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35.彼を哀れむ歌


「残っていたのは、血痕だけでしたの」


 (わたくし)の言葉に、皆が愕然とした視線を寄越す。


 北の監獄棟に七日前収監されたクーヴルール子爵が、押し込められていた牢内で惨殺された。


 昨夜遅く、監獄内で魂切る悲鳴が響き渡り、看守が驚いて駆けつけたところ。子爵の身の回りの世話をしていた下男が入り口に倒れており、既に息は無かったそうだ。


 更に室内に踏み込んだ看守たちは、その惨状に戦慄したという。


 死体は無かった。


 ただ夥しい血痕が室内に飛び散り、兵士ですら目を背けるほどの惨状だったと報告されている。


 おそらく失敗して契約を違えたが為に、魔王の手のものによって処刑されたのではなかろうか。


 それが今の所出ている仮定なのだが、無残で不気味な出来事だ。


「でも私、魔王の力の発動は感じませんでしたの」


 私の言葉にリンフェル・スピアが口元を押さえた。


「つまり~どういうこと?」


「魔王自体は関わっていなかったかも知れない。か?」


 マリンピア・サンク・パーディタが冷静に言い、私はゆっくりと頷く。


「ええ」


 ここは『女神の食卓亭』


 レイニー・ブルースとその仲間が、肩を寄せ合って暮らし働く場所。


 そして、本来ならカルバン・クラインが帰る筈の場所だ。


 城下とはいえ、下町のこの家に私が来ているのはこの報告を自らしなければと思った故なのだが、一度この目で見たかったというのが本当の目的である。


 カルバン・クラインが育った場所であり、我が父が身分と名を偽りこっそりと青春を過ごした街を。


 先日カルバンを見舞ったトパークから彼の目覚しい回復を聞き、他の朋の来訪が近い事も聞いた。


 そして居ても立っても居られなくなった所に、子爵の異常な死に方の報が入ったのは渡りに船だった。父とパーディタ伯爵にレイニー・ブルースの保護を盾にねじ込んで、今日のお忍びを勝ち取ったのだ。


 今にして思えば、父王も伯爵も、後押しの口ぞえをしてくれたトパークも、むしろ緊張続きの私を気遣って羽を伸ばさせてくれたのかも知れない。


 質素な衣装に身を包み、かつて父が使っていたという抜け道を通って街へ出た時は、久々の冒険に胸が躍った。


 さすがに女一人でのお忍びは許可されず、城へ報告に来ていたターグ・レントリーが共として同行している。


 帰りは天使のアリィが連れ帰ってくれる手筈になっているが、その時間をどう引き延ばそうかというのが、目下の課題だ。


 何しろ、初めて視察以外で歩く街は活気に溢れ、王女へのよそ行きではない人々の姿が興味深い。


 これでも仲間たちと遠い街を旅し色々と経験もしたから、単なる世間知らずの箱入り娘では無いつもりだ。


 こっそり小銭も貯めてある。


 それも血税から割り振りされる王女の支度金ではなく、趣味のレース編みを腹心の侍女を通して商家に納めた料金だ。


 己の手で稼いだ金以外には、私事に使って良いものなどない。


 それが、もうすぐ逢える親友の教えだ。


 昔したように、屋台の飴を買おうといきなり金貨を出すような真似はしない。


 口調もなるべく砕けたものにするべく、旅の間から練習していたのも功を奏して、ターグから『お見事です』と褒められた。


 だから少々自惚れて『女神の食卓亭』にやって来たのだが、本場の下町では自分はやはり浮くのだと痛感してしまった。


 ターグと店に入った途端昼食の客らしい労務者風の人々に一斉に見られたので、つい、優雅に会釈をした。


 場違いな所作に、客たちがどよめいたのは当然である。


 私の来訪に驚愕しながらも、エルトンとリンフェル機転を利かせてパーディタ伯爵ゆかりの令嬢と誤魔化してくれたが、とんだ失態を演じてしまったものだ。


 まだまだ修行が足りないらしい。


 そして昼下がりの休憩時間を待って、事件のあらましを話していたのだ。




おお

勇者カルバン・クライン

稀なる強者

光集めし金の髪

その微笑みは闇拭い

瞳、碧き空を写したり



 店の外からはカルバン・クラインの賛歌を歌う声が聞こえ、未だ城から出歩けないトパークを思い出させた。


 あの美貌はどんな姿であっても女性の目を惹き、記憶に強く刻み込む。


 旅の間も、彼の美しさに魅せられた女性が後を絶たなかった。どれほど以前に立ち寄った町であっても、女性は彼を憶えているのだから驚く。


 だから彼は、夜半に天使の力を借りて、隠されたカルバンの元へ行くくらいしかできないのだ。


 当然今日の微行にも同行できてはいない。


 それが少し寂しく感じるのは、何故だろう?


「それで、変態の葬式とかあるのか?」


 アリィが首を傾げた。


「一応、司祭が簡易に清めの儀式と葬送の儀式は執り行ったそうですわ。なにしろ異常な変死です。遺体もありませんから、神殿での葬儀はできませんし、子爵にはご家族はいらっしゃらないので見届けの遺族も来られなかったとか」


 国教であるウーリエール神殿は、炎の浄化で魂を清め天に召すと教義は伝える。


 しかし、変死した者には怪異な物の怪が憑いているので、神殿ではなく清めの儀式を行った後、即座に荼毘に処せられる。


 哀れな子爵には荼毘に処す遺体もなく、血の飛び散った牢内の敷物や寝具、家具を燃やす事で火葬としたそうだ。


 彼の爵位と遺産は、本家である公爵家預けとなる。

 

おお

勇者カルバン・クライン

雄々しきますらお

広野を進み山を駆け

魔王の魔手を打ち払い

我らに希望を与えたり


 再び外から歌声が響く。


 市井の誰かが口ずさんでいるのだろうか? それにしては朗々と、聞かせたい明確な意思を持つ歌声だが、如何せん非常に聞くに堪えないものがある。


 見ればほぼ全員が眉を寄せていた。


「あの歌まただわ」


 レイニーが呟き、エルトンが苦々しく舌打ちする。


「これで三日、毎日あれだ」


「オルブランっ子は音痴嫌いだってのよ」


 リンフェルが辟易した様にため息を吐いた時、アリィが小さく呟いた。


「タァ~ァイム イズ オン マイ サイド イエス イット イィズ……ってなって欲しいなぁ」


 聞き慣れない旋律の歌を口ずさみ、天使がゆらりと立ち上がる。


「どうした?」


 ターグが聞いたが、彼は苦笑しながら肩を竦め、私を見た。


「お姫、この家に二重に結界を張れ」


 天使は無駄を嫌う。


 唐突でも意味はあるのだ。


 私は咄嗟に建物を覆う結界を思い浮かべる。硬く強固に、しかし軟らかく。


 街に張っているものと同じく、どんな攻撃も天幕の様に包み、弾けと……

 


 激しい衝撃が、『女神の食卓亭』を襲った。


Time is on My Side ローリング・ストーンズの曲であります。

「時間は俺の味方さ。はい、その通り」

( *´ー`)

アリィ。苦労してるねぇ。

しかし、この歌。天使が歌ってどうする。

(章題で、ピンときた人にだけ判るネタww)

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