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27.勇者の不在‏

長らくお待たせいたしました。


「カルが斬られた。死にはしないが重症だ」


 天使の告知に、一瞬目の前が暗くなる。


 情けない事に卒倒したようだ。


 気が付けばソファーに寝かされて、額に天使の癒しを受けていた。


「悪かった、お姫」


 眉を下げて詫びる天使に、思わず苦笑する。


「レイニー様があまりにも気丈でいらしたので、ほっとしていた直後に不意討ちなんて、酷いですわ」


 心のままに不満を口にするなど、普段は絶対にしない。しかし、彼らの前なら自由に振る舞えるから、天使に文句を言ってやる。


 『仲間』だからこそ許される、そして自分に許せる行為。


「本当だよ。カルが斬られたなんて、僕だって目眩がした」


 (わたくし)の手を擦りながら、トパークがポロポロと涙をこぼす。


「泣くなよトパ」


 天使が乱暴に頭を撫でれば、『誰のせいだよ』と鼻を啜る。


 魔王の四肢を縫い付けて、カルバンが頸を切り飛ばせるように鉄壁の援護射撃をしてのけ、つい数刻前もあれほど華麗な射手振りや騎士振りを見せた癖に、以前のまま『泣き虫のトパ』で変わらない彼にほっとした。


「泣かないで」


 碧玉から零れ落ちる涙を空いた手で拭うと、腫れた頬に苦笑が浮かんだ。


「いつまでも情けないね、僕は。すぐにメソメソしてしまう」


 この十日間、さぞや我慢していたのだろう。


「貴方は立派でしたわ。英雄カルバン・クラインとしてちゃんと代役を本人以上に務めました。それに、先程の少年の怒りを、わざと受けられたのでしょう? 貴方なら楽に避けられるのに」


 そっと、腫れた頬に手を添える。


 射手として極められた彼の視は鷹のように研ぎ澄まされ、飛び来る矢さえ素手で掴める程だと聞く。怒りに駆られた少年の拳なら、ゆっくりした動きに見えたかも知れない。


 それでも、彼は避けなかった。


 それは、彼がカルバン・クラインを騙る事に対して持ち続ける罪悪感のせいなのか、兄を利用された少年への共感なのかは判らない。


 私に判っているのは、怒りをトパークに放ち受け止められた少年が、落ち着きを取り戻して退室の時に不器用な謝罪を呟いて行った。その事実だけ。


「買いかぶりだよ。避けれなかっただけさ」


 だから、苦笑しながら否定する彼の鼻を摘まんでやる。


「そういう事にして差し上げますわ」


 肩を竦めるトパークに助けられて身を起こすと、笑いながら天使が彼の頬に触れた。


「どMなトパの心意気は判ったけどさ、二枚目が台無しだぜ」


 言い終わらない内に腫れが引いていく。


 この天使は、仲間内だけの時には呪文は使わない。本来、天使に呪文は無いのだそうだ。天使が扱う魔法とは、思考に依って全てが発動する奇蹟であるから。


 しかし何も知らない一般人や敵には、そのようなことを教える必要はないしこけおどしにもなるから、彼は大仰な呪文を使うと言っていた。天使の声で、言葉自体の意味を強化するという副産物もつくらしい。


 騙り張ったり何でもござれ、神話や聖典とはまったく違う規格外な天使だと思う。


「どえむってなんだよ」


「ん? 忘れたか? 昔教えたじゃんか。虐待されると悶えて喜ぶ変態」


 天使の故郷の言葉は目新しくて面白い。


「では私は『どえす』になりますわ。トパを苛めるのは、面白そうですもの」


 普段の貴公子からは想像もつかないやんちゃな仕草で、トパークが唇を尖らせる。


「うわ、お姫の苛めっ子」


 軽く笑い声を上げて、文句への返事にするのはなんと懐かしい事か。


 あぁ、今ここにカサリアが居てくれたなら、きっと私に合わせてトパークをからかってくれただろう。


 ()の女格闘家は、私より彼をからかうのが好きだから。


 そして彼女の夫である魔法使いクラリスク。むしろ賢者とすら呼べる魔道の神童は、カルバンと共に笑い転げるに違いない。


 深い森の中、砂漠の星の下。毎夜繰り返した楽しい憩いのひと時。


 私の人生で、最大の苦難と不幸の中に在りながら、最も楽しかった自由の日々。


「それで、乙女の敵カルバン・クラインは、どんなヘマをして斬られましたの?」


 思い出はそのままに、現実に向き直る。


「まだ乙女の敵なんだ」


 しかし天使は、また思い出に引き戻すのだ。しかも最も思い出したくない、腹立たしい場所へ。


「当然ですわ。全ての乙女が絶対に憧れる場面で、見事に夢を打ち砕き、尚且つ幻滅までさせた最低男ですのよ! 敵に決まっています」


 魔王に囚われた悲劇の王女を、強く凛々しい騎士が助け出す。


 どんな物語でも、この後はこう続く『そして二人は末永く幸せに暮らしました』と。あの魔王の手先の隠者が、押し付けがましく話しかけて来たように。


 例え王女と生まれても、物語のような体験ができるとは限らない。その時の相手が初対面の戦士だとしても、私の胸は高鳴った。


 にもかかわらず、あの男は即答で打ち壊した。


『カルバン・クラインが心寄せる乙女は、レイニー・ブルースのみ』


 あの言葉は、女としての自信すら打ち砕く、非情な仕打ちだった。


 期待させられたお陰で、余計に傷ついたのは宜なるかな。


 シャルトンの白花と共に、思い出す度捉われてしまう。怒りに。


「今日、レイニー様のご様子で、かなり溜飲は下がりましたけれど。生涯恨まれたとしても、カルが文句の言える立場とは思えませんわ」


 言い切ってしまえば、天使もトパークも小さく噴出した。出会って最初の衝突から、私がカルバンを貶すのは当たり前となっているから。


「まあ、今回の原因もそれだよ。あいつ、オルブランの城壁潜った瞬間から、頭の中はレイニーちゃん一色になっちまっててさ。上手い事城からの迎えをトパに押し付けれて、すっかり油断してたのさ。二‐三日『女神の食卓亭』に時化込むつもりでパレードからバックレて路地に入ったら、材木の集積所で襲われた。材木が倒れてくるわ横から飛んでくるわ振ってくるわ十人位で袋叩きだわで、アブアラスカの遺跡崩壊並みの騒動だった。俺が居なかったら死んでたな。何とか助けたし、血も渡してないが。今度は無様な姿を曝したくねぇって我侭ほざきやがるから、治療がてらとある場所で匿ってる」


「……パレードに皆気を取られていたから、そんな騒動も気が付かれなかったんだね」


 なんとも脱力する負傷理由である事か。本来の彼の実力からは、想像すら着かない大間抜けだ。


「呆れますわ……それで、街を離れていると、レイニー様たちへ仰ったのですね」


「見栄張るなってんだよな、あの馬鹿」


 深く深くため息が洩れる。これから魔王の首の洗い出しにもっとも必要な人材が、大怪我で動けないなんて。


 天使が死なないと言い切っている以上、心配する気すら起きはしない。


 いや、それよりも、対魔王戦は、今や自分一人でしている様なものだということか?


「疲れましたわ」


 軽い頭痛を覚えて米神を押さえれば、トパークが心配そうに覗き込んでくれた。


「休んだ方がいいね。君の顔色も良くないよ」


 優しい青い瞳に、むしろそれだけで癒されている自分を感じる。同じ色彩を持ちながら、まったく正反対な二人の勇者。


 思わず魅入ってしまった私に、天使が小さく笑った。


「ああ、もう遅い。休んだ方がいいさ。それに、今夜は俺の婆ちゃんから特別なプレゼントがあるんだ」


「君が注釈無く祖母と呼ぶのは……女神ガブリエルの事かい?」


 聖典の創世の章に出てくる女神。天界では上位の天使なのだそうだ。


「そ。今夜だけ、エデンと交信を可能にしてくれたんだ。夢の中で、お袋さん達に会えるぜ」


 母と話せる。それは何という僥倖だろう。この天使は、我々の世界へずいぶん特別扱いをしてくれる。


「ありがとうございますわ……」


 深く礼をすると、天使は肩に乗せた小鳥を示す。


「こいつも褒めてやってくれ、がんばって天界までお遣いに行ってくれたんだからさ」


 黄色と水色の美しい小鳥は、よく見れば照れて頭を搔く少年の姿になっている。天使の補佐をし、天使の勇者にだけは本来の姿が見える妖精。名をティルクという。


「頑張りましたわね、ティルク」


「えへへ~姫様もひさしぶり~」


 のんびりした声に心が和む。


「明日からこいつをレイニーちゃんに張り付かせる。俺もだいぶ動けるようになったから、そろそろ体勢立て直そうぜ」


「では、明日から気を引き締めましょう」


「ああ、お休み」


「おやすみなさ~い」


 天使の言葉に頷き、トパークの差し出す手を取って立ち上がる。


 今宵は母に逢える。不幸を詫び、守ってくださった感謝を伝えよう。


 そして、明日からの戦いに備えなければ。


今回かなり裏事情が明かされたかと。

お休みの分、いつもより長く語っております。

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