Chapter 9:Part 17 純情明後日の方向
「……私に断る権利は残されていませんでした。そしてそれが、お嬢様からの最初の命令とお給金でした――」
昔を懐かしむ目と、空間に溶けゆく声の残響をもってハルファスは昔話を終えた。
話を聞き終えた統哉はただ静かに、そして深く頷いた。
「お嬢様に敗北し、その従者となった次の日から、私達はお嬢様によって従者としてのスキルを叩き込まれました。礼儀作法、執事及びメイドとしての心構えや立ち振る舞い、調理スキル、暗殺者としての経験を活かした天界式CQCの向上……言い出したらキリがありません」
「ですが、お嬢様のおかげで私達は砂漠で獲物を狩るサバイバル生活から毎日三食、ティータイムに自由時間付き、お給金もいただける素晴らしい環境で生きる事ができたのです。ですからお嬢様には感謝しても感謝し尽くせません」
ハルファスの言葉に、マルファスが深く頷きながら応える。その時、統哉が気付いたように声を上げた。
「そういえば、三人はどうしてここに来たんだ? あんたの財力なら、ハワイだのヨーロッパの一等地だの、好きに買い取れるはずじゃないか?」
統哉の疑問にマモンは優雅な所作で指で髪をいじりながら答えた。
「それが、わたくしもよくわからないのです。以前いた世界における<神>との決戦の中、<神>の力によって全盛期の力を封印され、この世界へ飛ばされてきたのです」
「七大罪のほぼ全員がこの世界に集まってしまったわけ、か。偶然にしてはできすぎているよな。その<神>っていうのは意図的に七大罪をこの世界へ飛ばしたのか?」
統哉も真剣な表情で尋ねる。しかしマモンは首を横に振る。
「わかりませんわ。<神>が放ったのは堕天使達をランダムに異なる世界や次元に吹き飛ばすという奇跡……いえ、その強制力はもはや『概念』と言ってもいいでしょう。ですが統哉さんの仰る通り、七大罪のほぼ全員がこの世界に飛ばされてきたというのは、些か奇妙ですわね」
そしてマモンは思い出したように言った。
「ああ、話がずれてしまいましたわね。とにかくわたくしがこの世界へ飛ばされてきた直後に、マル、そしてハルと合流できたのです」
「当初、私とハルは一緒にこの世界へ飛ばされていたのですが、現地時間にしておよそ数時間程度の誤差でお嬢様が私達の目の前に飛ばされてきたのです」
「もーあの時はびっくりしちゃいましたね。まさに『鳩が豆鉄砲食らったような顔』って表現がしっくりぴったりでしたね! 私達、鳥の因子が入った堕天使ですし!」
「……ハル、私はカラスの因子が入っていますし、あなたはコウノトリの因子が入っているのでその表現は間違っています」
「マルちゃん、今のは言葉の綾なんだけど」
「と・に・か・く・で・す」
若干苛立ったようなマモンの声に、従者二人は背筋を伸ばして固まった。
「私達が飛ばされていた時間は今年の春先、場所はヨーロッパでした。当初はそこに腰を落ち着けようと思っていたのですが、急にこの島に行きたくなりまして」
「確かにそれは急だな。改めて聞くけど、どうしてこの島だったんだ?」
統哉の疑問にマモンは首を横に振った。
「それが、わからないのです。強いて言うならば、『この島に行かなければならない』という自分でもわけのわからない衝動に突き動かされたというのが、理由でしょうか」
「……なるほど。そういえばお金はどうしたんだ?」
「幸いな事に、わたくしのポケットマネーが手元に残っていたんですの。わたくしの全財産の一割にも満たない額ですが、おかげで日本行きの飛行機のチケットをはじめ、この島で生活するための環境や道具を調える事は簡単でしたわ」
「……ちなみに、そのポケットマネーってどれくらいあったんだ?」
それは統哉の抱いた純粋な疑問だったが、マモンは笑って答えた。
「正確な額は覚えていませんが、おそらく大家族が一生遊んで暮らせるほどの額はあったと思いますわ、カカッ」
自分とは次元の違うレベルの事を、さも何でもない事のように、かつ清々しい笑顔で答えるマモンに統哉は何も言えなかった。
それから時間は過ぎ、その日の夜。
豪勢な夕食を終えた統哉は自室としてあてがわれているスイートルームのベッドに腰掛け、一息ついていた。
「……いよいよ明日、か」
思わず一人ごちる。
そう。明日の夜、統哉は改めてマモンからのプロポーズに返答しなければならないのだ。
プロポーズを受け入れればマモンに自分の人生を捧げる事になり、拒否すれば七大罪達や眞美に危害が加えられる事になる。
だが、統哉は悩んでいた。
統哉個人の感想としては、マモンは美人だ。
他の七大罪のメンバーも個性豊かで、かつ美人揃いであるが、マモンもその例に漏れる事なく美人であるし、その上器量よし、さらには莫大な資産の持ち主でもある。
そのような美女にプロポーズされようものなら、いかなる男性であれどそのプロポーズを受け入れてしまうだろう。
しかし、統哉はプロポーズを受け入れる気になれなかった。
その理由ははっきりしている。だが、それを言うとマモンを傷つける事になる上、七大罪達や眞美を危険に晒す事になる。
七大罪や眞美、そしてマモンが傷つかずにこの事態を丸く収める方法はないものか。統哉はしばらく考え込んでいたが、結局いい案が浮かぶ事はなかった。
「……とりあえず、風呂に行こう」
風呂に入って気分転換すれば、何かアイデアが浮かぶかもしれない。そう考えた統哉は入浴の準備を始めた。
一方その頃、マモンは自室にマルファスとハルファスを呼んでいた。
「「お呼びでしょうか、お嬢様」」
双子故か、はたまたマモンによって徹底的に叩き込まれた教育の賜物か、一糸乱れぬ動きで深々と頭を下げる女執事とメイド。
「急にお呼びしてしまい申し訳ありません、お二人とも。実は、折り入ってお二人に相談がありまして」
「相談?」
マルファスが首を傾げる。マモンが自分やハルファスにあれやこれやと申しつける事は日常茶飯事だが、こうして相談事を持ちかけられるのは珍しかったからだ。
ふと横に立つハルファスを見ると、彼女も同じ事を考えていたのか目を丸くしている。
「ええ。実は、今のうちに統哉さんとの距離を縮めておこうと思いまして」
なるほど、そういう事ですかとマルファスは得心がいった。
八神統哉という人間はマモンが入念な準備の末に手に入れた人間なのだ。
主がいかなる手段を用いてでも彼を欲しがった理由が、今までに見た事がないほどの強い魂の輝きを持っていたから――つまるところ一目惚れだった事に対して言いたい事は色々あるが、個人的な意見はこの際伏せておく。
しかし、この場合どうアドバイスするべきか。妥協を許さない主の事だ、自分達がしたそのアドバイスを実行に移すだろう。それも、全力全開で。彼女にはやるといったら絶対にやる「スゴ味」があるのだ。しばらく考えた後、マルファスが口を開いた。
「……贈り物はいかがでしょうか?」
するとマモンは首を横に振った。
「最初はわたくしも贈り物をしてはどうかと考えましたわ。ですがマル、彼の態度とまなざしを見たかしら? 彼は物欲や金銭欲よりも、『生きる』という意志が抜きん出ていて、たとえかのかぐや姫が出した五つの難問に提示されていた宝物を贈ったとしても彼は珍しがりこそすれど宝物を突き返し、決してわたくしに靡く事はないでしょう。よって、わたくしはその上を行く方法であの方の心を掴みたいのです」
マモンの言葉を聞き、マルファスは唸った。
主の言う通り、確かに彼は物欲や金銭欲よりも、「生きる」という意志――言い換えれば「欲望」が一際強い事が窺えた。それは裏の仕事を数多くこなしてきた自分の経験則からも断言できる。
しかし、どうしたものか。人間という生き物は大抵金品を与えておけば、誰であろうと、餌付けされた動物の如く、面白いように言う事を聞くものだと思っていたが、今回のケースは初めてである。
マルファスが考え込んでいると、その横でハルファスが能天気な声を上げた。
「はいはーい、それじゃあお嬢様自身の素晴らしさを統哉さんに教えてあげればいいんじゃないですか? そう、『大人のみりき』って奴ですよ!」
「ハル、それを言うなら『魅力』、ですわね」
「そうそう、それそれ!」
言い間違いを指摘されても意に介さず、ハルファスは笑いながら言う。マルファスは彼女の言葉しばし反芻した後、口を開いた。
「……私も、ハルの言う通りだと思います。押しても駄目なら引いてみよ――物や金銭を望まない人物なら、人柄に惹かれるのではないでしょうか? 確かに最初の出会いは悪印象だったでしょう。しかし、お嬢様の人となりを誠意と真心をもって伝えればきっと届きます」
「マル……ハル……」
マモンは目を見開き、しばらく二人の従者を見つめていたが、やがて決然とした表情になり、力強く頷いた。
「ありがとう、二人とも。わたくしは、貴女方のような素晴らしい従者を得られた事を誇りに思いますわ。お二人のアイデア、ありがたく使わせていただきますわ」
二人に感謝を述べたマモンは立ち上がる。
「それでは早速、実行に移しますわ! 先人曰く、『鉄は熱いうちに打て、飯は熱いうちに食え』と! あ゛ーっあっあっあっ!」
漫画やアニメの中のお嬢様がやるような高笑いを、カラスにさせたような高笑いが響かせ、マモンは部屋を後にした。
「……っ……あぁぁ~~っ……」
統哉は疲れと溜息を、声にならない声に乗せて吐き出した。
公衆の大浴場に匹敵するような広さを誇る浴室の中央に鎮座する大理石製の湯船の中央に座り、統哉は真っ白な天井を見上げていた。
今日はマモンと、二人の従者から過去の話を聞く事ができた。三人の話を聞いた統哉の中で、マモンは他の堕天使達と違わずやる事なす事無茶苦茶だが、決して悪い奴ではないという思いが持ち上がっていた。
だからこそ、今の状況は統哉、マモン、そして自分を取り巻く者達にとってよろしくない。
どうにかして、全て丸く収める方法はないものだろうか。
「はああぁ~~~~っ……」
アイデアがなかなか浮かばない事への悩みと、あまりにも広い湯船と、統哉の貸し切りという事実に、思わず彼は両足を広げ、大きく伸びをし、再び盛大な溜息を吐き出した。
「……しかし、本当に広いし疲れに効く風呂だよなぁ」
「そうでしょうそうでしょう」
一人ごちる統哉に、マモンが答えた。
「ああ。料理だって美味いし、色々な設備もよくできてる。これが高級ホテルじゃなくて個人所有の邸だっていうのが本当に驚きだよ」
「カカッ、お褒めいただき恐悦至極に存じますわ」
マモンの嬉しそうな声が響く。
事実、この邸の設備は本当によくできている。食堂やトイレは当たり前の事、廊下や階段に至るまでがきちっと手入れが行き届いており、防犯及び防災設備も非の打ち所がない。その上、執事とメイドが作る料理も店が開けるレベルで美味く、自室に備え付けられた温泉は疲労、肩こり、筋肉痛、HP・SP全回復、攻撃力・防御力アップなどの効能と恩恵が受けられる。何から何まで素晴らしい。
「――って、ギャーーーーーーーーッ!?」
統哉は絶叫を上げ、飛び上がらんばかりに驚いた。そしてマナー違反とはわかってはいたが、咄嗟に頭に乗せていたタオルを腰に巻き、大事なところを隠すのを忘れなかった事に、統哉は自分で自分を褒めてやりたくなった。いや、今はそれどころではない。
「もう、統哉さんったらひどいですわ。そんな赤白のボーダー服をトレードマークにしているホラー漫画家が描く人物が上げるような悲鳴を上げるなんて」
「お前いつからここにいた!? というかどうしてここにいる!?」
目を見開きながら、統哉は目を片手で顔を覆い、指と指の隙間からマモンを見て、もう片方の手でマモンを指差す。
「いつの間にか、ですわ。わたくし、今の今まで体を洗っていたのですが。むしろ統哉さん、今までのやりとりは本当に気付いていらっしゃらなかったのですか? 統哉さん、貴方芸人の才能がありますわ」
「うるさい黙れ。というか……体を隠してくれ……!」
統哉は顔を真っ赤に紅潮させながらマモンに訴えかける。
そう、必死に隠した統哉の視線の先では、濡れた髪を下ろし、結構豊満な胸と足の付け根をボディソープの泡で隠し、それ以外は一切隠す事なく堂々と立つマモンの姿があったのだ。一応彼の名誉のために言っておくと、視線を逸らさないのは決して邪な気持ちがあったからではなく、目を離すと、何をされるかわかったものではないからである。
「あら、大事なところはきちんと泡で隠してますわよ? 何か問題がおありでしょうか?」
「違う、そうじゃない。でも今は、そんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。どうして、お前が、ここにいるんだ」
可愛らしい仕草で首を傾げるマモンに、統哉は頭痛を覚えながらも、一句一句を強調しながら尋ねる。
「わたくし、考えてましたの」
「何をだ」
「今のうちに統哉さんとの距離を縮めておく方法をです。わたくし、それをマルとハルに相談しましたの。すると二人は、『わたくしの魅力』を全面に押し出してみてはどうか、とわたくしにアドバイスしてくださったのです。そこでわたくしは、統哉さんの入浴中に乗り込み、裸の付き合いをしようかと思い立ったのです」
「あんのクソ執事とダメイドがぁ……!」
マモンの言葉で大体の事情を察した統哉はこの場にいないマルファスとハルファスに怨嗟の言葉を吐き出す。マモンはそれに構う事なく、一歩一歩、足を進めて統哉の立つ浴槽に近付いてくる。湯船から立ち上る湯気で体が温まっているにもかかわらず、統哉の頬を冷や汗が伝う。最悪な事に対堕天使用迎撃兵器ハリセンも今は部屋にある。絶体絶命だった。
「ハァハァ……さあ統哉さん、わたくしと裸の付き合いと参りましょう♪ レッツネンゴロネンゴロですわ! ハァハァ……ああ、こういう時、なんて言えばいいのか……そう!」
獲物を狩る猛禽類の目で、興奮か羞恥かわからないが頬を紅潮させ、息をハァハァと荒らげ、手をわきわきさせ、意味不明な事を宣いながら一歩、また一歩と距離を詰めてくるマモン。そして――
「なぁ……スケベしようや……」
「言わねええええええええ!」
マモンが発した唐突の気持ち悪い発言に、統哉が悲鳴に近い声でそう叫んだ直後――
ゴシカァン。
何かを打ち付けたかのような、それでいて妙に凄まじい音が、浴場内に響き渡った。
「……へ?」
統哉が思わず間抜けな声を上げて、音の出所を見ると――
「あ゛~~~~……」
マモンが死にかけのカラスが上げるかのようなか細い声を上げ、大浴場の床に仰向けで倒れ、のびていた。奇跡的に(?)胸と足の付け根を隠す泡はそのままだった。
「……なんで?」
思わず呟く。ふと見ると、床に濡れた石鹸が転がっていた。少なくとも先ほど自分が使っていたものではない。
この事から、統哉の脳内である仮説が浮かび上がった。
1.使っていたものか拾い忘れかは定かでないが、マモンの進路上に石鹸が落ちていた。
2.石鹸に気付かなかったマモンがそれを踏む。
3.マモンが石鹸を踏んですってんころりん。
4.ゴシカァン。
「いやベタにも程があるだろ!?」
この場に自分とひっくりかえっているマモンしかいないにもかかわらず、統哉が叫ぶ。そしてそれどころじゃない事に気付き、統哉は慌てて浴槽から上がり、マモンの側へ近付く。
「あ゛~~~~……」
完全にのびているマモンの頭の下を見ると、頭を打ち付けたらしい床には相当強い衝撃が加えられたのか、蜘蛛の巣状のひびが入っていた。
「……大理石製の床にひび入れるとか、どれだけ石頭なんだよ」
一人ツッコミを入れつつ、統哉は意識と呼吸の有無を確かめ、気絶しているだけで呼吸に問題がない事を確かめた統哉は急ぎ足で大浴場の壁に備え付けられていた電話に近付き、受話器を取って番号を入力した。
『どうされましたか?』
電話に応じたのはマルファスだった。
「マルファスか? 風呂に入ってたらいつの間にかマモンがいて、かと思ったら急に滑って転んで気絶して……とにかくすぐに来てくれ!」
急な出来事が立て続けに続いたせいで自分でも何を言っているのかわからなくなってしまったが、それでも向こうには伝わったらしく、息を飲む気配が伝わってきた。
『……かしこまりました。すぐ参ります!』
「頼んだ!」
通話が切れた。
「来ました!」
「はえーよ! まるで待っていたかのような登場だなおい!」
受話器を置き終えないうちに大浴場のガラスの扉が開かれ、メイド――ハルファスが姿を現した。
あまりの早い到着に対してツッコミを入れた統哉には目もくれず、ハルファスはマモンの状態を確認し、ふうと息をついた。
「大丈夫です、ただ頭を強く打ったせいで気絶してるだけですよ。特に怪我もないみたいですし、後は私達にお任せください」
「そうか、よかった」
言いながらいつの間にか持っていたバスタオルでマモンの体を覆うハルファスの言葉に、統哉はほっと胸を撫で下ろした。するとハルファスはジト目になり、統哉に尋ねた。
「……それで統哉さん? この一見すると意味不明な状況、一体何があったんですか? 返答次第ではただじゃあおきませんよ?」
「最初に言っておくけど、俺は一切手を出していない。実は……」
統哉はハルファスに事情を説明した。風呂に入っていたらいつの間にか大浴場にマモンがいて、自分に迫ってきたという事を説明したところ、ハルファスは大きな溜息をついた。
「なるほどですねー、大体わかりました」
「信じてくれるのか?」
「はい。今の統哉さんは嘘を言っている素振りが全くありません。それに、お嬢様がこんな馬鹿なま……じゃなかった暴挙に走ったのは元はと言えば私達のせいです」
「訂正してもあんまり意味変わらないからな。それで、君達のせいだっていうのは? マモンも君達にアドバイスをもらったと言っていたけど」
今度はハルファスが事情を説明した。
統哉との距離を縮めるために、自分の魅力を全面に出して、人柄をアピールするというアイデアを出した事を伝えた。
「……しかし、まさか私達のアイデアをこういう形で実行に移すとは……想像の斜め上を突き抜けてくれやがりましたね……ないわー、いくらなんでもないわー」
呆れ果てた、という表現がしっくりくる口調でぼやきながらハルファスはマモンを抱き抱えた。
そして統哉の方へと向き直り、
「統哉さん、この度は私達の発言のせいで、お嬢様がとんだ無礼を働いてしまった事、お嬢様に代わってお詫びいたします。本当に、申し訳ありませんでした」
謝罪の言葉を述べた後、抱き抱えているマモンを落とさない程度の角度で頭を下げた。そして頭を上げた後、口を開いた。
「統哉さん、一つ言わせてください。お嬢様は、決して悪気があってこのような暴挙に走ったのではありません。ただ純粋に、あなたとの距離を縮めたかったがための行動なのです。そこは、ご理解していただけたら幸いです。マルちゃんには私から説明しておきますので、統哉さんはごゆるりとお休みになられてください」
それだけ言うとハルファスはマモンを抱き抱えたまま、大浴場を後にした。
一人取り残された統哉はしばし突っ立っていたが、やがて一番大きな溜息をつき、一人ごちた。
「……もう寝よう。今ので物凄く疲れた……」
温泉の効果で取れた以上の疲労を感じながら、統哉は重い足取りで大浴場を後にしたのだった。




