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Chapter 9:Part 03 更なる「段階」と「代償」(後編)

「――では、<神器>が負の感情を溜め込むとどうなるかについて、話そう」


 静かな口調で語り始めたルーシー。統哉は固唾を呑んで聞いている。


「<神器>が使い手である<天士>の怒りや憎しみ、そして絶望といった負の感情を溜め込んでいくと、だんだんと<神器>が、そしてそれを発現するための輝石が黒ずんでいく。多少黒ずんでいてもそれは<神器>を呼び出せ、その力を発揮するし、大体は休息をとったり時間が経てば負の感情は薄れ、<神器>は元の色を取り戻す場合が多い。しかし、負の感情を多く溜め込み、黒色が濃くなった<神器>は、武器としての力はあるが、<神器>のように意志を力へ変換するような力ではない……ただの破壊的な力だ」

「破壊的な、力……」


 統哉の呟きにルーシーは頷く。


「そうだ。敵を破壊する力はあるが、それだけだ。意志が乗った力でもないし、守るための力でもない。ただ、純粋なまでの破壊の力だ」


 そう話すルーシーだけでなく、アスカとエルゼの二人の顔にも暗い影が差す。


「蓄積されたり、絶望したりして一気に膨れ上がった負の感情は、<天士>の魂そのものである輝石や<神器>に影響を与え、やがて<天士>自身にも異変が現れる。その果てに――」


 そこまで言い終えると、ルーシーは押し黙った。リビングを沈黙が支配する。統哉には、その沈黙が酷く重いものに感じられた。

 やがて、ルーシーが重い沈黙を破り言葉を紡いだ。


「――――<天士>は、<堕天士(アルコーン)>へ堕ちる」




「アル……コーン?」


 長い沈黙の後、統哉は呆然と新しい単語を呟いた。するとルーシーは暗い表情のまま言葉を告げる。


「<堕天士>は、<天士>が溜め込んだ負の感情によってその本質が逆転し、生まれてしまった、正真正銘の怪物だ。その姿はもう人のそれではなく、基本的に黒曜石よりも深く昏い漆黒の結晶を纏った悪魔のような姿をしている」


 どこか虚ろな目をさせながらルーシーは独り言のように言葉を紡ぐ。


「<堕天士>の力は、元々持っていた魂の強さや<天士>だった時の強さ、負の感情の強さ……そして願いの強さなど、様々な要因によって左右され、姿も多様に変化するが、どのような姿形であれ、<堕天士>は災害よりも質が悪い。最悪の場合、一体の<堕天士>で国一つがあっけなく消えた事もあった」

「…………っ!」


 何て事ないように告げられたルーシーの言葉。その言葉の意味を統哉が理解した時、彼は思わず背筋を震わせ、言葉を失った。

 そんな統哉を沈痛な表情で見やり、そして俯いたエルゼが呟く。


「……<堕天士>と成り果ててしまうまでどれくらいかは、刻印を見れば大体わかるんだ。刻印の模様が複雑になり、中央の目のような模様が真紅に染まってしまったら、<堕天士>だよ」

「そして、一度<堕天士>と成り果ててしまった<天士>はもう二度と、元には戻らない。……皮肉な話だよね。ヒトの願いを叶えるために力を与えたのに、その願いが裏返った時、それが大きければ大きいほど、巨大な災厄になるんだもん」


 アスカも、悲しげな目で自嘲気味に呟く。


「……私達堕天使は今まで数多くの人間を契約によって<天士>へ変えてきた。だが皆、二つの結末しか迎えなかった。一つは長きに渡る戦いの中で討ち死。二つは終わりのない戦いや仲間の死などに絶望して<堕天士>へと堕ちた」

「……ルーシー達は、その、<堕天士>をどうしたんだ?」


 統哉がおそるおそる尋ねる。

 統哉は自分の背を冷や汗が伝い、声が震えるのをはっきりと自覚していたが、聞かずにはいられなかった。

 再び、長い沈黙がリビングを支配する。やがて、ルーシーは何の感情もこもっていない声で呟いた。


「……殺した」


 たったその一言で、リビングの空気は重くなるどころか一気に凍りついた。リビングの片隅に置かれた時計の針の音が異様に重く響く。そんな空気の中、ルーシーはまくし立てるかのような勢いで続ける。


「殺した。数えきれない数の<堕天士>をこの手で殺した。何故なら私達にはこうするしかなかったからだ。<堕天士>と化した<天士>はもうかつての人格や意志を残していない。ただ、凄まじい絶望と破壊衝動に突き動かされるだけの怪物。放置しておくとヒトや私達にとって危険な存在だから。一度<堕天士>へ堕ちてしまったら、もう私達には救いようがない。だから殺した。いや、強いて言うならば、討つ事が救いだったのかもしれない」


 そこまで言うと、ルーシーは自虐気味に笑う。


「……いや、それは自分にとって都合の良い言い訳にすぎないよな。理由がどうあれ、私が多くのヒトを殺したのは事実だ」

 そして、自分の両手を見つめながら呟いた。


「私達の手は、数多の命が流した血で染まっているんだ」


 ルーシーはしばらく自分の両手を見つめていたが、やがて両手を下ろし、深く息をついた。そして、真剣な表情で統哉を見据えた。


「――さて、統哉。君はどうしたい? さっきも言ったように、私達堕天使の手は数多くのヒトを殺め、血に染まっている。それでも君は私達と共に戦ってくれるのか?」


 統哉はその言葉にどこか縋るような響きを、そしてその金色の双眸の奥深くに怯えのような揺らぎが含まれているのを感じ取った。


「もちろん、戦わないという選択肢もある。その場合、私達は君の家から出て行くし、これから先の戦いは私達だけで、いや、最悪の場合独りでもやっていくつもりだ」

「ちょ、ルーシー!? 君、何言ってるの!?」

「……るーるー」


 ルーシーの言葉を聞いたエルゼは目を見開きながら勢いよく立ち上がり、アスカはどこか辛そうな顔でルーシーを静かに見つめている。そんな二人をよそに、ルーシーは続ける。


「何もすぐ結論を出してくれとは言わない。君が納得いくまで考えた上で、答えを出してほしい」


 そこまで言うとルーシーは押し黙った。一方、統哉は目を閉じ、深く考えているようだ。

 時が経ち、やがて統哉は目を開けて口を開いた。


「……教えてくれ。<天士>の契約というのは、契約した堕天使によって破棄できるのか?」


 その問いにルーシーは一瞬肩を震わせたが、やがて吐き出すように言った。


「……すまないが、それは不可能だ。一度堕天使と契約して<天士>となると、その堕天使によって与えられた使命を果たす、あるいは死ぬか<堕天士>へと堕ちるか……それが<天士>の契約が終わる条件だ」

「じゃあ、今までに使命を果たした<天士>は存在しているのか? そして、その<天士>はどうなるんだ?」


 統哉の問いにルーシーは力なく首を横に振った。


「……わからない。わからないんだ。何故なら今までに使命を果たす事ができた<天士>は誰一人としていないんだよ。皆、戦いの中で死ぬか、<堕天士>へ堕ちて私達によって殺されたという結末しか辿っていない」


 最後は消え入りそうになっていたルーシーの言葉に、統哉はそうか、と短く告げ、再びしばらく何かを考え込んだ後、一度深呼吸をした。


「……答え、決めたよ」


 三人の堕天使の間に緊張が走る。


「俺は――」


 そして、統哉はルーシー、アスカ、エルゼの順に視線を走らせた後、宣言した。


「俺は、これからもみんなと一緒に戦う」


 その言葉は、大きな力をもってリビングに響いた。ルーシーをはじめ、堕天使達が目を見開いて驚愕する。


「きっかけはちょっとした事……いや、ちょっとじゃなかったかもしれないけど、俺はルーシーに命を助けてもらった事は事実だ。それに、色々あったけど俺はみんなに出会えた。毎日色々な意味で滅茶苦茶だけど、実際結構楽しんでるしな。でも……」


 そこまで言って、統哉は椅子から立ち上がった。


「話したくなかっただろうに、辛い事を話させてしまって、本当にごめん」


 そう言って統哉は堕天使達に深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと待ってよ統哉君! 謝るのはあたし達の方だって! っていうか、普通そこは『もう戦わない』って言うと思うんだけど!? さっきの話を聞いて普通は戦う事が嫌になったり、逃げたくなるんじゃないの!?」


 頭を下げる統哉にエルゼがまくし立てる。すると統哉は穏やかな笑みを浮かべてエルゼに向き直る。


「確かに怖いさ。自分が怪物になってしまう危険性があるんだ。でもさ、俺はもう十分非常識極まりない世界に足を踏み入れてしまっているんだ。今ここで投げ出したってどうにもなるものじゃないだろ?」

「……じゃあ、統哉くん。るーるーが<天士>と<堕天士>の事をちゃんと伝えていなかった事は怒ってないの?」


 驚きを声に滲ませながらも、アスカが静かな口調で尋ねる。


「確かに、思うところはあったよ。でも、ルーシーが今までこの事を黙っていたのは、俺に余計な心配をかけたくなかったからだと思うんだ。違うかな?」


 急に話を振られ、ルーシーはぎょっとした顔をする。そして、観念したかのように溜息をついた。


「……まったく、君には本当に敵わないな。確かに私は君に余計な負担を与えたくなかったから、あえて言わずにいたんだ。<天士>が<堕天士>へと堕ちる姿を嫌と言うほど見てきたからさ、正直言って怖かったんだ。君もまた<堕天士>に堕ちてしまうんじゃないかって」

「だったらさ、<堕天士>に堕ちないようにすればいいじゃないか」


 あっけらかんとした調子で言う統哉にルーシーは思わず口調を強める。


「何を簡単そうに言うんだ!? 君と同じ事をいった<天士>は何人もいた! しかし皆結局<堕天士>へ堕ちてしまった! 君も堕ちないとは言い切れないんだぞ!? 誰もこの恐怖から逃れられた試しがないんだぞ!?」

「誰も成し遂げてないからこそ、上手くいく。違うかな?」


 口調こそ軽いが、確かな信念が込められた統哉の言葉。その言葉にルーシーはいよいよ何も言えなくなり、力が抜けたかのようにそっと椅子に腰を下ろした。


「……君、何だか思考が私達に似てきたんじゃないか?」

「そうかもな。何せ非常識極まりない連中に恵まれてるからさ」

「そこは否定しないんだな……」


 皮肉気に言われた言葉にもしれっと笑って返す統哉。そんな彼にルーシーも呆れながらも口元に笑みを浮かべた。そして統哉は静かな口調で告げる。


「けれど、もし万が一俺が<堕天士>になるような事があったら、その時は頼むよ」


 まるで留守番を頼むかのような気軽さでそう告げた統哉に堕天使達は呆気にとられていたが、やがてルーシーが決然とした表情で頷いた。


「……君の答え、よくわかった。<堕天使>へ堕ちる――そうならない事を願うばかりだが、万が一の時は、私が君を殺す。それが、君を<天士>にした私の責務であり、罰になる」


 ルーシーの言葉に統哉は静かに頷いた。

 いつの間にか空気は穏やかなものになり、それによって気が緩んだのか、大きく伸びをした。


「さて、ここで提案なんだけど、辛い話をさせてしまったせめてものお詫びにさ、今日はどこかへ出かけないか? ショッピングでもスイーツ食べ放題でも、どこへだって付き合うよ」

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