Chapter 9:Part 19 家、カチコミかけていいですか? 答えは聞いてない!
お待たせいたしました。
ルーシー達がホテルの正面玄関をぶち破って突入したのと同じ頃、ホテル最上階のスイートルームにいた統哉とマモンも、何か異変が起きたという事を体に感じるかすかな振動によって感じ取った。
「……なんですの?」
異変を察したマモンが目を細めて立ち上がる。するといつの間にいたのか、マルファスがマモンの側に立っていた。
「お嬢様、報告いたします。敵が三名、この城塞に侵入しました。……それも、えー、正面玄関を堂々とぶち破って、です」
普段は冷静なマルファスもにわかには信じられないのか、その顔に困惑の色を浮かべている。報告を聞いたマモンは顎に軽く指を当てて考えた。
「……わたくしの城塞に真正面から乗り込んでくるようなお馬鹿さんは知る限り……」
『ドヤァ……』
マモンの脳裏に下衆な笑顔を浮かべながらダブルピースをかます銀髪の堕天使――ルシフェルの姿が浮かび上がった。
「……ルシフェルさんしかいらっしゃいませんわね……マル、状況は?」
軽い頭痛を訴えだしたこめかみを押さえつつ、マモンはマルファスに尋ねる。
「現在、最下層の施設を調査しつつ、階段を駆け上がってきています。ハルが先行中で、そろそろ会敵する頃かと」
「わかりました、すぐに合流しましょう。わたくしの城塞に真正面から乗り込んできたお馬鹿さん達に、身の程を思い知らせてやりますわ。ご客人には、このマモンの城塞をとっくり堪能していただきましょう……ホテル一つ借り切った完璧な城塞です。結界二四層、魔力供給用永久機関三基、猟犬代わりの魔界カラス、魍魎数十体、無数のトラップ、廊下の一部は異界化させている空間もありますわ」
「お嬢様が設計された城塞です。抜かりはないものかと」
「もちろんですわ。ですがマル、貴女とハルの働きにも期待しておりますわよ?」
「はい、そのためのマルファスです」
静かだが自身に溢れたマルファスの答えにマモンは満足そうに頷き、踵を返す。その背中に統哉が身を乗り出しながら声をかけた。
「ルーシーなのか? ルーシーが、ここに来たっていうのか?」
しかしマモンは振り向く事なく、素っ気なく返した。
「……少々お待ちを。貴方のコソ泥をバラバラに引き裂いて参りますわ」
そう言うとマモンは足早に部屋から立ち去った。側に控えていたマルファスは統哉に一礼した後、足早にマモンに続いた。
統哉は何か言葉をかけようとしたが、言葉が見つからず、ただ見送るしかなかった。
統哉の部屋を後にしたマモンは足早に廊下を進み、その後にマルファスが続く。
歩きながら、マモンはふと、何か思い当たったかのように背後のマルファスに尋ねる。
「……そういえばマル、三人の賊とは誰ですの?」
「はい、ルーシー様、アスモデウス様、ベルゼブブ様です」
「レヴィアタンさんはいないのですわね?」
「はい。念のために使い魔を派遣して確認しております。報告によると、レヴィアタンさんは海の家へのアルバイトへ通常通りに出勤、慌ただしく業務にあたっているとの事です。何か問題が?」
突然のマモンからの問いかけにもマルファスは間髪入れずに答える。彼女の答えにマモンは小さく「ふむ」と呟いた。
「いいえ、何でもありませんわ。さあ、コソ泥共を八つ裂きにしてやりますわよ」
「イエス・ユア・ハイネス」
主の言葉に、マルファスは戦闘の高揚感を感じ取り、唇をキュッと吊り上げた。
ルーシーを先頭にした堕天使三人は一階から三階までに存在するギャラリーや図書室といった、普通とは比べものにならない規模はある施設を素早く調べつつ、ホテルの四階までさしかかっていた。
三人の作戦は、ホテルの最上階まで走ってたどり着こうという、凄まじく遠回りなものだった。最初にエルゼが提案した非常階段を使う方法は先ほどの突入により文字通り蹴飛ばされ、アスカが提案したエレベーターを使う案は仮に途中でエレベーターを停止させられたら手詰まりになってしまうため却下された。
「ねえルーシー! 今更だけど本当にこんな方法でよかったの!?」
階段を駆け上がりながらエルゼが尋ねる。
「なーに、潜入っていうのはいずれバレるものさ! どうせバレるんだったら、思いっきり派手にやってやる方がいいだろ!」
「なんでそういう考えになるかな!? アスカ、君からも何か言ってやってよ!」
「わたし~、派手なの大好き~♪ どったんばったん大騒ぎ~♪」
「もうやだこの二人!」
エルゼが悲鳴に近い声で叫ぶ。
一方で、三人の行動は何者にも妨害される事なく、順調に進んでいた――いや、進みすぎていた。マモンの使い魔である魔界ガラスと遭遇するどころか、警報すら鳴っていない事にエルゼは不安を覚えた。
「ところで! 今のところ何も起こらないけどこれ大丈夫なの?」
「もしかして~、気付かれてないんじゃな~い?」
「気付かれてないわきゃないでしょ!」
何時如何なる時もマイペースなアスカにエルゼが叫ぶ。その時――
「招待したわけでもないのに、図々しいですわね」
頭上から声がかかり、三人は足を止め、声のした方向を見上げた。
三人の視線の先には五階に通じる階段と踊り場があり、踊り場からは七大罪の一柱――「強欲」を司るマモンが優雅な微笑みを浮かべ、ルーシー達を見下ろしている。そして、その側には女執事とメイドが控えている。
一瞬の静寂の後、マモンが口を開いた。
「お久しぶりです、ルシフェルさん。それに、アスモデウスさんにベルゼブブさんも」
「人質を解放しろ~」
「統哉君を返せっ!」
「まあまあ、待ちたまえ君達。ちょっと話をしようじゃないか」
すぐにでも攻撃態勢に入ろうとしたアスカとエルゼを制し、ルーシーは口を開いた。
「さて、元気そうだねぇ、マモン。たかが高級ホテル一棟をモノにして、お山の大将を気取っている気分はどうだい? で、そのために一体どれだけの費用をかけたのかな?」
歯に衣着せぬ物言いのルーシーだが、その言葉には明らかな敵意が滲んでいた。しかしマモンはそれに動じる事なく柔和な笑みを浮かべて逆に問いかけた。
「あら、貴女達は今までに食べたパンの枚数を覚えてらっしゃるのかしら?」
「あたしは昨日の時点では99982枚!」
「わたし~、朝はご飯派なんだよね~」
「質問を質問で返すな。疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか? あとパンの数については今更数えきれるか!」
「まさかのマジレスですの!?」
いとも無邪気に答えるエルゼ、アスカ、ルーシー。その回答は予想していなかったのかマモンは思わず目を見開く。
「まあそれは置いておいてだ」
「あ、置いておくんだ!?」
しれっと話題を切り替えるルーシーにエルゼがすかさずツッコむ。
「マモン、ちょっと君に返すものと返してもらいたいものがあってね」
「あら嬉しい。でもお貸ししていたものやお借りしていたものなどありましたっけ?」
優雅な仕草で首を傾げるマモン。するとルーシーはゾッとするような冷たい目でマモンを睨みつけた。
「この前の借りと……統哉を返してもらいに、ね」
「ああ、そうでしたわ」
今思い出したという表情のマモン。
「もう一度言わせていただきますが、あの方はもうわたくしのもの。もはや貴女方の元には戻らないものと知りなさい。これからはあの方とわたくしによる豪華絢爛たる新生活が始まるのですわ!」
うっとりとした表情で身をくねらせながら宣言するマモンに、アスカとエルゼは「え? 何言ってんのこいつ?」と言いたそうな表情をする。
「ははっ、君の言葉を聞いていると耳が腐るよ。まあ分かりきってた事だが、交渉は決裂だな」
ルーシーは髪を掻き上げながら吐き捨てる。それに対しマモンは柔和な笑みを浮かべる。
「わたくしが手に入れた時点で、あの方はもうわたくしのモノですわ。よって交渉なんて最初から成り立ちませんし最初からするつもりもありません」
そこでマモンは一旦言葉を切り、優雅な動作で髪を掻き上げた。
「――さて、貴女達とお喋りしているのも楽しいですが、わたくしそろそろアフタヌーンティーの時間ですの。美味しいダージリンティーを飲みながら見物してますので、精々ヒィヒィ言って楽しませてくださいな」
そう言うとマモンは優雅な仕草で踵を返しつつ、マルファスとハルファスに命令する。
「マル、ハル、ご客人をおもてなししてさしあげなさい。くれぐれも無碍に追い払ったりはなさらないように。そして、マモン流のおもてなしというものを、お客人に徹底的に叩き込んでさしあげなさい」
「承知いたしました」
「あいさー、お嬢様♪」
鋭い口調で答えるマルファスと、軽い口調ながら猛禽類のような目を見せるハルファス。
「それでは皆様方、ごきげんよう。せいぜい生きていれば、またお会いいたしましょう。あ゛ーっあっあっあっ!」
マモンがそう言い残すと、彼女の足下に魔法陣が現れ、光を放つ。次の瞬間にはマモンの姿は消え失せていた。どうやら転移用の魔術を使ったらしい。
後に残されたのはルーシー、アスカ、エルゼ、そしてマルファス、ハルファス。
「――さて、お嬢様はああ言っていたが、君達は一体どんな『おもてなし』を見せてくれるのかな?」
ニヤリと笑いながら問いかけるルーシー。すると、アスカとエルゼが同時に一歩前へ踏み出す。二人の行動にルーシーは目を丸くし、尋ねる。
「どうしたんだい、アスカ、エルゼ?」
「ルーシー、ここはあたし達に任せて早く統哉君のところへ行ってあげて」
ルーシーの問いに答えたのはエルゼだ。彼女はルーシーを振り返る事なく軽く腰を落とし、いつでも動けるよう身構えている。
「何を言っている! 私の楽しみを邪魔するつもりか!」
「るーるー、こんなところでモタモタしてる場合じゃないでしょ~? わたし達の目的は~、とーやくんを取り戻す事~。だからここはわたし達に任せて~、るーるーはとーやくんのところへ全力ダッシュ~」
反論するルーシーを宥めるように、かつ有無を言わさぬ口調でアスカが答える。
二人の覚悟を感じ取ったルーシーは一瞬逡巡したが、表情を引き締めた。
「……わかった。ならばここは頼むとしよう。だが、敢えて言おう。死ぬなよ!」
アスカとエルゼを激励し、ルーシーは上階へ続く階段を目指して走り始めた。
「行かせるわけには!」
「ところがぎっちょ~ん」
「君達の相手はあたし達だよ! 変身!」
マルファスが飛びかかろうとするが、そこへすかさず魔力変換によって紫色のローブを纏い、キャノン砲を顕現させたアスカと、黒いボディスーツの上に藍色の装甲と疾風を纏ったエルゼがそれぞれ電撃と風刃を放ち、マルファスを阻む。マルファスは短く舌打ちし、その場を飛び退く。
二人が作ってくれた一瞬の隙を突き、ルーシーはマルファスとハルファスの脇をすり抜け、五階へ続く階段を駆け上がり、先のフロアへ続く扉を蹴り開けていった。
「ぐっどらっく~」
「統哉君を頼んだよ……!」
小声でルーシーにエールを送り、アスカとエルゼは目の前の敵――マルファスとハルファスを見据える。
「さ~て、えるえる~?」
「おもてなし、してあげちゃおうか!」
アスカとエルゼの間に紫電と微かな気流が生じ、それぞれがぶつかりあって小さな嵐となる。
「ハル」
「もち! 全力でおもてなししちゃうよ!」
マルファスとハルファスの間に金属音が生じる。マルファスは両手にコンバットナイフを構え、ハルファスはどこから取り出したのか、両手に鈍色に光るキャッシュカード大のカードを持っている。
次の瞬間、四人が一斉に動いた――。
一方その頃、ルーシーは五階に足を踏み入れていた。彼女は一旦足を止め、眼前に広がる光景を睨みつけていた。
通路には鳥居が立ち並び、その脇にはなぜか手に軍艦の砲塔を持ち、口には魚雷の模型をくわえている熊の剥製、どこで売っているのか、「おいでやす」「さてはアンチだなオメー」「せっかくだから俺はこの赤い扉を選ぶぜ!」という文句が書かれたペナントや巨大な怪獣が堂々と描かれた怪獣映画の宣伝ポスター、「←ブラジル 出口→」と書かれた張り紙が壁に貼られ、数メートル先に立つ扉の両脇には狛犬が設置されているという有様だ。
「……前言撤回。悪趣味で死にそう」
ルーシーは廊下に広がる悪趣味にしてカオス極まりない光景に、溜息混じりに吐き捨てた。
そしてそうしている時間すら惜しいという事を思い出し、一歩足を踏み出したその時、マモンの声が響いた。
『――ああ、ルーシーさん』
「なんだ? 私は急いでいる」
『いえ、この先のエリアについてご説明させていただこうと思いまして』
ルーシーは無言のまま歩を進める。それを肯定をみなしたのか、マモンはわざとらしく溜息をつき、二の句を継いだ。
『まず、貴女のお目当てである統哉さんは最上階、七〇階にいらっしゃいます。ですがそこへ至るためにはわたくしが趣向を凝らした城塞を突破しなければなりません。ここから先のフロア一つ一つが貴女を殺しにかかってきますわ。その扉の先、五階から六九階まで貴女は無事に抜けられるかしら? まあ無理でしょうけど、精々頑張る事ですわね! あ゛ーっあっあっあっ!』
そこまで言うと、声は聞こえなくなった。
無言のままルーシーは廊下を進み、先のフロアに通じる扉の前へたどり着いた。
「……五階を含めて六五階分を踏破しなければならない。だが統哉の事があるから、時間はかけられない。だったら……」
ルーシーは一呼吸おき、軽く目を閉じる。そして――
「ワンフロア一分! ノーコンティニューでクリアしてやるぜ!」
宣言し、ルーシーは先のエリアに通じる扉を蹴り開けた。




