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Chapter 9:Part 02 更なる「段階」と「代償」(前編)

 朝食の後、統哉とエルゼはルーシーとアスカに今朝の出来事を話し、事情を把握した二人は即座に話し合いの場を設けようと提案した。そして――。


「……では、これより七大罪プラス統哉による緊急会議を始める」

「「よろしくお願いしまーす」」


 会議の開催を告げるルーシーに対して暢気な調子で答えるのはアスカとエルゼだ。統哉はただ静かに話を聞いている。


「えー、今日の議題は『統哉に起きた異変』というわけなんだが……」


 ルーシーは一旦言葉を切り、真剣な表情で統哉に向き直った。金色の双眸にまっすぐ見つめられた統哉は思わず息を飲んだ。ややあって、ルーシーは口を開き――


「統哉、今の君は<天士>として更なる『段階』へ足を踏み入れたんだ」


 まるで夕食の席で親にその日にあった出来事を報告するかのような気軽さで、そう告げた。


「更なる、『段階』……?」

「そうだ。君は私と契約して<天士>となった。さらに、理由はわからないが、君は一人の堕天使だけではなく、他の堕天使――それも七大罪と契約を結ぶ事ができている。そして、私達とともに戦い、数多くの修羅場をくぐり抜けてきた」


 ルーシーの言葉に統哉は今までの出来事を振り返る。

 ひょんな事から彼女と出会い、天使の戦いに遭遇した彼はその最中に傷を負い、死に瀕していたところをルーシーとの契約によって命を救われ、<天士>として覚醒した。

 そして、それから統哉は天使との戦いに身を投じ、その中で他の堕天使とも契約を交わし、更なる力を身に付けてきた。今までは力が増していく実感と喜びを感じていたが、今になってその力に不安を覚えた統哉だった。

 そんな彼を見ながらルーシーは続ける。


「それによって、君の中に眠る力がどんどん覚醒し、<天士>として大きな成長を遂げたという事だ。私達堕天使は今までに多くの人間と契約し、その魂を対価に<天士>としての力を与えてきた。名高き戦士、家族を守るために戦いに身を投じた者などに、ね。だが君の力は正直に言うと未知数だよ。そう、まるで最初はまったくもって使えなかったのに、レベル90台で急激にステータスが伸びる超大器晩成ジョブのように、ね」

「褒められているのか貶されているのかわかんないな……けれど、それは本当なのか?」


 ルーシーの言葉に実感が湧かないのか、統哉が尋ねる。ルーシーは軽く頷き、続ける。


「そもそも、基本的にヒト一人が契約を結ぶ事ができる堕天使は一人だけなんだ。何故ならば、堕天使との契約というものはわかりやすく言うと『ヒト』というハードウェアに『<天士>』という、もの凄く容量を食うソフトウェアをインストールするようなものなんだ」

「つまり、実質<天士>というソフトやプログラムを使うのに特化した専用のパソコンになってしまう、って事でいいのか?」


 統哉の言葉にルーシーは頷いた。


「もしもヒト一人が複数の堕天使や、もしくは七大罪の一人と契約しようものならその力の強大さに肉体と魂が耐えきれずに一瞬にして消滅してしまう。かのソロモン王のように、特別な資質を持っていたり、さらに指輪などの魔具を用いた場合などは例外だが」

「おーさまの使っていた指輪は~、いわゆる『ぬかづけはーどでぃすく』みたいなものだね~」

「何だよぬか漬けハードディスクって。あれか? 野菜と一緒にハードディスクをぬか漬けにするのか?」


 補足説明にかこつけたアスカのボケ発言に、統哉がすかさずツッコむ。


「……あ~、ぬかづけの話したらなんだか食べたくなってきちゃった~」

「よっしアスカ、あたしに任せて! こんな事もあろうかと、味噌だけはずっと持ち歩いてたんだ。最高の味噌漬けを作ってあげるよ」

「やった~♪」

「漬物の種類変わってるじゃねーか! アスカ、それでいいのか!?」


 どこからともなく味噌のパッケージを取り出したエルゼと、食べたい漬物の種類が変わっているにもかかわらず喜ぶアスカに統哉が叫ぶ。


「……あー、君達。話を元に戻してもいいかな? 『ぬか漬け』『味噌漬け』は君達の間での問題だ……」

「あ、ああ。悪い、つい条件反射で」

「……いや、構わないよ。君のツッコミもなかなかどうして悪くない」


 謝る統哉に微笑みを向け、ルーシーは話を続ける。


「さて、話を戻すが、とにかく君の力は今までに見た事がないほど未知数、悪く言えば異常なんだ」

「わざわざ悪く言わなくていいだろ」

「<天士>としてのポテンシャルも高く、戦闘も、料理も、さらにはツッコミもできる、マルチな才能を持つ君がこれから先、私の<欠片>を取り戻す度に、私の力が戻るのに伴って君の<天士>としての力も上がっていくわけなんだが……」


 と、そこで統哉が尋ねた。


「ちょっといいか? 今ルーシーが取り戻した<欠片>は今のところ五つでよかったよな?」


 その問いかけにルーシーは頷いた。


「現時点で取り戻している<欠片>は、 <理解>ビナー <栄光>ホド <知恵>コクマ <基盤>イエソド <慈悲>ケセド……君の言う通り、五つだ」

「ちょうど半分ってところだね。結構早いペースで取り戻せているね」


 明るい声で言うエルゼ。


「という事は、もうルーシーの失われた力っていうのはもう半分まで戻ってきているという事か?」

 統哉の言葉にルーシーは軽い溜息をつきながら首を横に振った。


「いや、世の中そんなにうまくいかないものらしい。<欠片>を半分揃えたというのに、力が戻っている実感がいまいち感じられない。体感的には三〇パーセント程度といったところかな」

「え、そうなのか? <欠片>一個イコール力の一割だと思ってたんだけど」


 ルーシーの言葉に統哉は思わず声を上擦らせた。もう半分も<欠片>を取り戻したというのに、まだそれだけしか力が戻っていないとは。つまりそれはルーシーが本来持っている力が想像を遙かに越えて強いという事を統哉に感じさせた。

 するとルーシーは自嘲気味に笑っていった。


「私もそう思っていたがね。確かに私の持つ力が着実に戻ってきている実感はあるが、どうも物足りない感じが強いんだ。翼もまだ復活していないしね。私がもっと<欠片>を取り戻せば、翼も復活して自由に空を駆ける事ができるだろうさ」

「まあでも、俺達がこれからもっと頑張れば、ルーシーの翼も、いや、失った力も取り戻せるだろうさ。そのためには<欠片>を集めてルーシーの力を取り戻し、俺も一緒に強くならなきゃいけないな。俺、これからも頑張るから」


 明るい調子でそう答えた統哉。しかし――


「……ど、どうしたんだよみんな? そんなに驚いた顔をして」


 統哉の目に飛び込んできた光景は、何故か揃って驚愕の表情を浮かべている堕天使達の姿だった。


「と、統哉君、君、言っている事の意味わかってる?」


 エルゼが声を上擦らせながら尋ねる。


「え? ルーシーの<欠片>を取り戻せば、契約している俺も<天士>としての力が上がるんだろ? 何か問題があるのか?」


 すると、エルゼが今にも飛びかからんばかりの勢いでルーシーに食ってかかった。


「ルーシー! まさか統哉君に『あの事』を知らせていないの!?」

「そ、それは……」

「知らせてないんでしょ!? だから統哉君はあんな暢気な事を言えるんだ! どうして教えてないの!?」

「……るーるー、統哉君には知る権利、いや、知る義務があるよ」


 珍しく怒りを露わにしながら食ってかかるエルゼの言葉に続き、アスカが鋭い口調で言い放った。

 姿こそ変わっていないが、アスカの口調が本気モードのそれに変わり、ルーシーを見る視線も普段のほんわかしたものから獲物を狩る狩人のものへと変わっている。


「……どういう事だ? 『あの事』って一体何の事だ?」


 三人の様子に不安を覚えた統哉が声を上げる。

 するとルーシーは統哉、アスカ、エルゼの顔を数度かわるがわる見た後、 やがて絞り出すように呟いた。


「……統哉、以前私が<神器>について説明した事を覚えているか?」

「……ああ。<神器>は使い手の意志や集中力次第で強くなる。しかし、『負の感情』が強くなると単なる殺しの道具になってしまい、挙句の果てには――」


 そこで一旦言葉を切り、統哉は真剣な表情でルーシーを見据えた。


「お前が、俺を殺す事になる、と」


 答えながら統哉は、以前ルーシーと交わした会話を思い起こしていた。




『<神器>というのは、君の意志や集中力が強ければ強いほど、その力や耐久力も強くなる武器だ。簡単に言えば、どこぞの戦争ボケ男が操る陸戦兵器に搭載されている、『使用する者の意思を力に変換するブラックテクノロジー』に似たものだな。ただし、怒りや憎しみといった『負の感情』が強くなると、<神器>はそれを敏感に感じ取り、吸収し、その結果<神器>は神の武器ではなく、ただ穢れに満ちた殺戮の道具に成り果ててしまう。さらにそのまま負の感情が蓄積していくと、その時は――』

『その時は――?』


 統哉が恐る恐る尋ねると、ルーシーは金色の瞳をキュッと細め――


『――その時は、私が君を殺す事になるだろうな』




 あの言葉の意味するものは何だったのであろうか。

 あの時は彼女が放つ有無を言わさぬ空気に気圧され、それ以上尋ねる事はできなかったが、今ならば自分が欲しかった答えを知る事ができるかもしれない。

 だがその一方で、彼の本能が警告する。

 その答えを聞くな。知ろうとするな。そうすればお前は取り返しのつかないところへ足を踏み入れる事になる。


「……そう、その通りだ。私が今から話すのはその事なんだが、最初に言っておく。これは非常に重い話になる。聞いた後で後悔するかもしれない。それでも、君にここからの話を聞く覚悟は本当にあるかい?」


 ルーシーの問いかけに統哉は力強く頷いた。


「ああ、俺はそれでも知りたいんだ。あの時、お前が俺を殺す事になると言った事の意味を。そして、その事を伝えなかった理由を。覚悟はした。だから、教えてくれ」


 その言葉を発する間にも、統哉の中では聞くな、知ろうとするなという声が響いている。だが彼はそれでも真実を知る事を選んだ。

 ルーシーはしばらく彼の真剣な表情を見つめていたが、やがて大きな溜息をつき――


「……わかった。では、話すとしようか」


 決意を秘めた目で、そう言った。

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