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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

頂点に至る『いい子』の軌跡

作者: 零円

10000字程度ですが、読みづらいです、ごめんなさい。

 『いい子』で居る必要があった。

 両親は学生時代、スポーツ万能で成績優秀。学校のヒーローだったらしく、今では会社を作って社長と副社長というポジションにいて、俺にも同じ事を要求した。

 そんな優秀な子宝に恵まれたからだろう。母方の祖父母も父方の祖母も、こんな優秀な血を引いた息子はきっと優秀なのねと、そんな期待を俺に向けた。

 だからだろうか。自然と、『いい子』で居ないといけないのだと、自分で自分に言い聞かせるようになっていた。

 外で遊ぶ位なら一人で体を鍛える。友達を作る位なら机に向かう。

 孤高である事を良しとして、敵が居る事を誇りと思い、ただ己の心身を研磨するべきと、自分に言い聞かせて来た。


 そうして、一人で過ごし続けて来たある日。俺は小学校三年だった。

 俺は偶然母方の実家へ一週間ほど預けられる事になった。正直、父方の祖母はしつこく、事あるごとに俺の世話を焼こうとする為、鬱陶しい事この上なく、あまり好きではなかったのだが。その日は、町内会の旅行があるとのことで、俺の滞在中祖母はおらず、俺は祖父と二人で過ごす事になった。

 祖母に邪魔された為、実はあまり話した事が無かった祖父。果たしてどんな人なのかと扉を開ければ、既にそこには祖父が待ち構えていた。

 良く来たなと皺だらけの顔に人懐っこい笑みを浮かべた祖父は、疲れたろうと俺の肩にかけられた鞄を手に取った。いきなりで戸惑っている間に、祖父はあろうことか玄関先で俺の荷物を開け始める。何だ、ゲームの一つも無いのかと祖父は顔に落胆を浮かべていた。

 その言葉に我に帰り、俺はひったくる様に祖父からバッグを取り返そうと手を伸ばすが避けられた。なんて身の軽い爺さんだと心中で悪態付きながら、何をするんだと文句を言えば、祖父は落胆から一転、意地の悪い笑みを浮かべて俺の鞄を持ったまま、家の奥へと引っ込んでいく。

 呼びとめても効果が無く、俺は急いで家に上がりその背を追った。向かった先は祖父の私室で、驚いた事に見渡す限りゲームだらけ。おまけに酷く散らかっていた。何この部屋、と俺が呆然としていると、祖父はセッティングを終えたらしいゲームハードのコントローラーを俺へと差し出す。勝てたら鞄を返してやると、挑発の言葉と共に。

 つまりゲームの相手が欲しかったのだろうかと、俺は溜息を一つ漏らす。父と違い、なんて子供っぽい人何だろうと思いながら、適当に相手をしようとコントローラーを受け取り、散らかった室内に腰を下ろす。兎に角説明書を見ようと俺がそれを探し始めるなか、あろうことか祖父はゲームをスタート。テレビ画面に映っているのは、3本マッチの先取り2本制の在り来たりなアクションゲームで、合体の良い男が二人、睨み合っている。

 その直後、『Round1 FIGHT!』と文字が現れるとともに、男の一人が動き始めて瞬く間にもう一人をぼこぼこにした。

 『1P WIN‼』と表示される画面。此処で気がついたが、俺は2Pだった。つまりあれだ。負けたのだ。


――ちょっ! 大人げねぇぞ!!

――勝負の世界に大人も子供も無いぞ、孫!

――だったらフェアプレイ心がけろや、爺! 説明書読ませろ!

――そんな物いらん! 全てはゲームの世界で学ぶべし!

――なっ……! 上等だ!


 そんなやり取りをした事を、良く覚えてる。今思えば、汚い言葉遣いと言う奴は、あの時に覚えたのかもしれない。

 それからの一週間は、まあ、酷かった。学校と食事や入浴などの時間を除けば、ずっとゲーム。土曜日や日曜日などは文字通り朝から晩までだった。対戦をしたり、協力してRPGをクリアしたり。そうやって俺とじいちゃんは笑いあい、文句を言いあいながら、ゲームを楽しみ続けた。

おじいちゃんと尊敬の念を向けねばならなかった母方の祖父と違い、友達の様であった父方の祖父は精神的に有難い存在だった。結局、勉強やらスポーツやら。やる事さえやっておけば両親は放任主義だった事をいい事に、暇さえ見つければ遊びに行ってゲームをした。何度か、ゲームは悪い物的な言い方で祖父母に怒られたが、全て無視した。文句を言われる筋合いなんて無い。

遊ぶに遊び、笑うに笑い。初めてじいちゃんに勝った時は、悔しそうなじいちゃんを尻目に高笑いをしたし、一緒にRPGをクリアした時はハイタッチで喜んだ。

やがて祖父母も何も言わなくなって、これで静かにじいちゃんとゲームを楽しめると思い始めた矢先、じいちゃんが倒れた。

俺が中学一年の時だった。


 本人はなんともないと言っていたけど、何かある事は目に見えて明らかで。それでも、じいちゃんが俺に心配される事を望んでいない事は直ぐに分かったから、心配はしなかった。

 放課後に時間を見つけて病院に乗りこみ、お年玉を叩いて買った携帯ゲーム機2機とソフトを使ってじいちゃんとゲームをした。RPGだったり、対戦だったり。余りに暇だと、じいちゃんが恋愛シミュレーションを強請って来た時はビビった。

だけど、どんなにゲームをやっても、じいちゃんは良くならなかった。

寝たきりの生活。点滴の時間が明らかに長くなってる。以前ほどの実力がじいちゃんには無くて、何時の間にか対戦をやれば俺が必ず勝ってしまって。その度に、笑って悔しがるじいちゃんに、俺も笑らって返す日々が続いて。

クリスマスを翌日に控えたある日、じいちゃんの主治医に祖母が呼び出された。俺も同行し、そこで聞いた話は祖父がもう長くないという事。余命は聞かなかったが、何時死んでもおかしくないらしい。その話を聞いて、祖母は泣く。対して俺には、涙が出る気配も無かった。そうなのかと淡々に聞いて、両親にも淡々と伝えた。

そして翌日。その日はクリスマス。珍しくゲームをやらない日だった。外はシンシンと雪が降り注ぎ、ライトアップされた街並みが覗けた。綺麗だとじいちゃんが言うもんだから、いつものようにそんな柄じゃないだろと軽口を返す。じいちゃんは笑って、その通りだと短く答えて、それっきり黙ってしまう。じいちゃんが黙れば俺も話す事はなく、雪が降る音すらも聞こえてきそうな程の静寂が病室内を包んだ。

そんな時。


――俺は死ぬらしい。


 じいちゃんがそんな事を言った。思わぬ不意打ちに、肩が跳ね、思わずじいちゃんの方を振り返った。

 浮かべているのは、見た事が無い程に弱い笑み。そうか、死ぬのかとじいちゃん。漸く鎌をかけられた事に気がついたが、俺は何も言えなかった。


――だったら、死ぬ前にクリスマスプレゼントをやらんとな。


 そう言うと、祖父はベッドの下からダンボールを取り出し、俺へと渡す。

 訳が分からず、大人しく受け取って、息を飲んだ。『Goggles』。そう書かれたそれは半年ほど前から話題に上がっている『FRAGMENT of GLORY』と呼ばれる、史上初のVRMMORPGの専用コントローラーだった。

 だが発売は正式リリースに合わせた半年後の筈であり、なら、なぜこの場にと俺は少しの間思考し、直ぐにその答えに辿り着いた。βテスター当選者にGogglesを送り始めている筈だった。

 βテスト。発売前に一般ユーザーに今回であればテストプレイをして貰い、機能や性能を評価して貰う物である。

 今回のテストは半年前の発表時に一般応募を始め、俺の記憶が正しければ3000人までの枠であったにも拘らず100000人が応募するという自体に陥っていた筈だった。

 本音を言えば俺も興味があった。だがその時はじいちゃんの体の件もあり、正式リリース後に手に入れればいいかと考えたいたんだが……。

 どうしたのかと尋ねれば、何と当たったらしい。しかも応募は俺の名前で行ったらしく、ならば正真正銘俺がβテスターなのだろう。だが、それでも俺は食い下がった。確かに興味はあって、ゲーマーとしてはすぐにでもプレイしたい代物。だが、Gogglesを使えばじいちゃんの、『ゲームの中の世界に入りたい』というなんともまぁ、しょうもない夢を現実に出来るはずなのだ。だったらきちんと当選したじいちゃんがやるべきもののはず。

 しかし、そう言う俺の言葉を全部無視して、じいちゃんは少々強引に俺の手にGogglesを押し付けた。

 クリスマスなのだから、プレゼントくらい貰っておけと、そういうことらしい。

両手にかかる重みが、これが現実なのだと告げている。ただ、この重みがじいちゃんとの別れを意味しているような気がして、歯を食いしばって感情を押し戻す。そんな中、じいちゃんにある事を頼まれた。それがクリスマスプレゼントでいいからという。長らく見ていないから、ぜひ見せてくれと。

ああ、だったら。心を落ち着かせ、じいちゃんとの思い出を振り返る。ゲームばかりで、正面に外で遊んだことなど殆どなかったし、じいちゃんは俺の誕生日を覚えているのかいないのか、誕生日を祝われた事もない。でも、それでも。この人と会えて、本当に良かったって思えたから。自然と口元が綻んだ。


――ありがとう。


 笑顔を見せて。じいちゃんの望みに一言だけ添えて。それを聞いたじいちゃんは満面の笑みを浮かべてくれたけど、それがじいちゃんの冥土の土産になってしまった。

 俺が病院を後にした直後、じいちゃんの容態は急変。その連絡は、父の実家や俺の家にも届いたようだが、生憎と俺は家に向かっている最中で、両親は仕事中。連絡が届いたのは祖母だけで、じいちゃんの死に目に立ち会えたのも、結局祖母だけ。俺が実家に帰り、留守電を聞いて。慌てて病院に駆けつけたときは、既に医療器具などは運び出され、ベッドの上には顔に打ち覆いの被せられたじいちゃんの姿であった。

 顔を手で覆い涙を流す祖母の脇を抜け、打ち覆いをどかしてみれば、眠っていた時と遜色変わりないじいちゃんの姿。本当は寝ているだけなんじゃないかってその顔や首に手を触れてみる。冷たかった。ああ、死んだんだってそう認識しても、不思議と涙は出てこなかった。

 暫くして両親が来て、祖母と何かを話しをしているあいだも、俺はじっとじいちゃんの姿を目に焼き付けていた。

 しかし、それもずっとというわけにはいかず、どれくらいかの時間が経った頃、母に誘われるがまま、俺は家へと帰ることになる。

 人形のようだったと、後で聞いた。とりあえずその時の俺は、じいちゃんの私物であり、許可を貰って持ち出したゲームを食事も食べず、無言でひたすらにプレイし続けていたらしい。ほとんど覚えていないのだけど。

 葬式の時のことも、火葬の待ち時間の事しか覚えていない。

葬式の参列者の中に見知った顔がいて、誰だったろうかと首を傾げるも思い出せなかったが、そんな相手はわざわざ火葬の最中に俺に近づき、名刺を差し出してきた。

 書かれた名前と会社の名前に息を呑む。

 勢いよく顔を上げれば、ゲームを楽しんでいるかとそう聞かれた。曰く、じいちゃんに以前恩が有り、今回の俺ことじいちゃんのβテスター当選の理由はその恩返しにあるらしい。

 とはいえ、今はそんな気分ではないからと素直に返すと、ぜひ葬式が終わったら、今晩にでもプレイして欲しいとそう言われた。勢いに押され、首を縦に振ってしまい、ちょうどその時、火葬が終わったのだ。

 こうして改めて考えれば、あの日から暫く、俺はじいちゃん関係の事しか、覚えていないのだ。


 火葬の後、納骨や告別式を済ませ、我が家であの時言われたとおり、俺はGogglesの封を切ろうとしたところで気がつく。

 一度封が切られた痕があった。正確には、ガムテープを一度剥がしたあとに、別のガムテープが貼られていた。

 何故と思いつつ蓋を開ければ、直方体の本体にゴムバンドがついたGogglesや各種コード、説明書の他、どうにも場違いな茶封筒が一つ。表面には、『雹賀へ』。俺宛らしい。名前はなかったけど、筆跡はじいちゃんの物。

 覚悟を決めて封を切る。中には三折にされたA4サイズの用紙が一枚だけ。軽く透かして見たが、大した文字は無かった。なんというか流石じいちゃん。こういう時って、普通びっしりと書いてあるもんじゃないかな?

 まあ、らしいといえばらしいから、折られた紙を元に戻す。

 書かれていたのはゲームにログインするのに必要なユーザーIDとパスワード。どうやら一度起動してそこら辺の設定を行ったらしい。もしかしたら少しは遊んだのかもしれない。それから少し下に視線を移せば、ゲームをやる上での注意事項的な事が書かれていた。まあ、その事項の中に説明書を読むなとか攻略wikiを使うなとか書いてあるから、注意事項というよりは俺への駄目押し的な側面が強い。

 そして最後に。たった一言だけ、じいちゃんからのメッセージがあった。

『どうせなら、このゲームも二人で遊びたかったなぁ。孫よ』

 ……。

 ダンボールから本体と充電用とオンライン用のコードを取り出す。

 じいちゃんの教えを守って、説明書は読まない。幸い本体は簡単で、Gogglesにそれぞれのコードを差してから、目にかけてゴムバンドを頭に合わせる。

 手を離してみて、ずり落ちないことを確認。手探りで電源を入れ、眼前に現れたアイコンのうち、ゲームの開始を選択。ユーザーIDとパスワードを入力する欄に、紙に書かれていた文字をそれぞれ入力してみると、画面が移り変わった。次に現れたのはキャラメイクの画面である。

 既にそこにはアバターがいたのだが、これには少し驚いた。そこにいたアバターは、俺そっくり。明らかに俺を意識して作られたものだった。名前まで『川島 雹賀』と本名なのだから、その力の入れようったら。だが、さすがにこのまま始める訳にはいかず、アバターはこのままに、キャラクターネームを本名から取った『ヘイル』に変え、ゲームのスタートを選択する。

 アバターはこれでよろしいですか?とシステムメッセージが届き、Yesを選択。

 そして新たなシステムメッセージが俺に届いた。


『Fragment of Gloryの世界へようこそ――』



***



 あの日から、もうすぐ一年。

 FOGの世界の中、βテストのキャラデータをそのまま引き継ぎ始まった正式リリース後、俺のレベルが50から先が余りに上がり辛く、漸く60に達しようかという頃。俺はとある洞窟の奥深くにある開けた場所を訪れていた。

 足を踏み入れた直後に向けられるぎらついた視線。それはそうだろう。リザードマンを始め、動物型とされるモンスターは、自分の巣に足を踏み入れられる事を良しとしない。それ故、無断で足を踏み入れて来た俺は明確な敵であり、ただのリザードマンだけでなく、この巣のトップである唯一甲冑に身を包んだリザードソルジャーもまた、他のリザードマン達と類に漏れず、俺へ怒りの感情を向けているよう。

 そうして、彼らの敵意を一身に受けながら、俺は腰に下げたコンバットナイフを手に取る。鈍い白銀を輝かせた刀身が黒に染まっていく中、口元が釣り上がり、自然と笑みが浮かぶ。しかし体の奥底から熱が漏れ、どんどん意識が冷えて行く。

 呼吸の間隔が徐々に短くなり、やがて止まる。重さを感じる体は意識が完全に冷え切った証である。自らの手に持った黒一色に染まりきったコンバットナイフを順手から逆手に持ち直しながら、リザードソルジャー指示の元、一斉に飛びかかって来たリザードマン達を何処か他人事のように見据え、体が動き始めた。

 足を曲げて腰を落とし、首狙いで振られた一体のリザードマンが持つ直刀をかわし、一気に地面を蹴って突撃(チャージ)。そのまま移動直線上にいたリザードマンの武器を持った腕を斬り落とし、その脇を抜けたところで反転し、先程腕を斬り落としたリザードマンの首をそのまま斬り落とす。

 先ず一体。斬った勢いのまま再び体を反転させてリザードマン達の包囲網から強引に突破しつつ、後で知り合いのどやされる事を覚悟でスキル【クレイジー・コンバット】を発動。逆手から再び順手に変わったコンバットナイフから螺旋に渦巻く赤い閃光が出始めた直後、先程同様に地面を蹴っての突撃。だが地面を蹴った時の爆風も突進速度も先程の非にならず、俺はそのまま赤い閃光を伴ったコンバットナイフの刺突を、自らは椅子に座ったままであったリザードソルジャーに叩き込む。

 赤い閃光が火花のように散りながら、コンバットナイフはリザードソルジャーの甲冑にぶつかり続けるも、突破出来そうな気配は無い。

 貫通付与のこの技で貫通出来ないのだから、恐らく貫通無効でもついているのだろうと目星をつけ、それならばと俺は此方に向かって来るリザードマン達に振りかえりながら、ナイフを手放した。直後、スキルが最終段階に入り、ナイフは派手に爆発し、リザードソルジャーの体を狙い通り弾き飛ばす。ただ椅子も壊れた事は想定外。破壊可能オブジェクトだったらしい。

 リザードソルジャーがそのままフィールドの後方の壁に激突し、降って来た瓦礫に埋もれたが、それを確認せず、俺はショートカットウィンドウに登録されている予備のナイフ一本目を新たに装備し、逆手に握る。再び刀身が黒に変わる中、リザードマン達に対して先程とは違うスキル【スラッシュ】を発動。

 先程と違い、青白い光が刀身を包み、その直後に動く。威力強化された斬撃は、手始めに振り下ろされた刃を、一刀の元に両断した。そして振り上げた体勢のまま、持ち手を順手に切り替えての袈裟斬りは、スキルによる攻撃範囲強化により、武器を両断されたリザードマンを肩口から脇腹にかけて両断し、今まさに俺の横で武器を振ろうとしていたリザードマンの足を斬り付け、その体勢を崩した。

 だが追撃する前に別のリザードマンのフォローが入り、敢え無く後退。ナイフを三度逆手に変える。この時点でリザードマンの残りが八体。ちょうど良くリザードソルジャーも瓦礫を押し退けて立ち上がった。その手には柄の長い戦斧。リーチの面で言えば、スラッシュを使っても勝ち目が無い。

 もう一度【クレイジー・コンバット】を使う事も考えるが、今回は手持ちが少なく今握っているのも含めて残り5本。愛用のスキルとはいえ決め切れるか怪しい技を此処で使う気にもなれない。幾分悩み【ギルティ】を発動。逆手に握ったナイフで自らの腕を斬り付ける。痛みが走り、HPバーが徐々に減り始める。だが、それと並列して赤黒い光が俺の全身を包み、ATKとAGIの数値が上昇を始めた。それを感覚的に感じながら、俺は地面を蹴り、その一歩で足を斬り付けたリザードマンに肉薄し、逆袈裟に斬る。残り七体。

 我に返ったリザードマンの内の一体が武器を振るう前に跳ぶ。FOGの跳躍時の高さはATK値、移動距離はAGI値に依存している為、スキルでATK値が上昇していれば、その分跳ぶ高さも上がり、AGI値が上がっていれば、前に向かって飛べば着地する場所も遠くなる。現に今は悠々とリザードマンの頭上を跳び越え、後方5m程の距離まで一気に跳べる跳躍力になっていた。明らかに跳び過ぎ、慌てて身を翻し、【スラッシュ】を発動。青白い光を放つナイフを一閃させ、背を向けたままのリザードマン2体の首に、胴体との別れを告げさせた。残り五体。

 HPが半分を切る。既に危険域、リザードマンならいざ知らず、リザードソルジャーなら一撃で削れるだろうライフになってしまっていた。一応パッシブ状態の【ギルティ】のオフにすれば体力の減少も無くなるのだが、同時にステータスの補正も無くなってしまい、意味が無い。幸いこのスキルでHPが0になる事は無いから、当たらなければの精神を続行。

 残り五体の攻撃を避け、一体の背後に回り尻尾を掴んで、そのままリザードソルジャーへ投げつけて足止め。スキル【インパクト】を発動。足が赤黒い光の他、スラッシュ時と同じ青白いに包まれる中、振り向きざまの回し蹴りをリザードマンの顔面に叩き込んで蹴り飛ばして別のリザードマンにぶつけながら、被害を逃れたリザードマンの攻撃を避けつつ、そいつにも【インパクト】付きの蹴りを叩きこんで別のリザードマンへ。こうして、リザードソルジャーに投げつけた以外のリザードマン達4体を2体ずつに分けた事を確認してから、ショートカットウィンドウから新たにナイフを取り出し、【クレイジー・コンバット】を発動。手に持った二本のナイフが螺旋を描く赤い閃光に包まれたのを確認してから、その二本を、それぞれ2体ずつに分かれたリザードマンへと投擲。ナイフは、2体の内の1体に突き刺さり、その後2体を巻き込んで爆発。これで、残りは1体。ナイフの残数は3本、SPに至っては空になってしまった。

 SPポーションを飲んでSP(スキルポイント)を回復しつつ、ナイフを新たに装備して、駆ける。HPは既に3桁を切っていて、下手な小細工をする必要は無い程のATKとAGIになっていた。だが、俺は【スラッシュ】を発動。リザードソルジャーによって押し飛ばされた哀れなリザードマンを一蹴して、リザードマン10体が全滅させながら、更に速度に乗る。

 リザードマン達はあくまでおまけで此処からが本番。HPは既に残り50を切っている。そして十分に上がったATKとAGIだが、甲冑を纏ったリザードソルジャーを一撃で葬れるかと言われれば、当然否。だが、その為のスラッシュ。その為の突撃。瞬く間にリザードソルジャーの戦斧の間会いより内側に入り、ATKの純粋攻撃力とスキル補正とAGIによる速度補正により大幅に強化された一撃を普段の間会いよりは広い、スラッシュの効果範囲ギリギリで振るう。

 リザードソルジャーも分かっているのだろう。無視するわけにはいかず、戦斧の柄でその一撃を防ぐ。そこから、まさかの鍔競り合いに発展した。驚くべき硬さの戦斧にリザードソルジャーのATK値に感心しながら、すかさずバックステップ。

 滞空中に芸も無く【スラッシュ】を発動。両足とナイフを持たない左手で着地しながら、地についた三本をフルに使って地面を叩く。既に踏み込みの音は爆発音に近く、俺は地面にクレーターを作りながら、リザードソルジャーへと猛進する。振り下ろされた戦斧をナイフで壊そうとするも、やはり叶わずそのままかち上げ、【インパクト】を伴って胴体に蹴り。上体が崩れた所に一回転からの【スラッシュ】付きの斬撃を叩きこむ。だが――まだ足りない。甲冑は壊れる気配が無く、リザードソルジャーの顔にはまだ余裕が浮かんでいる。

 その余裕を奪う為、俺は左手にナイフを装備し、【クレイジー・コンバット】を発動。左手に持った赤い螺旋を纏う刃をリザードソルジャーの鎧の繋ぎ目、戦斧を持った右腕の付け根に向かって突き刺し、手を離してバックステップ。直後に爆発が入り、戦斧ごと右腕が吹き飛ばす。

 それでもリザードソルジャーの余裕は崩れない。彼は残った左手で右側に吊るしていた剣を抜こうと手をかける。それだけならいざ知らず、地面に落ちたリザードソルジャーの右腕が戦斧を残して消えると同時、体から右腕が生え始める。リザードマン系の厄介な能力である再生によるものと分かっていても、やはり地味に気持ち悪い。 とにもかくにも生えきる前にと地面を蹴って再三突撃。リザードソルジャーが刃を抜き終える前に柄頭を蹴って鞘の中に押し戻し、【スラッシュ】で首を刈ろうとするも嫌な予感を覚え、強引に柄頭を足場に跳び跳ねた。さっきまで俺が居た辺りをリザードソルジャーの太い尻尾が横切っていく。

 そんな攻撃もあるのかと考えていたプランを塗り替えつつ、着地。其処を狙って振り向きざまに振られたリザードソルジャーの剣をナイフで防ぎながら飛んで、更なる距離を置く。右腕は完全に復活していて、五体満足に戻ったリザードソルジャーは剣を鞘に戻すと、少し移動して戦斧を拾い上げる。

 そしてようやく。ようやく俺のHPが1になり、己の全てがただ戦うだけの罪人と変わり、現状は振り出しに戻りはせず、終幕に向かって加速を始めた。

 空いた距離を埋める為にスキル【ブースター・チャージャー】を発動。握る刃に赤い閃光が灯り、その赤い閃光が形を成し、|突撃槍〈ランス〉へと姿を変える。そして地面を蹴った直後、ロケットのジェットエンジンが点火されたかの如き爆音が響き渡り、ランスの穂先は瞬く間に戦斧を弾き飛ばした。だが、ヒット判定が出た為ランスは霧散し、元のナイフが再び現れ、そのナイフは既に青白い輝きを放ちながら行動を開始。

 一刀目に俺の体を狙って振られたリザードソルジャーの尾をカウンター気味に斬り落とし、続けて振られた二刀目で剣を抜こうとしたリザードソルジャーの左腕を切り付け――三刀目で残った右腕を切り飛ばす。

 【トライ・エッジ】。【スラッシュ】の上位スキルであり、高速の三連続斬りである。ただ先程使った【ブースター・チャージャー】と違い攻撃モーションが固定されておらず、狙い自体はプレイヤー任せ。おまけに三撃放てば即スキル終了してしまう為、使い勝手がよろしいかと言われれば難しい話。現に今もスキルが切れ、俺はただの斬撃を鎧越しにリザードソルジャーに叩きつけ、尻尾と両腕を失いバランスの崩れたその体が踏鞴を踏むのを確認してから、【インパクト】を発動し、後ろ回し蹴りを甲冑へと叩きつけて完全に転ばせる。

 止めとばかりに【クレイジー・コンバット】を発動。接近と共に倒れたリザードソルジャーの顔にナイフを突き立て離脱。

 流石に頭が爆ぜる様は直視したくないので背を向けると爆風で体が煽られた後、後ろを向いて確認すればこのフロアにいる者は俺だけになっていた。ステータス画面を開きレベルが上昇している事を確認し、アイテム欄を開きリザードマン及びリザードソルジャーを倒した事による入手アイテムを確認する。幸い必要なアイテムは全部入手できたようであった。

 HPポーションを飲んでHPを回復させてから踵を返す。とりあえず街に戻ってアイテムを渡してから、これからどうするかを考える。


 あの日から1年。

 ある人からは生き急いでる様に見えると言われたり、ある人からはナイフを爆発されるなと言われてるけど……。

 今の俺は、大体こんな感じでゲームを楽しんでます。じいちゃん。


 


あらすじにあった通り、その内連載しようかなぁと考えてるVRMMOにおける、トップランカーの一人の前日譚のような物でした。

鉤括弧を極力使わなかったのはノリです。申し訳ない。

読みづらさを気にしないで、書きたいように書いたらこうなったよ!

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