Chapter 9:Part 20 城塞の死闘Ⅰ
ルーシーが先のエリアへ向かっていったのと同じ頃、アスカとエルゼ、マルファスとハルファスもまた激戦を繰り広げていた。
アスカの放った電撃をマルファスが投擲したスローイングナイフが切り裂き、ハルファスが構えていたハンドガンから放たれた銃弾をエルゼを取り巻く旋風が弾き飛ばす。
一瞬の隙を突き、マルファスが両腰のシースからコンバットナイフを抜き放ち、アスカに斬りかかる。彼女は柔和な笑みを浮かべたまま斬撃をキャノン砲で防ぐ。その傍らではエルゼが足に真空波を纏わせ、回し蹴りと共に射出。ハルファスは凄まじい反応速度でそれを回避する。
四人はしばらくの間目まぐるしい攻防を繰り広げていたが、いつしかアスカ対マルファス、エルゼ対ハルファスという構図ができあがっていた。そして――
「ばすた~」
気の抜けたかけ声と共にアスカがキャノン砲へ魔力を集中し、紫電の閃光を発射する。射線上に立っていたマルファスは咄嗟に壁を蹴り、書架を足掛かりにして高く跳躍し、閃光から逃れる。相手を見失った紫電のビームは数台の書架を蔵書諸共呑み込み、灰へと帰させた。
砲撃を回避したマルファスは空中で壁を力強く蹴り、矢のような勢いでアスカに襲いかかる。そして両腰のシースからコンバットナイフを抜き放ち、叩きつけるように振り下ろした。しかしアスカは即座にキャノン砲でナイフを受け止める。
甲高い金属音と散る火花、そして衝撃によって震える両者の得物。
――予想以上の速さと膂力だ。
マルファスは直感した。頭上からの急降下による加速を活かした急襲。それを相手はキャッチボールのような気軽さで受け止めたのだ。
そして、アスカの穏やかな光を湛えた視線と、マルファスの猛禽類を思わせる鋭い視線が交錯する。
同時に二人はその場から飛び退き、間合いをとった。
「お嬢様の本をあまり焚書処分にしないでいただけますか」
書架の上に着地したマルファスが苦々しい口調で言う。
「む~、だったら早くやられちゃってよ~」
床からマルファスを見上げるアスカも頬を膨らませながら反論する。
二人が対峙しているのは図書室だ。図書室といってもその規模は図書室という枠に収まらず、最早図書館といっていいほどの規模を誇っている。室内は暖色系の壁紙やシャンデリアの照明で統一され、机や椅子も一つ一つが高級木材で作られている。
書架は天井まで届きそうなほどに高く、それが入り口から奥までびっしりと並んでおり、身を隠しながら戦うには絶好の場所だ。
「殺られるのはあなたの方です」
マルファスが言い終わるや否や、彼女はいつの間にか手の中に握り込んでいた無数のパチンコ玉大の金属球をアスカめがけて投擲した。
猛スピードで投擲された金属球が見る見るうちに波打ち、引き伸ばされ、形を変え、スローイングナイフへと変化し、勢いを殺す事なくアスカへと殺到する。
撃ち落とすのは間に合わない。そう判断したアスカは即座にキャノン砲を床へ立て、即席の盾とした。直後、金属球が変化したスローイングナイフがキャノン砲に防がれ、床へと落下する。
アスカはすかさずキャノン砲を担ぎ直し、構える。しかしマルファスはナイフを投擲した一瞬の間に姿を消していた。
「あらら~、逃~げられちゃった~」
アスカは柔和な笑みを浮かべたまま床に散らばったスローイングナイフを見る。彼女の視線の先ではナイフが先ほどの光景を逆再生したかのように高速で縮まり、金属球へと戻っていった。
それを見届けた後、アスカは改めてキャノン砲を構え直し、柔和な笑みを浮かべたまま、低い口調で呟いた。
「狩りごっこだね~、負けないんだから~」
一方その頃。
エルゼとハルファスの二人は厨房で死闘を繰り広げていた。
「せぇぇぇぇいッ!」
気合と共に放たれたエルゼの跳び蹴りをハルファスは最小限の動きで回避し、すかさず手にしたハンドガンで反撃する。
数発の弾丸がエルゼに殺到する。エルゼは着地した姿勢からその場で素早い回し蹴りを放ち、弾丸を吹き飛ばした。そして回し蹴りを放った勢いで飛び上がるように立ち上がると一度バックステップで距離を開ける。その時――
「あーっ!」
突然エルゼが何かを思い出したかのように叫んだ。突然の事にハルファスは攻撃する事を忘れ、思わず身じろぎしてしまう。直後――
ぐるおおおおぉぉぉぉっ。
まるで飢えた猛獣が発するような音で、エルゼの腹の虫が盛大に鳴いた。するとエルゼは頬を染め――
「……ごめん、お腹空いちゃった」
照れくさそうに言うエルゼ。そもそも彼女はマモンの城塞に突入する前に人一倍、いや堕天使一倍昼食を食べたばかりである。しかし食事で得られたエネルギーもハルファスとの戦闘であっという間に消耗してしまったようだ。
一方、ハルファスは毒気を抜かれたかのように立ち尽くしている。もちろん、相手が不意打ちを仕掛けてきても迎撃できるよう身構える事は忘れずに。
そんなハルファスをよそに、エルゼはキョロキョロと辺りを見回し、調理台の上に置かれていたリンゴ一個とバナナ一房を見るや否や即座に手を伸ばして一瞬で平らげると、今度は業務用冷蔵庫をまるで自分の家のものであるかのように開け、中身を物色している。
そこでようやくハルファスも相手が不意打ち目的ではなく純粋に腹を空かしている事、そしてそのために他人の家の冷蔵庫を開けているという事態に気付き、慌てて止めに入る。
「……って、ちょっとちょっとちょっと!? 何勝手に人の家の冷蔵庫開けてるんですか!?」
「んー? ちょっとご飯作ろうと思って」
何て事ないかのように答えるエルゼ。普段は比較的常識人(常識堕天使?)であるエルゼも、いざ空腹や食べ物が絡むと頭のネジがぶっ飛んでしまうらしい。
「おっ、こりゃあ重畳だね」
そうこうしてる間にもエルゼは冷蔵庫から大きな肉の塊を取り出し、どこに持っていたのか愛用の包丁を取り出し、まな板を敷き、その上に肉を置く。
「ちょ!? それ今夜使うA5ランクの和牛ステーキ肉なんですけど!?」
「あ、そうなんだ。で? それが何か問題?」
清々しい笑顔で図々しい事を宣うエルゼ。ハルファスはそれに反論しようとするが、エルゼが言葉を続ける。
「……それに、君も一緒に食べればいいじゃない? あたしだけ食べるのは不公平だし、『腹が減っては戦はできぬ』っていうでしょ?」
すると、エルゼの言葉に反応するかのようにマルファスの腹もくぅと可愛い音を立てた。
「……私も、ご相伴にあずかってもよろしいでしょうか?」
「もちろん! ちょっと待っててね!」
ハルファスに応えながらも手早く調理を進めていくエルゼ。
しばらくして、彼女は二人前の分厚いステーキと付け合わせのパインサラダを作り上げ、その間にハルファスは食後のコーヒーを準備した。
「「いただきます」」
二人は調理台を挟んで椅子に座り、同時に焼きたてのステーキをナイフで切り、口にした。
「……美味しいです。流石は堕天使一の美食家、ベルゼブブ様です」
「もう、褒めたって何も出ないよ」
「……っていうか、一体私達何してるんでしょうかね」
「うーん、もぐもぐタイム?」
二人の間に交わされる会話は敵同士ではなく、親しい友人同士の会話そのものだった。
しばらくして、二人はステーキとパインサラダを平らげ、食後のコーヒーを飲み終えた。
「……さて」
「……やりましょうか」
そして食休みを終えた二人は同時に立ち上がり、ごく自然な動きで間合いをとり、対峙した。
「さて、これから蜂の巣にするわけですが、最後の晩餐は堪能されましたか?」
どこからともなくサブマシンガンを取り出して構えるハルファス。
「冗談! あたしの最後の晩餐はもっと先だって!」
普段と変わらぬ調子で言い切るエルゼ。
「ご存じないのですか? 出撃前のステーキとパインサラダは死亡フラグというジンクスが戦闘機のパイロットにある事を」
ハルファスが言い終えるや否や、エルゼが地を蹴り、ハルファスのサブマシンガンが火を噴いた。
アスカの戦いとエルゼの調理が始まったのと同じ頃。
ルーシーは先の宣言通りにワンフロア一分のペースをキープしながら最上階を目指していた。
現在ルーシーがいるフロアは十階だ。
ルーシーがフロアに足を踏み入れた瞬間、周囲の床、壁、天井から無数の鋭い金属製の槍が飛び出し、彼女の行く手を阻んだ。
「……こりゃちょっとでも刺されたらアウトだなぁ」
一人ごちるルーシー。しかしその一方で彼女はフロアの構造を一瞬で観察していた。
このフロアは、床、壁、天井から無数の槍が飛び出し、侵入者を串刺しにするトラップフロアだ。
槍は一定の間隔で、かつ高速で絶えず伸縮を繰り返しており、伸縮するパターンも複雑に絡み合っている。一見、突破できるようには見えない。しかしルーシーは槍の伸縮をわずか二、三秒見た後、呟いた。
「……なるほどな、大体分かった。それじゃあ、統哉の事もあるし、尺の都合もあるから、さっさと突破させてもらおうか」
刹那、眼前の槍が引っ込む。ルーシーはその一瞬を見逃す事なく一歩を踏み出し、槍が飛び出すよりも一瞬早く高く垂直に飛び上がる。そのまま天井まで飛んだ後空中で身を翻し、天井を勢いよく蹴る。天井を蹴った勢いを活かし、弾丸のように右斜め前方へ跳び、着地。直後、足下から斜め方向に槍が飛び出してくる。しかしルーシーは即座に軽く飛び上がって槍を回避、逆に槍の先端に足先を乗せ、一気に前方へジャンプ。
その時、一気にフロアを突破しようとした彼女の行く手を阻むかのように四方八方から槍が襲いかかってくる。
しかしルーシーはニヤリと笑うと、四方八方から伸びてくる槍に着地し、伸縮する勢いをバネとして活用、まるで狭い部屋の中で勢いよく跳ね回るスーパーボールの如く縦横無尽に跳ね回り、襲いかかってくる槍を悉く回避していった。
なんとルーシーはあのわずか二、三秒の間にフロア全体の槍の伸縮パターンを分析、かつ無傷で最短ルートを突破できる流れを見出していたのだ。
そして、次の階へ通じる扉の前へ華麗な着地を決めてみせた。
この間、十秒足らず。そしてルーシーはかすり傷はおろか汗一つかいていない。
「楽しめたのはせいぜい五秒か……最短記録だな」
軽く息をつきながらもネタは忘れる事なし。ルーシーは次の階へ通じる扉を蹴り開けて進んでいった。




