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Chapter 9:Part 23 城塞の死闘Ⅱ(2)

 爆発の衝撃でエルゼは勢いよく吹き飛ばされ、勢いのあまり彼女は頑丈な壁をぶち抜いて隣のフロアまで吹き飛ばされてしまった。エルゼの体は床の上を数度転がった後、漸く止まった。

 彼女が吹き飛ばされた先は食料品を保管している倉庫だった。中は薄暗く、あちこちに野菜や調味料などといった物品が、ある物は段ボール箱、またある物は棚に保管されている。

 床に蹲っているエルゼは勢いよく血を吐いた。そしてそこで彼女は腹部から来る激痛と自らの肉が焦げる臭いに気付いた。

 エルゼは奥歯が砕けるほど歯を食い縛りつつ、現在の自分の状態を確認した。

 纏っている装甲のあちこちに亀裂が入り、その下のボディースーツも所々が破れていた。背中から生えている羽や真紅のロングマフラーにも焦げ穴ができ、羽の端から燃え尽きた僅かな破片が灰となって散っていった。

 そして、何よりも激痛の源である腹部を見やったエルゼは真紅の瞳を思わず見開いた。

 片方の脇腹が、ごっそりなくなっていた。

 うわあ、これってお腹空いた(物理)ってやつじゃない?

 エルゼはどこか他人事のように思いながらも、四肢に力を入れ、近くにあった棚の陰まで這って進んだ。

 身を隠し、脇腹に意識と力を集中させる。エルゼの意志に呼応し、堕天使特有の超再生能力が働く。体組織が蠢き、泡立ち、新しい肉を再構成する。

 ひとまず傷を埋めたところでエルゼは吐き捨てるように大きな溜息をついた。


「……やっべえ……今度は本来の意味でお腹空いた……カロリー足りない……ごはん……」


 脇腹の再生に力を過剰に消費したため、戦闘前に補給したエルゼの体内エネルギーは底をつきかけていた。凄まじい飢餓感が彼女を襲う。無意識のうちに自分が食事にありついている光景を想像し、口内に大量の唾液が溢れる。

 周囲を見渡すと、周りには食べ物が山ほどある。エネルギー補給には困らないだろう。まるで宝の山だ。

 彼女がそう思った時、身を潜めていた棚が弾丸の斉射で破壊されていく。


「……まあ、そう上手くはいかないよね」


 荒い息をつきながらエルゼは這いながらその場から離れた。




「あちゃー、仕留め損なっちゃいましたねー」


 倉庫内に足を踏み入れたハルファスは軽い口調で呟き、弾を撃ち尽くしたアサルトライフルを投げ捨てた。

 そしてエルゼが身を隠していた棚があったところへ足を進め、覗き込む。そこにエルゼの姿はなかった。しかし、床にはひきずったような、真新しい血の痕が残っている。


「ふっふっふー、逃げたつもりでも痕が残っちゃってますよー」


 楽しげな口調で呟き、ハルファスは追跡を開始した。

 どうやらエルゼは逃げ延びながら体力の回復を図っているようだ。その根拠は、追跡を進めていくうち、床には血痕だけではなく、緊急用の食料であるカンパンやバランス栄養食のブロックが食べ散らかされているのを見つけたからだ。床に残る血痕もだんだん少なくなっている。相手の傷は回復しつつあるようだ。


「……これはよくないですねー。早いところ見つけないとです」


 眉をひそめ、ハルファスはひとりごちた。




 一方、エルゼは息を殺して倉庫内を這いずって進んでいた。

 今、見つかったら終わりだ。今は音を立てず、誰にも見つからないように動き、少しでも体力を回復させないと。そう、ゴキブリのように。今のあたしは蠅じゃない、ゴキブリだ。名付けて「ゴキブリこそこそ作戦」だ。


 作戦のネーミングはともかく、エルゼは完全にゴキブリのように気配を隠しながら倉庫内を進んでいた。

 エルゼの脇腹の傷はどうにか塞がってはいたが、とりあえず塞いだだけといっていい状態だった。内蔵の再生にはまだ時間がかかる。その上、脇腹の再生に力の大半をつぎ込む事になってしまったため、魔力もほとんど残っていない。

 今の状態でハルファスと対峙したら勝てる見込みは非常に低い。エルゼもその点はよくわかっていた。

 もし、今の状態で彼女と戦う事になってしまった場合、どうやって戦うか。エルゼがバランス栄養食のブロックバーをもそもそと食べながらその事を考えていたその時だった。

 突如、彼女の目の前に何かが落下した。

 缶詰かな? そう思ったエルゼが目を凝らして見ると、それはピンの抜かれた手榴弾だった。


ひゃふぁい(やばい)!」


 エルゼはもごもご叫ぶと同時にその場から飛び退いた。瞬間、手榴弾が爆発し、破片を周囲に撒き散らした。

 破片を回避したエルゼは、手榴弾の降ってきた方向を見る。そこには棚の天板に立つハルファスの姿があった。


「見つけましたよー。私、害虫駆除も仕事の内なんですよー」


 ハルファスを見据えつつ、エルゼは咀嚼していたものを飲み込み、口を開いた。


「……へー、あたしは害虫扱いですか。……あ、あたし蠅モチーフだから間違いじゃなかった」


 自虐的なジョークで返しつつ、エルゼは軽く腰を落として身構える。一瞬の間の後、先にエルゼが動いた。

 エルゼは滑るように動き、蹴りを繰り出す。しかしその動きは先程と違い、緩慢なものだった。

 ハルファスは軽く笑みを浮かべると放たれる蹴りを悉く回避し、隙を見計らってエルゼの脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。塞がったばかりの脇腹にダメージを受けたエルゼ呻き声を上げながら吹き飛ばされた。


「逃がしませんよー」


 ハルファスは軽い口調で言い捨て、優雅な所作でスカートの裾を持ち上げた。するとスカートの中から、どこに隠し持っていたのか、ピンの抜けた手榴弾が落ちてきた。

 間髪入れずにハルファスは床に落ちて一度バウンドした手榴弾をサッカーボールを蹴るような気軽さで蹴り飛ばし、正確にエルゼの元へ蹴り込んだ。

 エルゼが身を捩ってその場を離れるよりも速く、手榴弾が爆発した。しかも、爆発したのはただの手榴弾ではなく、爆発と燃焼力を強化した火炎手榴弾だったのだ。

 爆発。そして一気に拡散する火炎。一瞬でエルゼの体は炎に包まれた。エルゼは床を転がりながらも少ない魔力をかき集め、自分の周囲に強風を起こし、炎を吹き飛ばした。

 エルゼは荒い息をつきながらどうにか体を仰向けにする。体内エネルギーはゼロ、顔は火傷を負い、装甲やアンダースーツに覆われている部分もかなりの熱を持った状態だ。そして、頼みの綱ともいえる魔力も炎を吹き飛ばすのでほぼ底をついた。

 自分の状態を確認したエルゼは自分が窮地に立たされているのを全身全霊で感じ取っていた。

 もう、ダメなのか。

 エルゼの脳裏にそんな考えが過ぎったその時、エルゼの視界の隅にあるもの(・・・・)が映った。

 次の瞬間、エルゼの第六感が彼女の全身に力を漲らせた。彼女の脳裏にこの状況を打破するファイナルプロット(最終策)が浮かぶ。しかし、これをしくじれば自分は間違いなく殺られる。だったら、最後の最後まで足掻いてみせる。

 決意と覚悟を固めたエルゼの心に応えるように最、全身に最後のエネルギーが漲る。魔力はほぼゼロだが、このチャンスのために全てを賭けるしかない。

 そして、エルゼは行動を起こした。




 一方、獲物(エルゼ)をあと一歩のところまで追いつめたハルファスはエルゼにどうやってトドメを刺そうかについて考えていた。ハンドガン、ショットガン、アサルトライフル、その他の銃火器――どれでトドメを刺したら最高に気持ちいいか。そんな物騒極まりない思考をしていたその時、エルゼが突然起き上がり、まるで人間大のゴキブリに全力疾走をさせたかのような速度で走り出したのだ。


「悪足掻きをっ!」


 叫びつつ、ハルファスはカードをサブマシンガンに変化させ、斉射する。しかしエルゼのスピードは目で捉えられないほど素早いものだった。その時、ハルファスの持つサブマシンガンの弾が切れた。ハルファスは舌打ちしてサブマシンガンを投げ捨てる。その隙にエルゼは超高速で倉庫内を駆け抜け、目的の場所にたどり着いた。


「これでも……食らえっ!」


 叫ぶや否や、エルゼは倉庫の隅に積み上げてあった大型の袋を魔力で巻き起こした強風で持ち上げ、ハルファスめがけて、かつ彼女を取り囲むかのように広範囲へ吹き飛ばした。


「そんなものでっ!」


 すかさずハルファスは後方へ飛び退き、降り注がんとする袋を回避する。


「インパルス! 行っけぇーっ!」


 するとエルゼはその場で素早く回し蹴りを放ち、数発の真空波を放った。放たれた真空の刃は空中の袋を悉く切り裂き、中身を飛び散らせる。直後、袋に詰まっていた粗く挽かれた粉や粒子の細かい粉が一斉にぶちまけられ、ハルファスの視界を覆い尽くす。ハルファスは咄嗟にメイド服の袖で粉を吸い込まないように鼻と口をカバーする。


「粉末による煙幕……私の二番煎じじゃないですか」


 呟きつつ、ハルファスは油断なく神経を集中させ、周囲を警戒する。

 その時、煙幕の中からエルゼが疾風の如き勢いで突っ込んできた。煙幕を巻き上げつつ、不意打ちを仕掛ける算段だろう。しかしハルファスは凄まじい反応速度をもって紙一重の差で回避した。

 エルゼは勢いを保ったまま再び煙幕の中へ姿を消す。

 なるほど、そういう手ですか。

 いつでもカード化させたソードオフ・ショットガンを取り出せるよう身構えつつ、ハルファスは口元を歪めた。

 煙幕で目くらまししつつ、私が隙を見せたところへ高速の一撃を食らわせ、失敗した場合は再び煙幕の中へ姿を隠し、僅かでも体力を回復させて機会を窺う――七大罪であるベルゼブブ様が、この程度の戦術しか思いつかなかったとは。ならば、次にあなたが姿を見せた時、私はあなたを穴空きチーズにしてさしあげます。

 幼稚な戦術をとったエルゼに軽い失望感を覚えつつ、ハルファスは全身の神経を研ぎ澄ませ、エルゼが仕掛けてくる瞬間を待ち受ける。

 エルゼが高速で奇襲を仕掛けてきたせいか、空気の流れが自分を中心に取り囲んでいる。

 その時。

 軽い金属質の音と共に、何かがハルファスの足下へ転がってきた。ハッとしてハルファスが足下を見ると、それはピンの抜けた手榴弾――それも自分の持ち物である火炎手榴弾だった。そして、貼り付けてあるラベルには、


Burning(バーニング) Loooove(ラァァァァヴ)!!」


 と書かれていた。

 次の瞬間、ハルファスは自分がまんまとエルゼの策略に引っかかった事を悟った。

 エルゼが粉末の入った袋を放った事。煙幕という姑息な手段を使った事。一度煙幕の中から奇襲を仕掛けてきた事。空気の流れが自分を中心に動いていた事。そして、足下に転がされたこの火炎手榴弾。

 一つ一つの点が一本の線として繋がった。

 この間、一秒足らず。

 そして、ハルファスは悟った。


 あ、それは無理です。


 瞬間、大きな爆発が倉庫を揺るがした。




 爆発の衝撃が収まったのを見計らい、両腕で顔を庇い、うつ伏せていたエルゼはそっと両腕を離し、顔を上げた。

 目の前では爆発の影響か、煙が立ちこめている。そして、数メートル先のところには倒れているハルファスの姿があった。

 エルゼはふらつきながらもハルファスの元へ慎重に近付き、相手が生きている事、そして気絶している事を確かめると大きく息をついた。


「……か、勝った……今夜はドン勝だ……」


 満身創痍、疲労困憊といった時でもジョークを飛ばすエルゼ。しかし内心、かなり分の悪い賭けだったという思いでいっぱいだった。




 あの時、エルゼが見たもの。それは、小麦粉、粉砂糖、トウモロコシの粉といった、料理に使われる粉の山だった。

 その瞬間、エルゼは一か八か、それらの粉を使って爆発――粉塵爆発(・・・・)を起こそうと思いついたのだ。

 粉塵爆発――空気中に舞い散る可燃物、例えば塵や埃、小麦粉といった粉末状のものが引火して爆発する現象である。

 まずエルゼは粉の入った袋をハルファスの周囲に吹き飛ばす。当然相手は回避しようとする。

 それを見越してエルゼは真空波を放って袋を切り裂き、中身を飛び散らせる。当然、袋に詰まっていた粗く挽かれた粉や粒子の細かい粉が一斉にぶちまけられ、ハルファスの視界を覆い尽くす。まずはこれで相手の動きと視界を封じる。ハルファスがやったように。ハルファスは動きを封じるための手段だと考えていたが、実際は違っていた。それはエルゼにとって最大の攻撃を行うための下準備だった。

 そして隙を見計らい、煙幕の中からエルゼが急襲をかける。その一撃はハルファスにかわされはしたが、エルゼの狙いは、ハルファスが持つ火炎手榴弾(・・・・・)だったのだ。

 ハルファスは先ほどスカートの中から火炎手榴弾を出してそれをエルゼに向かって蹴り飛ばしていた。その事からエルゼは彼女がまだスカートの中に火炎手榴弾を隠し持っていると予測した。

 その予測は的中し、エルゼが急襲をかけ、ハルファスと交錯したあの一瞬でエルゼはまんまと彼女から火炎手榴弾を盗み取っていたのだ(無論、スカートの中から)。

 ハルファスから火炎手榴弾を盗んだエルゼはそのまま再び煙幕の中へ姿を隠す。そして、彼女が動いた軌道は強い空気の流れを生みだし、その場から動かなかったハルファスを取り囲み、閉じこめるような空気の覆いを作ったのだ。その空気の流れの中には、最初にぶちまけた粉塵が全て含まれている。

 最後に、エルゼは手榴弾のピンを抜いてそれをハルファスの足下へ転がす。彼女が気付いた時には手榴弾が爆発、そして爆発と発生した火炎によって粉塵爆発が発生。爆心地にいたハルファスは大爆発と高熱によるダメージで一気に戦闘不能に陥るダメージを被ったのだ。




「あ、危なかった……さっきのアレで背骨までやられてたら、再生に大分時間かかっちゃうし、力を使い果たして負けてしまうところだった……」


 受けたダメージの大きさを再確認したエルゼは一人ごちた。次の瞬間、限界を超えて動いていたエルゼの体が絶叫を上げた。


 ぐぅぅぅぅるぅぅぅぅるるるるおおおおぉぉぉぉ…………!


 地獄の底から響きわたるような腹の音で。


「……そうだった……今あたし体内エネルギーゼロだったんだ……カロリー……ごはん……」


 先ほどよりも強まった飢餓感に、エルゼは近くにあった棚から様々な缶詰をもぎ取るかのような勢いで掴み取り、片っ端から蓋を毟り取って開け、中身を貪り食った。

 缶詰を二〇個ほど空にし、凄まじい飢餓感と疾走する本能を多少宥めたエルゼはふぅと一息をついた。


「……うん、まだ全然足りないや♪ せっかくだし、厨房で何か作ろうっと♪」


 そう言うと彼女はスキップしながら厨房へ戻り、冷蔵庫を開け、中身を物色した。先ほどはステーキ肉にしか目がいかなかったが、よくよく見直すと、他の肉や野菜、調味料、その他の食材もしっかりと入っている。

 ふと見ると、その一角に賄いものでも作るつもりだったのか、焼きそば用の麺がたっぷりあるのが目に入った。


「……よし」


 満足そうに頷くエルゼ。そして彼女は材料と調理器具を調理台に並べると愛用の包丁を握り、調理にとりかかった。


「……ごめん、ルーシー、アスカ……ここはあたしに構わず先に行って……後で必ず追いつくから」


 死亡フラグのような台詞を言いつつ、エルゼは焼きそばの調理にとりかかった。

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