5.お兄様って……
おお
勇者カルバン・クライン
無敵の英雄
聖なる天使の命を受け
魔王ガンドルを打ち倒し
我らに平和をもたらせり
流しのおじさんが隣の酒場で歌ってる声が聞こえてくると、ああ、今日も終わったなぁって思うわ。
だから私は、最後の皿を拭き終わっておっきくため息。
おばさん臭いけど、この三年ですっかり癖になっちゃった仕事終了の儀式みたいなもの。
神殿の十と半の鐘が鳴ったから、『女神の食卓亭』は営業終了なのよ。家は純粋に飯屋だからお酒は扱わない。マリンピアが開店当初から決めた方針なんだ。
だって当時は私達三人も十六-七でエルトンは十三だったから、お酒飲みの相手なんてできないわよ。今でもしたくないし。
それに、家で食べたお客さんが隣の酒場に流れてくっていう、いい協調関係ができてるから家はお酒置かなくて大丈夫。
使うお酒は料理酒で間に合っちゃうのよね。
だから今日も終わり。
あ~疲れた。
だから心置き無くもひとつため息。
……すみません。空元気です。
だってもう六日。
偽物がやってきて本物が帰って来なくてもう六日よ!
初めの三日は、なんとか偽物に会って化けの皮を剥がすか、カルバンの振りは止めさせようって息巻いて、お城の周りをうろうろしたんだけど。
お城の中なんて年に二回の解放日じゃないと入れないし(それでも庭までだけどね)衛兵さんには不審者扱いされたしで、断念。
後の三日はカルバン景気でやたらに忙しくなっちゃって出歩く暇がなくなったわ。
おまけに今日は阿呆も来たし。
はぁ…
「こらこら、福が逃げるぞ」
厨房の入り口で計算勺で肩を叩くマリンピア。帳簿も終わったみたいね。
艶やかな深緑の髪に茶色の知的な瞳。
私やリンフェルより頭一つ背が高くて、口調も動作も精悍でかっこいいの。
エルトンが強くなるまでは、彼女が店の用心棒も兼ねてたくらいよ。エルトンの棒術の先生でもあるわ。
店の女性客の人気をエルトンと折半してる男前なんだから。
服装も自分の背丈だと既製服がないからってワザと男物を着てて、男装の麗人とか言われてるのよ。
本当の理由は、違うんだけどね。ま、それは今はいいか。
「今日は、馬鹿兄貴がすまなかったな」
マリを見ながらぼーーっとしてたら、苦笑して謝られちゃった。
いや、そうじゃないのよ。恒例の、あんたに見惚れる夕べだっただけなのよ。
なんて事を言ったら変態さんの仲間入りしそうだから、私も笑って肩を竦めとく。言われた事が頭の中でもやもやしてるのも確かだしね。
「奴と半分も血が繋がっているかと思うと、世の中に申し訳ない気がするよ」
そ、そこまで言っちゃう? まあ、困った人なのは確かだけど。
「子供の頃から今まで治らないんだから、一生ああなんだろうな」
やれやれと首を振るマリンピア。
そういえば、子供の頃からこうだったわねぇ。
話題の馬鹿阿呆ついでに間抜けは、ジェブ・ノリス・パーディタっていう伯爵家の一人息子で、マリンピアの腹違いのお兄さん。
姓が違う? 解るでしょう? つまりマリンピアのお母さんは、伯爵様のご愛妾だったのよ。
とは言えど。伯爵様が来たり、おばさんが呼ばれたりっていう形で、ずっと下町で生活してたの。あちらの奥様に申し訳ないって言って、奥様が亡くなられても後添いにならずにいたんですって。
義理堅いというか烈女と言うか。
ところが、そこで弊害が起きたの。
奥様は産後の肥立ちが悪くて亡くなられたそうなんだけど、ここで伯爵様が図ったのよ。おばさんに息子を育てさせたら、お屋敷に来てくれるんじゃないかって。
でもおばさんは信念を持って、息子を下町で育てた。数ヶ月遅れで生まれた自分の娘と一緒にね。
だから子供の頃は、あいつが次期伯爵だなんて知らずにみんなで泥んこで遊んでたわ。
ジェブとカルバンっていい喧嘩友達だったし、次期当主としてお屋敷に住んでる今でも普通にやって来るの。
迷惑だけどね。
私らがあいつのトンでもない思い込みに気がついたのは、私が十八になった誕生日だったわ。
別に彼が隠していた訳じゃなくて、みんなずっと冗談だと思って本気にしてなかっただけなんだけど。
誕生日のお祝いの最中。ジェブは私に花を贈ってくれながらこう言ったのよ。
『これで君をやっと愛妾にしてあげられるね』
って。
後の騒ぎは思い出したくもないわ。
誕生日に駆けつけてくれていたカルバンと決闘になりかけて、みんなで必死で止めて、何でそんな冗談を言うのか問い詰めて、そこで判明したのよ。
伯爵様とおばさんの関係を見て、『結婚は家の為に娶り、愛妾は自分の為に最も愛する人と夫婦になる手段だ』って信じていると。
つまり、あれは彼なりのプロポーズだったんだけど……嬉しくないわよね。
それに私は……いやいや。
問題はジェブよ。
あれ以来、月に一度は来ていて同じやり取りとどつきあいを繰り返しているの。
もう、いい加減にして。
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