Chapter 9:Part 16 白の狙撃手
「――こうして私は、お嬢様に敗北したのです」
静かな呟きの後、マルファスは小さく息をついた。
「凄い戦いだったんだな……」
マルファスの体験した熾烈な戦いの思い出話を聞いていた統哉は感慨深そうに呟いた。
「あの戦いは私の経験の中で、腹の底まで震え上がるものでした」
紅茶を軽く口に含み、マルファスは苦笑いを浮かべる。
「あら、わたくしもあの戦いはかなりヒヤヒヤしましたわよ? 無数の瓦礫で押し潰されそうになった時は流石のわたくしも焦りましたわ。降りかかってくる瓦礫の僅かな隙間を抜けるという手段を取らなかったら、それがわたくしの墓標となっていたかもしれませんもの」
マモンが微笑みながら返す。そして紅茶を一口飲んだ後、口を開いた。
「それからわたくしは廃墟都市のさらに奥へと進んでいきました。宮殿跡に潜んでいるであろう、ハルに会いに、ね」
スコープ越しにマモンとマルファスの戦いを見届けていたハルファスは手のひらが汗ばんでいくのを感じた。
マルファスの策で一度は倒したと思っていた相手が全くの無傷で彼女と対峙し、その末敗れたのをスコープ越しとはいえ目の前で見てしまったのだ。敗れたマルファスにマモンが何か言葉をかけた後、気絶させたのを見たハルファスは強い不安に襲われた。
自分の相棒が敗北した事、そして相棒を負かした相手が次に自分の元へ来る事、自分がまともに戦えるかどうかという不安がない交ぜになった事からくる強烈なプレッシャーからくるものだった。
マルファスは一度深呼吸した後、両手で頬を三回叩いた。少々強く叩きすぎたため頬が少し腫れてしまったが、先ほどまで感じていた不安とプレッシャーはすっかり消え去っていた。
そして、自分の戦いをするためにその場から音もなく姿を消した。
廃墟都市を進みながらマモンは絶えず周囲に意識を走らせ、ハルファスの気配を探っていた。
時間が経つほど、右手にあった動かないという感覚はじわじわと範囲を広げ、今はもう右腕全体が動かないところにまで至っていた。魔術や医療的処置ができれば何とかできそうだが、今は任務の遂行が最優先だった。
「さてさて、あの子はどこに隠れて何を仕掛けてくるのかしら……ん?」
その時、マモンは足元に光るものを見つけた。とは言ってもそれは瓦礫で埋め尽くされた道のほんの僅かな隙間から覗くほど、微かな光だった。
本来ならばマモンは何の関心も示さないところだったが、その微かな光はマモンを惹きつけて離さなかった。
どこから敵が襲ってくるかわからない状況で、足を止めてその身を晒すなどという事は自殺行為に等しかったが、マモンは素早く身を屈めて片手で瓦礫を取り除き、それを拾い上げた。
それは、かつて人類の文明がそこにあった事を示す、旧時代に使われていたという金色の硬貨だった。
マモンはそれを日光にかざし、ためつすがめつしながら眺めていたが、やがてポツリと呟いた。
「これ……純金じゃありませんの?」
そう呟いたマモンの口元が思わず緩む。堕天使や悪魔の中には旧時代の人間が使っていた道具に強い関心を示す好事家も少なくなく、特に紙幣や貨幣といったものはその彫金技術やお札に施された透かしと、彼らを喜ばせる要素がふんだんに含まれているのだ。もしかすると、何かしらの交渉材料に使えるかもしれないし、場合によってはそのまま自分の手元に置いておくのも悪くない。
まずは任務を終えて拠点に戻り、この硬貨が何時の時代の物かを調べなくては。
そう考え、マモンは硬貨を着物ドレスの右袖に放り込んだ。
その時、マルファスの第六感が警告を発した。間髪入れずマモンは横へ飛び、瓦礫に身を潜めた。
ほぼ同時に、彼女の頭があった位置を一発の弾丸が飛んでいくのをマモンの超絶な動体視力は捉えた。しかも弾丸には魔力を持つ者に絶大な威力を発揮する特別な術式が施されていた事をマモンは一瞬で見抜いていた。
通常の弾丸ならば、急所に命中させたとしても(そもそも命中させられるかどうかすら怪しいが)そこまで大きなダメージにはならない。しかし、あの弾丸は直撃すれば対象の魔力をかき乱し、異能を封じ、そして死に至らしめる代物だ。
あと僅かでも反応が遅れていたら自分の頭部は破裂したトマトのようになっていたに違いない。そう思わせるほど、相手の射撃は正確だった。
瓦礫に身を隠しながらマモンは今の狙撃がどこからのものかを考えていた。
あの狙撃はマモンの真正面にあたる位置から、それなりの角度がついた状態で放たれた。つまり相手は自分を真正面に捉える事ができ、なおかつ高い位置から狙撃した事になる。
マモンは瓦礫から僅かに顔を出し、視界に収められる範囲でその条件に合致する位置を探った。
彼女の見る限り、条件に当てはまる位置は東に建つ数棟のビルの廃墟。ハルファスが潜んでいるのは、その建物のいずれかという事になる。
彼女の移動経路も見越して、建物を調べるしかなさそうですわね。
そう結論づけたマモンは瓦礫から飛び出し、一番近い位置にあるビルの廃墟へ走り始めた。
それからしばらくして。
ハルファスが潜んでいる可能性があったビルの一つを捜索し終え、何の成果も得られなかった事にマモンは溜息をついた。そしてその様子をハルファスが堕天使の人間離れした視力をもって「宮殿廃墟」から眺めていた。
やはり真正面のビルから調べに行きましたか。ですが、残念ながらハズレです。
相手の焦りが見え隠れする顔を見ながら、ハルファスはほくそ笑んだ。
確かに自分はそこから撃ちました。ですが、「直接」トリガーを引いたわけではないんですよね、これが。
そう考えるハルファスがいるのは宮殿廃墟屋上のバルコニーの片隅。そして彼女の周囲には、たくさんの小型モニターが設置されており、廃墟都市の様子を様々な場所から映し出している。これは、自分達を始末しようと襲ってきた人間の軍隊達から奪い取ったものを独自に改良したもので、モニターの側に設置された無数のボタンが付いた機械の、それぞれに対応したボタンを押せば弾丸が発射されるという仕組みだ。
もちろん、自分が手元で操作している事を悟られないよう、配置はできるだけまばらにしてある上、弾丸を発射し終えると自動でライフルと三脚を崩す仕掛けも作っておいた。こうすれば相手は自分が慌てて移動したと思うだろう。
このような攪乱作戦をとる事で、相手の思考能力と体力をじわじわと奪いつつ、自分は拠点からタイミング良く「狙撃」を行う。もちろん、自分がここから相手の様子を逐一見ている事を悟られないために、光の反射で位置が割れる危険性のあるスコープ類を使わず、自分の持つ凄まじい視力で相手の位置を探る――これがハルファスの考えた作戦だった。
「もうしばらく、私がどこにいるのか迷っていてもらいましょうかね。……冷や汗かいちゃえ」
そう言うとハルファスは不適な笑みを浮かべて手元にある機械のスイッチを押した。
一方その頃。
ハルファスが潜んでいると当たりをつけたビルの廃墟がハズレだった事にマモンは溜息をついていた。
「おかしいですわね。あの距離と角度からして、この辺りにいると思っていたのですが」
相手の移動経路も計算に入れた上で移動と探索を行っていたのに相手がいない。ただ、当たりをつけていたビルの中には弾のないスナイパーライフルと固定用の三脚が残されていただけだった。
「しかし、わたくしを狙撃してからの動きが妙に速いですわね。それも、武器を放置して移動するとは、よほど余裕がなかったのか……それとも……?」
マモンが一人ごちつつ相手の動きを考察していたその時、彼女の近くにあったコンクリート製の壁が砂糖菓子のように粉砕された。
即座にマモンは考察を中断し、近くの瓦礫に隠れる。
「別の方角から!?」
思わず小声で叫ぶ。先ほど狙撃されたのは東。しかし今撃たれた方向は西。
あの短時間で真反対の方向へ移動するという事は、相手は超加速能力を持っているというのか。マモンはそう推理した。しかし、自分の直感はそうではないと告げている。反発する思考と直感。しばしの逡巡の後、マモンは弾丸が放たれた方向――西へ走り始めた。
「んふっふ~、焦ってる焦ってる」
西へと走るマモンをハルファスは宮殿廃墟からニヤニヤしながら眺めていた。
おそらく相手は自分がそっちにいるだろうと考え、捕まえようという魂胆なのだろう。しかし、それもまたハズレだ。
マモンが走っているコースにも狙撃装置は仕掛けてあるが、今はまだ使うときではないだろう。
そう考えていると、間もなくマモンは狙撃装置を仕掛けていた場所にさしかかるところだった。
精々見当違いの場所を必死こいて探すといいです。
そう考えていたハルファスは次の瞬間、思わず目を剥いた。
彼女の視線の先でなんとマモンは急に方向を変え、見通しが良い通りに建つビルの廃墟へ入っていたのだ。
「……まさか、バレた?」
ハルファスの頬を一筋の汗が伝った。
「やはりそういう事でしたのね」
見通しの良い通りに建つビルの廃墟で、たった今自分が蹴飛ばしたライフルと三脚を見てマモンは呟いた。
自分の直感は正しかった。相手は超高速で移動しながら狙撃を仕掛けていたわけではない。ただ、自分が通る可能性のあるルートに存在する建物や瓦礫の中に遠隔式の狙撃装置を設置、自分がそこを通り、隙を見せた瞬間に起動、自分を撃ち抜くという仕掛けだったのだ。
「ご丁寧に弾は一発……食えない相手ですわね。しかし、これはあちこちに同じような仕掛けがあると見ていいですわね。ならば……」
蹴飛ばしたライフルを検め、マモンは何か思い立ったかのようにライフルを踏みつけた。鈍い音を立ててライフルが壊れる。
「貴女の手品のタネはもうわかりましたわ」
そう呟き、マモンは不敵な笑みを浮かべた。
「……あっちゃー、これバレちゃったなー」
宮殿廃墟からマモンが足を踏み入れたビルを用心深く見張るハルファスが難しい顔で呟く。
マモンがビルに入って十分は経過しただろうか。突然方向を変えてビルに入っていった事、そしてビルに入ってなかなか出てこないところを見ると、自分の作戦はバレたと思っていいだろう。
となれば、頭の回るマモンの事だ。次はいよいよこの宮殿廃墟に突入してくる可能性が高い。
彼女は決戦の時が近付いた事を悟った。緊張感が一気に高まり、アドレナリンが噴き出すのを細胞レベルで感じていた。
幸いな事にライフルの仕掛けはまだまだ残っている。それでしばらく時間稼ぎをしつつ迎撃準備を整えよう。
そう考えたハルファスだったが、次の瞬間、ハルファスは驚愕すると共に今の自分の考えが愚かだったという事を思い知った。
ハルファスの視線の先では、なんとマモンが高速でビルに空いた穴から別のビルへ、もしくは地面へと降り立ち、またビルへと飛び移っていく姿があった。
一瞬高速で飛行しているのかと思ったが、よく見ると相手は空を飛んでいない。ただ、ビルからビル、もしくは地面へと飛び移っているだけだ。これは事前に彼女が定めていたルール、「飛行による移動は行わない」に違反していない。
ハルファスの脳裏に、かつて読んだ漫画の一場面が思い起こされた。
確か、主人公達がワイヤーとガス噴射を用いた高速移動ができる装置を用いて自分達より遙かに大きい巨人を相手に、生き残りを賭けた決死の戦いを挑んでいくという話だ。今、目の前で繰り広げられれている機動はまさにそれではないか。
「なんて、やつ」
ハルファスは思わず感嘆した声で呟いていた。これでは仕掛けていた狙撃装置も意味を成さない。相手が的を絞らせないように行っているランダム高速機動、そして廃墟の中に飛び込む事で遮蔽物とする。完璧な対策だ。
ハルファスが考えていた僅かな間に、マモンは宮殿廃墟の入口にたどり着いていた。
思わず歯噛みする。相手の動きに気を取られている間に拠点にまで接近されてしまった。普段の自分からすればあり得ないミスだ。
しかし、ミスを悔やんでいる暇はない。今はただ、相手を全力で迎撃するしか自分が生き残る道は残されていないからだ。
「やっと着きましたわ。さて、白いお嬢さん、今会いに行きますわ。ですが、その前に」
宮殿廃虚を見上げ、洒落た言葉を呟くマモン。いよいよ宮殿廃墟へ足を踏み入れるのかと思われたその時、マモンは壁に貼り付く姿勢をとると、外壁に手を当てて何かを探るような動きで、外壁に沿って歩き始めた。その姿勢で歩く事しばらく、何かを見つけたのかマモンはニヤリと笑った。
「……ああ、ここですわね」
そう言うとマモンは<大烏の嘴>を呼び出し、左手で掴むと勢いよく壁へ突き立てた。
ハルファスは焦りながらも必死に突破口を見出そうと考えを巡らせていた。
現在手元にある武器はマガジン一個分の弾薬を備えたハンドガン一挺、そして切り札とも言えるスナイパーライフル一挺。
正直言ってあのマモンを相手にやり合うにはとてもじゃないが力不足だ。
相手の動きが予想以上に速く、武器を手元に揃えておく時間が確保できなかったのだ。
一か八か、マモンと遭遇する危険を承知の上で一階の隠し部屋に造っておいた武器貯蔵庫に行き、装備を調えた上で対峙するか。
ハルファスがそう考えた矢先だった。
突如、爆発音と振動が宮殿廃墟を襲った。
「やられた……!」
ハルファスは血が出るほど唇を強く噛んだ。彼女は今の爆発音と振動のあった方向から全てを察した。
どうやって突き止めたのかはわからないが、相手は武器貯蔵庫を破壊したようだ。
これで武器はほぼ全滅。相手がどのように仕掛けてくるにしろ自分は手元にあるこれらの装備で戦うしかなくなった。
「最後まで、付き合ってよ……!」
ハンドガンとスナイパーライフルをそっと撫で、ハルファスは柱に背中を預けた。
永遠とも思われた長い静寂の後、ブーツの音を響かせ、優雅な足取りでマモンが屋上のバルコニーへとたどり着いた。
「ここが終点ですわ。貴女がそこに隠れている事は存じ上げてます。もう武器庫もなし。さあ、決着を付けようではありませんか」
よく通る高らかな声でマモンが言う。柱に背中を預けているハルファスはただでさえ抜いている体の力をさらに抜いた。
相手との距離は約一〇メートル。そして相手は今、こちらを見くびって油断している。勝負するなら――今!
薄く開いた口から一瞬息を鋭く吐き出し、ハルファスは柱の陰から飛び出し、ライフルを構えた!
が、ハルファスは撃たなかった。いや、撃てなかったという方が正しいだろうか。
そこに立っていたのは、動かない右腕を隠さず、あまりにも無防備な姿だが、それでいて堂々と立つ一人の貴婦人の姿だった。
その姿は砂埃で薄汚れてはいたが、全身から侵し難い荘厳さが溢れていた。
プレッシャーにも似た強大な存在感に気圧され、ハルファスは反射的に再び柱の後ろへ隠れ、大きく息を吐いた。知らず知らずのうちに呼吸が荒くなっていた。
「――私は、お嬢様と対峙したそのわずか一秒足らずの間にこの戦闘の結末を想像し、戦慄しました。それは、私の暗殺者としての経験があらゆる状況を想定した上で弾き出した結論でした。『私は殺られる』。敵を前に、堂々とした佇まいで立つその姿は一見すると隙だらけですが、瞬きすらしないその身のこなしから、私は相手が相当の場数をくぐり抜けてきた手練だとすぐに理解しました。試しに私は、イメージの中で自分が得意とするパターンでお嬢様に仕掛けました」
遠くを見るような目をしながら語るハルファスの、ティーカップを支えている手に力がこもった。
パターン1。
今一度柱の陰から飛び出して一瞬で胴体に狙いを定め、一弾に賭ける。
発射。
相手は紙一重の差で一弾をかわし、一気に距離を詰める。
自分が万一のために構えたハンドガンは一瞬のうちに叩き落とされ、相手が自分の頭を掴む。一瞬の浮遊感。そして衝撃、暗転。
パターン2。
ちょうど自分の横は手すりが壊れていて通れるようになっている。撃つふりをしてその隙間から脱出、全力で逃走。
しかし相手はそれよりも速く得物を握り、空高く跳躍、自分の動いた先めがけて急降下。胴体を貫かれる衝撃、そして真紅。
「……何度シミュレーションしても、結果は同じ。それは、絶対に覆る事のない事実でした」
「でも、そのままでは」
統哉が緊張感を滲ませた声を上げる。ハルファスは統哉に軽く頷き、続けた。
「はい。このままではいずれ殺られてしまう。私はこの状況からどうすれば逆転できるのかを必死で考えました。その時、私は閃きました。相手が動き出すと同時に撃つのではなく、相手が動いてから撃てばいいと」
「相手が動いてから?」
統哉が疑問を呈す。
「そう、相手が動き出してからコンマ一秒、ほんの僅かな体のブレを狙って、その一瞬に弾丸を撃ち込む……それが私の最後の策でした。いくら七大罪といえど肉体があるなら動いた時に必ず何かしらの体のブレが生じるものです。その一瞬にも満たない僅かな隙は、何者も対応できないからです。そして私は、作戦を実行するために最適のタイミングを待つ事にしたのです」
いつの間にか陽は傾き、夕焼けの光が辺りを照らし始めた。
今、この場を支配するのは風だけ。
覚悟を決めるため、ハルファスは弾丸をライフルに装填した。
これで準備と覚悟はできた。後は時を待つだけ。
そこから、ハルファスは考える事をやめた。
マモンが何を策していようと、マモンがどんな方法で攻撃してこようと――
次の一瞬で、このスナイパーライフルのトリガーを引くだけだ。
もう互いに次が勝負の時。しかし、この膠着状態を打破するには、自分に何かが足りない。マモンはそう考えていた。
「……参りましたわね。何か一手あれば……」
そう一人ごち、無意識のうちに左手を着物ドレスの右袖に差し入れたその時、マモンは何かに気付いた。刹那、彼女の脳裏に閃きが走った。
彼女は左手を袖の中に収め、軽く握り締めた。
次の一瞬で、全てが決まる。
二人が同じ事を考えたその時――
風が止んだ。
二人は同時に柱から飛び出し、ハルファスはライフルのトリガーに指をかけ、構え、一瞬にも満たない隙を狙う!
しかし対するマモンは走り出す事なく、ただ立っているだけ。
「当たれぇっ!」
最早祈るような気持ちでハルファスは叫び、トリガーを引いた!
同時にマモンは左腕をまっすぐに伸ばし、指で何かを弾いた!
指で弾いた衝撃で壊れないように、かつ彼女の力の大半を乗せて放たれた「それ」は夕陽を浴びて輝きながらまっすぐに飛び、放たれた弾丸と交錯!
「それ」は高速回転しながら飛ぶ事により、周囲に強い空気の流れを作り、マモンの眉間めがけて放たれた弾丸の軌道を僅かにずらした。
軌道をずらされた弾丸はマモンの右頬を掠め、背後の壁に着弾。そしてマモンの放った物体は夕陽を浴びて一際強く輝き、ハルファスの眉間に命中した!
ハルファスはその衝撃に思わず目を閉じてしまう。
キン、という軽い金属音の後、マモンが弾いた物体が床に転がった。それは、マモンが先ほど拾った純金製の硬貨だった。マモンは咄嗟に右袖の中にあった硬貨を右手に忍ばせ、全神経を集中してハルファスめがけて指で弾いたのだ。
もちろんこれでハルファスが仕留められるわけがない。そもそもマモンが狙っていたのは一瞬の隙だったのだから。
そしてマモンの目論見は見事に成功、彼女が一番欲しかった一瞬の隙がその手に転がり込んできたのだ。
マモンはその隙に全てを賭けた。
マモンは目にも留まらぬ速さでハルファスの元へ接近、それを察したハルファスはとっさにハンドガンを手にし、発砲しようとするがそれより早くマモンがその手を掴み、強引に捻じ曲げた。
関節が外れる嫌な感覚の後、痛みが走る。感覚を失った手からハンドガンが落ち、ハルファスは声にならない声を上げながら床にうずくまった。彼女が視線を上に向けると、そこには――
夕陽に照らされ、神秘的な輝きを放つ金色の髪を靡かせる絶対者がそこに立っていた。そして彼女は満面の笑顔を浮かべ――
「貴女、いい腕をしていますわね。今からわたくしの従者になりなさい!」
満面の笑顔だが、それでいて有無を言わせぬ口調でマモンは言い放った。
「あなた、初めから……?」
ハルファスはしばらく呆然とマモンの笑顔を見つめていたが、やがて全てを察したのか全身から力を抜いて大きな溜息をつき、傍らに落ちていた硬貨を無事な方の手で拾い上げ、苦笑しながら言った。
「……これ、純金じゃないですか?」




