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Chapter 9:Part 13 二羽の凶鳥と一羽の強欲

 遙か昔、天使達が住まう天界から「七極天使」――後に「七大罪」へと名を改められた者達をはじめ、およそ三分の一にあたる天使達がそれぞれの思惑のため、「神」への反逆、及び地上界への離脱――堕天を遂げた。

 その中には、ハルファスとマルファスの姿もあった。彼女達はかつて「神」や「七極天使」の命令を受け、地上界で任務を遂行していた。

 地上に蔓延る魔獣の討伐。人間達を堕落させようとする者、いわゆる「悪魔」と呼ばれる者の監視。敵勢力への潜入、諜報活動。そして――暗殺、もしくは殲滅と、血(なまぐさ)いものが大半であった。

 巷では祀り上げられ、敬われる二人。しかし、その手は血で汚れきっていた。

 二人にとって「神」や「七極天使」からの命令を果たす事は任務であり、絶対だった。

 しかし、いつしか二人にとって、その命令は自分達を縛る鎖となっていった。

 戦って、殺す。音もなく、殺す。戦って、殺す。音もなく、殺す。繰り返されるループに二人の心は荒み、二人の心は人間で言うところの「心が折れた」というレベルにまで達していた。

 そして、二人の中にある欲望が芽生える。


 自由が欲しい。

 誰からも命令される事なく、何者にも縛られず、好きなように生きる事ができる自由が欲しい。


 その欲望は「神」、そして「七極天使」の意志に背くものに他ならなかったが、二人はそれを己が内面にひたむきに隠し、血腥い命令を遂行する日々を送っていた。


 しかし、ある日二人に転機が訪れる。

「七極天使」が「神」に反旗を翻し、地上界への脱出――堕天を決行したという知らせが届いたのだ。

 そして、ある者は彼女達に同調し、またある者は自分の中に巣くっていた欲望を満たすため、堕天する天使達が次々に現れた。

 マルファスとハルファスも、「自由が欲しい」という欲望を満たすため、堕天を決行した。


 天界より堕天を防ごうとする天使達を退け、堕天に伴う魂への凄まじい負担を克服し、晴れて堕天使となった二人は、自由を求めて各地を放浪し、やがて大きな砂漠地帯に存在するかつて宮殿だった廃墟へ腰を落ち着ける事に決めた。

 食事や水分、そしてそれを得るための金銭は、砂漠地帯に出没する魔獣を狩る事で得た。ヒトとかけ離れた身体能力と自分達の能力を最大限に生かし、その爪や牙、鱗や甲羅などを剥ぎ取り、それを離れた町へと売りに出かけ、その売り上げを暮らしに充てる生活を始めた。

 時々、彼女達の縄張りとは知らずに足を踏み入れた哀れな盗賊や怪物(人々の噂に尾ビレや背ビレがつきまくったものではあるが)が潜んでいると聞きつけて討伐へ乗り出した賞金稼ぎや軍隊がやってくる事があったが、二人はそれを難なく撃退し、彼らが使っていた武器や道具を売り払い、使い出がありそうなものは補修して役立てた。

 それはどこか殺伐としたものだったが、二人にとってはこの上なく充実した毎日だった。




「……いや、充実の方向性がおかしい」


 統哉がドン引きした表情で言う。無理もないだろう。執事とメイドという格好をした二人がかつて荒みに荒んだ生活をしていたというのだから。


「ですが、その生活も長くは続かなかったんです」


 ハルファスが声のトーンを落として言う。


「何があったんだ?」


 すかさず尋ねた統哉に、ハルファスが少し間を置いて答えた。


「……砂漠で生活している私達の事が、堕天使を監視していた天使達にバレて、そしてその情報を受けた天使達への信仰が篤い――いえ、狂信的といってもいい、大国の軍隊が私達を討伐するために投入されんです」




 夜の砂漠に、大きな爆発音と、それから一瞬遅れて大きな火柱と爆煙、そして燃える砂塵が立ち上る。彼女達が事前に仕掛けていた特製の対戦車地雷が炸裂したのだ。

 従来の威力を大きく上回るよう調整された対戦車地雷は、戦車を中にいる搭乗員もろとも跡形もなく破壊した。

 仲間の戦車が近くで破壊された事に慄いたのか、もう一台の戦車が敵を探るように砲塔を回転させる。

 その隙を逃さず、戦車から数メートル離れた小さな瓦礫に隠れていたカラスの濡れ羽を思わせる黒髪をショートボブに切り揃え、黒い戦闘スーツに身を包んだ堕天使――マルファスが獲物を狩る猛禽類の目で戦車に音もなく接近し、戦車にヒラリと飛び上がる。


「ノロマが……」


 一言吐き捨て、彼女はシースから大振りのコンバットナイフを抜き放ち、ハッチへと突き立てる。そして紙を切り裂くかのように、一気にハッチを切り裂いた。

 そこへすかさず、用意していた手榴弾のピンを引き抜いて放り込む。すかさず退避。直後、内部で爆発による振動、装甲越しの熱。

 すると、切り裂かれたハッチから火傷を負った兵士達が我先にと飛び出してくる。マルファスは彼らに対し、何の感慨も抱かぬ目で飛びかかり、ナイフを突き立て、切り裂き、振り回した。

 彼女が動く度に、血飛沫と兵士達の断末魔が上がる。

 あっという間に数人の兵士を血の海に沈めた後、マルファスはまだ残っているであろう敵を掃討するため、砂漠を音もなく疾走する。


 一方、戦車部隊とは別行動をとり、挟撃を仕掛けようとしていた歩兵部隊も窮地に立たされていた。

 つい先ほどまで百人ほどいた部隊があっという間に数人にまで減らされていたのだ。

 ある者は正確無比な狙撃によって眉間や心臓を撃ち抜かれ、またある者は至近距離からのハンドガン、あるいはマシンガンによる掃射を受け、倒れていく。


「くそっ! たった一人の敵にここまで追い込まれるとは!」


 アサルトライフルを必死に構えながら一人の兵士が叫ぶ。その顔からは完全に血の気が抜け落ちており、蒼白を通り越した顔色をしていた。


「奴は! 奴はどこだ!」

「ここですよー」


 恐怖のあまり思わず叫んだ兵士に応えるかのように、場違いに明るい声が彼の耳朶を打った。

 兵士は即座に声のした方向へ振り向こうとした。しかし、できなかった。こめかみにハンドガンの銃口が押し付けられていたからだ。


避けてみて(ダッジ・ディス)


 直後、軽い銃声が響き、兵士は血や脳漿をぶちまけながら倒れた。


「馬鹿ですねー。戦場でそんな風にギャーギャー騒ぐのは自分の位置を敵に教えているようなものですよ……あ、今ので弾切れちゃった」


 手にしていたハンドガンを、ジュースの空き缶を投げ捨てるかのような感覚でポイと投げ捨てた長く白い髪の毛をサイドポニーに纏め、白い戦闘スーツに身を包んだ堕天使――ハルファスは場違いに明るい口調で腰のホルスターから次のハンドガンを取り出した。


「皆、諦めるな! とにかく撃て! 撃ちまくればいくら堕天使でも死ぬはずだ! 我々の使命を忘れるな! 悪しき堕天使を滅ぼし、我々こそが正義だと示すのだ!」


 少しでも士気を取り戻そうと、隊長らしき兵士が叫ぶ。その言葉が効いたのか、兵士達は雄叫びを上げ、互いに身を寄せ合いつつ一斉にアサルトライフルをハルファスに向ける。


「ばーか」


 ハルファスは一言呟き、突如大地を蹴って一気に兵士達へ接近した。一ヶ所に固まっていた兵士達は慌てて狙いを定めようとしたが、それは互いのアサルトライフルの銃身をぶつけ合う結果となった。

 その時、ハルファスが跳躍した。そして兵士達の真ん中へ着地すると、まるで深呼吸をするかのような動作で両腕を広げた。


 それが、兵士達の見た最後の光景だった。


 両手に握られたオートマチックハンドガンが同時に火を吹いた。ハンドガンから吐き出された空薬莢が地面に落ちるよりも早く、二人の兵士が倒れる。

 倒れた兵士には目もくれず、ハルファスは腕を動かして撃ち続ける。

 彼女は降り立った位置から一歩も動かず、周囲三六〇度、瞬時に、かつ的確に銃口を向けて手近な兵士を撃ち抜いていく。その様はまるで、機械仕掛けの人形が踊るかのようであった。

 そして最後にハルファスはその場で独楽のように高速で一回転した。回転と同時に放たれた弾丸が、隊長を含めた残りの兵士達を撃ち抜いた。

 そして回転した後、直立姿勢に戻った彼女はちょうど全弾を撃ち尽くした両手のハンドガンをパッと手放した。

 この間、わずか数秒。

 両手のハンドガンが地面に落ちた音を最後に、辺りは静寂に包まれた。その場に存在するのは、空薬莢と、硝煙と血の臭い、兵士達の死体、そしてその真ん中に立つハルファスだった。


「蜂の巣作りすぎですよ、ハル」

「刺身作りすぎじゃない、マルちゃん?」


 そこへ、マルファスが声をかけた。ハルファスが振り返って見ると、どうやらマルファスも敵を殲滅したようで、彼女の顔とスーツのあちこちが血で彩られていた。


「その様子だと、あなたも全く問題なかったですね」

「マルちゃんこそ。久々に楽しめるかと思ったのに、興醒めだよー」


 口調こそ仲のいい者同士の談笑そのものだが、二人の目つきは変わらず獲物を狩る猛禽類のそれだった。


「しかし、人間達ってここまでできるんだね。元々は天使や悪魔がもたらした技術の一部分をここまで解析した上で応用してしまうんだもん。私も、この『銃』っていうのは好きだなー。掌よりちょっと大きいだけのものが、簡単に大きな威力を叩き出せるんだもん」


 落ちていたハンドガンを拾い上げ、手の中でくるくると弄ぶハルファス。その顔はすっかり銃火器の使い勝手に味を占めたものだった。


「まあ、私達にとってみれば役に立つ道具であるとともに、資金源でもあるわけですが」


 そんなハルファスの様子に、マルファスは軽く嘆息する。


「さて、それじゃあ」

「楽しい剥ぎ取りタイムといきましょーか」


 それから彼女達は、兵士達が持っていた銃火器、ナイフ、食料、それに戦車や戦闘車両に使われていた装甲や電子機器を心行くまで剥ぎ取り、回収したのだった。




「統哉さん、大丈夫ですか?」

「……ああ、なんとか大丈夫」


 二人の話が一区切りついたところで、マモンが統哉に尋ねた。二人の生々しい戦いの話を聞いていた統哉は、完全に言葉を失っていた。


「……二人とも、なんていうか、その……壮絶な生き方をしてきたんだな」

「生きるために、手段は選んでいられなかった。それだけの事です」


 統哉の言葉に、マルファスは強い意志を込めた口調で答えた。


「だけど、この件は七大罪の方々に知られる事になってしまったんです。それが、私達の生活の終わりの始まりでした」


 軽い溜息とともに、ハルファスが呟いた。




 マルファスとハルファスによる人間の軍隊の壊滅。

 この報は堕天使達の持つ情報ネットワークの知るところとなり、それは堕天使達のトップに君臨する七大罪の耳にも入った。


『……というわけでさ、マモン。やんちゃしてる堕天使二人をなんとかするっていう大事な仕事を君に頼みたいんだ。それもちゃちゃっとね』

「……唐突ですわね」


 凛としながらも、どこかフランクさを感じさせる女性の声が部屋に響く。その声にマモンはよく手入れされた金髪を髪を搔き上げつつ、溜息と共に言葉を吐き出した。彼女の奇行と唐突な無茶ぶりは今に始まった事ではないが、その矛先が自分に向いたという事に、彼女は溜息をつかざるを得なかった。

 地上界に存在する、ある町の一角に存在するマモンの隠れ家。そこで彼女は天界の技術の一つである通信装置を使って、人間の技術でいうところのボイスチャットのようなもので、声の主と会話していた。


『仕方がないだろう。私は朝から昼まで――ああ、朝、昼、夜、朝、昼な? とにかく朝から昼まで働きづめだったんだ。他の七大罪達もそれぞれの事情で動いてるし、現在、二人が潜伏しているエリアまでの距離からして、すぐに向かえそうなのは君しかいないんだ。ねね、いいだろう?』

「やけに性急ですのね。何か理由があるんですの?」


 マモンの問いに、声の主は声を低くして答えた。


『二人の身の安全のためだよ。今回、あの国の軍隊が動いたのは、天使達が彼らを使った強行偵察にすぎない。実際二人がどういう戦い方をしていたかは天使達に筒抜けだっただろうし、おそらく近い内に天使達による攻撃が始まる。そうなれば、いかにここまで天使達の目を掻い潜ってくる事ができた二人でも、圧倒的な数によって追い詰められ、殺されるだろうね』

「駒にされた人間達はお可哀想ですわね。それはともかく、事情はわかりました。その件、わたくしが請け負いましょう。その二人はどういった堕天使なんですの?」


 事の重さを理解したマモンは用件を聞く事にした。


『名前はマルファスとハルファス。姉妹のようにそっくりな堕天使で、地上で活動していた際は諜報、暗殺任務を得意としていたが、それ以外の事はよくわからない』

「それだけの事しかわからないって、ちょっと情報が少なすぎじゃありませんこと?」

『いくら私でも堕天使全員を把握してるわけではないさ。それに、二人は地上で静かに暮らしたいがために他の堕天使達との繋がりを断っていたようで、その隠密力には脱帽だね』

「はあ……それで、その二人を捕縛した後はどうするんですの?」

『さて、どうするかね。彼女達の能力を活かせる場所で活躍させるのがベターだとは考えているが……適材適所ってやつだな』


 声の調子からして、彼女は色々考えを巡らせているようだ。その時、マモンが声を上げた。


「……興味が沸きましたわ。その二人の処遇、わたくしに任せていただけませんこと?」

『君にかい?』


 声の主は意外そうな声を上げた。だがしばらくすると、面白くて仕方がないといった様子で笑い出した。


『……そうか、そういう事か! 君の考えている事がわかったよ、マモン。いいよ、二人の処遇は君に一任する。『適材適所』、か。クックック』

「それでは早速準備して、発つ事にいたしますわ。二人の位置情報と、画像があれば送っていただけるかしら?」

『もう送ってある。それでは、よろしく頼むよ。グッドラック』

「承りましてよ――ルシフェルさん」


 そこでマモンは通信を切った。そして、通信装置を操作し、ルシフェルから送られていた位置情報のデータと、マルファスとハルファス両名の正面から見た全身画像を確認する。

 二人は髪と目の色以外、顔立ちや体つきが全く一緒で、画像越しにマモンを見返してくる目は猛禽類を思わせる。そして、その目には気高さと不敵さ、意志の強さを宿しているのを彼女は見て取った。


「……いいですわね。わたくし、貴女方に会えるのを楽しみにしておりますわよ」


 ルシフェルの指定した場所にいるであろう二人の堕天使に、マモンは画像越しに呼びかけた。

 それからマモンはすぐに手紙をしたため、自分の使い魔であるカラスに命じてその手紙を運ばせた。マルファスとハルファスの元へ。




「……それからわたくしは準備を整え、二人の元へ向かったのです」


 紅茶を一口啜り、マモンが言葉を紡ぐ。


「あの砂漠での戦いは、今でも鮮明に覚えていますわ……」


 彼女は昔を懐かしむかのような目をして言った。

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