2.女神の食卓亭。ただいま営業中
おお
勇者カルバン・クライン
無敵の英雄
魔王ガンドルを打ち倒し
我らに平和をもたらせり
ああもう、腹が立つ!
街中を流れる流行り歌も、棒切れを振り回して勇者ごっこに駆け回る子供達も。
みんなみんな節穴よ!
シアル国の王都オルブランは、昨日帰還した英雄カルバン・クラインの話題でもちきり。
でもね。
あのカルバン・クラインは偽物なのよ。
声を大にして、ついでに神殿の鐘楼に登って、街中に轟かせたい。
お城に居るカルバン・クラインは偽物だーって!
似てるのは金髪碧眼だけだわ。
オルブラン中の人がカルバンを知らなくても、『女神の食卓亭』の私達は本物のカルバン・クラインを知ってる。
だってうちにはカルバンの身内が居るし、カルバンもお店の半常連だもん。
それに私は、彼が魔王の城に乗り込む前の晩にも会ってるんだから。
え? 三年掛けてたどり着いた魔王の城に、何で一晩で行けるのか?
カルバンはね、古の移動魔方陣ってのを復活させたのよ。テ……なんとかっての。
それのおかげでちょくちょく帰って来てたのよね。実は。
店の常連さん達にも『流れ者のカル』で顔馴染み。
あれがカルバン・クラインだって知ったらどんなに驚くかしら、って吹き出すのをどれだけ堪えてきたか。
いつか彼が華々しく凱旋したら、発表して驚かせてやるんだってどれだけ仲間と楽しみにしていたか。
そうよ! 私がどれだけ、彼が帰って来るのが楽しみでならなかったと思ってるのよ。
だって彼は私の幼馴染。っていうか、ほぼ一緒に育ったのよ。
カルバンのお母さんが早くに亡くなって、彼と弟のエルトンの育児に困ったおじさんをみかねた家の母さんが、私や妹といっしょくたにして育てたから。
夜はおじさんが迎えに来たけど、隣だったしね。
毎朝二階の窓を叩いて、みんなを起こすのが私の役目。
朝から晩まで団子になって遊んで、楽しかったなぁ……
「レニー~パン焼けた~?」
おっといけない。
焦がしちゃうところだった。
「もうすぐよ~」
え? 何してるか?
ここは食堂『女神の食卓亭』私と仲間三人でやってるの。
私は厨房の料理人で、レイニー・ブルー。
帳場と営業はしっかり者のマリンピア・サンク。
接客は愛嬌たっぷりリンフェル・ハリア
料理が美味くて良心価格、おまけに可愛い女の子がやってる店って評判なのよ。
「レニ姉、ラディンツ調達してきたぜ」
威勢よく裏口を開けて入って来た金髪坊やはエルトン・クライン。そう、この子がカルバンの弟。店の
用心棒兼仕入れ係&外渉担当。
「ありがと、エル坊。ちょうど足りなかったんだ」
「間に合って良かったな」
ニッと笑うやんちゃな笑顔が、何時もの爽やかさを欠いている。
当たり前だわよ。
魔王の軍団と戦うカルバンをずっと心配していて、大勝利の末にやっと帰って来た! って思ったら偽物なんだもん。まだ十六の男の子なのよ、荒れないだけエルトンは大人よ。
さすがはマリンピアと肩を並べる『女神の食卓亭』敏腕営業担当。私よりしっかりしてるかも。
「忙しくなる前に、あんたもお昼済ましちゃう?」
パンを竈から取り出して、粗熱を取りながらスープを皿に盛る。三日間寝かしたドレッシングでラディンツサラダを飾れば、一品出来上がりよ。
「リン~パルマンスープ出来たわよ」
「はぁ~い」
受け渡しカウンターから可愛く返事して顔を出すリンに料理のトレイを渡すと、相変わらず羽でも背中に有るんじゃないかって軽やかさで持って行く。三年もやってると、腕の筋肉半端ないだろうなぁ。見た目は菫の瞳とピンクなふわふわ髪にほっそり手足、私ら三人の中でも一番の美少女なんだけどね。
「忙しくなったら俺も入るよ」
賄い用のスープパスタを適当に盛り付けて、エルトンが厨房の腰掛けに座ってる。
「お願い。材料はもう大丈夫よ」
「うん」
ニカッと笑う笑顔が、カルバンにどんどん似てくるなぁ。
カルバンよりまだちっちゃくて、ちょっと髪と青い目は色が薄いんだけど、けっこう整った良い男予備軍。おばさんに似たっておじさんが言ってたわ。
まあ、お城の偽物みたいな白皙の美青年じゃないけどね。
「それにしても、なぁレニ姉」
フォークをくわえたまま、エルトンがため息を吐く。
「なぁに?」
なんとなく言いたい事は解るけど。
「兄ちゃん。何処に居るんだろう……」
本当にねぇ。
カルバンの阿呆。
何処ほっつき歩いてんのよ。
ハッ!(`・~・´;)そういえば、いまだに主人公が出てこない。