消えた風紀委員
高槻明里の家にタトゥーの男が現れた翌日の昼休み、風凪高校では抜き打ちの身だしなみチェックが風紀委員会によって行われた。
公表はされていないが、風凪高校にタトゥーの男がいるかどうか確認するためであり、神野七莉が明里のためにできる最後の支援だった。
そして、身だしなみチェックの結果、やはりタトゥーを入れいている生徒などいなかった。欠席者は数名いたものの、後日個別に確認をすればよい。
七莉は、風凪高校にストーカーを行う卑劣な生徒などやはりいないという事実に安堵するとともに、事件の解決にはなっていない悔しさも感じた。
身だしなみチェックを行なった翌日の放課後、風紀委員室に明里が訪れた。今度は有永スバルも一緒に。
「昨日警察に行ってきました。色々とありがとう」
「少しでもお役に立てていればと思ってます。それから昨日、抜き打ちで身だしなみチェックをやってみましたがタトゥーを入れた生徒は一人もいませんでした」
「それは良い知らせ! やっぱり風凪高校にそんな人はいないってことだよね。うん。生徒会長としても誇らしい!」
明里の調子はいつものように戻っていた。
不審者の写真を確認した警察は、しばらく明里の家のまわりをパトロールすると約束をしてくれた。
「警察が見張ってくれるなら安心。でも、家のまわり以外も心配だよなあ」
佐々木豪がそう言うと、少しだけ空気が沈んだ。
「って、ごめんごめん。そんな不安にさせるつもりじゃなくて……!」
豪は思ったことを口にしてしまい、焦っていた。そんな豪に助け舟を出しかのようにスバルがある提案をした。
「確かに……。もし良かったらだけど帰宅の時は僕が高槻さんを家まで送ろうかな」
「え、いいの!? でも、さすがに迷惑かけちゃうよね……」
「大丈夫。帰る方向も一緒だから途中の駅でちょっと降りるだけのこと」
「それじゃあお言葉に甘えようかな」
スバルは少し照れくさそうだった。スバルが明里を好きなことを知っている七莉と一月蒼士は、二人のやりとりを見て両想いかもしれないと感じた。
そして蒼士は、スバルと豪の仲が良いなら豪もそのことを知っていて当然だろうと考えた。もしかしたらこのやり取りも豪がわざとけしかけたのかもしれない。そうであれば豪もなかなか侮れないなと、蒼士は心の中でつぶやいた。
そらから明里のストーカー被害はなくなった。誰かにつけられている気配も、誰かに見られている視線も感じなくなったのである。
しかし、タトゥーの男が捕まったという知らせはない。この一件はいつかまた降ってくるかもしれないという不安を、まだ誰も拭うことはできていない。
***
少し時間が過ぎ、期末テスト期間がやって来た。
通常の授業はなく、1日に3教科ほどテストが終わった後は帰宅時間となる。指定された部活動に所属している生徒以外は基本的に帰らなければならない。家に帰って勉強をすることがその目的であるが、実際にこのルールを守っている生徒はそれほどいなかった。
そしてそれは、風紀委員会に所属していようとも、蒼士も同じだった。
「なあ、これから京子とゲーセン行くんだけど一月も行こうぜ」
その日最後のテストが終わるやいなや、前の席に座る高山秋斗が蒼士を遊びに誘った。
「楽しそうだね。でも、風紀委員会にいる身としては行けないかも」
「そうかたいこと言うなよ。な、行こうぜ!」
半ば強引に誘われた蒼士であったが、一日くらいは大丈夫だろうと有本京子と秋斗について行くことに決めた。そして三人は、高校を出ると地下鉄に乗り目的地のゲームセンターへ向かった。
「ところで、何でゲームセンターに?」
地下鉄での移動中、蒼士はようやくゲームセンターに行く理由を聞いた。
「秋斗言ってなかったの? ゲーセンに行くのは私がUFOキャッチャーでとりたいものがあるから」
「とりたいもの?」
「そう。最近はまってるお笑いコンビがいてね、平成リアルって言うんだけど。平成リアルの人形が景品になってるの」
「有本さんってお笑い好き?」
「うん。けっこう好きで色んな人の見るんだけど、最近は特に平成リアル推しかな」
蒼士はお笑いに大して興味がなかった。名前くらいは聞いたことがあるコンビでも、ネタや出演している番組やネットの動画も見たことがない。
いつも見るのはニュースばかり。そろそろお笑いとかバラエティとか、そういった方面に関する情報も入れていくべきかと、蒼士は改めて考えた。
ゲームセンターに着くと、蒼士と秋斗は京子に連れられて真っ先にUFOキャッチャーのコーナーへと向かった。お目当ての台は幸い人がおらず、すぐに遊び始めることができた。
UFOキャッチャーの中には、メガネをかけたオールバックの男と、髭を生やした少しふくよかな男の人形が無造作に並べられている。京子はもちろん両方とると息を巻いていた。
「この二人の何がいいのか俺にはよく分からん」
真剣にUFOキャッチャーを操作する京子の横で秋斗がそうつぶやいた。
「えー、かっこいいじゃん。それにめちゃくちゃ面白いよ」
「かっこいい? どっちが?」
「どっちも!」
「そうか……? まあ面白さはそうかもしれないけど……」
秋斗はUFOにさらわれるメガネをかけたオールバックの男の人形を見ながら、腕を組みながら首を傾げていた。
「やったー! 取れたよ! もう一個の方もこのままゲットしよっと」
京子はいつになく上機嫌な様子で、無事にもう一つの人形をとることができた。
「よしよし! 取れたし帰ろっか」
「はぁ!? 帰るってまだこれしかやってないじゃん。次は俺に付き合ってな」
その後も蒼士たちはゲームセンターで格闘ゲームやメダルゲームで遊んだ。そして、気づけばあっという間に2時間も経っていた。
「あー楽しかった、一月はどうだった?」
ゲームセンターから駅への途中、秋斗は蒼士に問いかけた。
「楽しかったよ。高山君と有本さんとこうやって遊ぶのは不思議な感覚だけど、高校生活って感じ」
「へへっ。また遊ぼうぜ」
秋斗は蒼士に、どうしても高校生活を楽しいものにして欲しかったのだ。
蒼士たちは地下鉄の駅に到着し、改札前まで進むと、いつもより人がごった返していた。みんな天井から吊り下がった電光掲示板を眺めている。
蒼士たちもつられて掲示板を見ると、人が多い理由が分かった。人身事故があり、その影響で電車が止まってしまっていた。
「まじか。しばらく帰れないじゃん。どうする?」
「どうしよっか。ここにいても人が増えて居場所も限られてきそうだし……。せっかくだからもう少し遊んでく?」
京子の提案で三人は再び地下鉄の駅を出て、遊ぶことになった。運転再開の見込みは当分なさそうなため、帰る頃には日が暮れているかもしれない。
秋斗と京子軽やかで楽しげな様子だったが、蒼士は風紀委員会に所属しているという立場、そして七莉にバレた時どうなるかを想像して足取りが重くなった。
「あれ、そういえばてっきり忘れてたけど有本さんも風紀委員だった。僕たち大丈夫かな?」
地上への階段を上り切ったところで、蒼士は前を向いたまま京子にそう尋ねたが返事はなかった。おかしいなと思い、横と後ろを見ても京子の姿はない。
「え? 有本さんは?」
「ん? あれ? 京子がいない!」
蒼士と秋斗が、京子がいなくなったことに気づいたのは地下鉄の駅を出てからのことだった。階段を上がったとすぐのところでそのまま数分待っても、京子は現れなかった。




