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Chapter 9:Part 18 焦燥する強欲、動き出す三羽烏

 大浴場にてマモンが盛大にやらかしたその翌日。

 午前八時、今日も統哉とマモンは食堂でマルファスとハルファス特製の豪勢な朝食を食べていたが、二人の間には重い空気が漂っていた。

 昨夜の一件以来、統哉とマモンの間には見えない隔たりができていた。統哉としては昨夜の出来事には驚かされたものの、その事自体はもう気にしていないのだが、マモンは自分に原因があった事を酷く気にしているのか、ちらちらと統哉の方を見るものの、統哉が何か声をかけようとするとすぐに目を逸らしてしまい、話ができない状況だった。一方、間接的に原因を作ったともいえるハルファスとマルファスも、そんな二人に何か言いたそうではあったが、二人の間に漂う空気から、何も言い出せなかった。

 そんな重い空気の中でする食事は献立が豪勢であっても、気分がいいものとはいえず、統哉にしてみれば焼きたてのパンや野菜と肉のスープ、サラダといった食事の味がほとんど味わえなかった。

 重苦しい空気の中どうにか食事を終え、部屋のベッドで横になっていた統哉はこれからの事に対し、必死に考えを巡らせていた。

 ふと、時計を見る。時間は午前十時。

 今夜、統哉はマモンからの告白に対して返答しなければならない。だが、それを統哉が受け入れてしまえば統哉の人生はマモンに掌握される事を意味する。かといって断れば、堕天使達や眞美といった自分に関わる者達に被害が及ぶ事になる。

 自分のこれからの人生と、自分に関わる者達の安全。二つを天秤にかけた重大な決断を下さなければならない統哉は、回答期限である三日目を迎えたにもかかわらず未だに自分の中で納得のいく答えが見つからずにいた。

 その上、間の悪い事に昨晩の一件以来、マモンは自分を避けている。せめてもう少しマモンと話ができれば、納得のいく答えを練る事ができるかもしれない。

 そう考えた統哉はマモンへの答えを考える傍ら、彼女とどうやって話す機会を設ける事ができるかを思案するのだった。




 一方その頃。

 朝食を食べ終えたルーシー達はリビングに集まって話し合っていた。


「……今日、仕掛ける」


 開口一番、ルーシーは宣言した。


「ちょ、ちょっと待ってルーシー、怪我は大丈夫なの?」


 唐突なカチコミ宣言にエルゼが心配そうに尋ねると、ルーシーは頷いた。


「君達や眞実の看病のおかげでだいぶマシにはなったよ。数字で言えば、八割ってところかな」

「本調子じゃな~い、そんな調子でだいじょ~ぶ~?」


 アスカが呆気にとられたような声を上げる。


「大丈夫だ、問題ない。むしろ今日までにここまで回復できたら上出来だよ」


 アスカに笑って答え、ルーシーは表情を引き締めた。


「さて諸君、エルゼの使い魔が調べてくれたところによれば、セントラル街の一角、直径二キロにわたる範囲に使い魔が『入ってはいけない』という理由で調査できなかったエリアがある。これはマモンが一種の認識阻害や人払い、強制暗示といった効果を持つ結界を張っているためと推測される。そして、その中心部にある建物、これをネットで調べてみたところ、七〇階はある超高層ホテルだと判明した」

「七〇階!?」


 エルゼが素っ頓狂な声を上げる。しかしルーシーは何て事ないように続ける。


「エルゼ、驚く事はないだろう? かつて私達が拠点にしていた万魔殿(パンデモニウム)や人間達が建てていたバベルの塔と比べたら凄く低い方だぞ? せいぜい某超巨大暗黒メガコーポの本社ビルと同じ高さだ」

「その例えってどうなのかな!?」


 ルーシーの奇妙な例えにエルゼがツッコむ。ルーシーはそれを笑って流し、説明を続ける。


「現地に赴いて調査してみなければわからないが、マモンの性格からして、ここが彼女の本拠地である可能性は非常に高い」


 ルーシーの言葉に、アスカとエルゼは納得したかのように、揃って深く頷いた。なお、二人の脳裏に浮かんだイメージは、強欲なお嬢様にして高いところが好き、自己顕示欲の固まりであるというものである。

 そこでルーシーは一度咳払いをし、言葉を紡いだ。


「諸君、私達はこれから、奪られたもの、失くしたものを奪り返す、奪られたら奪り還せがモットーの奪還屋となる。この戦いは敵の本拠地に乗り込むため、敵が仕掛けた罠に突っ込む形になるだろうし、マモンやその従者と相対する事は避けられない、非常に厳しい戦いになるだろう。君達は、それでも往くか?」


 ルーシーの言葉にアスカとエルゼがはっきりと答える。


「……うん。今の統哉くんはみんなのものだから、独り占めはいけないよね。それがたとえ、同胞であっても私は全力でやっつけるよ」

「あたしも同感。こうなったら腹括るよ! 何が何でも統哉君を取り返そう!」


 アスカは本気モードに変化しつつ周囲に紫電を瞬かせ、エルゼは紅い瞳に強い意志を宿しながら絶えず微かな気流を渦巻かせ、決意を表明している。ルーシーはそれを見ると満足そうに頷いた。


「二人とも、ありがとう。作戦決行は正午。目的地はセントラル街、マモンのアジト――」


 ルーシーは宣言した。


「速やかに統哉を発見、保護の上、彼を奪還する」


 すると、アスカがルーシーに尋ねた。


「ねえるーるー、もしまもまもの使い魔や従者が襲ってきたら、どれくらいやればいいの? やるっていっても、相手はまもまもの従者でしょ?」

「君にしては、珍しい事を聞いてくるな」

「どれくらい?」


 ルーシーの答えにアスカがすかさず返す。その口調には、マモンに対する静かな怒りが込められていた。するとルーシーはしばらく考えた後、答えた。


「……徹底的にだ。しがらみなんざ一切どうだっていい。私達は堕天使だ。私達が同じ先を望むなら、道理もクソも関係ない。全て、根こそぎ、叩き潰せ」

「……了解」

「……了解。これは大暴れしなくちゃいけないね」


 厳かに告げられたその言葉にアスカとエルゼは力強く頷いた。そして一度軽く目を瞑り、カッと見開いた。


「よし! アスカ、エルゼ、四〇秒で支度しな!」

「「無理!」」


 せっかく気合が入ったのにこのザマである。アスカとエルゼは同時にそう思った。




 午前十一時半。

 部屋でマモンへの返答と、どうやって話す機会を設けられるかを歩き回りながら思案していた統哉は突如響いたノックの音に思考を中断させられた。


「はい?」

『……わたくしですわ、統哉さん。今、お時間よろしいでしょうか?』

「ああ、大丈夫だよ」


 ちょうどマモンと話がしたかった統哉としては、彼女が自分に会いに来てくれたのは渡りに船だった。

 そんな事を考えていると、ゆっくりと部屋の扉が開かれ、おずおずといった様子でマモンが部屋に入ってきた。

 昨日の浴場までマモンが見せていたお嬢様然とした態度とはうってかわって、不安そうな様子に統哉が苦笑しながらテーブルと椅子を示すと、マモンは軽く頷き、その後数度深呼吸をし、軽く頷くと席へ着いた。


「……昨夜と今朝の無礼、誠に申し訳ありませんでした」


 開口一番、マモンは深々と頭を下げた。


「……わたくし、あれからハルとマルの二人にこっぴどく怒られましたわ。それに今朝は、どうにかして統哉さんとお話したかったのですが、つい躊躇してしまい、あなたを避けてしまう形になってしまった事、重ねてお詫びいたします」


 あのマモンがいきなり頭を下げて謝罪した事に統哉は内心驚きつつも、統哉は笑って言った。


「顔を上げてくれよ、マモン。昨日の事、それに今朝の事なら、俺は気にしてないからさ。むしろ、俺も君とどうにかして話ができないかって考えていたところだったんだ」


 するとマモンは顔を上げ、統哉の目を見つめた。しばらくしてマモンは頬を赤らめながら口を開いた。


「そ、そうなんですの? わたくしもそう言っていただければ嬉しいですわ。しかし淑女たる者が、あのようなはしたない振る舞いをしてしまうとは、我ながら情けないですわ」


 マモンの言葉で、統哉の脳裏に昨夜の出来事が思い起こされた。

 湯気でボディソープの泡で隠されてはいたが、素晴らしいプロポーションを持つ彼女の体は統哉の目にしっかりと焼き付けられていた。その美しい姿と、普段の淑女らしい立ち居振る舞いとは裏腹に顔を紅潮させ、突拍子もない行動と「なあ……スケベしようや……」という場にそぐわない言葉という、普段とは違った表情を見せたマモンに統哉は正直可愛いと思ってしまった。

 自分でも顔が赤くなっているのを自覚し、統哉は内心慌てながらも、それを気取られないように自制した。

 しかしマモンはそれを目敏く見抜いたのか、頬を赤らめたまま婀娜っぽく笑うと統哉に声をかけた。


「……統哉さん、正直にお答えになって。昨晩のわたくし、どうでしたか?」


 昨晩というと、言わずもがな大浴場でのマモンの事だろう。あの時は気が動転していたのと、その後の騒動でうやむやになってしまったが、あの時統哉が感じた第一印象は――


「……綺麗だったよ、とても」


 自分が感じたままを、伝えた。

 するとマモンは目を見開き、しばし目を瞬かせていたが、やがて柔らかな笑みを浮かべ、「そ、そう……そう、ですのね……」と呟いていた。その仕草に統哉が思わず胸の高鳴りを感じた直後、


「……統哉さん、わたくしの……わたくしだけのモノに、なっていただけますか?」


 唐突に、告白された。




 唐突なマモンの告白。青天の霹靂。

 返答期限まではまだ時間があるのに、向こうからの突然のアプローチ。

 突然の出来事に統哉は思わず目を見開いたが、彼女の言葉を反芻し、改めて考えてみる。マモンのモノになるという事は、これからずっとマモンと過ごすという事。それはそれで魅力的であるといえるだろう。

 今はマモンがとった強行手段によってこんな事になっているものの、短い付き合いの中とはいえ、彼女が純粋で魅力的な女性である事は統哉もよく理解している。

 ここで彼女のプロポーズを受け入れれば、マモンも実力公使によってルーシー達や眞美を傷つける事はしないだろう。

 しかし、統哉の脳裏にルーシー、ベル、アスカ、エルゼ、レヴィ、眞美、璃遠と、統哉と縁を結んだ者達の顔が過ぎり、それが統哉を踏み留まらせていた。

 しかしこの場で、「ごめん、君のモノにはなれない」と言えば彼女は酷く傷付いてしまうだろう。下手をすれば何をするかわからない危険性すらある。何故か統哉にはそんな気がしてならなかった。

 思考に没頭し、マモンの問いかけに答えない統哉にマモンは苛立ちと焦りを感じさせるかのように、唇を微かに動かし、何かを言いたそうに震わせたが、言葉にはならなかった。

 その時、統哉の中で何かがコトリと音を立てた。それは、今まではまらなかったパズルのピースがはまった音だった。

 しかし、それを遮るかのように突如大きな音が鼓膜を激しく震わせた。統哉が思わず驚いて見ると、マモンがテーブルに手を叩きつけていた。


「……どうしてですの?」


 俯きながら急に声の調子を変え、厳しい口調で呟くマモンに統哉が思わず口を開いた時、突如マモンが顔を上げ、まくし立てた。


「どうして貴方はわたくしがここまで譲歩しているというのに、首を縦に振ってくれないんですの? イエスと言ってくれないんですの? わたくしのモノになれば、衣食住は保証しますし、一生お金にも困らないんですのよ? 何よりも、わたくしのモノになればもう戦わなくてすみますのよ? 一歩間違えば命を落とす危険な舞台で戦わなくてもすむんですのよ!? 貴方はそうまでしてルシフェルさん達と一緒にいたいのですか!? 何が貴方をそこまで突き動かすのですか!? 答えてください……いや、答えなさい!」


 統哉は何かを言おうとしたが、やめた。厳しい口調でまくし立てるマモンの表情は怒りに満ちていたが、その中に見え隠れする焦りと嫉妬を見抜いたのだ。

 すると統哉はただ静かにマモンを見つめた。まっすぐに見つめてくる黒い瞳にマモンはたじろいだが、やがて何かを振り払うように軽く頭を振り、整った金髪を激しく掻きむしり、慌てて髪を整えた後、厳しい口調で言った。


「ご返答を、八神統哉さん」




 その頃。


「やはり私の睨んだ通りだった。あのホテルを中心に人払いと認識阻害の結界が張られている。私達のような高位の堕天使や、強い力を持った者には効果がないが、使い魔や普通の人間には効果は抜群な代物だ」


 ルーシーが視線の先にあるホテルを睨みつけながら呟く。

 ルーシー、アスカ、エルゼの三人は、マモンのアジトである高層ホテルから数メートルの距離にあるモニュメントの陰に隠れるようにホテルの様子を窺っていた。端から見れば怪しい事極まりないが、既にマモンの張り巡らせた結界の影響下にあるためか、周辺を歩く者はルーシー達以外にいなかった。


「だれもいないね~」

「見張りくらいいると思ったけど」

「マモンの事だ、自分の建てたアジトに絶対の自信を持っているんだろうさ……ここが、あの女のハウスね……ここが、あの女のハウスね……大事な事だから二回言わせていただいた」


 ホテルを見据え、別のモニュメントの陰へ移動しながらルーシーが言う。


「はいはい、わかったから。それで、どうするの? どこから侵入する? あたしは非常階段を駆け上がっていくのがいいと思う」

「ふむ……ざっと見たところ七〇階相当はあるビルの階段を駆け上がるのはぶっちゃけしんどいし時間もかかるが、それが確実かもしれないな」


 ルーシーとエルゼがどうやって侵入するかを話し合っていたその時、アスカが声を上げた。


「二人とも見て見て~、向こうに入り口があるよ~」

「どれどれ……って」


 アスカが指差す方向を見たエルゼは思わず目を見開いて小声で叫んだ。


「アスカ! あれ正面玄関じゃない!」


 彼女の言う通り、アスカが示していたのはガラス張りの入り口――正面玄関だった。


「アスカ、わかってる? あたし達は今からこっそり隠密行動で敵の本拠地に潜入、統哉君を取り戻すんだよ? 真正面から行ったりしたら隠密も潜入もないんだよ?」

「あう~」


 エルゼに叱られ、アスカはしゅんとなる。その時――


「真正面からか、なるほどな」


 ルーシーが何事かを呟きながら二人の側を通り過ぎる。


「ちょっと、ルーシー……?」

 その様子を疑問に感じたエルゼが声をかける。するとルーシーは振り返り、ニヤリと笑った。


「諸君、派手に行こう」




「「「オーケィ……レッツパァリィイイ!」」」


 ちゅどおおおおおおおおおおおおん!

 凄まじい音量の爆発音と共に、三つの人影が爆炎を突き抜け、ホテルのロビーへ飛び込んできた。

 ルーシーの閃光を纏った跳び蹴り、アスカの紫電を纏った跳び蹴り、エルゼの烈風を纏った跳び蹴り――同時に放たれた三つの跳び蹴りは渾然一体となり、ホテルの正面玄関を木っ端微塵に吹き飛ばしたのだ。


「さあ、イカレたパーティーの始まりだ!」

「うぇるかむとぅーざくれいじーぱーてぃー♪」


 ノリノリといった様子のルーシーとアスカ。


「あははは……潜入って一体……隠密って一体……もうどうにでもなーれ……」


 泣き笑いしながら呆然と呟くエルゼ。


「まあいいじゃないかエルゼ。こうして無事に敵の本拠地へ乗り込めたわけだし。それに」

「……それに?」

「こっちの方がエキサイティングでスリリングじゃないか!」

「……連れてくるんじゃなかった……」


 屈託のない笑顔でサムズアップしてみせるルーシーにエルゼは力なく項垂れる事しかできなかった。


「それにしても、趣味のいいお城だぜ」


 ホテル一階ロビーを見渡し、ルーシーが呟く。

 ロビーはどこもかしこも高級感が漂う調度品で溢れていた。大理石製の床、高級木材で造られたテーブル、真紅のソファ、天井から吊り下げられた豪華絢爛なシャンデリア、大理石製のたぬきの置物(ちなみに信楽焼)など、調度品の数と豪華さを言い出したらキリがないほどだ。


「統哉、いい子にして待っていてくれ。私達が助けに行くからな……」


 大理石製のたぬきの置物を見ながらルーシーは呟き、拳を握り込んだ。そして彼女は振り返り、叫んだ。


「みんな丸太は持ったな! 行くぞォ!」

「持ってないし! っていうかそれ吸血鬼相手だから!」


 気勢を上げるルーシーにエルゼがすかさずツッコむ。


 いよいよ、三羽烏が動き出した――。

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