うわっ、折れたぁ!? ……ぐふっ」


 間抜けな音と共に剣が根本から折られ、一瞬遅れてルーシーの腹にマモンのヤクザキックが直撃した。

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