Intermission
それは、八月二十日の夜の事。
「……というわけで、どなたかに捜し物を引き受けてほしいのです」
開口一番、魔界一の通販会社・Abaddon.comの代表取締役にして大悪魔・アバドン――璃遠は夕食中の統哉達に語りかけた。
璃遠の突然の訪問に統哉をはじめ、ルーシー、ベル、アスカ、エルゼの四人もぽかんと口を開けているだけだ。
「…………すみません、わけが分かりません」
しばしの沈黙の後、統哉が手を上げた。
「『というわけで』って、一体どういうわけですか」
統哉のツッコミに璃遠は思い出したというようにポンと手を軽く叩いた。
「ああ、いけない。ちょっと急いでいたもので『過程』をすっ飛ばして『結果』だけを伝えるところでした」
そして璃遠は軽く咳払いをし、語り始めた。
「実は先日、ウチで商品在庫の管理を行いましたら、一冊の魔導書が紛失していた事がわかりました。どうやら大分前に行った商品入れ替えの際に、うっかり返品する商品の中に混ざってしまったようです」
「……ちなみに、その商品入れ替えっていつの話です?」
統哉の疑問に璃遠はどこか遠くを見るような目をして呟いた。
「……ざっと二、三百年前でしょうか」
「なげーですよ! 一体どれだけ前の話なんですか!? つか商品管理杜撰すぎやしないですかね!?」
「まあ統哉君、おさえておさえて」
まくしたてるかのような勢いでツッコむ統哉をエルゼが宥める。とりあえず統哉が落ち着いたのを見計らって璃遠は話を続ける。
「その魔導書はウチでも特に取り扱いが666級……簡単に言うと超凶悪に危険なシロモノでして……そこで、非常に心苦しいのですが、皆さんのうち、どなたかにその魔導書を探し出してほしいのです。もちろん、謝礼はたっぷりとさせていただきます」
「……大体わかった。しかし璃遠、そういう事なら、魔界でも屈指の力を誇る大悪魔である君が動けばいい話ではないのか?」
ルーシーの言葉に璃遠は露骨に大きな溜息をついた。
「実は、当分の間私もハードスケジュールでして……社員へのボーナス分配、人事調整、新しいお得意様との交渉及び接待、企業買収、新しい販売拠点確保のための外敵排除、新しい商品素材を確保している悪魔への武力介入……などなど……ああ、私に夏休みなど存在しないのですね……ふ、くくく……アーーーーーーーーーーーーッ!」
「落ち着け璃遠! まるでカブトムシがハバネロ食べてそのままフルマラソンと寒中水泳をやりきった後のような顔をしてるぞ! ぶっちゃけいって放送禁止レベルだよ!」
この世のものとは到底思えない形相で絶叫する璃遠の顔を必死に手で隠しつつルーシーが叫ぶ。しばらくして、璃遠の顔が元に戻ったらしく、ルーシーはそろそろと後ずさった。
「……璃遠、大丈夫か?」
「ああ、申し訳ありません。大変見苦しいところをお見せしました」
息をつく璃遠を見たルーシーは胸を撫で下ろし、統哉達に向き直った。
「さて、諸君。璃遠が私達に協力を要請してきたが、どうする?」
ルーシーが問いかけると同時に、全員から返事が返ってきた。
「璃遠さんにはいろいろお世話になってるし、協力するべきだと思う」
「反対する理由はない。存分に協力しようじゃないか」
「わたしも、さんせ~い」
「あたしも!」
全員の答えを聞いたルーシーは満足げに頷き、口を開いた。
「よろしい。では次に誰が行くか、だな。統哉は色々な意味で外れるわけにはいかないよな……」
「色々な意味で、っていうのが引っかかるが、どういう意味かは聞かないでおいでおく。かといってルーシーは<欠片>の気配をキャッチできる意味でも抜けるのはまずいよな……」
「となると、動けそうなのはベル、アスカ、エルゼ、レヴィの四人だが、レヴィは海の家の仕事で夏の終わりまで手一杯だって言ってたし……」
「じゃあ、手が空いているのは自ずとベル、アスカ、エルゼの三人という事になるな」
統哉とルーシーの間でメンバー選考の話し合いがなされた後、ルーシーがベル、アスカ、エルゼの三人を振り返った。
「よし君達、ジャンケンして勝った者一人が栄えある捜索隊のメンバーだ」
「たった一人で捜索『隊』なのか?」
ベルが疑問を口にする。
「こまけぇこたぁいいんだよ。さあ君達、ジャンケンで決めてくれたまえ」
ルーシーに促され、ベル、アスカ、エルゼの三人は手をすっと出す。そして、軽く息を吸い込み――
「「「最初はグー……ジャンケン…………ポン!」」」
気合のこもったかけ声と共に、三人の手が出される。
その結果は、アスカとエルゼがグー、ベルの手はパーだった。つまり――
「決まりだな。ベルがその魔導書捜索を引き受けよう」
「ありがとうございます、ベルさん。それではすぐに準備をお願いします」
それからベルは統哉達に手伝ってもらい、旅支度を調えた。
「皆、支度を手伝ってくれた事、感謝する。それで璃遠、期間は?」
「私の都合を押しつけるようで申し訳ないのですが、二週間でお願いします。もちろん、早く確保できた場合には早く帰る事ができますよ?」
「二週間……長いようで短いな。で、目的地にはどうやって向かう? 今からだとかなり慌ただしく動かなければならないだろう?」
「ご心配なく。目的地に一番近い駅まで行ける、新幹線の切符は確保できています。あ、最寄りといっても島の外になりますが、その駅までは私が魔術で送らせていただきます。それから後は、お手数ですが自力で向かってください」
そう言って璃遠はベルに数枚の紙の束を渡した。
「これは?」
「今回の件についての資料です。これに目的地への行き方も記してありますので、その通りに電車を乗り継いでいけばたどり着けます」
ベルは受け取った資料をパラパラとめくり、頷いた。
「……大体わかった。では璃遠、行こうか」
「早いなオイ」
「かしこまりました。では、参りましょう」
統哉のツッコミをよそにベルと璃遠が出かけようとすると、ルーシー達が声をかけた。
「幸運を」
「おみやげよろしくね~」
「ベル、向こうでもご飯はちゃんと食べるんだよ?」
ルーシー、アスカ、エルゼが思い思いにエールを送る。やがて、ベルの目が統哉に向く。
するとベルは微笑みを浮かべ、
「統哉、行ってくるぞ」
まるで買い物に行くかのような気軽さでそう告げた。統哉も笑ってそれに応えた。
「ああ、気をつけてな。ただし、向こうで迷惑かけるなよ?」
「安心しろ。ベルなら問題ないさ」
すると、璃遠が申し訳なさそうに声をかけた。
「ベルさん、そろそろ……」
「ああ、わかった。璃遠、頼む」
ベルの声に璃遠は軽く頷くと、右腕をすっと上げ、軽く振り下ろした。すると、空間に裂け目が生じ、人二人が通れる幅はある漆黒の空間が現れた。
ベルが一歩踏み出す。その時、彼女は後ろ髪を引かれるような思いに駆られ、振り返る。
その先には、ルーシー、アスカ、エルゼ、そして統哉が笑いながら手を振っていた。
ベルはそれに笑って手を振り返し、それきり振り返る事はなかった。
そして、ベルは璃遠が開けた空間の穴へ足を踏み入れた。
気が付くとベルはどこかの新幹線駅の広場に立っていた。二人は人混みを縫うように進み、璃遠から受け取った切符を改札に通してホームへ向かう。程なくして、新幹線がホームに入り、自動ドアが開いた。
「それでは、どうかお気をつけて。魔導書の件、よろしくお願いいたします」
「ああ。それじゃあ行ってくる。吉報を待っていてくれ」
深く頭を下げる璃遠にベルは手を軽く振って応え、新幹線へ乗り込もうとした。
と、ベルが振り返り璃遠に尋ねた。
「ああ、そういえば聞くのを忘れていた。目的地はどこだ?」
すると璃遠はいつもと変わらない柔和な笑みで答える。
「――『うろな町』です」
こうして、ベル・イグニスは「うろな町」へと旅立っていった。
※重要
これからベルは「うろな町」へ旅立ちます。
よって、「あくてん」本編にはしばらく登場しませんが、彼女の活躍は「うろな町企画」参加作品、「悪魔で、天使ですから。inうろな町」にて描かれておりますので、もしよければこちらも覗いていってください<(_ _)>
†悪魔で、天使ですから。inうろな町†
http://ncode.syosetu.com/n6199bt/




