33.とにかく本人の気持ちよね
おお
勇 煩いって言ってるでしょ?
下手な歌聞いてる暇無いのよ。
大変なんだから。
ジェブは項垂れてるし、マリンピアは固まってるしで、残りの私たちは息を詰めて見つめてる。
「従兄……」
マリンピアがボソリと呟くと、ジェブがびくっと肩を揺らす。殴られる寸前みたいな反応ね。
「つまり。僕の父親は、生まれる前に亡くなったスタバク伯父上だったんだ。サンドラ母上が弟の嫁に直る事を承諾したのは、お腹に僕が居たからだ。次の日に事情を聞いた父上と母さんは、父上の子供として産むのを承知したんだ。だから、正嫡はマリンピアで僕は庶子。スタバク伯父上の息子って公表されてたとしても婚外子さ。まぁ、可愛がって育て上げてくれたから、そんなことはどうでも良いんだけど」
なんていうか、大人な事情ねぇ。
私の隣で『ここには死後結婚って概念はないのか』って、アリィさんがボソッと呟いてたわ。
でも、伯爵様って、そういう事を事細かに話す人かしら?
「兄貴、話始めに、最近聞いて親父に確認してきたって言ったよな? そもそも誰から聞いたんだ? 陛下か?」
そうね、伯爵様以外で当時の事を知っていそうな人って、もう王様くらいかな?
でも首を振ってるわね。
「サンドラ母上とマイウ母さん。ついでにスタバク伯父上だよ。じい様とばあ様には逃げられた」
何ですかそれは?
って、もしかして。
「奇跡の夜?」
思わず言っちゃったら、ジェブがしっかり頷いたわ。
『奇跡の夜』っていうのはね。五日前の夜、世界中のみんなに亡くなった人たちが夢の中で会いに来てくれた事なの。
私も、父さん母さんとサニーと四人で一家団欒できたのよ。
母さんの演奏で父さんが歌って、サニーが元気になってきたのを喜んで、カルバンが帰って来ない愚痴言って、楽しかった。
お城のふっかふかなベッドのおかげかと思ってたんだけど、朝になってサニーと話したら、おんなじ夢を見てたのよ。
びっくり。
更に、他の人たちもみんな逢えたって聞いて驚いていたら、王女様が女神様のはからいだって教えてくれたのよ。
まぁ、それは内緒なんだけど。
そんなこんなで、あの夜は『奇跡の夜』って言われてるの。
ジェブはマイウおばさんだけじゃなくて、実の親にも逢えた訳ね……嬉しそうじゃないけど。
「……だから兄貴と夢が重ならなかったのか」
マリンピアが小さく息を吐いたわ。
兄弟は大抵夢が繋がったらしいものね。私はサニーと繋がったし、エルトンはカルバンと繋がって、殴ってきたって言ってたわ。
マリンピアとジェブが繋がらなかったのは、サニー見ていて夜明けに転寝した程度だからってジェブが言ったから、不思議に思ったけどみんな納得してたの。
それから今日まで真実抱えて悩んでたのね、ジェブ。
私が実はサニーと姉妹じゃないなんて聞かされたら、どんな気持ちになるかしら。
「サンドラ母上やスタバク伯父上には申し訳ないけど、僕は父上とマイウ母さんの子供で、マリンピアの本当の兄貴に生まれたかったよ」
ため息混じりにジェブが言ったら、ドスバキ! って音が響いてジェブが吹っ飛んだわ。
伸びたジェブを仁王立ちして見下ろすのは、勿論当然なマリンピア。と、なぜだかアリィさん?
「私は当然の権利だが、何であんたが殴るんだ?」
マリンピアが聞くと、アリィさんはフンって鼻を鳴らしてふんぞり返ったわ。
「サニーの代理だ」
なるほど。
ジェブの正面に座っていたサニーが、頷きながら小さく拍手してる。
「説教は任すぜ」
アリィさんは肩を竦めて座ったわ。
マリンピアは『よし』と頷いてから、ジェブの胸ぐら掴んで引き上げた。相変わらず男前。
「おいこら馬鹿兄貴。そんな愚痴を言う為に、今まで長々と昔話を聞かせたのか?」
ぐて~っと伸びたまま、ジェブが小さく笑ったわ。
「多分、マリンに、殴られたかったんじゃ、ないかな?」
切れ切れなジェブの返事にマリンピアがにやりと笑ったわ。
「じゃあこれも聞きたいんだろう? まだ私が産まれてないのに、兄貴を預かった途端にお乳がドボドボ出て、乳母要らずだったって母さんが自慢していたってな」
あ、それ私も良く聞いたわ。おばさん、私たちが子供の頃から折に触れて言ってたもの。
十を過ぎたくらいからジェブが恥ずかしがって、おばさんが言う度に止めてたけど、今のジェブは嬉しそうに笑ってるわ。
「親父の血は分けてなかったかも知れないが、母さんの乳は分け合ったちゃんとした兄妹だ。ちゃんと血だって繋がってる。兄貴は兄貴だ。どうだ? 満足したか?」
嗤ったまま睨みつけるマリンピアに、ジェブは満足そうににっこり頷くの、
「うん」
って。
前から思ってたけど、マリンピアとジェブって、男同士の兄弟みたいよね。
「よし、すっきりした!」
ジェブがそう言って、むくっと起き上がったわ。悩みは解決ね。って、なんで私の前に来るの?
「レニー。ごめん」
え? 何?
「僕はずっと思い違いをしていたよ。サンドラ母上とマイウ母さんに、愛妾がどれだけ辛いか教えられたんだ。そもそも僕が君を愛妾にするなんて言ってなかったら、真実は話さなかったって」
ああ、マイウおばさんサンドラ奥様ありがとう! やっと沸いてたジェブの頭を治してくれたのね。
でも、まだ油断できないわ。
なにしろジェブだもん。どんなトンチンカン言い出すか……
「僕は修行するよ!」
はい?
「今の僕じゃ、君に釣り合わない。痛感したんだ待ってておくれ」
「いや。待たないから気にしないで」
「いいんだよ、気を使わなくても。がんばるからね」
やっぱり、聞いてないのね。
「でも、とりあえず今は……厠に行くよ」
「へ?」
「マリンのは慣れてるんだけど……腹に決まったアリィのが効いてて……吐きそう……」
きゃー!!
「早く行って~!」
「とっとと行け馬鹿兄貴!」
「ここではやめてよ~!」
厠へ走っていくジェブを見送ってたら、また歌が聞こえたわ。
おお
勇者カルバン・クライン
雄々しきますらお
広野を進み山を駆け
魔王の魔手を打ち払い
我らに希望を与えたり
妙に調子が外れてて、聞き入りたくない下手な歌。
どこかで聞いた気がして窓を見たら、もうとっぷりと日が沈んでるわ。
あ。お店、臨時休業しちゃった。
これにて過去話終了。
さて、何の意味か。
( *´ー`)