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Chapter 9:Part 08 さらわれてシタデル

「……う、ん……」


 靄がかかっていた意識が覚醒しだし、統哉はゆっくりと目を開いた。

 ぼんやりと意識の覚醒を待つ間、どこへともなく視線をさまよわせる。

 床には金糸らしきもので緻密な刺繍が施された真紅の絨毯が敷き詰められており、部屋には装飾過多な調度品が溢れ、天井では絢爛なシャンデリアが温かな光を放っている。

 統哉はしばらくの間ぼんやりと目の前の広い空間を眺めていたが、やがて自分が広く、豪華な部屋の中にある大きなベッドで目覚めた事を悟った。

 その瞬間、統哉の意識は完全に覚醒した。弾かれるように身体を起こし、改めて周りを見回す。

 そこはやたらと豪華な家具に溢れ、まるで一流ホテルのスイートルームを思わせるとても広い部屋だった。

 間違いなく、自室ではない。一見するとルーシーの部屋に似ているが、それとは明らかに違う雰囲気が漂っている。それはまるで、檻か鳥籠、もしくは独房のように、捕らえたものを閉じこめておく印象を与えた。

 焦りと不安を感じつつも統哉は床に下り、辺りを見回す。するとベッド脇のサイドテーブルの上に財布と免許証などを入れておくパスケースが置いてある事に気付いた。慌てて中を確認するが、中身に手を付けられた様子は特にないようだ。

 統哉はその事にひとまず安堵しつつ、部屋を歩いてみる事にした。やがて、彼の目に窓の外の景色が映った。

 外はすっかり暗くなっていたが、周囲の風景は大小様々な光が点り、明るい。その上、窓から見下ろす景色は相当高いところからのものである事が伺えた。

 この事から統哉は、今の時間が日暮れから大分時間が経っている事、自分がどこか高層ビルのかなり上の階にいる事を察した。

 その場に立ち止まって、必死に記憶を辿る。確か自分は……。


「確か俺は買い物に出て、その帰り道に……」


 ぶつぶつと呟きながら記憶を整理する。やがて統哉は自分の身に何が起きたのかを思い出した。

 夕暮れの帰り道。突如無数のカラスと共に現れた女性。彼女は優雅な笑みを浮かべながら自分をモノにすると宣言したのだ。

 そして恐怖を覚えた統哉は即座に彼女を攻撃しようとしたところ、どこからともなく現れた女執事によって昏倒させられた事を。


「……そうだ! マモン!」


 記憶が蘇った統哉は思わず叫ぶ。その時――


「はい、お呼びでしょうか?」


 彼の耳に、よく通る声と、そしてかちゃりという金属質の音が聞こえた。

 音の方向に目をやると、緻密な細工の施された金属製のドアノブが回り、ゆっくりと扉が開かれていく。

 そこから現れたのは一人の女性だった。


「お目覚めのようですわね、八神統哉さん」

「お前は……マモン!」


 部屋に入ってきた女性――マモンを見るや否や統哉はすかさず身構えた。

 見間違えようがない、可憐な令嬢といった趣の容貌。黄金色の髪を優雅に靡かせ、令嬢のように整った顔に微笑をたたえながら、彼女は静かに、かつ優雅に部屋へと足を踏み入れ、ドアを閉めた。


「あらあら、もうわたくしの名前を覚えていただいて光栄ですわ。ですが、いきなりそう身構えないでいただけませんか? わたくし、傷ついてしまいますわ」

「どの口が言う! そんな事言う奴が、他人の情報を調べ上げた上に気絶させて拉致するような手荒な真似をするか! あと、ここはどこだ!」

「まあまあ、落ち着いてください。今から説明してさしあげますから」


 優雅で、かつ親身な口調には怪しいところはない。

 しかし統哉は警戒を解く事なく、相手を睨みつける。何よりも、ここに来るまでにあった一連の出来事からして、目の前の相手が異常な存在である事は確実だ。

 そんな彼の内心を知ってかどうか、彼女は柔和な笑みを崩さぬまま言葉を紡ぐ。


「まず最初に一つ言っておきます、統哉さん。貴方はこれから、わたくしの許可なく外に出ることはできません。当然、貴方の家に帰る事も、です」

「……はぁ?」


 お前は何を言っているんだ。あと馴れ馴れしく名前を呼ぶな。そう言いたかったが、あまりにも言葉の内容が突飛すぎて、統哉は面食らってしまう。


「どういう、事だ」

「あら、そのままの意味ですわ。あなたはわたくしのモノになりましたので、常にわたくしの手元に置いておくのは当然の事ではなくて?」


 統哉は思わず絶句した。相手に選択の余地を与える事なく自分の都合のいいように話を進めていく彼女に憤りを覚えたのと、呆れ果ててしまったからだ。それをよそにマモンは話を進めていく。


「それで、ここがどこかという事ですが、簡単に言えばわたくしの邸、ですね。もう少し重厚感ある言い方をするならば、わたくしの城塞(シタデル)と言った方がいいかもしれませんわね」


 それについては、統哉が大体予想していた通りだった。何故わざわざ重厚感溢れる言い方をしたのか、そして何故「城塞」という表現を用いたのかは理解できなかったが。

 それはさておき、自分は彼女に拉致されてきた、という事がはっきりした。ならば取るべき行動は一つ。


「そうか、じゃあ帰る」


 吐き捨てるように言うと、統哉は部屋の外へ出ようとする。マモンは彼ににこやかな表情を向けたままその背に声をかける。


「それはそれで結構ですが、簡単に出られるほどわたくしの城塞は甘くなくてよ?」

「なら、実力行使あるのみだ」


 言い終わるや否や、統哉は意識を集中して輝石を呼び出そうとする。しかし、輝石が現れる気配は一行にない。


「くそっ、どうして輝石が現れないんだ!?」


 焦る統哉に、マモンはゆっくりと正面へ回り込み、相変わらず上品な笑みを浮かべたまま答えた。


「ああ、言い忘れておりましたがこの部屋は<天士>の力を封じ込める特別な結界が張られておりますの。なのでこの部屋において、貴方はただの人間という事になりますわね」

「ああそうか……じゃあ正々堂々と出て行くまでだ!」


 言い終わるや否や、統哉は走り出す。マモンの脇を通り、部屋を出ようとしたその時――突然、統哉の体に衝撃が走った。

 気が付くと統哉は床にうつ伏せに押し倒され、何者かに背中を押さえつけられていた。あの一瞬で自分の身に何が起きたのかわからず、統哉は目を白黒させるしかなかった。その時、頭上から声がかかった。


「お嬢様が仰いましたよね? あなたはここから出ることはできないと」


 統哉はやっとの事で首だけを動かし、背中越しに声の主を睨みつける。


「お前は……あの時一緒にいた……!」


 その視線の先には、いつの間に部屋に入ってきていたのか、マモンに付き従っていた少女――カラスの濡れ羽を思わせる黒髪をショートボブに切り揃え、紫色の瞳をした執事の姿があった。その時、マモンが声をかけた。


「マル、もういいでしょう。彼を放しなさい」

「イエス・ユア・ハイネス」


 その一言と共に、マルと呼ばれた少女は統哉をあっさりと解放した。残った痛みに顔をしかめつつ統哉は身を起こし、息を整えた。


「ごめんなさいね。わたくしの執事は少々血の気が多いものでして。マル、ご挨拶なさい」

「マモンお嬢様の執事を務めさせていただいております、マルファスと申します。統哉様、以後お見知り置きを」


 右手を胸に当て、恭しく一礼する女執事――マルファス。


「……よろしく。ところで執事さん、人間じゃないな?」


 統哉の問いにマモンは微笑みながら頷いた。


「ご明察ですわ。彼女もまたわたくしと同じ堕天使であり、かのソロモン72柱、序列39位に属する者ですわ」

「マルファス……」


 統哉はその名を呟きながら改めてマルファスと名乗った女執事であり、堕天使である少女を見る。

 身長は一六〇センチ前半はあるようで、やはり小柄だ。

 カラスの濡れ羽を思わせる、ショートボブに切り揃えられた黒髪と、静かだがそれでいて意志の強さを秘めた紫色の瞳はエルゼとは違うボーイッシュな印象を与える。エルゼは人懐っこさを感じさせる印象だが、彼女は女性らしさの中に、キラリと光る凛々しさを感じさせた。

 だが、一際目を引いたのは執事服のズボンに巻かれたベルトに付随しているもの――統哉のルシフェリオンを防いだあの一対の大型コンバットナイフを納めているシースだった。

 おそらく彼女の役割はマモンの世話だけではなく、警護も兼ねているのだろう。現に彼女から放たれている雰囲気は、まるで日本刀のそれを思わせるほど冷たく、そして鋭さを秘めていた。


「お察しの通り、彼女はわたくしの世話役兼、護衛役ですわ。実はもう一人いるのですが、そちらは後ほど紹介いたしますわ」


 考えている事を見透かしたように答えるマモンに統哉は苦笑して肩を竦めた。


「なるほどね。で、単刀直入に聞くけど」


 そこで統哉は真顔でマモンを見据え、言葉を継いだ。


「……何が望みだ」


 その言葉ににんまりと唇をつりあげて、マモンは言う。


「簡単な事ですわ、統哉さん。貴方には、わたくしと結婚して(・・・・・・・・)いただきます(・・・・・・)

「結婚……だと?」


 マモンの言った予想よりも斜め上の回答に統哉は虚をつかれた。それをよそにマモンは紫の瞳を輝かせ、距離を詰める。


「そうです。あなたはわたくしの夫君となり、その全てをわたくしに捧げて、剣となり、盾となるのです。そして、ゆくゆくはそれ以上の事も……貴方の全てをわたくしのモノにして差し上げますわ」


 堂々のプロポーズに、統哉は思わず鳥肌を立ててしまう。悪寒に身を震わせつつ、統哉は言葉を返した。


「ふざけるなよ……」

「あら、心外ですわ。わたくしはいつも大真面目ですわよ? それと貴方に拒否権は一応ありますけど、使えば使うほど、貴方が辛くなるだけですわよ?」

「どういう、意味だ」


 口の端を吊り上げたまま、意味深な言葉を口にするマモンに統哉は彼女を睨みつけながら尋ねる。


「貴方が拒否権を使えば使うほど、貴方が大切にしている人間や堕天使が惨たらしく傷つく事になりますわよ?」


 何て事ない口調で告げるマモン。だが、統哉が彼女のプロポーズ、実質恐喝だが――それを拒否すると彼女は今の言葉をそのままの意味で実行するだろう。

 七大罪に眞実。彼女達が傷付くと考えただけで統哉はゾッとした。

 だが、自分がいくら考えても、この場を乗り切る打開策は見つからない。

 故に、現在自分がとれる最善策は、とりあえずマモンに従うふりをしておいて、その間に隙を見つけて何とかするという、頼りない事この上ない方法だけだった。


「…………わかった。でも、正直言って、突然の事だからいきなり返事をするのは難しい。だから、しばらく考える時間をもらえないか? 俺の立場上、こういう事を言うのはおこがましい事だというのはわかっている。でも、どうかあいつらには手を出さないでくれ……頼む、この通りだ……」


 統哉は必死な表情で深々と頭を下げる。その答えにマモンは顎に手を当ててしばらく考え込んでいたが、やがて満足そうに頷いた。


「……わかりました。貴方がそこまで言うのならば、猶予を設けましょう」

「本当か!?」


 統哉が希望に満ちた声で顔を起こす。


「ただし――」


 するとマモンは指を三本立てた。


「明後日。猶予は明後日の夜までですわ。明後日の夜、改めてお返事を聞かせていただきます。それ以上は待てませんわ。わたくし、こういう事に対しては気が長い方ではありませんの」


 有無を言わさぬ口調。上品な口調の中に潜む確かな威圧感。彼女の言葉に統哉は頷くしかなかった。


「……わかった。明後日の夜まで、だな。その間にしっかり考えさせてもらう。それと……無理な頼みを聞いてくれてありがとう」


 統哉は礼を述べ、再び頭を下げる。そんな彼にマモンは静かな口調で声をかける。


「頭を上げてくださいな。貴方がわたくしとの約束を反故にしない限り、わたくしも彼女達に手は出しませんわ。ただし、彼女達が貴方を奪いに来たというのならば、わたくしは全力と誠意をもってそれを叩き潰しますが」

「……なんて奴だ」


 思わず本音が出るが、にこやかに受け流されてしまう。


「なんとでもどうぞ。さて、そろそろ夜八時。いい時間ですわね。晩餐の用意ができておりますので、食堂へご案内いたしますわ。あ、ご安心ください。もちろん毒劇物や怪しい薬の類は入っておりませんわ」

「……さっきのやりとりから、そんな事を言われてもはいそうですかいただきますって信用するとでも思っているのか?」

「馬鹿にしないでいただけませんこと?」


 毒づく統哉に、マモンはにこやかな表情とはうってかわって、真剣な表情で言った。


「わたくしは欲しいものを手に入れるためならば手段は選びません。お金や手間は惜しみませんし、敵は全力で叩き潰します。しかし、今の貴方はわたくしの『お客様』です。よってお客様には誠心誠意、最大のおもてなしをする義務があります。それがわたくしの『ノブレス(貴族)()オブリージュ(義務)』ですわ!」


 背筋をまっすぐ伸ばし、堂々と宣言するマモンから穢しがたい気高さと誇り高さを感じ取った統哉は思わず押し黙ってしまう。そしてマモンは軽く息をつき、微笑みかけた。


「……申し訳ありません、思わず熱くなってしまいました。さあ、参りましょう」


 そう言って踵を返して歩き出すマモン。統哉もしばしの逡巡の後、その後に続いた。

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