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Chapter 8:Part 11 抜錨

 突然水中へと飛び込んだ統哉を呆然と見送りながら、エルゼは先程統哉に言われた言葉を反芻していた。


(泳げないんだよ! あいつはっ!)


 あの運動神経抜群なルーシーが、泳げない? 何故? どうしてあたし達に黙っていたの? 

 エルゼの中にたくさんの疑問が去来する。その時、ベルとアスカがエルゼの元へ飛来した。


「エルゼ! 一体何があった!? ルーシーが海に落ちたかと思いきや今度は統哉が海に飛び込んだ! どういう事だ!?」

「えるえる~、あれぐらいるーるーならすぐに持ち直せるでしょ~? なのにどーしてとーやくんは助けに行ったの~?」


 ベルは焦ったような口調で、アスカはのほほんとした口調でエルゼに尋ねる。

 するとエルゼは呆気にとられたような顔をしながら答えた。


「……ルーシー、泳げないって。だから統哉君、ルーシーを助けに行くって言って飛び込んじゃった」

「「…………はい?」」


 ベルとアスカが思わず間抜けな声を上げてしまう。そこへ、ザドキエルが雄叫びを上げながら装甲鱗を射出してきた。


「まずい! 来るぞ!」


 ベルの一声で、二人は迎撃体制に移った。




 その頃、統哉は自分の頭上で行われている戦闘によって荒れ狂う水中を必死に泳いでいた。

 海中に飛び込んでから三分は経過しているが<天士>としての力のおかげか、すぐに酸欠に陥る事はなかった。それに加えて、彼が纏っているケルベロコートに付加されている防護魔術のおかげで体温低下が防がれていた。だが、何よりも。

 ルーシーを絶対に助ける。

 その思いが統哉に力を与えていた。彼女が抱えていた欠点を偶然にも知ってしまった統哉。だが、その欠点によって彼女は窮地に立たされてしまった。それを救えるのは自分しかいないと、統哉は自分でもよくわからない「何か」に突き動かされて水中へ飛び込み、こうして水中を進んでいる。

 立て続けに変化する水流に翻弄されつつ、その中から僅かに感じ取る事ができるルーシーの気配を必死に辿る統哉。だが、常に変化し続ける水流に流され続けているのか、ルーシーの気配はあちこちへ移動し続けている。

 まだ彼女の気配が消えていない事から、どうやらまだ生きているらしい。だが、いくら人間とは肉体の出来が違う堕天使といえども、酸欠やザドキエルの動き次第で、時間が経てば経つほど生還できる可能性は下がっていってしまう事を統哉は認識していた。

 さらに、自分がいる水中は底が見えない事から、この場所は文字通りの底なしである可能性もあった。つまり、深く潜れば潜るほど高まる水圧で肉体が潰されてしまうというリスクもあるのだ。


(……くそっ、負けるもんか! ルーシー、無事でいてくれよ!)


 そう祈りながら統哉は全身に力を漲らせ、ルーシーの気配を追ってより深く潜っていった。




 一方その頃、水上では。


「――くうっ!」


 ミサイルのように飛来し、爆発した装甲鱗によってアスカの体は吹き飛ばされた。


「危ない!」


 そこへエルゼが彼女の体を受け止め、空中で踏み留まった事によって背後の壁に激突する事態は避けられた。アスカはふぅと息をつきつつエルゼに礼を言った。


「あ、ありがとえるえる~。危なかったよ~」

「どういたしまして……まあ実際ピンチなんだけどね……」


 肩で息をし、疲れた笑いを浮かべるエルゼ。彼女の言う通り、今の状況は非常にピンチだった。

 メインアタッカーといってもいい統哉とルーシーが同時に欠けた今、今のエルゼ達は大きな戦力低下と苦戦を強いられていた。

 統哉とルーシーによって、ザドキエルの背ビレが破壊されたのを皮切りに相手の動きはより激しくなった。狂ったような絶叫を上げつつ、装甲鱗や水流を手当たり次第に射出し始めたのだ。

 この予測不可能かつ無差別な攻撃に、流石の堕天使達も対応が追いつかず、ダメージが蓄積していった。加えて、統哉が水中深くに潜っているためか統哉の持つ力――堕天使のポテンシャルを引き出す力の恩恵を受ける事ができず、彼女達はポテンシャルを全開以上に引き出す事ができずにいたのだ。

 エルゼの纏う戦闘スーツは装甲のあちこちが破損し、背中から生えている二対の羽もあちこちが焦げていた。アスカも肩で息をするくらいに疲弊し、身に纏っているローブもエルゼのそれと同じようにあちこちが擦り切れ、焦げ付いていた。

 二人の眼前ではドレスの所々が破けて、白い肌が露わになっているベルが必死に<火炎障壁>を展開して装甲鱗の攻撃を防ぎつつ、間隙を縫って火球を放つがやはり装甲鱗に攻撃を防がれ、逆にその隙を突かれてダメージを負う結果になっていた。

 体勢を立て直そうとするベル達。だがそこへ、ザドキエルの放った装甲鱗が雹の如く降り注ぎ、爆発。三人は水面へ叩きつけられた。エルゼが咄嗟に気流を操作したためにどうにか体勢は立て直せたものの、受けたダメージは大きかった。

 そして、ザドキエルが勝ち誇ったような雄叫びを上げながら夥しい数の装甲鱗を一斉に射出した。

 ベル達の脳裏に敗北、そして死の文字がよぎったまさにその時――


「――ああもう、危なっかしくて見ていられないわね!」


 どこか苛立ったような少女の声が響くと同時、ザドキエルとベル達を隔てるかのように巨大な水の壁が現れた。

 水の壁はベル達に迫ってきていた大量の装甲鱗を全て受け止め、爆発を無効化した。

 その直後、水の壁は鎌首をもたげた蛇のように大きくうねったかと思うと大きな津波へと姿を変え、ザドキエルに襲いかかった。

 水の力を持つザドキエルはダメージこそ受けていなかったが、その圧倒的な水の勢いに押し流されてしまう。

 直後、大きな水柱が立ち上り、そこから一つの影が飛び出してきて水面に着地――いや、着水した。


「お前は――!」


 ベルが驚きを隠しきれない口調で呟く。その背後で、アスカとエルゼも驚愕の表情で「彼女」を見つめていた。

 その視線の先には、澄んだ水を思わせる水色の髪を短めのツインテールに纏め、両腕を青黒い甲殻の装甲で覆い、ウェットスーツめいたアンダースーツの上に鱗を思わせる装甲を各部に纏い、足には竜を思わせる形状のブーツを装備した少女が立っていた。

 背中には鮫やシャチを思わせるヒレがあり、その姿は、まさに人の体に様々な海洋生物のモチーフを取り込ませたキメラを彷彿とさせた。


「まったく、あれから気になって来てあげたらここまで苦戦してるなんて、やっぱりアタシがいないと駄目みたいね。妬ましいわ」


 少女は肩を竦めながら憎まれ口を叩く。そして、不敵な笑みを浮かべると腰を軽く落としつつ眼前の敵を鋭く睨みつけた。


「しょうがないから、ここからはアタシも暴れさせてもらうわよ!」


 そして、彼女は全身から魔力を漲らせて宣言した。


「――レヴィアタン、抜錨(ウエイ・アンカー)!」

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