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Chapter 9:Part 10 痛みより覚めて

 時は午後九時。

 統哉がマモンと夕食の席に着く前に遡る――。




「……う……くあ……?」


 全身を苛む激痛によって、ルーシーの意識が強制的に覚醒させられる。


「……あっ、気が付いた! あの、ルーシーさん……私がわかりますか?」


 突然声をかけられ、ルーシーは朧気な視界を声のした方向へ向け、誰何する。


「……よう、カール。久しぶりだなぁ……」

「誰ですかカールって!? 私は犬ですか!?」

「……冗談だよ、瀬籐眞実」


 顔を赤くして詰め寄ってきた声の主――眞実に笑いかけ、ルーシーはやっとの事で身を起こした。見ると、半袖シャツとハーフパンツという格好に、体のあちこちに包帯が巻かれている。


「いつつ……ここはどこだ? どうして私はここにいるんだ? この格好はどういう状況だ?」

「ルーシー、質問は一つずつにしてくれないかな?」


 別の声がかけられる。ルーシーが視線を向けると、部屋の入り口に先ほどのやりとりを聞きつけたのか、アスカとエルゼが立っていた。


「眞実ちゃんのおかげだよ? たまたま通りがかった眞実ちゃんが大怪我をして血溜まりに倒れているルーシーを見かけて、すぐにあたし達に連絡してくれたんだよ。で、急いで統哉君の家に運び込んであたし達が応急処置をしたの」

「そうか……ありがとう……手間を取らせてすまない……そうだ、統哉は…………とう……や……?」


 統哉の名を呟いた途端、ルーシーは目の色を変えて跳ね起きた。急激に体を動かしたせいで全身が悲鳴を上げるが今の彼女にとってそれは些末な事だった。


「エルゼ! あれから何時間経った!?」

「よ、四時間だよ! ってルーシー、無理しないで! 傷口が開いちゃうよ!」


 エルゼに掴みかかり、激しく揺さぶるルーシーは彼女の言葉に耳を貸さず、叫んでいる。エルゼは慌ててルーシーの体を押さえてベッドへ寝かしつけようとする。


「離せ! 統哉が! 統哉が……っ!」

「……るーるー、落ち着いて何があったのか最初から説明して?」


 少し本気モードを現したアスカにルーシーは思わず身を竦ませた。そして数度深呼吸し、口を開いた。


「……すまない。焦りすぎて気が動転していた」




 それからルーシーは三人に何があったのか――買い物からの帰りが遅い統哉の事が気になり、外に出たところあちこちに魔力の残滓が残っていた事。それを辿った先に、気を失った統哉と、今まさに彼を拉致しようとする七大罪が一人、マモンとその従者がいた事。そして彼女に対して戦いを挑んだが、相手の策略にまんまと乗せられ大敗を喫した事を説明した。

 ルーシーの話が終わり、しばしの沈黙。やがてアスカが口を開いた。


「……そっか~……まもまもまでこの島に来てたんだね~……」


 相変わらずユニークなネーミングセンスでマモンの名を呟くアスカ。


「うーん……マモンが相手となると、これは一筋縄じゃいかないね……」


 何かを考え込む仕草で唸るエルゼ。


「……あの、アスカさん、エルゼさん。そのマモンって堕天使はそんなに手強いんですか?」

 神妙な様子の二人に眞実が尋ねる。


「うん。マモンっていうのは大地の力を操る堕天使で、金銀財宝を探し当てる事が大得意、後にかつてのあたし達堕天使の拠点――『万魔殿(パンデモニウム)』」の建設に携わるほど、拠点建造も得意なんだ」


 一旦言葉を切り、エルゼは天を仰ぐようにして続けた。


「マモンは、拠点を構えてそこに足を踏み入れた敵を罠、使い魔、その他ありとあらゆる手段で殲滅する事が得意なんだ。もちろん、本人の戦闘力もあたし達と互角――いや、拠点があるという前提で考えれば向こうに地の利がある分、上、だね」

「そんな……」


 溜息と共に紡がれたエルゼの言葉に眞実は俯いた。


「しかも~、まもまもにはたくさんの使い魔、それに二人の、えーと、ちょくぞくのぶかがいるから戦力的にも向こうが上だね~」


 補足説明をするアスカも口調こそマイペースだが、その表情は険しい。すると――


「……でも~、るーるーがまもまもにこてんぱんにされるなんて、珍しい事もあったんだね~」


 表情を緩め、意外そうな顔でルーシーに尋ねるアスカ。するとルーシーはばつの悪い顔をして、俯いた。


「……すまない。あの時私は完全に冷静さを欠いていた。統哉がさらわれた事で完全に頭に血が上ってしまっていた。自分のペースに相手を巻き込んで、流れをこっちのものにするスタイルの私が、まんまと相手のペースに乗せられてしまうとはな……どうかしてたよ」


 自嘲気味に呟くルーシー。普段のルーシーなら言いそうにないその言葉に、アスカとエルゼは目を丸くし、押し黙る。


「で、でも、あれだけ出血していたのに、目や耳などの感覚器、筋肉や内蔵へのダメージはきっちり防いでたじゃない!」


 重くなった空気を吹き飛ばそうと、エルゼが努めて明るい声で言う。

 実は、眞実から知らせを受けて駆けつけたアスカとエルゼがルーシーを八神家へ運び込んで怪我の状態を調べた際、出血こそ激しかったものの、目や耳、鼻といった感覚器、筋肉、内蔵へのダメージはほぼ皆無であった事に二人は驚いていた。


「……まあね。流石に出血までは防げなかったが、どうにかそれ以外の箇所へのダメージは最小限に抑える事ができた。流石に感覚器や内蔵へのダメージとなると、再生に数日はかかるからね。ま、血を流させまくった事で十二分にダメージを与えたと判断した向こう側も、詰めが甘かったといったところかな」


 エルゼの意図を察したのか、ルーシーも微笑みながら答える。が、次の瞬間、彼女の身体がぐらりと揺らぎ、倒れかかった。


「ルーシーさん! しっかりしてください!」


 倒れ込みそうになったルーシーを咄嗟に眞実が受け止める。するとルーシーは唸るように声を絞り出した。


「……食べ物だ……食べ物を持ってきてくれ……」

「ちょっとるーるー、いきなり食事なんて無茶だよ~……えるえる?」


 その言葉を聞き咎め、止めようとしたアスカ。だが彼女を制し、エルゼが前に出る。


「あたしがなんとかするよ。ルーシー、何が食べたい?」

「血が足りねえ……何でもいい……じゃんじゃん持ってきてくれ……キャビンアテンダントがファーストクラスの客に酒とキャビアをサービスするように……」

「わかった。ちょっと待ってて!」

「エルゼさん、私も手伝います! すみませんアスカさん、ルーシーさんをお願いします!」


 大きく頷き、その場を後にするエルゼ。それを見た眞実も自分が支えていたルーシーの体をアスカに預け、その後を追った。

 残されたアスカはひとまずルーシーの身体をベッドへ横たえる。それから、アスカはルーシーに問いかける。


「ねえ、るーるー」

「……何だい?」

「あのるーるーが、一人の<天士>にここまで入れ込むなんて、今までに見た事がなかったからね~。わたしとしても~、そこがすっごく気になるんだ~」


 アスカの言葉に、ルーシーはしばし考え込んだ後、口を開いた。


「……統哉は私が先に見つけた人間だ。何故かはよくわからないが、彼は今まで見てきた人間の中でも一番強い力と意志を持っている。こうして私達七大罪のうち、五人と契約できている事からも、その潜在能力の高さが窺える」


 そこで一旦言葉を切るルーシー。だがしばらくすると突然興奮した様子で早口にまくし立て始めた。


「しかもだよ!? 私達に対して的確でかつ容赦のないツッコミを入れてくれるし、作ってくれる料理はエルゼとはまた違うベクトルの美味さだし、それだけじゃなくて家事スキルも凄く高いし、他にも――」

「はいはい、るーるーがとーやくんの事をと~~ってもたか~~くひょーかしているのはわかったよー」


 なおも言い募ろうとするルーシーをアスカがやんわりと宥める。ルーシーが大人しくなったのを見て、アスカは口を開いた。


「つまりるーるーとしては、そんなとーやくんがまもまもにさらわれた事がものすご~く腹立たしいって事だよね?」


 アスカの言葉にルーシーは頷いた。


「ああ。マモンが統哉を勝手に自分のモノにするって言い出したのを聞いた時、何故だかわからないが私はどうしようもない怒りに駆られた。その結果があの様だったってわけだよ。だが、その怒りは今も私の内に燻っている……このどうしようもない怒り、一体何なんだ……」


 自分に問いかけるように呟くルーシー。するとアスカはニコニコと笑って言った。

「それは、自分で答えを見つけないとダメだよー♪」

「何だよアスカ、まるで自分はその答えを知っているとでも言いたそうな顔は」

「ダメですよ~、答えは教えませ~ん♪」

「むぅ」


 ニコニコしながら答えをはぐらかすアスカにルーシーは頬を膨らませる。


「……それにね、るーるー」

「何だよ?」


 突然声のトーンを落としたアスカに、ルーシーが反応してその顔を見る。すると――


「統哉くんがさらわれて、怒っているのはるーるーだけじゃないんだよ? ……わたしもえるえるも、まみまみだって、凄く怒ってる」


 ルーシーは彼女の持つ紫色の瞳の中に、強い怒りを感じ取った。


「るーるーは、もちろんこのままにしておけるはずはないよね? 何としてでも統哉くんを助けたいって、顔に書いてあるよ。もちろん、わたし達も同じ気持ち」


 そこまで言うと、アスカはルーシーの手にそっと自分の手を重ねた。


「……だから、今は少しでも傷を治す事を考えて? ね?」


 静かな口調だが、その声に込められた統哉と、ルーシーを思いやる気持ちを感じ取ったルーシーは素直に頷いた。


「……わかった。そうさせてもらうよ」

「うん。……さー、とりあえず一回ほーたい変えようねー」

「ああ、よろしく頼むよ」


 包帯を取り替えようと立ち上がったアスカに、ルーシーは軽く頷いて身を委ねた。




 それからしばらくして。

 エルゼと眞美はホウレン草と大豆を中心とした、特盛どんぶりに盛られた野菜多めのおじや、タッパーに入った梅干し、バナナの房を盆に載せて戻ってきた。


「材料と栄養の関係上、おじやと梅干し、バナナになっちゃった……ごめんね、本当はもっと精の付く食べ物や、薬膳料理を用意したかったんだけど……」

「いいや、これは美味そうだ! どうもありがとう(ダンケシェーン)!」


 申し訳なさそうに言うエルゼにルーシーは目を輝かせて礼を述べた(何故かドイツ語で)。


「いただきますっ!」


 エルゼからお盆を受け取り、ふーふーと息を吹きかけて冷ましつつ、勢いよく中身を頬張った。しばらく噛んで嚥下した次の瞬間、ルーシーは飢えた肉食獣に特上の霜降り肉を与えたかの如く、もの凄い勢いでおじやをかきこみ始めた。


「ハムッ、ハフハフ、ハフッ!」

「ちょ、ルーシーさん!? そんなにがっついて食べたら胃が受け付けませんよ!?」

「馬鹿言ってんじゃないよ! 一二時間もあればジェット機だって直る! それに! 本来修理に丸一日以上かかる大破した正規空母だってバケツがあれば一瞬で直らあ…………ごふっ」


 よくわからない理屈で眞実に反論するルーシー。だが、言い終わらないうちにルーシーは顔を土気色にさせ、口を両手で押さえた。


「ああもう言ってる側から!? せ、洗面器ですか!? それともバケツですか!?」


 慌てふためく眞実にルーシーは口元を押さえたまま首を横に振り、そしてゆっくりと中の物を嚥下した。


「……すまない。ちょっと変なところに入った。あとコーラ頼む。確か、冷蔵庫に二リットルのやつが手つかずであったろ?」

「こ、コーラですか? と、とりあえず持ってきますね」


 首を傾げながらも眞実は台所へ走り、冷蔵庫から二リットルのペットボトルに入ったコーラを取り出し、部屋へ戻った。

 ルーシーは眞実からペットボトルを受け取り、それを何度か振り、一気に溢れ出さないようにフタを慎重に緩めて、炭酸を抜いて飲む。


「何やってるんでしょうか、ルーシーさん」

「炭酸抜きコーラか、なるほどね」

「知っているんですか、エルゼさん?」


 尋ねる眞実にエルゼは頷く。


「うん、聞いた事があるよ。炭酸を抜いたコーラはエネルギー効率が極めて高いらしく、レース直前に愛飲する選手もいるらしいよ。それに、特盛どんぶりのおじやとバナナ……これも速効性のエネルギー食だね。しかも梅干を添えて栄養バランスもいい」

「それにしても、あれだけ大怪我をしたというのにあれだけ補給できるのは、超人的な消化力というほかはありませんね」


 感心という表情のエルゼに呆れ半分、驚愕半分といった表情の眞実が会話を交わしている間に、ルーシーは特盛どんぶりのおじや三杯、バナナ三房、梅干し一ダース、二リットルのペットボトルに入ったコーラ二本を全て平らげ、大きく深呼吸する。


「ふ~……喰ったァ~~ッ! ルーシー・ヴェルトール――復ッ! 活ッ! 復ッ! 活ッ! 復ッ! 活ッ!」


 ベッドに腰を下ろしたまま、ルーシーは快哉を叫ぶ。そして――


「よし! 食ったから、寝るッ!」

「「「待った!!」」」


 叫ぶや否や横になろうとしたルーシーに三人が同時に叫ぶ。


「ルーシーさん!? 先輩を助けに行くんじゃないんですか!?」

「まあ落ち着きたまえよ、眞実。流石の私でも、こんな『俺の体はボドボドだ!』な状態で敵の本拠地にカチコミかけようだなんて思っちゃいないさ」

「それ気のせいってオチじゃないですか!? とにかくそうしてる間に先輩が……!」

「心配するな。あの統哉がそう易々とマモンに丸め込まれたりはしないさ。それに、これからどうするかを寝ながら考える。よく言うだろう? 『果報は寝て待て』ってさ。とりあえず、私はしばらく休ませてもらうよ」


 そう言うとルーシーはベッドへと横たわる。すると、何か思い出したかのように口を開いた。


「眞実に伝えてくれないか……『美味かった、ごちそうさまでした』っ……てさ」


 それだけ言うと、ルーシーは目を閉じる。程なくして、可愛らしい寝息が聞こえてきた。




「……私、ここにいるんですけど」


 自分を指差しながらむくれる眞美。それをエルゼが宥める。


「まあまあ、今のもあの子なりのジョークだって。ま、ジョークが言えるくらいなら今のところは大丈夫そうだね。とりあえずここはあたし達に任せて、眞実ちゃんも休んでおいで? 私達に知らせてくれてからずっと、休まずに色々と手伝ってくれたでしょ? ほら、もう日付が変わる時間だし」


 その言葉に眞実はベッドの側に置いてある目覚まし時計を見る。時刻はもう午前十二時前。それを認識した眞実は一度眠たげな目を擦った後、素直に頷いた。


「……わかりました。じゃあ、お風呂とリビングをお借りします」

「リビングにタオルケットがあるから、それを使ってねー」


 エルゼの言葉に軽く頷き、眞美は部屋を後にした。


「……さて、あとはあたし達が様子を見るとしますか」

「りょーかい♪」


 エルゼとアスカはそれぞれ部屋にあった椅子に腰かけ、軽く息をついた。


「……ねえ、アスカ」

「なーにー?」


 エルゼに声をかけられ、アスカがエルゼに向き直る。


「……統哉君、大丈夫だよね」

「だいじょうぶ♪ わたし達の信じるとーやくんだよ? だから、だいじょうぶ」


 アスカの言葉にエルゼはしばらく押し黙っていたが、やがて力強く頷いた。

 それから後は、時計の音だけが響いていた。

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