21.ナイショのカルバン・クライン
おお
勇者カルバン・クライン
稀なる強者
光集めし金の髪
その微笑みは闇拭い
瞳、碧き空を写したり
誰かが鼻歌混じりで歌ってる。
衛兵さんかしら?
今夜の舞踏会は、ダンス以外の予想外な催しで盛り上がったから、こんな時間でもお城全体が浮かれてる感じがするわ。
そう。もう真夜中なんだけど、私達はまだお城に居るの。
夜会が終了宣言されたあと、私達『女神の食卓亭』の五人は、アリィさんと一緒に今居る応接間らしい広い部屋に通されて、説明ってのを待ってるところ。
サニーはさすがに疲れて、ソファーで寝ちゃったわ。
私も眠い。
今夜はいろんな事が有りすぎだったもの。
だいたいさ、説明ならアリィさんが家に来て話してくれたらいいんじやないかな? な~んて思うんだけど、アリィさんはいきなり窓を開けて一羽の小鳥を呼び込むと、部屋の中を鳥と一緒になんかぶつぶつ言いながら広い部屋の中をうろうろし始めたの。
なんか紙に書いて張ったりしてるわ。
「アリィさぁん。何してるの~?」
お茶とお菓子に飽きたリンフェイが暇になったらしくて声を掛けたわ。ちょうどアリィさんは鳥に紙持たせて天井に貼らせてたの。言うことよく聞く賢い鳥だわ。
貼れたの確認して振り向いたアリィさん、にっかり笑ったわ。
「これか? ん~盗聴防止装置。かな?」
なにそれ?
私とリンフェイが首を傾げてると、マリンピアとエルトンの目が剣呑に細くなったわ。
あんた達は何怒ってるの?
思わずリンフェイと顔を見合せちゃった。
二人はいったい何に怒ってるのかしらねぇ。
と、いきなりアリィさんが扉を開いたわ。扉の向こうにはターグさんとジェブが立ってる。
「よ」
びっくりしている二人に、おいでおいでと手を振ってるアリィさん。色々反則な人……あ、天使か。
「来たか、馬鹿兄貴」
部屋に入ってきた二人を見て、ジロリってマリンピアがジェブを睨んだけど、その後に王様と伯爵様が続いてたから急いで立ち上がったわ。あ、私も立たなきゃ。
「狭い部屋に押し込めてすまなかったな。掛けてくれ」
王様は気さくに仰りながら一人がけのソファに掛けられたわ。両脇に伯爵様とターグさんが立って、実に騎士って感じ。
でも狭いんだこの部屋、王様基準だと。私は広いと思ってたのに……
最後にトパさんが王女様をエスコートして入ってきて、アリィさんが扉を閉めたわ。
「ウェーレー アク リーベレー ロクェレ」
扉に紙を張って、そんな呪文を唱える。どんな意味なのかなぁ?
「結界は完璧だ、もう話していいぜ。トパ」
王女様のソファの横に立ったトパさんは、そういわれて大きく息を吐いたの。ほっとした、って顔してる。
そして、右手を胸に当てて、軽く会釈するの。この人どうして仕草の全部が優雅なのかしら。
「陛下、皆さん。初めて名乗らせていただきます。私はカルエル・トパーク・アマールー。今は亡き、アマルーティア国。王家、最後の一人」
この告白にアリィさんと王女様以外が息を呑んだわ。だってそうでしょ?
わざわざ一介の戦士に過ぎないカルバンを騙って英雄になるより、亡国の王子様の方がよっぽど箔が付くじゃない。
「カルエル……アマルーティアで王太子につけられる称号ですな」
伯爵様が聞くと、トパさん……様? ま、いいや。とにかくトパさんは頷いたわ。
「次男ですが、最後の生き残りとして名乗れと、兄と父母から授かりました」
あ、哀しそう。それはそうよね、家族どころか国ごと失くしてるんだもの。
「民の混乱を避けるため、貴殿をカルバンとしてきたが、名を名乗られても良かったのではないかな? 王子が英雄となれば、魔物の襲撃で逃げ散った民も戻ろう」
王様が慈悲深く仰るわ。そっかぁ。お城関係の人達が偽者をそのままにしていたのはそういう訳だったのか~
って私は納得したんだけど、マリンピアが小さく鼻を鳴らして近所に来ていたジェブを睨んだわ。あれは許して無いし納得もしていないわね。
ジェブは王女様の後ろに立ってたんだけど、ビクっとして目を逸らしてる。あとで吊るし上げ決定ね。
「陛下。感謝いたします。しかしお許しください。私はまだ、カルバン・クラインで居らねばなりません。先ほどの子爵の件で、痛感いたしました」
ぼんやりジェブ見てたら話が進んでる。
トパさんはまだカルバンで居ないといけないの? 派手に弓で木を倒したからかしら?
「何故だ?」
王様も不思議そう。でも私は見た! 伯爵様と王女様がちらっと目配せしたのを。
「王様さん。この子らの為にそんな芝居しなくてもいいさ。まあ、トパの正体は始めて知っただろうけど、こいつがまだカルバンしないといけないのは、とっくに知ってるんだろう?」
アリィさんが、苦笑しながらすっぱ抜く。
や、説明的な会話だとは思ったけど。私たちに聞かせるの前提だったわけ?
「まだ騙すつもりだったのか……いや。ですか?」
エルトンが押し殺した声で言い直しながら文句を言ったわ。私も同じ気分よ。
「陛下、そして父上。我々がここに呼ばれたのは、真実を聞くためではないのでしょうか? 何ゆえトパーク王子はカルバン・クラインで在らねばならぬのか。十日もの間、カルバン・クラインにもっとも近親の関係者である我々に、何ゆえ一言の説明も無かったのか。本当のカルバン・クラインはどこに居るのか。我々はそれを聞くためにここに居ります」
マリンピアがすっと立ち上がって、伯爵様を見据えながら一気に言い放ったわ。さすがマリンピア、かっこいい!
「名前詐称については、俺が説明するよ、マリンちゃん」
アリィさんが壁に背中を凭れて肩を竦める。苦笑もしてて、なんかやな予感。
「俺は天界から、この世界を破滅に向かわせる魔王を倒すように云われてやって来た。俺が見出した連中は、天使の勇者っていう、魔物と互角に戦える素質を持った奴らで、カルバンやトパを含めて四人居たんだ。ここまではOK?」
おーけーって何なのかわかんないけど、とりあえず頷いたわ。先が聞きたいから。
「剣士のカルバン、射手のトパ。格闘家と魔法使い。それに防御と治療が担当の俺。実は全員が、カルバン・クラインって名乗ってた。髪と目も同じ色に魔法で変えて、な」
え? なんでそんな変な事。
「だから、どこに行っても、魔王と戦う戦士はカルバン・クラインしか居なかった。他の名は絶対に、他人に聞かせるわけには行かない。何故なら……」
も~気を持たせないで。私が睨むとアリィさんがふっと哀しそうに苦笑したわ。そしてトパさんが爆弾を言い放ったの。
「魔王が敵対者に掛ける全ての呪いが、カルバン一人に行くようにするためだ」
なんでぇぇ?!
ウェーレー アク リーベレー ロクェレは、ラテン語の格言です( *´ー`)
「正しく自由に語れ。」という意味です。
前回の「ラッシャッテ オグネ スペランザ ウォイ チェントラーテ」は、ダンテ神曲。地獄の門に彫られている詩文の最後の一説「我をくぐる者、一切の希望を棄てよ」でした
天使なので、ヴァチカンで使われてるラテン語がいいかなーーと、かっこつけてるだけです。
何しろアリィですから。