23.オルブランの壁
一斉に向けられる視線に微笑みが崩れぬようわざと深めて、頷いた。
「アリィ様、見出だした天使の勇者が四人だなんて、あんまりでしてよ?」
わざとらしい苦情に、陽気な天使は片目を瞑ると、にやりと片頬を上げ返してくる。相変わらず飄々としたお方だ。
彼の前には驚いた表情のレイニー・ブルースとその妹。姿もそうだが、無垢で素直な性質が良く似た姉妹。その隣に座るターグ・レントリーの婚約者もまた人を疑う事など知らな気で、成る程彼女が騎士団副隊長の掌中の玉かと納得する。
逆に迂闊な誤魔化しができそうに無いのは、怒りに震えるカルバン・クラインの弟と、彼を抑えるパーディタ伯爵令嬢だろう。
少年は彼の戦士に通じる鋭い直感を持ち、令嬢は父君ゆずりの聡明さを持っている。何より怖いのは、快刀乱麻を断つが如く容赦無く放たれる舌刀だろう。
レイニー・ブルースの協力を得るには、彼らを納得させねばならない。心しなければ。
「天使。アレックス・アンヘルJr.が見出だしたこの世界の勇者は、後一人居りますのよ。それが私です」
敢えて天使の名を正式な名で呼んでやれば、彼の苦笑が深まる。
だが私は知っている。その名を聞く度、口にする度に彼の目に誇らしげな光が宿るのを。
彼にとって、名と名付けてくれた家族がどれ程大切なものなのかが伺い知れよう。
「ですが、私の持つ力は魔物と剣を交えるものではありませんの」
そうであれば、どれ程嬉しかったことか。
皆と肩を並べて戦い、旅を続けていずれは母の仇を討つこともできただろう。
いいえ、何よりも常に彼の横に……
「私の力は守る事。それも、決まった場所でなければ十分に発揮されはしません。だからこそ、魔王は私を拐い石にまでして東の孤島に封印したのです」
三年前、母の躯を越えて私の腕を掴んだ魔将軍は言った。『お前がここに居ては、アマルーティアが落とせない』と。
「石にされ、絶海の孤島に捨て置かれた時、魔将軍が仲間と話すのを聴いたのです。私がオルブランに居ては魔王の力が弱められるのだと。しかし生かしてこの東の孤島に据え置けば、逆に魔王の力となると。あまりにも古く、伝すら失われた守護魔法の血脈です。かつて姉妹国として分かたれたアマルーティアとシアルの王女には、交代でそういう力を持つ娘が生まれるのだそうです。今の代は私が二国の命運を担って居りました……自覚もありませんでしたが」
私がいなければ。少なくとも力を知ってさえいれば、オルブランは襲撃されず母も死なずに済んだかも知れない。私が連れ去れたから、古来からの魔法の守りを失いアマルーティアは滅びた。
私の捕えられた祠に触れたが故に、カルバン・クラインは呪いを受け……
「お陰で、対魔王用最強兵器が手に入った」
なんて厳しい天使だろう。自己憐憫 すらさせてくれない。
私の心が負の闇を見る時、決まって彼は無理矢理引き上げるのだから。
「アリィ様やカルバン・クライン様達のお陰で、力の使い方もわかりましたもの」
せめて微笑みで意趣返しをしよう。弱い自分を曝さぬように。
「私はオルブランから、もう一人のカルバン・クラインとして魔王の力を削ぐ事に全力を投じましたわ。ですから今のオルブランは、魔王にとっては種油の絞り機の様なもの。消滅するまで、絞り取って差し上げますわ」
磨り潰すより怖いかも知れないです(おっと、下ネタ)