32.悲劇の花嫁
まだまだ続く過去話。さて、何ででしょう?
おお
勇者カルバン・クライン
雄々しき はいはい判った。
外の人煩いわ。
上手くないし。
私たち、今大変なのよ。
私らが『先代様』って呼んでたおじいちゃんと『奥方様』って呼んでたおばあちゃんも、魔王の攻撃で亡くなったの。オルブランの南にある保養地に居たんだけど、今そこはアマルーティアと同じ毒の沼になってるの。
魔王の攻撃で全てが焼かれ、瘴気に当てられて水は毒に変わってる。
元は綺麗な湖のほとりの町だったのに。
毎年夏に何日か、みんなで保養所の別荘に招待してもらってたのよね。良い所だったなぁ。
まあ、それはともかく。
とことん逆らう息子と、それに激怒する両親。この真ん中で板挟みになっていた伯爵様のお兄さんが、ある日流行り病でぽっくり亡くなっちゃったんですって。
これが不幸の始まりだったの。
当然、伯爵様が跡取りになっちゃって、親の決めた娘を娶れと大騒ぎ。
しかもその嫁って、お兄さんの許婚だったのよ?
結婚寸前で許婚に死なれた気の毒な令嬢を、弟に宛がっちゃうなんて、かなり酷過ぎ。
「じい様もばあ様も、私も可愛がってくれたのに」
マリンピアがぼそっと言う。
そうなのよね。
先代様も奥方様も、マリンピアとジェブにはジジ馬鹿ババ馬鹿爆発で、目に入れても痛くなさそうな可愛がりっぷりだったわ。
ついでに私たちも可愛がってくれた、いい人だと思ってたんだけど……
「サンドラ母上が亡くなって、改心したんだそうだよ」
あらまぁ。
「僕が下町で育ったのも、貴族の色眼鏡で育てて自分のような間違いを犯す人間にさせない為。って母上の遺言とじい様ばあ様父上に母さんが話し合って決めたんだとさ。父上が言ってた」
うわぁ。そうなんだ。おばさんをお屋敷に呼びたい策略って、伯爵様のお茶目な目隠しだったのね。
「なんでその爺さん。反対していた嫁に孫を預けれたんだ?」
アリィさんの素朴な疑問。私も不思議。
だって先代様達とマイウおばさん、仲良かったもの。
「じい様達は、母さんは認めていたらしい。男爵令嬢なのに一人で苦労してがんばった立派な女性だってさ。ただ逆らう父上に腹を立てまくった結果なんだそうだ」
人間って、複雑ねぇ。
それで、跡取りに決まった伯爵様は、宛がわれた嫁には『妻が居ますから』ってひたすら断った。そりゃそうよね。
けど、もうとにかく言う事聞かせようって躍起になってた先代様は、以前出して不履行だった離縁届を通ったと言いふらしたらしいの。さすがに窘め始めた奥方様の反対すら押し切って、『新たな嫁をもらった』と披露宴開いちゃったのよね。
おかげで事実でもないのに離婚したって噂が広まったから堪らない。
例の変態おじさんが、ついにやって来たのよ。
過去の悪行は愛ゆえの暴走だ、とか言って求婚したんですって。
伯爵様が叩き出したそうだけど。
そこからあの攻防が始まったのか……
それでもっていきなり勝手に披露宴開かれるわ離婚の噂を流されるわで、むちゃくちゃ怒って抗議に行った伯爵様は、一服盛られたんですって。
「……何をって、聞いていいかな? サニー居るから駄目かな?」
遠慮がちにリンフェルが聞くと、サニーが首を振ったわ。
「知ってる、媚薬でしょ? 他人が好きな人に見えるくらい物凄く強烈な魔法薬」
だ……誰がそれをあんたに教えたの?!
「前に伯爵のおじさんがカル兄に言ってた。薬には気をつけろ。名前が売れるとトンでもないことする奴がいるからって」
あ、そう。そうなの。
「そういえば、兄貴に言ってたな。ずいぶん切実な言い方だと思ったっけ。そうか、実体験なのか」
エルトンも知ってるって事は、お店で言ってたのね。
「それで? 相手の人をおばさんだと思って?」
聞いてみたら、ジェブが頷く。
「うん。薬でそう見えたらしい」
わ~えげつない。
伯爵様、おばさんが好きなら別人くらい見分ければいいのに! って、無理か、魔法薬じゃ。
「じゃあ、それでジェブが……」
できちゃったの?
あ、あからさま過ぎて言えない!
「いや、父上は頑張ったんだ」
へ?
「屋敷に母さんが居る筈が無い。きっと罠だ。この人に触ったら、母さんと喧嘩して、一生口をきいてもらえなくなる、って自分に言い聞かせて乗り切ったそうだよ」
伯爵様、かっこいいのか情けないのか判らないわ。
「父上は母さんを裏切らなかったんだ」
じゃあ…
「まさか、サンドラ奥様は」
マリンピアの呟きにジェブが頷いたわ。
「僕は、お前の兄貴じゃない。従兄だったんだ」
パーディタ家の秘密、重すぎるわ!